昨年10月、悲しい知らせがあった。それは僕が敬愛する日本人の歌手、谷村新司さんが亡くなったという知らせだった。

中国で何度もコンサートを開き、ヒット曲も多く、人気があった方なのでネットニュースで大きく報道され、その死を惜しむ人のコメントが数多く寄せられた。僕もコメントを書いた一人だ。

僕は谷村さんの歌を聞いて、音楽が好きになり、日本語に興味を持ち、日本語を学ぶようになったからだ。その日、僕は夜空を見ながら、谷村さんの歌を聞いて、過去を思い返した。

僕が初めて谷村さんの歌を聞いたのは2010年の上海国際博覧会の開幕式の時だった。谷村さんは、今では中国人の誰もが知る「昴」を歌い、当時8歳だった僕にも大きな感動を与えたのだった。後に、この曲は谷村新司さんが黒竜江の星空に思いを馳せて作った曲だと知り、この曲が持つ壮大な宇宙への果てしなき思いとともに、日本への親しみも感じさせてくれたのだった。

それから僕は谷村さんの曲を中心に、アリスの「終止符」「遠くで汽笛を聞きながら」や山口百恵さんの「いい日旅立ち」などもよく聞くようになった。しかし、その頃は今のように聞きたい曲を簡単に聞くことはできなかった。同じCDを何度も何度も聞いたり、パソコンを持っている友達の家に遊びに行って、DVDを見せてもらったりしていた。こうして日本の音楽が好きになり、日本語の歌詞にも興味を持ち、高校時代には日本語の勉強を始めた。

その頃からインターネットや音楽アプリで日本人歌手の歌や曲のことなどのいろいろな情報を得られるようになり、自由に曲が聞けるようになった。

また音楽アプリのAIが僕がよく聞く音楽から、好みに合いそうな歌を精選してくれるので、音楽の範囲がどんどん広がっていった。日本の国民的な歌手であるMISIAさんも、AIが僕のために精選してくれた歌手の一人だ。彼女が中国の動画サイトに動画の投稿を始めた時、ファンの僕はとても嬉しかった。

また中国の『歌手・当打之年』というテレビ番組に何回も出演し、中国人の歌手たちと歌を競い合った。MISIAさんは中国のプラットフォームを利用しながら、日本の音楽を伝え中日友好を深めている。

最近感じるのは、日本人歌手の歌が中国人のリスナーの耳に届くようになってきたことだ。それは中国で大人気となったショートビデオのBGMに日本の音楽が多く使われるようになったからだ。以前、日本の音楽は中国の歌手が中国語に歌詞を変えて歌うことが多かった。「未来へ」「雪の華」「それが大事」などは中国の歌だと思っている人が多いと思う。実際、僕も「北国の春」をずっと中国の歌だと思っていた。

僕は音楽を聞くだけではなく、歌うことも好きでカラオケによく行く。しかし周りの大人たちは、僕が日本語の歌を歌うことに、あまりいい顔をしなかった。

しかし大学に入ってから、ほとんどのクラスメートたちは日本の歌が好きで、僕が日本語の歌を歌うことを喜んでくれた。また日本人教師の鈴木先生は会話の授業で「花は咲く」という歌を教えてくれた。この歌は、2011年に日本の東北地方で起きた地震の被災者と被災地の復興支援のための感動的な歌で、カラオケに行くと必ず歌う僕の定番である。

鈴木先生とカラオケでいっしょに歌を歌う時、中国語の歌も日本語の歌も歌うし、アニメソングも歌う。僕が「昴」や「それが大事」などを歌うと鈴木先生は懐かしいと言われるが、僕にとっては日本語で歌うこれらの歌が新鮮に感じられるのだ。音楽は僕にとって最高のコミュニケーション手段となっている。

よく中国と日本の関係は冷え込んでいると聞く、しかし僕はそう思わない。逆にますます熱くなっている。音楽は国境を越え、お互いの文化や感情をより深く理解することを可能にしている。音楽によって中日両国の交流と友好はより堅固なものになると信じている。

■原題:音楽は国境を越える

■執筆者:姚家偉(通化師範学院)

※本文は、第20回中国人の日本語作文コンクール受賞作品集「AI時代の日中交流」(段躍中編、日本僑報社、2024年)より転載・編集したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。

なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。

僕が日本語を学ぶようになったきっかけ―中国人学生
日本語作文

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