※2月19日追記:オジー・オズボーンは病気のためDOWNLOAD JAPAN 2019出演キャンセルとなった。
スコット・イアンという人は、55歳を迎えた今でもティーンのメタルキッズのようだった。話を聞いているうちに、彼の真っ直ぐな視線、ごまかしなど一切ない快活な受け答え、何十年も前の話を昨日のことのように話す無邪気な姿にすっかり魅了されてしまった。本文には書いていないが、過去のエピソードを話すときに「当時の俺の格好は革ジャンを着て、ジーンズをはいて……まあ、今と同じだな(笑)」と少し恥ずかしげに微笑む様子には思わずキュンとすらした。
インタビューでは、アンスラックスというバンドが過去に迎えたいくつかの転機や、パブリック・エナミーとのコラボで後世に非常に大きな影響を与えた「Bring The Noise」にまつわる裏話、大ファンだったというKISSとの初対面時のエピソードなど、多岐にわたる話題で楽しませてくれた。インタビューの最後には日本のメタラーが作るサークルピットへの言及もあり、短い時間でありながらとても興味深く、かつ楽しい内容になった。
―2010年代に入ってから発表したアルバム『Worship Music』と『For All Kings』がいずれもファンから高い評価を受けていますが、スコットはどう感じてますか?
とても幸せなことだね。それ以外になんて表現していいか分からないほどうれしいよ。
―そもそも、アンスラックスが成功したポイントは何だと思いますか?
成功と言ってもいろいろあるけど、自分にとって一番の成功は最初のアルバムを作ることができたことだよ。俺らは自分たちがレコードを作るのにふさわしいバンドだと思ってたんだけど、俺たち以外に誰もそんなこと思ってなかった。

Courtesy of DOWNLOAD JAPAN 2019
―その他にこれまでバンドにとってどんなターニングポイントがありましたか?
そうだな……1987年はバンドにとって大きな年だったね。『AMONG THE LIVING』をリリースして、商業的にかなり成功して、それまではライブハウスレベルでしかツアーができなかったけど、その年の5月からツアーを始めて、8カ月後にはアリーナでライブをやってた。
―それはすごい!
だから、この年は大きなターニングポイントだったね。のちに言う”ビッグ4”っていう大きな波に乗れたし、その波がブレイクして、突如として俺たちは世界規模でビッグなバンドになったんだよ。あの1年と『AMONG THE LIVING』というアルバムがあったからこそ、俺らはあれから31年が経った今でも音楽を作れてるんだと思う。あのアルバムはそれだけ強いインパクトを残したからね。
―当時はどういう心境でしたか? ライブハウスでしか演奏したことなかったのが、いきなりアリーナになったわけですよね。
ものすごくエキサイティングな気分だったよ(笑)。
―当時、MTVやラジオでのプロモーションはしてたんですか?
いや、当時MTVに俺らは出てなかったし、ラジオで曲が流れたこともなかったよ。全部口コミの力だね。シーンにはエクソダス、メタリカ、スレイヤー、メガデスがいて、俺らもそのなかにいて、そういったバンドすべてが1983年から1986年の間に地道な活動を重ねた結果、1987年にブーンって感じで一気にメインストリームに躍り出たんだよ。

Courtesy of DOWNLOAD JAPAN 2019
―当時、ご家族や友人の反応はどうでしたか?
成功する前から話してた夢が叶ったから、みんな大興奮してたね。1986年まで俺は実家で暮らしてたんだけど、母ちゃんは俺の夢が現実になることも、バンドがビッグになることもなかなか信じてくれなかった。だけど実際にビッグになっただろ? だから彼女はすごく喜んでたよ。彼女はいつも「いつまでもそんなところに座ってないで、早くまともな仕事に就きなさい!」って俺に叫んでたからね。俺は大学に入ったけど中退したし、バンドを一生懸命やりたかったから正社員の仕事なんてできるわけもない。俺は母ちゃんに「仕事はちゃんとしてる」って言ってたんだけど、「バンドなんかでお金が稼げるわけないじゃない!」っていつも怒られてたな。
―バンドメンバーとの関係はどうですか? 過去にはメンバーチェンジもありましたが。
俺とフランキー(フランク・ベロ/Ba)、チャーリー(・ベナンテ/Dr)、ジョーイ(・ベラドナ/Vo)の4人は1984年の終わり頃から一緒に活動してて、お互いのことを本当によく知ってるし、これまでに何枚もレコードを作って来たわけだからとても仲がいいよ。もしこの歳になって仲が悪かったらバンドはできないよね。
―すごく正直ですね。
だってバンドは楽しくないと。それぐらい俺はこのバンドでギターを弾くのが楽しいんだよ。
―では、ヒップホップとメタルをクロスオーバーさせ、のちの音楽シーンに多大な影響を与えた「Bring The Noise」(1991年)について話を聞かせください。当時、パブリック・エナミーと一緒にスタジオに入ったわけではなく、別々の場所でレコーディングをしたという話は本当ですか?
その通り。お互いのスケジュールが合わなかったんだよ。そもそも、チャックD(パブリック・エナミーのMC)は俺らがあの曲をカバーしようとしてることすら知らなかったんだ。俺の頭の中で曲をカバーするアイデアがあって、アンスラックスで『Persistence of Time』のレコーディングをしてるとき、チャーリーとフランキーに「こういうアイデアがあるんだけど」って話をして、その場で10分かそこらでリズムギターとドラムとベースを録って、そのテープをチャックに送ったんだ。
―たった10分で!
あれは1989年のことだったから、Eメールもインターネットもない。
―非常に興味深いエピソードです。
だけど、彼らが所属してたデフ・ジャムはやりたがらなかった。当時彼らと一緒に仕事をしていたリック・ルービンも「チャック、”Bring The Noise”は一度録った曲なんだから新しいことをやりなよ」って言ったらしくて。さっきも言ったけど、もちろん俺らだって新曲をやりたかったよ? だけどそれよりも先にこっちをやるべきだと思ったんだよ。
―チャックDとはどうやって知り合ったんですか? あなたは元々パブリック・エナミーのファンだったらしいですが。
俺の友達がデフ・ジャムで働いていて、パブリック・エナミーの作品をリリース前に聴かせてもらってすぐにファンになったんだ。その後、デフ・ジャムのオフィスでチャックと初めて会って友達になった。俺らはお互いのファンで、チャックもアンスラックスのファンなんだよ。
―今、もしヒップホップのアーティストとコラボするなら誰がいいですか?
それは分からないな。1995年以降、俺はラップを聴いてないから何も知らないんだ。でももしラップを誰かにやってもらうならチャックDしかいないね。彼は俺のオールタイムフェイバリットのラッパーだし、ヒップホップの歴史においても偉大なラッパーだからね。だから俺の意見としては彼以外とはコラボはしないよ。
―他のジャンルだったらどうでしょう。
誰かな……? 素晴らしいアーティストはたくさんいるからね。そうだな……レディー・ガガかな。彼女はすでにメタリカとコラボしてるけど、彼女の声はすごくいいよね。俺らがレディー・ガガとコラボするなら何かオリジナルなことがやりたいね。リック・ルービンがチャックDに言ったみたいに、「ヘイ、レディー・ガガ、何か新しいことやろうぜ!」って。アンスラックスの曲でもレディー・ガガの曲でもなくて、新しい曲をね。彼女の声はすごくメタル映えすると思うよ。
―いいアイデアですね。やりましょう!
彼女に言っといてよ(笑)。彼女はアンスラックスのファンだからね。あとはコリィ・テイラーもいいね! 彼は仲のいい友達だから、一緒にやったら絶対楽しいと思う。
―2019年、日本で初めてDOWNLOAD FESTIVALが開催されますが、このフェスにまつわる思い出は何かありますか?
思い出と言えば、2005年のDOWNLOADではブラック・サバスと同じ日にプレイしたことがあったな。ブラック・サバス、ベルベット・リボルバー、アンスラックスがメインステージのトップ3のバンドで(※この年のタイムテーブルによると、実際はアンスラックスではなく、HIMがトップ3に入る)、あれは俺らにとって本当に本当に大きな日だったよ。なぜならオリジナルメンバーのブラック・サバスと同じステージに立てるとは思ってなかったからさ。俺らもいいショーをやったけど、そのことよりもブラック・サバスを目の前で観れたことに興奮したね(笑)。
―あはは!
日本のDOWNLOADではまたしても自分たちのショーをやってオジーも観ることができるから最高だよね。ファンとしては頭が破裂しそうだよ。これまでオジーには何度も会ったことがあるけど、俺は彼と会うときはいつだって16歳のメタルキッズに戻るんだ。
―オジーへの強い気持ちが伝わってきます。
あと、あのフェスは昔、MONSTERS OF ROCKという名前で、アンスラックスは1987年に初めて出演したんだけど、当時のラインナップは、シンデレラ、WASP、アンスラックス、メタリカ、DIO、ボン・ジョヴィだったんだ。アンスラックスとメタリカはまだ新人だったんだけど、スラッシュ・メタルはイギリスでもビッグになってきてて、俺たちとメタリカはどっちも最高のショーをやったんだ。会場には7000人から8000人ぐらいの観客がいて、さっきも話したけど、そんなにたくさんの人たちの前でやったことがなかったからすごくエキサイティングで、演奏もよかったもんだから今でも鮮明に覚えているよ。しかもさ、その日のバックステージで初めてKISSのジーン・シモンズとポール・スタンレーに会ったんだ! そのとき俺はメタリカのカーク(・ハメット)と一緒にいたんだけど、彼らはバックステージのテントにある大きなスクリーンでボン・ジョヴィのショーを観てたんだ。この日、KISSの出演はなかったんだけどちょうどロンドンにいたみたいで、ボン・ジョヴィを観るためにわざわざ来たらしいんだよね。で、俺らはジーンとポールがそこにいるのを見て固まったよ。「はぁぁぁ……っ!」って。
―あはは!
なぜならカークも俺もKISSに影響されて音楽を始めたからね。あのときは本当にどうしたらいいか分からなかったよ。完全に2人の小さなキッズだった(笑)。でもそのときの俺らはちょっと酔っぱらってたから、ボン・ジョヴィの曲が終わったのを見はからって、「ハーイ、ジーン! ハーイ、ポール!」って挨拶しにいったんだけど、近づいてみたら彼らはめちゃくちゃ背が高くて(笑)。隣に並んだ俺らは小人みたいだったよ!(笑)

Courtesy of DOWNLOAD JAPAN 2019
―一緒に写真は撮らなかったんですか?
撮らないよ! 1987年にスマホなんてないんだから! でも、彼らが来ることを先に知ってたらカメラを持って行ったか、少なくともロス・ハルフィン(メタリカのツアー同行カメラマンとして知られている)か誰かを捕まえて撮るように頼んでたかもね。まあとにかく、ジーンとポールにそこで挨拶して、そのあとに何を話したらいいかわからないでいたら、ジーンが「君はアンスラックスのスコットで、君はメタリカのカーク・ハメットだよね? 君たちのショーは素晴らしかったよ。成功おめでとう」だって! もう小便チビったよ! 「なんだって!?」って。ジーン・シモンズがアンスラックスと俺の名前を口にするなんて考えてもなかったからな! 「あなたは悪魔のジーン・シモンズ様なのに、なんで俺らのことを知ってるんだ!?」って。もう、カークと俺は「うわ~っ!」ってどうしたらいいかわからなくなって、結局2人で手を握って小さい女の子みたいにその場から逃げ出したんだ(笑)。すげぇエキサイティングな日だったよ! で、その9カ月後にKISSのアメリカツアーのオープニングアクトをアンスラックスがやらせてもらって、それがきっかけでジーンと友達になって今でも仲がいいんだ。
―最高のエピソードですね!
バンドにいるのは楽しいよ(笑)。
―先ほど、DOWNLOAD JAPANではオジーのショーを観るのが楽しみだと言ってましたが、他には何か楽しみにしていることはありますか?
アンスラックスのショーも素晴らしいものになるだろうね。アンスラックスのショーでいつも起こる馬鹿デカいサークルピットを見るのが楽しみだよ。俺らは1986年から日本に行ってるけど、俺らにとって日本はいつでも特別な場所だよ。(嫌そうな顔で)「○○○でプレイするのは楽しいよ……」って言うのとは違って、本当に日本はいつでも特別なんだ。それは日本のファンが俺たちによくしてくれるからだよ。まだわからないけど、今回は7歳の息子も一緒に連れて行きたいと思ってるんだ。彼もすごく楽しみにしてるよ。日本がどれだけクールか俺がいつも話してるからね。彼はゴジラが日本の映画だって知ってるし、もうそのことだけで日本に行きたがっているんだ。
―アンスラックスの次作の予定はありますか?
お、これは初めてメディアに話すことだな。1月に初めて次作のための曲作りに入るよ。今年中には仕上がると思う。どうなるか楽しみにしててよ。
―DOWNLOAD JAPANに行く前に予習をするならどの作品がオススメでしょうか。
オジーの『BLIZZARD OF OZZ』だね(笑)。彼の最初の3作品(『BLIZZARD OF OZZ』『DIARY OF A MADMAN』『BARK AT THE MOON』)は聴くべきだよ。スレイヤーは『Reign in Blood』だな。あと、アンスラックスも聴くって言うなら『AMONG THE LIVING』と『For All Kings』だね。
―日本のメタルファンは年齢層が高めですが……。
(話を遮って)そうかな? そんなことないと思うよ。年寄りにあんなサークルピットは作れない! あそこにいるのはみんな20代だろ。年寄りがあんなことやったら心臓発作で死んじまうよ。日本のサークルピットは世界で一番速いからね。めっちゃ速いぞ! あれは健康な若者が多い証拠だよ! 俺も健康だけど、ステージから見てる限り俺にはあんなことはできないね。
―わかりました(笑)。では、最後に日本のオーディエンスにメッセージをお願いします。
ライブハウスツアーだとしても日本でプレイするのは毎回楽しみなんだけど、今回は大きなフェスで、しかも友達でもあるスレイヤーやオジーも一緒だし、日本には地球上でベストなメタルファンがいるからかなり楽しみにしてるよ。まるでクリスマスの朝を待つみたいに楽しみにしてる(※取材時は12月だった)。俺にとってのクリスマスプレゼントは日本でショーをやることだな。まあ、3月だけどね。

DOWNLOAD JAPAN 2019
日程:2019年3月21日(木・祝)
会場:千葉県 幕張メッセ国際展示場9~11
出演:スレイヤー、SUM 41、アンスラックス、アーチ・エネミー、ヘイルストーム、MAN WITH A MISSION、アマランス、ライク・ア・ストーム 他
料金:スタンディング ¥16,500(税込/1ドリンク代別途必要)
VIPチケット ¥30,000(専用ビューイングエリア、専用入場レーン、物販ファストレーン、専用クローク、1ドリンク付、VIPラミネート配布)
※2月19日追記:オジー・オズボーンは病気のためDOWNLOAD JAPAN 2019出演キャンセルとなった。
チケットぴあ、イープラス、ローソンチケット、他プレイガイドにて一般発売中
https://www.downloadfestivaljapan.com/ja/tickets
