ゆっくりではあるものの、独立系アーティストは着々とレコード音楽業界を飲み込もうとしている。
DIYアーティストの出現と、こうしたアーティストの楽曲が幅広く爆発的に消費されるようになったきっかけは当然ながら、Spotify、YouTube、Pandora、Apple Musicをはじめとする自作の楽曲が気軽に配信できるプラットフォームのおかげだ。イギリスを拠点とするリサーチ会社MIDia Researchは、初めてこうしたトレンドを数値で表現した。同社の評価によると、セルフリリース アーティストの2018年の収入は世界中で6億4300万ドル(およそ710億円)にのぼり、収入はTuneCore、CD Baby、Distrokid、Ditto Musicなどの音楽配信プラットフォームを通して回収された。
この数値は、前年の同時期と比較すると35%アップであると同時に、世界中のレコード音楽業界の合計収入の3.4%を堂々と占めている。しかし、6億4300万ドルという金額の背後にはもっと大きなストーリーがあるのだ。
そのひとつが音楽出版だ。自ら作曲を手がけるDIYアーティストの誰もがTuneCoreやCD Babyなどのプラットフォームを通じて、配信する楽曲に対して——しかるべき機関が発行した現金が世界中で回収できている限りは——100%のロイヤルティ(使用料)が支払われる仕組みになっている。TuneCoreやCD Babyだけでなく、SongtrustやSentric Musicもまさに同じことをしようと準備中だ。
音楽業界を対象とした大まかな予測によると、楽曲ごとに音楽出版および作曲権が生む金額は、音楽配信プラットフォームによって生じるレコード音楽権のおよそ1/5だ。要するに、2018年の総合計に音楽出版を含むなら、MIDia Researchによる6億4300万ドルという金額にさらに1億ドル(およそ110億円)をひょいと上乗せする必要があるのだ。
仮に音楽出版という要素を加味した上で、全世界のセルフリリース アーティストの2019年の収入がさらに35%アップした場合、こうしたアーティスト全体の年間収入は10億ドル(およそ1100億円)そこそこという金額になる。そこにsyncに代表されるストリーミングサービス(Songtradrのような企業が手がける広告、動画、テレビ番組への音楽ライセンスサービス)の収入とYouTube動画ユーザーから発生するマネタイズ・ライセンスを加えると、セルフリリースによる2019年の収益はたやすく10桁という凄まじい数値を叩き出すに違いない。そしてこの金額はこれから数年先も伸び続けるのだ。
「私たちはいま、レコード業界がいまだかつて経験したことがない重大な変化をはらんだ時代に突入しています」とMIDia Researchでマネージング・ディレクターを務めるマーク・マリガン氏は語った。「”アーティスト直”を掲げるサービス企業の出現と、ありとあらゆるコマーシャルモデルの誕生によって無契約アーティストには前代未聞の選択肢とフレキシビリティが許されています。こうしたアーティストは、自身のバーチャルレコードレーベルを立ち上げることだってできるのです」。
さらに、ここで”独立系”アーティストを”セルフリリースをしている者(MIDia Researchの6億4300万ドルという金額に含まれているDIY行為を指す)”として一時的に定義した場合、金額はさらに膨れ上がる。
セルフリリース アーティストがキャリアアップを図りたい場合は、EMPIRE、Kobalt傘下のAWAL、Believe Digital、Ditto Plus、Create Music Groupなどのディストリビューション企業とパートナーシップを結べばいい。こうした企業は自社のニーズに合ったアーティストを厳選してアーティスト目録を作成し、ディストリビューション、マーケティング、プロモーションといった活動をレコード会社のようなスタイルで請け負ってくれる。もっとも重要なのは、アーティストを著作権所有者として認めていることだ。そのおかげでアーティストたちは正真正銘の「無契約」アーティストとして活動できる。
新たに加わった市場の成功例として、Vérité、Rex Orange County、Lauvをはじめとする数多くの人気インディーアーティストを抱えるAWALを見てみよう。
とはいっても、現時点ではDIYアーティストに限定して話を進めよう。DIYアーティストとは、自らのキャリアをコントロールし、アグリゲーターと手を組みながらオンラインで自作の音楽作品のディストリビューションを行なうアーティストのことだ。こうしたセクターの市場における成長の成功例として最適なのがTuneCoreだ。セルフリリース アーティストのディストリビューションにおける市場のリーダー的存在と呼ぶにふさわしいTuneCoreは、2019年3月末までの18カ月間で独立系アーティストによって5億ドル(およそ550億円)もの収入を得たことを5月初頭に発表した。この金額には音楽出版収入やYouTubeのユーザー参加型コンテンツ(UGC)の収益は含まれていない。さらに驚きなのは、TuneCoreのDIYアーティストの収益が2019年の最初の3カ月で8600万ドル(およそ95億円)に達したことだ。これは1日100万ドル近い金額を伸ばしているのに等しい、凄まじい数値だ。
忘れてはいけないのが2019年3月に2億ドル(およそ220億円)という一連の買収によってDIY音楽出版のスペシャリストSongtrustの親会社Downtownが手に入れたCD Babyの存在だ。Spotifyもセルフリリース アーティストに大金を注ぎ込んでいる。250億ドル(およそ2兆7000億円)の価値があるとささやかれているストリーミングサービス大手のSpotifyは、2018年10月にDistrokidの株式の一部を取得したものの、金額は公開されていない。
フレッド・デイヴィス氏は、目まぐるしく成長するインディーアーティストのディストリビューションおよびサービスのスタートアップ企業Amuseのみならず、世界でもっとも人気の音声ストリーミングサービスを運営しているSoundCloudの主な投資家でもある世界的投資銀行のレイン グループのビジネス・パートナーを務めている人物だ。「音楽業界におけるストリーミング革命が生んだもっとも早いスピードで成長しているエキサイティングなセクターこそが自費音楽出版アーティストです」とデイヴィス氏は見解を述べた。「これまでは、無契約アーティストが才能を貨幣化できる唯一の方法がライヴパフォーマンスでした。でも、いまではこうした自費音楽出版アーティストの技能をサポートするための新しいセクターが成長しています。ストリーミング革命が世界規模で起きているいま、これはアーティストにとってとても嬉しい展開です」。
急増するドルの数値だけがこのセクターのすべてではない。セルフリリース アーティストはいまでは真の一大ビジネスに成長しようとしている。TuneCore、CD Baby、Distrokidだけを見ても合計110万人以上ものアーティストを抱えているのだ。4月にSpotifyの創業者ダニエル・エク氏が同プラットフォームに毎日4万近い楽曲がアップロードされている、と発表したように、こうしたアーティストたちはオンラインという戦場でストリーミングのバトルを繰り広げているのだ。なんせ、2秒ごとに1曲アップロードされているのだから。
ひいては、巨額の資金を飲み込みながら成長するDIYアーティスト市場こそ、世界的に急速に巨大化しているビジネスである。
数年前、ユニバーサルはTuneCoreのライバルとしてセルフリリース アーティストのためにSpinnupを立ち上げた。しかし、業界的に見ても、Spinnupをめぐる同社の取り組みはそれ以来鳴りを潜めているようだ。それでも、ユニバーサルはCarolineと買収したばかりのInGroovesという2ブランドを抱えている。どちらもEMPIREやAWALと似た方法で独立系アーティストを専門に扱い、大手レーベルならではのマーケティングによってセルフリリースしたばかりの新作を市場に売り込むサポートを行なっている。
その一方、ソニーはOrchardというインディー ディストリビューション&サービスネットワークを自社で抱えており、DIYアーティストではなく、BTS(防弾少年団)やジョルジャ・スミスなどのトップクラスの独立系アーティストと手を組んでいる。昨年、Orchardは一流独立系アーティストのための初グローバル部門を立ち上げ、責任者に高評価のオーストラリア出身の幹部、ティム・ピットハウス氏を任命した。
ワーナーは、現在DIYアーティストというセクターにおいてもっとも意欲的かつ実験的な試みに取り組んでいる大手レーベルだ。昨年、同社はTuneCore、CD Baby、Distrokidなどの直接的なライバルではないものの、無料でDIYアーティストの楽曲を配布するLevel Musicを立ち上げた(Level Music以外のサービスを利用するには前金、あるいはアーティストのロイヤルティの割合に応じた少額のコミッションを支払わなければならない)。
かつてはベッドルームで活動する少人数バンドだけのものだと思われていたセルフリリース アーティストの世界は、いまでは毎年10億ドル以上もの収入を生み出すまでになった。ベッドルームから、大金が飛び交うボードルームこと役員室への進出が実現した証拠だ。