卓球のアジア選手権・女子団体決勝。日本が3-1で世界ランキング1位の中国に勝って優勝を果たした。

“卓球王国”中国を決勝で破っての優勝は、1974年の横浜大会以来50年ぶりだった。念願の中国撃破を成し遂げた理由とは? そして今後、日本が世界一を勝ち取るためのヒントとは?

(文=本島修司、写真=VCG/アフロ)

あの中国を相手に「1人で2ポイント奪取」の脅威

卓球アジア選手権カザフスタン・アスタナは、日本女子の団体戦として50年ぶりとなる中国を倒しての優勝となった。

ケガでエース早田ひなを温存したメンバー。決勝では、まず、第1試合で張本美和が登場。王芸迪といきなり互角以上の戦いを演じ3-2で勝ち切ってしまう。第2試合では伊藤美誠が孫穎莎に敗れた。しかし、第3試合になると今度は平野美宇が陳幸同を相手に得意の速攻を仕掛け、圧倒する試合ぶりで勝利。流れを引き寄せると、再び張本が登場。孫と死闘の末に勝利を決めた。

3-1で決まったこの試合。最高に立役者となったのは、やはり4番手で試合を決めた張本だろう。パリ五輪でも成長と存在感を見せつけていた彼女が、ここにきて最高のブレイクを見せた。

あの中国を相手に「1人で2ポイント奪取」。

特に第4試合となった孫との試合は0-2からの逆転勝利だった。この「追い込まれてからの勝負強さ」は、むしろこれまで「中国に見せつけられてきた姿」であり、オハコを奪った格好だ。何が彼女をこれほどまでの勝負強さに変化させたのか。

日本卓球全体の課題、「勝負強さ」

勝負所での強さ。サプライズといえる相手の予想を上回るプレーが飛び出すかどうかも含めて、この部分が日本卓球界全体での課題と言われてきた。

逆に、卓球大国である中国の強さが際立つ瞬間は「互角の攻防で迎えたファイナルゲームでの強さ」「追い詰められてからの逆転する力」だった。

今回のアジア選手権では、4試合目で会場が大きく湧いた。

この試合はゲームカウント0-2から開始。しかし、終わってみれば3-2で張本が勝利した。この勝ち方からは、張本美和の大きな変化が見てとれる。

1ゲーム目。孫がいつも通りに、まったく隙のない前陣速攻を仕掛けてくる。

2-2、3-3、4-4までが互角だったが、バックの精度に差が出て4-7となる。

バックの打ち合いで張本にミスが出た。食らいつき、再び接戦となるが、最後もバックハンドにミスが出て9-11で孫が制する。

2ゲーム目。今回の孫はサーブも多彩だった。特に下回転系が切れているのだろう、張本のレシーブでのネットミスが目立った。その差は詰まらず6-11で孫が勝利する。

ただ、少し違和感もあった。孫のプレーがいつもより大振りで、雑になっているようにも見えた。大目標だったパリ五輪を戦い、そこから連戦。さすがの孫も疲労があるのか……と思わされる姿ではあった。

この試合の張本を象徴するようなシーン

第3ゲーム。気持ちを切り替えたか、張本の左右のフットワークがこのゲームから俊敏になってくる。これこそが、この試合の張本を象徴するようなシーンだ。

本当によく動き回っている印象。点数も離されずについていくことができていた。

体が動く。点数的には劣勢ながら、動きにキレが出てくる。負けていても決して諦めずに「気持ちの面での切り替えはできている」ということだろう。

5-5からバックハンドでボールの逆の外側をこすって回転をかけるような、逆チキータと逆バックドライブの中間のような振り方も見せた。これを孫のミドルへ持っていった。かなり独創的な打ち方だ。孫はこれをフォアドライブ一発で打ち抜いてしまう。しかし、そこに「0-2で負けている」という雰囲気はない。のびのびとプレーし、体が動き、何よりもこうして秘めていた技術が飛び出す。

これこそ、今まで中国側が日本に見せつけてきた「いつでも逆転できそうな雰囲気」だ。

万事休すの場面でこそ動きの良さが際立つ今大会の張本からは、それが感じられた。

途中、ラッキーなエッジインもあり、最後は1ゲームでは劣勢だったバックミートの打ち合いを制した。このゲームを11-8で取りきる。逆転への手がかりをつかんだ。

第4ゲーム。ここで両者が切り返しで打ち合う激しい攻防が目立つようになった。孫も必死の形相に変わり、中国ベンチも途中で総立ちとなる応援が始まる。ここを勝負所と見ているのだろう。しかし張本はここでも落ち着き払っており、丁寧なプレーでミスがなく、リードを保ちながら8-6の場面では順切りの下回転サーブをミドルフォア前あたりの絶妙な位置に落とす。その順切りの下回転サーブを、あの名手、孫がネットミス。ハンパな切れ味ではないことがわかる。長いラリーの打ち合いも制し、11-7で勝利した。

気持ちの切り替え。そこに落ち着きも加わった。

第5ゲーム。張本による、孫のミドルからバックへ回すコース取りが目につく。2-2に追いつく場面では、チキータレシーブが、バックドライブに近いスピードで孫のサイドを切った。強烈なボールに孫がのけぞるような姿を見せた。

日本の卓球が、対中国で長年欲しかったのは「フルゲームの末のこういうボール」だった。ファイナルゲームの中でもできる、豊富なバリエーションの技術と選択だ。

驚くべきは技のバリエーションの進化

ファイナルゲームで張本が放ったチキータ一つをとっても、これまでと違う「突然鋭くなるもの」だった。

チキータでスピ―ド速めると、ミスのリスクは高くなる。そこをやってのけた。やろうとする精神的な攻めの姿勢。そしてそれを実行できるのは練習量の賜物だろう。

5-3。ここではあの“絶対女王”孫が浮いたボールをミスするほど、打ち合いに耐えた。根性も感じる一本だ。

8-4とリード。勝てそうな瞬間。しかし、相手が最強中国の場合はいつだって「ここから」だ。

ここで張本は、フォア寄りのミドルにきたツッツキを、あえてバックドライブの姿勢で入り、そこから、打ちやすい相手のバックではなく、フォアへ放つことを試みた。

かなり、トリッキーな打ち方になったこのボールは惜しくもミス。

しかし、こういうプレーも必要だった。驚かせながら、攻めていく———。日本の卓球に欲しい姿だ。

一点ずつ詰めていき、10-6となったところで、今度はフワッとした緩いバックハンドを使った。一発で打たれて終わりそうなこのボールをあえて選択。孫が驚いたような形でミスをして、このゲームが決まった。

孫穎莎も最後に屈した「世界最高の心・技・体」

これまで日本の卓球は、競り合いや土壇場で弱いと言われてきた。

特に、対中国となると「逆転負け」や「ファイナルゲームに持ち込んでの負け」が目立っていたのは事実だろう。

この現象には二つの意見が飛び交っていた。

一つは、なんとか競り合いに持ち込んでも、中国が「最後に競り勝てる」ということは、そもそも中国の方が実力は上だということ。つまり、心技体の「技」と「体」の部分の差となる。

もう一つは、最後の最後で、落ち着いて淡々と一点ずつを詰めていく精神力の凄さだ。つまり、心技体の「心」ということになる。

どれかが大きく上回っているのか、それとも、すべてが少しずつ上回っているのか。それは微妙なラインであり、誰にも断言することはできない。

しかし、今回の張本美和は心・技・体のすべてで、孫を上回ったと言えそうだ。

カギとなったのは、やはり、0-2で負けていた第3ゲームの中盤だろう。追い込まれていることを忘れさせるほどのプレーを見せたあの場面。諦めないのは当然としても、落ち着き払った姿を見せて、一本ずつ徐々に接戦に持ち込むことができていた。それが世界女王を相手に大逆転の勝利を生んだ。

2024年4月にマカオで行われた、ITTFワールドカップの時にも、すでにその片鱗は見えていた。ラウンド16で王芸迪を相手に勝利した際に、「いつもと同じ強気な姿勢」を崩さない姿が印象的だった。それは、すでに技術的には負けていないことも意味した。

パリ五輪でも、技術面では中国に迫るものがあった。そこに、海外での経験値を重ねる中で、心技体の「心」もついてきたということではないか。

徐々に見えてきた、完成形・張本美和。その実像は「世界の絶対女王」に近いものになるかもしれない。そこに平野美宇、伊藤美誠ら実力者が伴走し、万全の状態となったエース・早田ひなも加わる。

日本の女子卓球が世界のトップに君臨し続ける日が、“まさかの圧勝”を決めた今大会をきっかけに、いよいよ見えてきたと言えそうだ。

<了>

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