このストリーミング時代において、主要ヒットソングはどれもゆったりした傾向にある。2012年から2017年にかけて、Spotifyでのストリーミング回数が最も多かった上位25曲の平均テンポはBPM90.5。1分間あたり23拍も減少したことになる。
いったいなぜか? その理由には諸説ある。単純に、スローテンポにどっぷり浸るサザン・ヒップホップが流行したからだという説もあれば、アメリカ国内が軽快でエネルギッシュな曲の気分ではなくなっている、という説もあるし、ストリーミング・プラットフォームが何でもかんでも「チルアウト」一辺倒で、エネルギッシュで耳障りともとられかねない楽曲が入り込む余地がないのだ、という説もある。
2017年当時、作曲家やプロデューサーたちは口を揃えてこう言った――ポップに関しては常にそうだが――ウケのいいテンポは時代とともに移り変わるもので、いま主流のものもいずれは過去のものになるだろう、と。それも一理あるかもしれない。だが、とりあえず今のところリスナーは、ゆったりとした物憂げな方向に魅せらているようだ。Soundfly社の最新のレポートによると、2018年のビルボードチャート上位5曲にランクインした曲をすべて分析したところ、平均BPMは92.6だったことが判明した。この数字は、2017年の上位5曲の平均BPM93.2 BPMとほぼ変わらない。
曲のスピードと人気度はまったく相性が悪いわけでもない。Soundflyが測定したところ、カーディ・Bとバット・バニー、J・バルヴィンの「アイ・ライク・イット」はBPM136だった。同じように5速ギアで展開するヒット曲は他にも2曲あった。いずれもメンフィスのビートマスター、テイ・キースがプロデュースしたもので、ブロックボーイJBとドレイクの「ルック・アライブ」(BPM140)と、ドレイクの「ノンストップ」(BPM154)だ。
「テンポをここまであげると、必然的にハーフスピードのように感じてくるんですよ」と指摘するのは、レポートを作成したディーン・オリヴェット氏。「でも音楽学校では、最終的な決め手になるのは世間がどうとらえるかだ、と教わるんです。そしてポップミュージックの世界では、みんなが踊れるかどうかにかかってくる――『ノンストップ』の中にもそういう場面があって、観衆が154のテンポでノリまくっている。なるほどたしかに、と思いました」
2018年のヒットメーターで対極にあるのが、真冬に氷が解けるようなスピードの曲。ザ・ウィークエンドの「コール・アウト・マイ・ネーム」(BPMはたったの45)や、エミネムの「キルショット」(BPM53)、リル・ウェインの「Dont Cry」(BMP57)などがそうだ。
ウィークエンドの胸焦がすバラードは特に際立っている。
両極端なヒット曲は見つかるが、その中間には目立った存在がいない。上位5曲にランクインしたシングルをみると、「BPM110~125の範囲内は不毛地帯」で、125からいきなりスピードが上がるのだとオリヴェット氏は言う。「1曲もないんです。でも、60年代、70年代、80年代にまでさかのぼれば、そういうヒット曲は山のようにある。ローリングストーン誌が選ぶトップ500を例にとれば(もっとも、これはチャートの結果よりも批評家の意見を反映しているのだが)、大半の楽曲が下はBPM106、上は125、場合によっては130まで行くでしょう」
なぜ現代のポップの作曲家はスローモードなのか、オリヴェット氏の説はこうだ。「デジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)で作曲するのと、主にピアノやギターで作曲していたことの違いでしょう。僕も昔はシンガーソングライターの世界にいましたからね。クラブでメトロノームを引っ張り出すか、あるいは大雑把でもいいので計ってみればわかりますよ。今どきのシンガーソングライターの曲はみんなテンポが似たり寄ったりなんです」ギターが主流だった時代は、テンポもひとつに集中していた。だが、これだけ多くの人間がそれぞれ作曲する世の中、どれも同じテンポになるというのもおかしなものだ。
言うまでもないことだが、現在のシングルチャート100位圏内には、現状のポップのスロー化を覆しそうな楽曲は見当たらない――テンポの不毛地帯といわれる範囲に当てはまる曲も皆無だ。ラウド・ラグジュアリーの出世作となったポップハウス調の「Body」はBPM122だが、50位以上に食い込むことはできなかった。BPM115で一気に駆け抜けるPinkfongのちびっこソング「Baby Shark」はかろうじて40位圏内に入ったものの、ちびっこソングとはそういうもの。ポップ系は全滅だ。
今のところアップテンポ・ソングの中で頭ひとつ飛び出しているのは、エイバ・マックスの「スウィート・バット・サイコ」だろうか。BPM133の疾走感あふれるビートに乗って、35位まで登り詰めた(UKチャートではNo.1を獲得)。いまのゆったりポップの風潮のなかでは大健闘といえるが、アップテンポを好むリスナーには気がかりでもある。「スウィート・バット・サイコ」は、突き抜けるビートがヒットのカギだと思われていた2010年への回帰。たしかに現状の流れをスピードアップしてはいる。ただし、過去に向かって加速しているのだ。