11月初めには、歌詞の内容はまったく異なっているものの、非常によく似たサンプリング音源が韓国のポップグループEXOの「Tempo」で再登場した。「おれのテンポを狂わせないでくれ」という歌詞をより含みのある内容にしている。
「Mi Cama」と「Tempo」はどちらも大ヒット曲である。「Mi Cama」は様々な国の音楽チャートでトップ10入りを果たすとともに、YouTubeで6億近い視聴回数(リミックスを含む)を記録した。「Tempo」はYouTubeのグローバルチャートの5位にランクインし、韓国では4週連続でシングルチャート1位を獲得した。実は、この効果音にはアメリカのヒップホップとR&Bにおける短いながらも極めて重要な歴史が隠されているのだ。
まず、この効果音について知っておかなければいけないことがある。それは、本当はマットレスのスプリングの音でもなければ、サンプリング音源でもないかもしれない、という事実だ。この音がヒップホップで初めて使われた例としてもっとも頻繁に取り上げられるのが、リル・ジョンがプロデュースした2004年のクランクを代表するトリルヴィルの「Some Cut」だ。「スタジオで、ギタリストのクレッグ・ラヴとベーシストのル・マークイス・ジェファーソンと一緒にビートを作ってたんだ」ジョンは振り返った。「ビートを作りながら、おれがロッキングチェアに座りながら前後に揺れてると、クレッグが『いまの聴いた?』って突然言うんだ。『何をだよ?』『ロッキングチェアがビートに合わせてキコキコいってる!』『まじかよ!』ってことになって、さっそく椅子にマイクを近づけた。
トリルヴィルが「Some Cut」のミュージックビデオを公開すると、ラッパーたちは効果音の出所をめぐってああでもない、こうでもない、と議論を展開した。ビデオの最初のシーンでは、マットレスの動きに合わせてバネが伸び縮みする様子が映し出される。あとに続くきわどい歌詞が、セックスを連想させリスナーを刺激。「Some Cut」は2004年の音楽チャート「ホット100」で14位にランクインした。
ケルソン・キャンプとティアラ・トーマスは、のちにワーレイの「Bad」として2013年に25位にランクインを果たす楽曲に取り組みはじめた頃、トリルヴィルの「キコキコ」音を再現しようとしていた。
アトランティック・レコードが「Bad」を見出したとき、レコード会社はトリルヴィルのオリジナル音源の著作権料を支払うことを渋ったため、キャンプは独自でサウンドを作る必要があった。「ほんの一部の人しか知らないけど、その頃、ちょうどパソコンにマットレスの音が入った動画を自分で持っていたんだ」とキャンプは言った。「音声ファイルをチェックしていたときにこの『キコキコ』という音を見つけて、細かくカットしてみた」
不思議なことに、新しいマットレスの音の出所として自らの性生活を引っ張ってきたと主張するプロデューサーはキャンプだけではない。「Bad」の翌年、タイ・ダラー・サインがリリースした「Or Nah」はアメリカで400万枚を売り上げた。堂々としたセックス指南書とも呼べるこのシングルでは、「Some Cut」と非常によく似た効果音が使用されていた。キャンプは、自らの「キコキコ」動画からサンプリングした音源を使用したかもしれない、と考えている。「『Or Nah』のキコキコ音はずっと低くてフィルターもかかっている。
しかし、「Or Nah」のプロデューサーのひとりであるマイク・フリーは「Some Cut」のサンプリング音源も「Bad」の効果音も使用していない、と主張する。キャンプのように、フリーも独自の音を見つけてきたと言う。「個人的な動画から録音したもの」とフリーは述べた。
「Some Cut」のマットレスのバネの音はいたるところに現れる。プロデューサーのナッシュ・Bもまた、Jacqueesの「B.E.D.」のリミックスにおいて、エクスタシーあふれるハーモニーが印象的なアウトロにバネの効果音を重ねている(オリジナルバージョンにはバネの効果音は入っていない)。「楽曲にプラスするには最高の要素だ」とナッシュ・Bは言う。ブルーノ・マーズだってそうだ。サンプリング音源は正式にクレジットされていないものの、「Thats What I Like」のインストゥルメンタル版を聴くと、きしむ音が聴こえるとキャンプは指摘した。
さらには、ティナーシェの「Ooh La La」のプロデューサーであるJ・ホワイトも「Some Cut」の影響を認めている。「そのころは誰もがリル・ジョンに夢中だった」とカーディ・Bの「Bodak Yellow」のプロデューサーとして知られるJ・ホワイトは言った。「ワーレイの曲でマットレスのバネの音を聴いたんだ。
K-POPがアメリカのヒップホップとR&Bから大きな影響を受けていることを考えると、マットレスのバネの音がはるか韓国まで渡ったことは決して意外ではない。アメリカのキコキコ音をアジア市場に輸出したことには、K-POPに数多くの楽曲を提供してきたジャミル・チャマス(カリードのポップラジオヒット曲「Love Lies」はアメリカでもヒットした)の影響もある。2014年ごろにこの音の普遍性に気づいたチャマスは、オンラインバージョンを探して、自らの必殺技のひとつに加えたのだ。「よく聴こえるように、音を調整したんだ。今ではたくさんの人がこの音をサンプリングするので、ごちゃ混ぜになっているけど」とチャマスは言った。
チャマスがこの音をK-POPに導入した理由は「新しかったから」だ。この音はNCT 127の「Baby Dont Like It」、EXOの「They Never Know」、SHINeeの「Prism」など、チャマスが関わっているすべての楽曲に含まれている。さらには、EXOの「Tempo」ではクレジットにも名前が記載されている。「もっと盛り上げたい部分が楽曲にあれば、キコキコ音を入れるだけで不思議といい感じになる」とチャマスは言った。
カロル・Gの音の出所はさらに意外である。シングルのプロデューサーであるアンディー・クレイは「Some Cut」へのオマージュではなく、伝統的なレゲトンの雰囲気を作り出そうとしたのだ。マドリードでのデモセッション中、クレイとともにプロデューサーを務めたライートとソングライターのオマール・クーンズはNative Instrumentsというオーディオ プロダクション プログラムに収録されている8627のサンプル音源からたまたまこの「キコキコ」音に出会ったのだ。のちにクレイは出来上がった曲をバチャータ歌手のプリンス・ロイスに聴かせると、ロイスはカロル・Gを強く推薦した。
14年前にアトランタのプロデューサーが世に送り出したキコキコ音がなぜソウル、マドリード、さらにはコロンビアのメデジンにまで広がったかについてクレイは見解を述べた。「中国語、スペイン語、英語などの言語を超えて私たちはベッドの音の意味を理解する。でもそれだけじゃない、その音には世界共通のユーモアがあるんだ」とクレイは言った。