先日、テイラー・スウィフトがユニバーサル・ミュージック・グループと新たに結んだ契約内容は、自分ひとりが良い思いをするのではなく、アーティスト・コミュニティ全体に恩恵をもたらした。

「意外にも私は、人と張り合うタイプじゃないの。
信じないかもしれないけど、争いごとは本当に嫌いなの」

2014年、ローリングストーン誌とのインタビューでテイラー・スウィフトは、当時とある女性ポップスターとの間で起きていたもめ事についてこう語った。このコメントから、スウィフトはガッツがないと思うのも当然かもしれない。人生最大の大勝負という時でも、あの子はみんなと仲良くやるタイプなんだろう、と。

先週、そうした当て推量は跡形もなく消えた。月曜(11月19日)、スウィフトは、短いフリーエージェント期間の末、ユニバーサル・ミュージック・グループと新規グローバル契約を結んだことを明らかにした。この決定により、彼女は12年間在籍した古巣、ナッシュヴィルのレーベルBig Machineを去ることになった。

今回の新たに結んだ契約では、この先レコーディングしたマスター音源の原盤権はスウィフトが所有する――つまり、今後10年間はUMGにライセンス使用権を与え、10年が経過した後は再び彼女の手に全ての権利が戻る。

超スーパースターにとって、これは大革命ともいうべき快挙だ。過去何十年もの間、大手メジャーレーベルはこうした権利の一部(あるいはすべて)を半永久的に自分たちのものにしようとしてきたのだから(プリンスやジョージ・マイケルが、所属レコード会社と繰り広げてきた過去の武勇伝からも、今回の契約もスッタモンダになりかねなかったことが伺える)。

だがスウィフトはそれだけで終わらなかった。UMGとの契約発表にあたり、さらにこう明言した。「今回の契約で、私が何よりも重視していた条件がありました。
ユニバーサル・ミュージック・グループとの新規契約の一環として、彼らが保有するSpotify株の売却額はすべて、アーティストに、返済義務のない報酬として分配するよう、要求したのです」

どれほどこの行動が無私無欲であるか、意義をきちんと把握するために、ここで少々背景知識をおさらいしておこう。

Music Business Worldwideによると、三大レーベル(ユニバーサル、ソニー、ワーナー)――さらにインディーズレーベルの代表格、マーリンも含め――が2008年、初めてSpotifyとライセンス契約を結んだ際、彼らは同社の累積型優先株式の18%を受け取った。

時が経つにつれ、Spotifyの投資家が増えたことにより、この株式は希薄化していった。すなわち、スウェーデンに拠点を置く大手ストリーム会社が4月にニューヨーク株式市場に上場するころには、18%だったシェアは半分の9%になっていた。

以来ソニーは、保有していたSpotify株の50%を、およそ7億6800万ドルで売却。ワーナーに至っては、5億400万ドルで全株式を売却した。

現在まで、保有株を売却していないのはユニバーサルだけで、今後も引き続き、推定3.5%のSpotify株を保有してゆく。Spotify株の株価の値動きにもよるが、ユニバーサルの保有株の市場価格はこの1か月間で8~9億ドル相当にのぼる。

アーティストがレコード会社と契約する際、通常は小切手で「前金」が支払われる。言ってみれば銀行ローンのようなものだ。レコード会社のために稼いだ収入(稼げたらの話だが)は、負債返済に充てられる。最終的に「元が取れる」ようになった時点で、アーティストはようやく契約書で合意したロイヤリティを全額受け取れるのだ。


だが問題は、大半のアーティストが、元を取れずじまいだということ。音楽業界はもう長いこと数名の超スーパースターに支えられていて(スウィフト様、いらっしゃい)、実質彼らが「売れない」無数のアーティストたちの給料を支払っているようなものなのだ。

どのぐらい厳しい世界かをお教えしよう。巷で言われているところでは、レーベルに所属する全てのアーティストのうち、元がとれる状態なのはたったの5%。そう、レコード会社と契約したアーティストの19~20%は、前金で受け取った額を一生返せずに終わってしまう。

去る6月、ソニーは保有するSpotify株からの配当金をアーティストに分配するにあたり、こうした未納分を考慮しない、と発表して音楽業界を驚かせた。

多国籍企業がこのような寛大な措置をとるとは、まさに前代未聞の出来事だった。その結果、関係者の推定によれば、ソニーは現在所属アーティストに対し、Spotify株の売却で得た現金7億6800万ドルのおよそ1/3をアーティストに支払った。結果として、ソニー所属の何千人ものアーティストたちの銀行口座に、思いがけない臨時収入が舞い込んだ。

しかし、ワーナーはまったく異なる措置を取った。Spotify株を現金化した5億400万ドルのうち、25%(1億2600万ドル)をアーティストに分配したが、未納分の借金はしっかり考慮にいれた。要するに、1億2600万ドルという大金は、丸々会社の金庫に収められたままだった。


そこで世界最大のレコード会社、ユニバーサル・ミュージック・グループの登場だ。UMGは3月、保有するSpotify株を現金化する場合は、必ずアーティストに分配することを約束した。だが、具体的な方法についての詳細は明言しなかった。

テイラー・スウィフトはそこを突いてきたのだ。

業界内で囁かれている噂によれば、三大レーベルはどこもスウィフトとの契約を狙っていたらしい。SpotifyやApple、そのた大手携帯会社もまた、たとえどんな犠牲を払っても、彼女と直接なんらかの提携契約にこぎつけたいともくろんでいたようだ。

彼女が今回提示した返済不要のSpotify条項こそ、彼女がユニバーサルと契約した最大の理由だ。UMG関係者筋から、今週こんな話を聞いた。「Spotify株価の分配に合意させ、しかも返済不要という形でアーティストに還元すると確約させることが、テイラーにとって最大の重要事項だった。交渉でもとくにこの点を力説していたよ。ユニバーサルもすでに覚悟を決めていた。とくに、今年初めにソニーが前例を作っていたからね。
話は早かったよ」

さらにその人物は続けてこう言った。「もちろん世間は、結局は契約金を一番多く払えるのはどこかによるだろう、と推測するだろうね。でもそうじゃないんだ。金は金だし、テイラー・スウィフトは大金に値するアーティストだ。だけど、そのことと今回の彼女の決定とは、まるっきり関係ないんだよ。

つまるところ、彼女はアーティストに理解を示してくれるレコード会社を望んでいたんだ。アーティストへ還元することに誠心誠意向き合ってくれて、しかも今後大きく成長し、彼女のブランドを世界規模で保護してくれる、信頼できる会社を望んでいたのさ」

数字を細かくみていくと、スウィフトのSpotify条項がいかに重要な意味を持つかが見えてくる。そして、こうした手段に訴えることで、彼女が自分の分け前よりも、どれほど仲間たちに恩恵をもたらしたのかもわかってくるだろう。

そもそも、ユニバーサルから返済不要のSpotify条項を取り付けることで、スウィフトはアーティスト仲間にどれだけの額の利益を確保したのか?

ユニバーサルによれば、スウィフトの主張は、Spotifyの分配金は「他の大手レーベルがすでに支払った金額よりももっと良い条件」でなくてはならない、ということ。参考までにソニーを例に挙げると、すでに述べたように、彼らはSpotify株の売却で得た現金の約33%をアーティスト側に支払っていると推定される。

ユニバーサルのSpotify株保有率は3.5%だが、市場価格はここ数ヶ月で8億5000万ドル相当。そのうち1/3、アーティスト還元分はおよそ2億8300万ドルにのぼる。
ここで思い出していただきたい。レーベルに所属しているアーティストの95%が、レコード会社に借金が残ったままだと見られる。

もちろん、全員が同じ額を受け取るわけではない。それに、各人のユニバーサルに対する未納負債額がいかほどか、我々には知る由もない。

だとしても、前金の相場が何百万ドルというこのご時世、スウィフトが仲間のユニバーサル・アーティストに贈った返却不要金の額は1000万ドル単位だと見ていいだろう。本来であれば、彼女が契約した大手レーベルが手にできていたはずの額だ。

だが、スウィフトの契約合意で最も重要な点は、彼女が直接受け取る額は、他のスーパースターよりもずいぶん少ないと言うことだ。

SpotifyをモニタリングするサイトKworbによれば、Spotifyの歴代ストリーミング件数でいうと、Swiftは84位。通算で15億9000回再生されている。彼女がここ数年、何度となく、地球上で最高収入をあげているのにもかかわらず、だ。

SwiftがSpotifyのランキングで順位が低い理由は主に2つある。第一に、彼女は2014年、Spotifyの広告収入モデルに抗議して、自らの曲をすべて撤収したためだ。
「私の意見では、音楽はタダであるべきではない」と彼女は批判した(彼女のアルバムはその後3年間、Spotifyにアップされなかった)。もうひとつの理由は、スウィフトがアルバムを「店頭に陳列」しつづけた、と言うこと。昨年ミリオンセラーを達成した『レピュテーション』を見れば一目瞭然。このアルバムは、店頭やiTunesでリリースされから3週間後にようやくSpotifyに登場した。

客観的にみれば、スウィフトのSpotifyでのストリーム件数15億9000万件は、Spotifyで最大の人気を誇るアーティスト、ドレイクのわずか1/10(彼のストリーム件数は150億回以上)で、奇遇だが彼もまたユニバーサル所属のアーティストだ。

これを掘り下げてみると、Spotifyは「月間アクティブユーザー1人あたりのコンテンツ時間数」というデータを2017年末から公開している。私の計算によれば、現在Spotifyはたった1日で約20億件のストリーミングを配信している。

ソニーやワーナーにならってユニバーサルも、Spotifyから得た9億ドル相当の収益を配当方式でアーティストに分配している。つまり、最も人気のあるアーティストが最も多い取り分を与えられる、という仕組みだ。

スウィフトは上位アーティストのトップ10はおろか、20位圏内にも入ってこない。彼女はただひとえに、自分ひとりがオイシイ思いをする契約ではなく、アーティスト・コミュニティに広く還元できる契約を取り付けたのだ。

スウィフトが音楽仲間の収入を守ろうと躍起になったのはこれが初めてではない。2015年、彼女はApple Musicが3か月間の無料お試し期間中の利益をアーティストに還元していないとして、大っぴらにAppleを非難した。

この行動で、スウィフトは音楽業界で間違いなく最も力のある企業との関係を危機に追い込んでしまった。Appleはすみやかに態度を軟化させ、スウィフトもまた、彼らの公式謝罪を受け入れた。

スウィフトは「名声と金、復讐に取りつかれている」と意地悪なことを言う者もいるだろう。だが数字が語る真実は、それとはまったく違っている。スウィフトは見かけとは裏腹に、真のパンクロック級の反逆児で、巨大企業を相手にケンカをふっかけ、自らの商業的パワーを武器に彼らをぎゃふんと言わせ、正しい行いを指せているのだ。
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