ケガによりNBA開幕戦からの連続出場が25試合で途切れた八村塁。それまで出場した各試合では常に存在感を見せつけ、その活躍は日本でも連日報道された。
一方で「ネクスト八村」は果たして育っているのだろうか? 東京五輪での躍動を目指す男子日本代表メンバー入りの可能性を秘めた期待の若手選手たちを追った。
(文=三上太、写真=Getty Images)
“ビッグスリー”を擁しても高かった世界の壁
男子バスケットボール日本代表が13年ぶりに出場した9月のFIBAバスケットボールワールドカップ2019は惨憺たる結果に終わった。予選1次ラウンド0勝3敗。続く17-32位決定ラウンドも0勝2敗。トータル0勝5敗で出場32カ国中31位に沈んだ。
大会直前、国内で行われた国際試合では1勝2敗と負け越したものの、ワールドカップで準優勝を遂げるアルゼンチンに93-108と善戦し、13年前のワールドカップで敗れたドイツには86-83で勝利をあげた。最終戦のチュニジア戦は敗れたが、それも76-78の僅差である。
しかも今大会の日本代表は「史上最強」の呼び声が高かった。なにしろアメリカのプロバスケットボールリーグであるNBAのドラフトでワシントン・ウィザーズから9位指名をされた八村塁がいて、前年に同じくNBAのメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約(大雑把に書けば、下部リーグをメインに、年間一定数だけNBAでプレーできる契約)を結んだ渡邊雄太もいるのだ。さらにNBAでのプレー経験を持つニック・ファジーカス(川崎ブレイブサンダース)が日本国籍を取得し、日本代表に名を連ねた。
チームの核となる“ビッグスリー”が誕生し、直前の国際試合でも一定の結果を残した。ならばワールドカップでも1次ラウンドを突破し、2次ラウンドに進めるのではないか――にわかにそんな空気も漂っていただけに、一度も勝利をあげることなくワールドカップを終えたことは選手やスタッフ、協会関係者だけでなく、期待を寄せていたファンも大きなショックを受けたに違いない。
ただ“世界を肌で知る”という意味では有意義な大会だったとも言える。
新しいタレントの台頭は不可欠
その後の選手たちの活躍を見ても、来年、東京で行われる東京五輪に向けて自らを高めようと努めている。ウィザーズの八村は開幕戦からスタメン起用され、いきなり14得点・10リバウンドの「ダブルダブル(得点やリバウンドなど2つの部門で2桁の数字を残すこと)」を達成。チームの勝ち星にこそ恵まれていないが、25試合出場し、平均13.9得点、5.8リバウンドも記録している(12月17日現在)。このまま順調に進めば、新人王争いに加わるだろう。渡邊もツーウェイ契約の2年目で、NBAのコートに4度立つなど、さらなるステップアップへまい進している。
ただ彼らだけで世界の壁を超えることは難しい。むろん国内Bリーグでプレーするファジーカスやそのほかの日本代表選手も世界を意識してレベルアップを図っている。だが、さらなる突き上げがなければ、日本全体のレベルは上がらない。世界の国々もまた同じようにレベルアップを図ろうとしているのだ。先を行く国々はけっして待ってくれない。そうした前を走る強豪国に追いつき、追い越すにはどうすればいいか。
渡邊、八村に次ぐNBA選手が現れれば、それは間違いなく日本代表にとって大きな推進力になる。ワールドカップ組からは馬場雄大が、渡邊と同じNBAの下部リーグ、NBAゲータレード・リーグのテキサス・レジェンズと契約し、13試合に出場している。平均得点は2.9点(12月17日現在)と、昨シーズンのBリーグで出した平均10.7得点には遠く及ばないが、彼自身からすれば充実したときを過ごせているはずだ。自分の力が思ったように通用しないリーグで、もがきながら前進しようとすること自体が彼自身にとっても、日本代表にとっても力強い一歩になるとわかっているからだ。
彼だけではない。24歳の馬場よりもさらに若い選手たちもバスケットの本場、アメリカで研鑽を重ねている。
17歳、田中力の確かな将来性
17歳の田中力は、バスケットだけでなく、スポーツ全般に力を入れているIMGアカデミー――有名なところで言えば、卒業生にテニスの錦織圭がいる――に在籍している。アメリカに渡る前、つまり日本で中学生だったとき、田中は史上最年少の15歳5カ月で日本代表候補入りを果たしている。それだけの逸材だ。アンダーカテゴリーのコーチからは「ダイヤモンドの原石」とも言われた。しかしそれだけで満足しない彼はさらなる成長を求めてIMGアカデミーへの進路を決めた。日本にいるときは同世代で負けなし。
彼は今、フィニッシャーからポイントガードにコンバートし、得点を取りつつ、チームメイトを生かす術を学んでいる。まだまだディフェンスに難があり、ポイントガードとしてのリーダーシップも学ばなければならないが、そうした課題に直面することこそが彼をさらに進化させるだろう。
その2つ年上、富永啓生は今春まで愛知・桜丘高校でプレーしていた生粋のスコアラーだ。昨年度のウインターカップでは6試合を戦って239得点、1試合平均39.8得点をたたき出している。最大の武器はコートのどこからでも決めてくるレンジの広い3ポイントシュート。さながらNBAのスーパースター、ステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォーリアーズ)のようなプレースタイルだ。その富永も今夏からテキサス州にあるレンジャーカレッジへ進学した。
日本では田中同様に得点力の高さを見せていた185cmの富永だが、彼もまたポイントガードにコンバートしている。得点も取れて、パスも出せる。近年の日本代表で言えば富樫勇樹(千葉ジェッツふなばし)がそのタイプだが、やはり167cmの富樫と185cmの富永では、そこに一つの差が生まれることは言うまでもない。ポジションの適性もさることながら、どこまでフィジカルコンタクトに耐えうる体を作れるかも大命題の一つだろう。
もう一人、アメリカで挑戦を続け、NBA入りに前進している若者がいる。テーブス海である。188cmのテーブスはNCAA・ディヴィジョンⅠのノースカロライナ大学ウィルミントン校に所属する21歳。彼もまた前者2人と同様にポイントガードだが、彼は生粋にして、正統派のポイントガードだ。むしろ彼らが得意とする得点面が彼にとっての課題というところが面白い。カナダ人の父を持ち――女子バスケットボール・Wリーグの富士通レッドウェーブを率いているBTテーブスがそうだ――、英語に苦労しなかった彼はゲームコントロールに長け、広い視野と正確なパスでチームを引っ張っている。
現時点で「ネクスト八村」を挙げるとすれば
前段でテーブスを「もう一人」と紹介したが、他にもアメリカでプレーしている日本人選手はいる。ポートランド大学の渡辺飛勇(ヒュー・ワタナベ・ホグランド)であり、マサチューセッツ工科大学の小川春太だ。リベットアカデミーの山之内勇登は16歳ながら今年度の男子日本代表の育成キャンプに呼ばれている。渡辺が207cm、小川が196cm、山之内が202cmと、いずれもサイズのある選手たちで、彼らもまた日本の未来を背負って立つ可能性を秘めている。
ただ現時点で「ネクスト八村」を挙げるとすれば、田中、富永、そしてテーブスの3人に絞られるだろう。いずれもポイントガードだが、ワールドカップの戦いを見たとき、そのポジションでのレベルアップも欠かせないと感じた。それは単なる身長の問題だけでない。むろん高さがあるに越したことはないが、準優勝となったアルゼンチンのポイントガード、ファクンド・カンパッソは179cmである。富樫に比べるとやや高いが、ワールドカップで日本代表の正ポイントガードを務めた178cmの篠山竜青(川崎ブレイブサンダース)とは高さによる差はない。ポイントガードはチームの司令塔と言われ、相手チームからフィジカルコンタクトによるプレッシャーをかけられやすいポジションでもある。いかにそれに耐えながら、正確なゲームコントロールをし、チャンスメイクをし、チームを勝利に導くか。
八村、渡邊、ファジーカス――先日、ライアン・ロシター(宇都宮ブレックス)も日本国籍を取得し、1つしかない帰化枠も今後激化するはずだ――、そして馬場。そこに田中、富永、テーブスらも加わると思うと、男子日本代表のこれからにワクワクする。もちろんBリーグ組も指をくわえて眺めているとは思えない。ポイントガードであれば安藤誓哉(アルバルク東京)やベンドラメ礼生(サンロッカーズ渋谷)が若手の前に立ちはだかるだろう。
ところで読者諸氏はバスケットボール日本代表のニックネームを知っているだろうか? サッカーでいう「サムライブルー」や「なでしこジャパン」であり、野球の「侍ジャパン」のようなニックネームだ。
「アカツキファイブ」という。
アカツキ(暁)とは夜半から夜明けにかけての時間帯で、そこから日の出が始まるわけだが、その日の出の勢いを代表チームになぞらえてつけられた。
9月のワールドカップでは夜が明けなかった。しかし日の出の勢いをもたらす若者たちは間違いなく生まれてきている。
<了>