それだけではなく、睡眠導入剤を飲んで寝ているため、毎朝気分がいい。
「シラフになったので、これからはもっと雑誌を売るためにがんばろう」
そう思っていたが、ある日、編集部一同が社長に呼び出された。
「隔月刊誌から季刊誌になります」
雑誌を売るため、試行錯誤するも…
血の気が引いた。年4回の雑誌だと、いくら下準備をしてクオリティを上げようとも、原稿や企画の本数は、これまでと比べて相対的に減ってしまう。筆者の経験値は、ほかの出版社やウェブメディアで働いている同期たちに、さらに引き離されてしまう。そうならないように、都内の書店に足を運んで挨拶し、販促プロモーションなどについて説明してきたが、それも水の泡……。そう嘆きたいところだが、長年、大人たちがさまざまな施策を試した末に、とうとう限界が来たのだろう。
SNSも積極的に活用した。正直、ウェブメディアでもなければ、雑誌のSNSアカウントでつぶやくことはほとんどない。しかし、定期的に何かを発信しなければ、フォロワーは減っていくし、プレゼンスもなくなる。
そのため、毎日のように時事ネタに合わせて過去記事を引っ張り出して紹介した。有料会員サイトだったため、そこへの流入も必要だったのだが……。
販促イベントも始めた。
当時、酒はやめたとはいえ、筆者は球体のように膨らんだ体型で、髪の毛も伸びていたため、スポーツ新聞の記者たちは「この会社の編集者はヤバいんだな」と思ったはずだ。
なんなら、過去で一番売れた号もあった。それでも、売れ行きはなんとか「安定」する程度で、増えることはなかった。
格差に愕然とし、転職サイトに登録
「どうやって雑誌を売ればいいんだ……」そう悩みながら、夜道をスマホを見ながら家に帰っていると、マンガ『かぐや様は告らせたい』(集英社)の最終巻PVが目に飛び込んできた。
本作は、エリートの集う秀知院学園生徒会で出会った会長・白銀御行と副会長・四宮かぐやの恋愛頭脳戦を描いた作品だ。
アニメにもなった人気マンガなのだが、その最終巻の5分程度のプロモーション動画が衝撃的だった。
本作は「学園モノ」なのだが、そのPVでは実在する校舎をロケ地に、登場人物たちの学校生活を彷彿とさせる景色と、実際のマンガのコマを使用したビジュアルを組み合わせ、マイクロドローンを活用して撮影した映像だった。
筆者は、そのクオリティやお金の使い方に愕然とした。
「こっちにはSNSしかないのに……」
ショックで、そのまま転職サイトに登録してしまった。
「もう、雑誌の売れ行きや休刊の恐怖に悩まされないように、大手出版社に入ろう」
大手に転職したら、γ-GTPが劇的に改善
こうして、酒を断って半年後、大手出版社に業務委託として入ることになった。正社員ではなくなるが、給料がこれまでの倍になるらしいので、あまり深く考えないことにした。「就活もうまくいかず、丁稚奉公のようにアルバイトスタートだったのに、そんなに成り上がってどうするの?」
周囲からは賞賛とともにそう笑われたが、本当にその通りだ。
ちなみに、このときの筆者の健康状態だが、半年前はγ-GTPの値が「2410」と診断されただけでなく、血糖値の指標である「HbA1c(ヘモグロビンA1c)」も6.0%を超えていた。
この数字が何を意味するかというと、「糖尿病予備軍」になってしまったということだ。糖尿病と診断されるのは6.5%からなので、もう少しで丸々としたお腹にインスリン注射、という状態だった。
ただ、酒を飲まなくなって1カ月で、γ-GTPはすぐに200程度まで戻った。それでも、まだ高いが、青天井を超えて2410を突破したこともあるのだから、医者も家族も褒め称えてくれた。酒を飲んでないだけなのにね。
同時にストロング系の人工甘味料を摂らなくなったからか、HbA1cも途端に5.5%に戻った。大抵のことは、酒をやめればなんとかなる。
こうして、30歳になる前に「健康体」で新たな門出を迎えた。
印刷所の対応からして全然違った
所属するのは老舗週刊誌だ。今までいた編集部とは比べものにならないくらい、編集者、記者、カメラマンがいる。さすが、大手出版社だ。歓迎会を開いてもらったが、あらかじめこれまでの私の「アル中人生」を伝えていたので、無理に飲まされることはなかった。
このときも、すっかり持ちネタと化していたγ-GTPの値「2410」を、「通常は40~60だから、600倍なんですよ」と言って笑いを取っていたが、まだ20代前半の若手編集者から「60倍では?」と返された。以前の出版社では誰も指摘してこなかったので、ずいぶんと学力に開きがあることを思い知った。
学力だけでなく、年収もかなり違う。以前の出版社では朝から晩まで牛のように働いてはクレジットカードの支払いを延滞していたが、この会社では30代の正社員は年収1500万円を超えるらしい。すごい。ただ、それまで先輩から苛烈なシゴキを受けるため、残る人も限られる。
それに、ほかの会社からの扱いも違う。以前の出版社で取引のあった印刷所は、担当者に定年退職した老兵を充てていたのだが、大手出版社ともなると担当者はハキハキとした“完璧な営業職”。会社の目の前に支店があり、わざわざ社内まで印刷物を届けてくれる。これまでは色校も「日数がない」という理由で渋られていたのに、ここではじゃんじゃか刷ってくれる。その対応の落差に思わず、叫びそうになった。
媒体のカラーに合う企画をなかなか出せず
もちろん、その分、仕事で求められる質は否応なく引き上げられる。まがりなりにも8年近く編集者として活動してきたので、叩き上げとして「使える」はずだ。ただ、自分がこれまで気にも留めなかった点を指摘される。同じ「雑誌」を作っていても、編集部によって作業工程は異なる。「見出し」というか「タイトル」というか、タレントを撮影した写真は事務所にすべて見せるのか、それとも決定カットだけを見せるのか。現場で編集者は下手に出るのか、それとも場を掌握する立場として振る舞うのか……。会社や編集部によってルールやしきたりは違う。そのフォーマットに慣れるのも仕事のひとつだった。
また、以前の出版社はサブカルチャーというか、限られた読者に向けて情報を発信していたが、大手出版社の場合は「マス」向けに作らなければならない。そのさじ加減や感覚は、長年サブカルチャーの畑にいたため、なかなか掴むことができなかった。
企画会議では「今こそ陰謀論の祖・太田龍を語ろう!」や「参政党と日本保守党のトンデモ度を徹底比較!」などと、以前の出版社のノリでバンバン企画を提案していたら、後日、上司に呼び出されて「ああいうのは控えたほうがいいよ」と諭された。筆者はここにいてはいけない存在なのだ。
顔が土壁のような色の社員に戦慄
これまでのように企画が通らずに卑屈になることはなかったが、「どうやったら一般的な感覚を掴めるのだろうか」と悩むようになった。しかし、酒に逃げることはなかった。
かつて溺れるほどアルコールを摂取し、気絶するように眠っていた頃よりも、ずいぶんと睡眠の質は良くなり、夢を見るようになった。アルコール依存症だった頃は、失神していたようなものなので、ノンレム睡眠もレム睡眠もへったくれもなく、夢を見ることもなかったのだ。
また、自己紹介のように「γ-GTPの値は『2410』」と言っていたところ、この会社にも重度のアルコール依存症の社員がいることを知った。その人は、アルコール依存症の治療が受けられる病院から逃走したことがあるらしい。上には上がいるものだ。
一度、その社員と思われる人物と社内ですれ違ったが、顔が土壁のような色になっていた。さすがに恐れ慄き、筆者もアルコールへの興味はなくなってしまった。
酒の代わりに「過剰な糖分」を欲するように
医者にアルコール依存症と診断されて以降、一滴も酒を口にしなくなったが、だからといって健康的な生活を送れているわけではない。断酒したことで、体がほかに依存対象を求めたのだろうか……。異常なまでに糖分を摂取したくなるようになったのだ。体内からアルコールが抜けた結果、ドーパミンを分泌させるためなのか、毎日夕方くらいに会社を抜け出して近くのコンビニに向かい、リプトンのミルクティー、メロンパン、プリン、エクレア、スーパーカップを購入する。
ざっとカロリーを計算してみたところ、リプトンのミルクティーが77kcal、メロンパンが350kcal、プリンが130kcal、エクレアが260kcal、スーパーカップが374kcalなので、合計で1191kcalである。成人男性が1日に摂取してよいカロリーはだいたい2000kcalくらいなので、そのうちの半分を甘いもので満たしている。
「中島らもや吾妻ひでおの本に書いてあった通りだ!」
当初は体の変化にワクワクしたが、酒よりも甘いもののほうが金はかかる。ようやく酒をやめられたのに、今は毎月の食費がいくらかかっているのか、もはや考えたくもない。
牛丼屋で爆食いして、仮眠室に駆け込む日々
これだけだったらまだいい。ただ、転職しても終電近くまで働いている。この頃になると、いい加減、真夜中に食事をするのはやめようと思うようになり、会社にいても夕方くらいには晩ご飯を食べるよう心がけた。しかし、会社の周りには飯屋がない。あるのは目の前の牛丼屋くらいだ。
かつて就活生のときに、新木場にあるとある出版社の評判を見ていると、ブラック企業というだけでなく、近隣に飯屋がないため「毎日牛丼」という口コミを見てせせら笑っていたが、まさか同じような境遇になるとは思わなかった。
それに、酒をやめて以降、食欲は復活したのか、朝昼晩、難なく食べられるようになった。というよりも食欲旺盛になり、朝も昼も夜もご飯は大盛りでないと満足しなくなってしまった。
そのため、牛丼屋でも特盛にするだけでなく、追加で唐揚げや納豆を頼み、1000円以上する「オリジナルセット」を毎日飽きずに食べていた。
これだけ食べていると、血糖値がぐんと跳ね上がる。その後、急激に低下することで強い眠気に襲われる。いわゆる「血糖値スパイク」である。
こうなると、仕事になんてならないが、ここは大手出版社。なんと仮眠室があるのだ。食べて眠くなると、すぐに仮眠室に駆け込む。
こうして、夕方に爆食いして1時間ほど寝て、また仕事に戻る……。アルコールにまみれていないだけ救いがあると思いたいが、決して健康的とはいえない生活リズムになってしまった。
ミルクティーを一瞬で飲み干すのがストレス解消
アルコール依存症だった頃、散々体を痛めつけたが、結局は似たようなことをやってしまう。それでも、太るだけなら酒よりまだマシだ。HbA1cも酒を飲まない限りは安定している。やはり酒がすべて悪いのだ。
こうして、仕事でストレスを抱えると、過食気味に糖分を摂取していった。そのお供はストロング系でもエナドリでもなく、リプトンのミルクティーだ。それもストローで一気に吸い上げてしまうため、一瞬でなくなる。
というか、まずこのミルクティーを10秒もしないうちに飲み干すことで「至る」のだ。この頃、『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』が「ヤングアニマルZERO」(白泉社)で始まった。初回は楽しく読んでいたが、血糖値スパイクという現象を知ってからはあまり笑えなくなった。
“依存体質”から逃れられぬのか
また、糖分摂取はストレス解消の意味合いだけでなく、頭を働かせたり体力をすぐに回復させたりする意味合いもあった。というのも、週刊誌は担当ページが少なくとも締め切り厳守で、「1時間待って」などとは言えない。すぐ近くで印刷所の担当者が待っている。そのため、毎週締め切りとの戦いだ。特別に難しい企画というわけではないが、芸能人のインタビューの場合、それまでに事務所チェックが済んでいないと大慌てしてしまう。担当マネージャーに鬼電し、事務所にも直接電話しなくてはならない。時間との戦いだ。
それが終わり、校了すれば一安心。つい甘いものに手が伸びてしまう……。というよりも、脳が「今すぐ糖分を摂取しろ」と何らかの電波を発しているようなのだ。むしろ、食べなければ頭痛に襲われることもあった。
結局これも、筆者の気にしすぎな性格と優柔不断さが招いた依存先なのだろう。ほかの正社員を見ていると、どっしりと構えていて、わざわざ甘いものに逃げようとはしていない。
「どこに行ったって、人間そのものが変わらなければ、何も意味がないのか」
深夜のオフィスでひとり、オフィスグリコのお菓子をつまみながら、筆者は依存症からは逃れられないことを思い知った。
<TEXT/千駄木雄大>
―[今日もなにかに依存中]―
【千駄木雄大】
編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある
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