「8月からラウンドワンでテニピンがテスト導入されています」。プロテニスプレーヤー・笹原龍の口から放たれたその言葉がすごく印象的だった。

笹原は自らも世界を渡り歩く現役選手でありながら、後進の育成、ラケット競技の普及にも力を注ぐ。テニスだけにこだわらず、テニピン、タッチテニス、さらには卓球バドミントンのことまで考えながらラケット競技の普及に奔走する彼にその情熱の理由を聞いた。

(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=笹原龍)

小学校の授業でも取り上げられる「テニス型ゲーム」の魅力

――まずは多くの人にとって聞き慣れないテニピンという競技について、簡単な説明からお願いします。

笹原:テニピンというのは、手のひらにラケットをつけて行うテニス型ゲームです。学校でテニス型授業をしたいという熱い思いを持った小学校の先生の発案から生まれた競技だと聞いています。その先生と日本テニス協会がコミュニケーションを取りながら十数年かけて試行錯誤を繰り返し、現在の形になったようです。

 その後、テニス界のレジェンドである松岡修造さんが積極的にテニピンを広める活動を始めてくれたことで国内でテニスをやっている方々の耳にも入るようになり、(2017年改訂版の)小学校の学習指導要領で「バドミントンやテニスを基にした易しい(簡易化された)ゲーム」として例示され、小学校の体育の授業で取り上げられる例も出てきました。

――具体的に、テニスとテニピンの大きな違いはどこにありますか?

笹原:ラケットを持たないというところです。やっていること自体はほとんどテニスと一緒なのですが、ラケットではなく手のひらでボールを打つ感覚なので、テニスに限らず、体を動かすすべてのスポーツにとって大切な体のコーディネーションがすごく鍛えられます。コートのサイズはテニスよりひと回り小さいバドミントンのコートとほぼ同じ大きさで、スポンジボールを使ってダブルスで行います。

――そもそも笹原選手がテニピンという競技を知ったきっかけは?

笹原:2019年に行われた、かながわテニスフェスタというイベントに参加したのですが、そのときにたまたま同じ体育館内でテニピンの体験会をやっていたんです。そこで初めてテニピンという競技を見て、日本テニス協会が普及を推進していることも知りました。子どもたちにぴったりなすごくいい取り組みだなと感じ、僕の普及活動にも取り入れたいなと考えました。

――テニスをプレーしたことのない子どもたちがテニスの入口として体験するのに適していると。

笹原:そうですね。テニスに限らずラケット競技の入門に適しているなと感じました。手のひらの感覚でプレーするテニピンを経験すると、その後、テニスはもちろん、例えば卓球だったり、バドミントンだったり、子どもたちの選択肢を増やすことにもつながると思います。

初挑戦で「ランキング1位」の肩書を得た、タッチテニス

――笹原選手はタッチテニスという競技もプレーされているとお聞きしました。

笹原:タッチテニスは、テニピンを知ったのと同じ2019年に韓国に遠征に行った際に初めてプレーしました。遠征で自分のテニスの試合で負けてしまって手持ち無沙汰ななかで、2日後に同じ会場でタッチテニスの国際大会があると会場に貼っていたチラシを見て知ったのがきっかけです。

「どうせあと数日ホテルも取っているし、よし出よう!」と思って出場した結果、優勝できました。さらに国際大会で日本人がポイントを取ったのが初めてだったとのことで、アジア&日本のランキング1位という肩書も得ました。

――タッチテニスの存在はもともと知っていたのですか?

笹原:ヨーロッパを拠点にしてプレーしていたときに、現地でタッチテニスがものすごく人気で、テニスコートの中に仮設のネットを作って、遊び感覚で多くの選手たちがプレーしているのはよく目にしていました。

――タッチテニスとテニスの違いは?

笹原:タッチテニスは狭いコートでスポンジの柔らかいボールで行うため、大人がやるとラリーがものすごく長く続くんです。一撃でドーンと打ってもなかなか決まらない。すごく頭を使うといいますか、戦略面が磨かれるというところがあって。

そのため、ヨーロッパでは多くの選手がテニスのトレーニングと息抜きを兼ねて取り入れている競技なんだなという印象でした。

――タッチテニスとはその後どのような関わり方をされているのですか?

笹原:その後、韓国での大会を終えて帰国すると「タッチテニスをテニスフェスティバルに取り入れてみませんか?」とお声がけいただき、先ほどお話しした、かながわテニスフェスタでタッチテニスの体験会を行うことになりました。そして、ちょうどその隣のブースがテニピンだったんです。それを機に、ラケットスポーツの普及を目的としたイベントや体験会において、タッチテニスとテニピンを積極的に取り入れるようになりました。

 タッチテニスの選手としての活動においては、韓国遠征での大会優勝後に国際大会への招待などもいただいたのですが、その後の世界的なコロナ禍もあり残念ながら現状参加はできていないという状況です。

――普及面ではテニピン、タッチテニスという競技と出会ったことがすごく生きているということですね。

笹原:かなり生きていますね。やっぱり小さなお子さんにとって、長いラケットを持って、硬いボールを打てと言われてもなかなかハードルが高いと思うんですよ。十分に配慮をしていても、もしケガをしてしまったらというリスクもあります。その点、長いラケットが不要なテニピン、硬いボールを使わないタッチテニスは遊びの感覚がそのままスポーツに結びついていると感じます。

ラウンドワンでのテスト導入が決まった驚きの経緯

――テニピンは、専用のラケットがなくてもダンボールを使って代用できるんですよね?

笹原:ダンボールで代用できます。僕が行う体験会では、ダンボールを使って子どもたちがラケットを手作りして、表面に思い思いに好きな絵を描いてもらって使用しています。みんな体験会の後には大事そうに持ち帰ってくれているのがとてもうれしいですね。

スポンジボール一個用意すれば自宅に帰ってからでも遊べるのもテニピンの魅力の一つだと思います。

――今後テニピンが向かうべき理想的な道筋は?

笹原:これはあくまで僕の考える理想ですが、学校の授業で導入されるのであれば、部活としてテニピン部があってもいいと思うんです。子どもたちの上を目指したいという熱が高まれば全国テニピン小学生大会をつくっても面白いと思います。勝っても負けても学びがあるような大会にできたら理想的ですね。

 あとは8月からラウンドワンの金沢店でテニピンがテスト導入されています。けっこう人気があるようで、担当者の方からは全国展開の可能性もあるのではないかと伺っています。そういったライト層に対する普及も引き続きやっていきたいです。

――ラウンドワンでのテスト導入はどのような経緯で実現したのですか?

笹原:ラウンドワンのHPにあったお問い合せ・ご意見フォームに自分で直接メールを送りました(笑)。その後すぐに「すごく興味があります」と担当者の方から返信をいただいて、プレゼンさせていただいた結果、金沢店でのテスト導入へとつながりました。

――その行動力が笹原選手の幅広いご活動の原動力ですね。

笹原:いやあ、もう悩んでる時間なんてないって思いながら毎日必死です(笑)。もともとコロナ禍がなければ現在も海外を拠点に自分のプレーに集中していたと思います。それが新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国内でできることを模索する日々のなかでラケット競技の普及という目標ができました。その結果、今はいい流れがきているのかもしれません。

「知っているテニス選手は?」名前は何人挙がるのか…

――笹原選手はテニスの普及においても精力的に活動されています。そもそも普及活動に取り組むようになったきっかけは?

笹原:「知っているテニス選手は?」という話になったときに、錦織圭選手や大坂なおみ選手の名前はすぐに挙がると思うんです。ニュースで報道される機会も多いので。ただその他の選手になると、現役選手ではない松岡修造さんとか、(情報番組の)「スッキリ」に出ている杉山愛さんまで飛んじゃうところがあって……。じゃあ何が原因なんだろうと考えると、例えばゴルフ、野球、サッカー、相撲はテレビをつけたらお茶の間でも常に放送されていて、すんなり入りやすいところがあるじゃないですか。じゃあテニスはと考えると、放送されていることって基本的になかったりするわけです。

 そこで僕に今できることを考えたなかで、自分から行動して、テニスの普及活動に尽力し、まずは一般の方々にテニスという競技を知ってもらう、体験してもらうことが最初の一歩として大切ではないかと考えました。

――実際に7月には宮城県の塩釜市と多賀城市の小学校で体験会をされたとお聞きしています。

笹原:僕自身も宮城県の出身で、18歳のときに東日本大震災を経験しました。あれから11年が経ち、東日本大震災を知らない世代も増えてきています。そこで地震というものを風化させないために、僕自身がテニスを通して、スポーツを通してできることって何だろうと考えました。そのような思いと、もともと考えていたテニスを知って体験してもらいたいという思いも込め、「宮城県スマイルプロジェクト」という形で活動を立ち上げさせていただきました。

――こちらも笹原選手ご自身が企画されて、宮城県に提案したということですか?

笹原:そうですね。まずやってみよう!と各所に相談したところ、「そういう企画を待っていました!」という感じですぐにいろいろな方々が反応してくださって。一人が二人、二人が三人と広がり、宮城県のほうで全面的に協力くださるという形で話が進んでいきました。最初は宮城県と話をして、県のほうでこういう活動をプロジェクトとしてやりましょうという発信があって、その発信を受けて県内の市の市長さんたちからも具体的に一緒にやっていきましょうとお声がけをいただきました。

――例えば学校単位で、先生方の発案でスポーツイベントを実現させるのは人脈や段取りの関係などでなかなか難しいという話も耳にします。今回のプロジェクトは、県や市とのつながりがきっかけになって、小学校でのイベントが実現したということですか?

笹原:もともとまずは塩釜市の小学校でやってみましょうという話は進んでいたのですが、宮城県教育委員会のほうでも情報共有や、各所への働きかけをしてくれて活動が広がっていきました。さらに実際に活動が始まってメディアなどでも取り上げていただくことで、その後、福岡や埼玉のほうからもお話があったりと、どんどん横に広がっている実感もあります。宮城県教育委員会のほうでも「こういう活動は全国に広げるべき」と話してくれていて、他県の教育委員会へも情報共有をしてくださっているそうです。

全国各地で多くのアスリートが関わる事業として…

――笹原選手のように自ら行動を起こすことは、いろいろなスポーツ関係者が参考になるところだと思います。

笹原:競技の枠や、現役かどうかに関わらずどんどんやってほしいですね。僕自身も初めは小学校へ行ってどういうふうになるかなと不安もありましたが、やっぱり有名な選手かどうかに関係なく、目の前でプロ選手が真剣にテニスをしている姿を見せることで、子どもたちも先生たちものすごく喜んでくれました。体験会後には全校生徒にサインを書かせていただいたり。

――身近にアスリートと接することで、子どもたちにとっても大きな刺激になると思います。

笹原:こちらとしても僕個人やテニスという競技自体を知ってもらえるとてもありがたい機会になっています。学校の授業の一環でテニスをやったことによって、子どもたちがラケットスポーツって面白いかもと感じてくれたら、近くのスクールを調べてみようかなとか、YouTubeでテニスと検索したりして興味を持ってもらえるきっかけをつくれるんじゃないかなと、今の活動に対してすごく可能性を感じています。

――テニス、テニピン、タッチテニスなどを通して、今後実現させたい目標はありますか?

笹原:子どもたちにラケットスポーツを間近で見てもらい、体験してもらう活動を全国に広げていくのが今の目標です。全国各地でその県の出身選手など各県にちなんだ選手にお声がけして、将来的にはこの活動が広がって、全国各地で多くのアスリートが関わる事業として継続的に活動していけたら理想的だと考えています。

――さらにその事業は競技の枠を超えてもいいわけですよね。

笹原:そうですね。異業種交流といいますか、ラケット競技だけではなく、他の例えばマイナースポーツといわれる競技の選手の方々、または知名度が少し足りなかったりする選手たちとも積極的にコラボしながら一緒に活動していくことは、選手にとっても、交流する子どもたちにとってもマイナスになることは何もないと思うので、関わる誰もが楽しめる事業として形にしていきたいと思います。

<了>

[PROFILE]
笹原龍(ささはら・りゅう)
1992年7月2日生まれ、宮城県出身。プロテニス選手、テニス指導者。19歳からアメリカに拠点を移し世界各国を転戦。その傍ら、「世界で戦えるジュニア」の育成活動や国内テニス普及活動にも精力的に参加。テニスのみならず、ラケット競技全体の普及にも熱心に取り組んでいる。2023年度の国際大会に向けて日々奮闘中。