2025年2月15日、中国のポータルサイト・捜狐に「『鬼滅の刃』の童磨を再考、彼は本当に善良で聡明だったのか」とする記事が掲載された。
記事は、「『鬼滅の刃』に登場する上弦の弐・童磨(どうま)は多くの女性を食らった鬼であり、嘴平伊之助(はしびらいのすけ)の母・琴葉(ことは)や胡蝶(こちょう)しのぶ姉妹さえもその犠牲となった存在である」と説明した。
その上で、「彼の『善良』という自己評価は、あまりにも皮肉に響く。しかし作品を注意深く読み込むと『人を食らう』という一点を除外した場合、童磨の発言は必ずしも完全な虚言とは言い切れない側面も見えてくる。その理由を理解するには、彼が生きた当時の日本の社会状況を踏まえる必要がある」と述べた。
記事は、「童磨の出生年は1782年頃だと推測されているが、その頃の日本では歴史上最悪級の飢饉(ききん)の一つである天明の大飢饉が発生した。飢饉は約6~7年間続き、死者数は全国で約30~50万人、あるいは90万人以上とも言われている。極度の食糧不足のなかで、飢餓のために子どもを売る親も多く、さらには人肉食の悲劇さえ起きた」と言及した。
そして、「このような過酷な時代背景を考えると、童磨が教祖を務めた『万世極楽教』は、ある種の避難所のような存在であったと言える。食事と住居が保証され、教祖である童磨自らが信者の悩みに耳を傾けるからだ。教義もまた『穏やかな気持ちで楽しく生きる』『辛いことや苦しいことはしなくていい、する必要はない』といった前向きな内容であった」とした。
また、「確かに信者は最終的に童磨に食われる可能性がある。しかし教団に入らなければ、外で餓死する確率も高かったと考えられる。童磨は、万世極楽教は哀れな人々を守るためにあると述べている。
さらに、「物語の舞台である大正期の日本では『家制度』が法的に存在していた。たとえ伊之助の母・琴葉が家庭から逃げ出したとしても、夫は『同居義務』を理由に妻の帰宅を求めることができたのだ。仮に夫が死亡しても、戸籍を失えば社会的基盤を持たない存在となる。女性が自立して生きることは極めて困難であっただろう」と考察した。
記事は、「童磨自身は、人を食らう行為を『苦しみからの解放』であり『救済』であると本気で信じていた。彼の価値観に立てば、それは善行であった。故に彼が自らを『善良』と称したことは、少なくとも彼自身の論理体系のなかでは矛盾していない。残酷な歴史的背景のもとでは、時には鬼のほうが人間らしく見えることもあるのかもしれない」と論じた。(翻訳・編集/岩田)











