2026年1月20日、中国のポータルサイト・捜狐に「今の日本アニメに登場するギャルは、もはやかつてのギャルではない」と題した記事が掲載された。

記事は、「ここ数年、日本のアニメや漫画を見ていると、ある明確な変化に気づく。『ギャル』というタイプのキャラクターが、明らかに増えているのだ。彼女たちには、いくつかの共通した特徴が見られる。ファッションセンスは抜群で、服装は大胆、スタイルも良い。その一方で、成績は優秀、頭の回転も速く、性格は温和で理性的、さらには内向的でコミュニケーションが苦手な主人公の少年を積極的に気遣う存在として描かれることも多い。要するに外見はギャルでありながら、中身は『完璧なヒロイン』なのである」と説明した。

一方で、「問題はまさにそこにある」とし、最近、ギャル雑誌の元編集者・安原まひろ氏がX(旧ツイッター)上でこの風潮に対して「ギャル=頭と性格が良く筋を通すみたいな最近のギャルの歴史改変には心底ウンザリしている」と強い不満を示したことを紹介した。

記事は、「彼の考えでは、本来のギャル文化は、現在の描かれ方とはまったく異なっていた。時代を1970年代にまでさかのぼると『ギャル』という言葉が日本で広まり始めた当初は、不良少女を指していた。当時のギャルの本質的な特徴は『優しさ』や『思いやり』ではない。実際のギャルを知る人々の記憶をたどれば、中学生の頃から喫煙や飲酒をし、夜遊びを重ねて帰宅しない姿が挙げられる」とした。

また、「部屋の壁にはたばこの箱が貼り付けられ、弟を使い走りにし、音楽を大音量で流して家族を困らせる。周囲には不良少年ばかりが集まっていた。率直に言えば、彼女たちは誰にも媚びるつもりのない少女たちの集団であった。それに対して、現在のアニメに見られる『外見はギャルだが、内面は優等生』という造形は、安原氏に言わせれば、現実とかけ離れているだけでなく、ギャル文化が本来持っていた価値そのものをおとしめているという」と述べた。

その上で、「なぜ現代のギャルは『無害化』されたのか。これはギャルに限った問題ではなく、映像作品化においてよく見られる現象である。現実では危険で不安を伴う存在ほど、二次創作の中に取り込まれる過程で、リスクや負の側面、現実性が取り除かれていく。不良少年が恋愛作品でロマン化されたり、ヤクザが『筋を通す正義の組織』として描かれたり、盗賊ですらファンタジー世界では格好いい職業に変えられてしまう」と指摘した。

そして、「現在のアニメのギャルは、いわばオタクが安心して好意を抱ける、理想化された不良少女へと変質した。本物の不良、本物の反抗性、本物の扱いづらさは、恋愛対象にも商品展開にも向かない。ゆえに彼女たちはギャルという外見だけをまとい、内面は安全で管理しやすく、優しく、主人公を理解する『テンプレートキャラクター』へと作り替えられたのである。かつてギャルは、反抗そのものを体現する文化であったが、今では見た目だけのラベルに成り下がってしまったのである」と結んだ。(翻訳・編集/岩田)

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