中国ではクーポン適用後の9.9元(約215円)コーヒーが「当たり前の価格帯」となり、さらに3.9元(約86円)や2.9元(約65円)といった超価格帯の商品が話題をさらう。片や日本ではコンビニコーヒーを含めて価格上昇のトレンドにあり、真逆の様相を示している。
9.9元はもはやスタンダードに
中国の都市部では、ここ数年で「1杯9.9元」がコーヒーの心理的基準として定着した。きっかけとなったのはラッキンコーヒー(瑞幸咖啡)とコッティコーヒー(庫迪咖啡)が全国規模で展開したキャンペーンだ。定価は15~20元前後でも、アプリのクーポンやデリバリーの割引を組み合わせると「だいたい9.9元で飲める」という感覚が、消費者の間で普通のことになった。
その上で、今年はさらに低価格帯が台頭している。ディスカウントチェーンのホットマックス(好特売)は上海などで挽きたてのアメリカーノを3.9元で提供し、SNSでは「貧民コーヒー」という自虐まじりのネットスラングが拡散した。ドリンクブランドの古茗なども2.9元プロモーションを打ち出し、「探せば2~3元台、普通に9.9元」という価格レンジの常識が生まれつつある。
チェーンの顔ぶれも様変わりしている。瑞幸は2025年第3四半期末時点で店舗数が2万9214店に達し、中国最大のコーヒーチェーンとしてスターバックスの店舗数を大きく上回る規模になった。そこへ急追しているのが、蜜雪冰城グループ系の幸運コーヒーだ。「高品質、適正価格」を掲げて地方・低価格帯市場(地方都市や県レベルの都市・町村)から多店舗展開を繰り広げ、25年夏に8000店を突破、11月時点で9800店超と報じられている。商品価格は多くが6~15元(約130~323円)、看板商品の一部は5.9元(約130円)という設定で、「10元前後でそこそこおいしい挽きたてコーヒー」が全国どこでも手に入る環境が広がりつつある。
勢力図が変わる中、スターバックスも戦略転換を迫られた。11月に中国のリテール事業について、中国の投資会社・博裕投資(Boyu Capital)と合弁を組み、約40億ドル、企業価値130億ドル超とされる取引で中国小売事業の最大60%を譲渡することを発表した。
ここまで来ると、中国の挽きたてコーヒーは「ぜいたく品」ではない。クーポン後9.9元という定番価格帯と3.9~5.9元の貧民ゾーンが生まれた結果、コーヒーは日常の必需品に近い位置づけになりつつある。
AIと垂直統合が支える低価格の秘密
なぜここまで価格を下げられるのか。答えは、単純な安売りではなく、サプライチェーンの工業化とテクノロジー活用にある。
瑞幸は創業当初から「アプリ前提のデジタルチェーン」として設計され、モバイルオーダーと事前決済を前提にすることで、客席スペースやレジ人員を極限まで削ってきた。販売データはリアルタイムで蓄積され、AIを用いた需要予測に基づき、各店舗・各時間帯の発注量や仕込みを最適化している。その結果、廃棄ロスや物流コストを圧縮しつつ、数万店規模のスケールメリットを生かした調達が可能になっている。
コッティコーヒーや幸運コーヒーも垂直統合やグループ資源の活用でコスト構造を変えている。庫迪は安徽省にグローバルサプライチェーン拠点を構え、焙煎工場と物流センターを一体運営することで中間マージンを削減している。幸運コーヒーは親会社の蜜雪冰城(ミーシュエ)グループの巨大な原材料調達網と製造・物流インフラをそのまま活用し、地方都市にまでコーヒーを「工業製品並みに規格化・大量生産するモデル」へと近づけている。
さらに、原材料の国産化も進んでいる。中国最大のコーヒー産地である雲南省では、ここ十数年で「インスタントコーヒー向け原料産地」から「スペシャルティーコーヒーの産地」への転換が進展した。
サプライチェーンの垂直統合、AIによる需給最適化、国産豆の品質革命の三つが中国の「低価格なのにそこそこおいしい」コーヒーを支える土台になっている。
日本の値上げは「攻め」ではなく「防衛戦」
一方、日本のコーヒー市場はまったく逆方向に動いている。コンビニ3社(セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソン)は22年以降、ホット、アイス共にSサイズ(150~160ml)のコーヒー価格を段階的に引き上げ、ここ数年で1杯当たり合計20~40円ほど値上げしてきた。かつて「100円コーヒー」が象徴だった価格帯は、現在ではSサイズで140~160円、Mサイズで220~260円、Lサイズやメガサイズで260~360円前後が一般的なレンジになっている。
背景には二重のコスト圧力がある。第一にコーヒー豆の国際相場の上昇と主要生産国(ブラジル・ベトナムなど)の気候リスク。第二に円安だ。1ドル150円前後という水準が続いたことで、輸入原材料のコストが大きく膨らんだ。日本はコーヒー豆のほぼ全量を輸入に頼っており、「量は変わらないのに輸入金額だけが増えていく」状態が続いている。
総務省の消費者物価指数を見ると、24年の日本のCPIは総合で前年比2.7%増だったのに対し、食料は4.3%増と高い伸びを示した。25年に入っても食料関連の価格上昇は続いており、コーヒーもその波に呑まれている。
結果として、日本の値上げは「新しいビジネスモデルを作るための攻めの投資」というより、コスト上昇に耐えるための防衛的な価格転嫁にならざるを得ない。企業努力だけでは吸収しきれない局面に入り、消費者に負担を求めざるを得ない構図となっている。
同じコーヒーでも果たす役割が違う
日中の価格差を理解するには、「コーヒーが生活の中で果たす役割」の違いを見る必要がある。
上海をはじめとする中国の大都市では、コーヒーはビジネスパーソンの「燃料」だ。23年末時点で、上海のカフェ店舗数は9553店と報告されており、都市別では世界最多とされる。オフィス街ではラッキン、コッティ、Manner、幸運コーヒーなどが半径数百メートルに密集し、デリバリーアプリを開けば、3.9~9.9元の挽きたてコーヒーがいつでも届く。朝昼夕と1日3回飲む人も珍しくなく、都市の生産性を支える基礎コストに近い位置付けだ。
一方、東京など日本の都市では、コーヒーは「ちょっとしたご褒美」「気分転換」という意味合いが強い。スターバックスやサードウェーブ系カフェは空間価値やストーリーを重視し、コンビニコーヒーは「安くてそこそこおいしい一杯」として支持されてきた。だからこそ、100円から120円、150円へとじわじわ価格が上がると、「ささやかな楽しみが削られる」という心理的インパクトが大きくなる。
中国では、直近3年で年平均約17%成長という高成長産業として、地場チェーンが低価格とスケール拡大を競争の武器にしているのに対し、日本は成熟市場として品質維持とコスト転嫁をどこまでバランスさせるかが主なテーマになっている。
勝敗を分けるのはテクノロジーと構造
中国の低価格モデルは永続できるのか。過度な価格競争は収益性を圧迫し、独立系カフェの淘汰も加速させている。市場が成熟段階に入れば、ブランド差別化やサステナビリティーへの投資が必要になり、「ひたすら安い」戦略は限界を迎えるだろう。
日本に目を移せば、「高付加価値化」と「サプライチェーン効率化」の両立が課題となっている。沖縄などでの国産コーヒー豆の試みや、小規模ロースタリーの増加は芽生えつつある変化だが、為替リスクを和らげるほどの規模には達していない。
グローバルな視点から見れば、はっきりしているのは一つ。テクノロジーとサプライチェーン設計がコーヒービジネスの勝敗を決めるということだ。
中国のローカルチェーンはAI、データ、垂直統合、国産豆という攻めの構造改革によって「値下げの未来」を切り拓き、日本は円安と物価高の中で「値上げの現実」と向き合っている。
たった1杯のコーヒーだが、その裏側には国ごとの産業構造、都市のライフスタイル、企業の戦略、そして働く人の生活が凝縮されている。日中ビジネスに関わる者にとって、コーヒーは「安いか高いか」を嘆く対象ではなく、都市と市場の変化を最も早く教えてくれる指標だといえる。(提供/邦人NAVI-WeChat公式アカウント・編集/耕雲)











