ウクライナ戦争や中東情勢に多くのメディアの関心が集中し、朝鮮半島に関する報道が目立たなくなっている感がある。しかし、韓国新政権の発足と対北政策、ロシアと北朝鮮の関係緊密化、北朝鮮の国内事情の変容など注目すべき動きや状況が生じている。
金正恩総書記、韓国との対話拒否は変わらず
6月に発足した韓国の李在明政権は最近、相次いで北朝鮮への融和政策を発表している。民間団体に対する対北朝鮮ビラ散布の中止要請、拡声器による対北朝鮮宣伝放送の中止、民間による北朝鮮住民との接触制限指針の廃止などに加え、米韓の大規模な合同軍事演習「乙支フリーダムシールド(自由の盾)」で野外機動訓練の一部を延期するなど北朝鮮との関係改善に配慮したとみられる措置も打ち出した。対北強硬路線を取った尹錫悦前政権からの方針転換とみていい。
これを受け、北朝鮮は一時、限定的に韓国の融和姿勢に応じる姿勢を見せるかと思われたものの、李在明政権との対話を断固拒否するとの方針を示した。北朝鮮は一昨年暮れ以来、韓国を敵国と位置づけ、南北統一の目標を放棄する考えを表明しているが、李在明政権に対しても当面は同様の敵対姿勢で臨むことを鮮明にした形だ。
昨年春には「戦争勃発」説も
現在の南北関係について米有力シンクタンクの専門家は「昨年春ほど緊迫してはいないが、厳しい緊張関係は続く」と予想する。実際、昨年初めから春にかけて韓国と北朝鮮の間では「戦争勃発」のリスクが高まった。その直接の原因は北朝鮮のトップ、金正恩総書記が2023年12月、「韓国を和解、統一の相手とみなさない」と宣言、続いて昨年1月「韓国は第1の敵」、同2月「韓国は不変の主敵」と主張したことだ。それまで北朝鮮は少なくとも公式には南北統一を目指すことを内外に表明していたが、金総書記の一連の発言は「韓国を同族とはみなさず、戦争中にある完全な敵対国家と定義づけ、南北統一の放棄を宣言したもの」(前述の専門家)と受け取られた。
この金総書記の発言を受け、韓国は18年の南北軍事合意の効力停止を発表、対する北朝鮮は韓国と結ぶ道路や鉄道を遮断し、南北境界線付近の砲兵連合部隊に「準備態勢」を指示した。しかも、昨年春の米韓合同軍事演習では大規模な野外機動訓練が実施され、米原子力空母はじめ米原潜、迎撃ミサイルシステムを備えたイージス艦、「B-1B」と「B52」の2種類の核戦略爆撃機なども参加、実戦さながらの様相を呈した。
米紙ニューヨーク・タイムズが「北朝鮮が韓国に対し軍事行動を起こす可能性がある」と報じ、北朝鮮研究で知られる米国人専門家2人が「朝鮮半島の状況は朝鮮戦争が勃発した1950年以来、最も危険だ」とする共同論文を発表したことも、「戦争勃発」への危機感をあおる格好になった。だが、その後、北朝鮮がロシアに大量の武器・弾薬を提供し、1万5000人の兵士を派遣したことが明らかになると、韓国との「戦争勃発」説は急速にしぼんだ。北朝鮮が韓国と本当に戦火を交えるつもりなら、ロシアに大量の武器・弾薬を渡すはずがないからだ。
北朝鮮、「ウクライナ戦争特需」で経済好転
北朝鮮は今、韓国と戦争を始める意図はないとはいえ、李在明政権への拒否姿勢から緊張緩和を図ることは考えていないのは明らかだ。北朝鮮には対韓関係を急いで改善する必要性ないとみていいかもしれない。
北朝鮮にとって最大の関心はロシアとの緊密な関係の深化と維持だろう。周知の通り、プーチン・ロシア大統領が昨年訪朝し、金総書記との間で「包括的戦略パートナーシップ協定」に調印した。この協定には一方が武力侵攻を受け、戦争状態になった場合、他方が軍事的援助を提供する旨明記されており、北朝鮮は朝鮮半島有事の際、ロシアの軍事支援を期待できる可能性も指摘される。北朝鮮がロシアに兵士を派遣し、ウクライナとの戦争に参加させたのもこの協定に基づくとされ、その代わりにロシアからさまざまな見返りを得ているとみられる。韓国の国防研究機関「国防研究院」によれば、北朝鮮派遣の兵士1人当たり日本円で月300万円、部隊全体で390億円がロシアから支払われたという。
それだけではない。ロシアは北朝鮮が供与したミサイル・弾薬などに2兆7000億円もの巨額資金を払ったとされている。韓国銀行では、23年の北朝鮮の実質GDP(国内総生産)を3兆2000億円と推計しており、ロシアからのカネが金正恩体制にとってどれだけ恩恵をもたらすかがうかがえる。数年前まで経済不況に苦しんでいた北朝鮮は今や、「ウクライナ戦争特需」による好景気に沸いているとも伝えられる。
トランプ大統領は米朝首脳会談に依然意欲的
一方、北朝鮮は米国との関係をどうしようとしているのか。今のところ、自らは動かずにトランプ政権の出方を見守る構えだ。
しかし、北朝鮮問題専門家は7月末に金総書記の妹、金与正・党副部長が北朝鮮を核兵器保有国と認めるなら米国との協議に応じることもあり得るとも解釈される談話を出し、その中で金総書記とトランプ大統領の個人的な関係は悪くないと述べた点に注目する。
片や、トランプ大統領を巡っては金総書記との4回目の首脳会談に前向きとも受け取れる発言がしばしば報じられている。トランプ大統領が金総書記との対話再開のため、自身で作成した書簡をニューヨークの国連代表部を通じた米朝間の非公式ルートで渡そうと試みたとの情報もある。朝鮮半島を舞台とする北朝鮮、韓国そして米国の動きは不透明とはいえ、突然大きく動きだす可能性もあり、依然として目が離せない。