ビリー・ジョエルは1993年以降、ポップ曲の新作は1枚もリリースしていないが、それでも過去5年間継続している毎月のマディソン・スクエア・ガーデン公演は毎回ソールドアウトし、毎年夏に行われる米国内の野球場コンサートもソールドアウトになる。「ステージで観客に『新しい曲は一つもないから、昔の曲ばかりプレイするよ』と言うんだ」と、フロリダ州パームビーチの自宅にいるビリー・ジョエルが受話器の向こう側で言う。「そうすると、観客は『イェーイ!』って応える。スタジアムにいる3万人、4万人、5万人の観客を前に、ピアノに向かって演奏しながら『この人たちは一体ここで何をしているんだ? なぜ今なんだ?』と考えてしまうよ。ある意味で、自分は過去の遺物みたいなものだろうね。自分に残されたものは多くないって。そこに希少性が生まれて、それが価値になっているのかも」と。
―誕生日の5月9日にマディソン・スクエア・ガーデンで行うコンサートを楽しみにしていますか?
それについては複雑な心境だ。まだ生きていることが嬉しいと思う反面、自分は70歳まで生き永らえたことを祝うほどの人間なのか?とも思ってしまう。つまり、その夜は仕事なわけで、誕生日ケーキも食べられないし、そもそも誕生日を祝うこと自体が無理だから。
―それでも、70歳は人生の節目ですよ。
この仕事はピーターパン的だ。若い時期にこの仕事を始めるから思う存分ロックもロールもできる。そして、仕事としてその状態を一生続けるわけだ。そのせいで自分の実年齢をあまり考えないようになる。最近ガーデンで撮影した自分の写真を見たときに、「これは俺じゃない」と思った。老けて見えるし、髪の毛も薄くなっている。まあ、もともと二枚目じゃなかったけど、今でもステージでやっていることは16歳のときと変わらないせいだよ。
―あなたと同年代の人たちは、白髪染めなどで若く見せる努力をしている人が多いのですが、自分もやってみようと思ったことはありますか?
私が映画スターたちのように若作りするのはお笑い草だよ。だって昔から人並み程度のルックスだし、自分の見た目を変える気もない。美容整形とか、カツラとか、よくわからないよ。そういうものって音楽とは全く関係ないだろう。イメージと見た目ってだけ。
―下のお子さん二人は3歳と1歳の女の子ですが、現在の子育ては昔とは違うと思いますか?
一番の違いは、一緒にいると子どもの祖父だと思われることだね。娘を学校に送っていくと、他の児童の親が「まあ、お孫さん、とても可愛いわ」ということがある。そういうとき「そうだね、ありがとう」と応えるよ。大したことじゃないからね。今でも父親業がとても気に入ってる。この歳で父親になれるなんて想像すらしていなかったから。でも父親になれて嬉しい。子どもたちのおかげで若さを維持できているよ。
―娘さんが3人いるおかげで女性についてたくさん学べたと思いますか?
ああ。子どもの頃からずっと女性の中で生きてきたから。私は女性たちに育てられた。
―女性の中で生きてきたことの影響はどんなものですか?
自分が育った環境はとても恵まれていたと思う。母はミュージシャンになることを支援してくれた。父親から脅されてミュージシャンになる夢を諦めた同年代の男たちをたくさん知っているよ。それに比べたら、とても穏やかな環境で育ったといえる。愛情にあふれていて、とても温かい環境だった。女性特有のそういう気質が心地よいし、尊敬もしている。これは娘たちも持っている気質だ。今、育てている娘たちは将来母親になるだろうし、彼女たちには私の母のような母親になってほしいと思っているよ。
―毎月行うマディソン・スクエア・ガーデン公演のセットリストはどのように決めているのですか? 決まった選曲方法はあるのですか?
ガーデンでの前回のコンサート以前は、ヒット曲とアルバム収録曲のバランスをいい具合に取るように意識しながら選曲していた。
―ここ5年間で数多くのコンサートを行ってきましたが、「キャプテン・ジャック」だけはほとんど演奏していませんよね。それはなぜ?
彼はいい年のとり方をしていなかったせいで、ジャック大佐はジャック一等兵に降格になった。この曲のヴァース部分にはコードが2つしかなくて、それが延々と続く上に、歌詞を読むと侘しい感じしかしない。そんなこんなで、自宅待機中のジャックはせっせとオナニーに興じているらしい。
―何年もコンサートで必ず歌ってきた「怒れる若者」も外しましたよね。
この曲はオープニング曲として何年も演奏した。これを続けるためには、続けたいという強い思いと情熱を維持しないといけないのだが、同じことの繰り返しで情熱が燃え尽きてしまうことがある。そして、もうやりたくないと思ってしまうんだよ。
―同世代のアーティストは1枚のアルバムを最初から最後まで順番に演奏するコンサートを近年よく行っていますが、あなたは一度もやっていませんよね。「ストレンジャーの夕べ」とか「ナイロン・カーテンの夜」とか、やらない理由は何ですか?
そういう提案はあった。その返事として「いいよ。
―引退ツアーをする自分を想像できますか?
できない。引退コンサートやツアーが現実のものになるとすれば、もう上手くプレイできないと実感したときだろうね。つまり、ピアノを上手に弾けない、体力がもたない、パフォーマンスに集中できないと実感したとき、もう潮時だと気づくと思う。もしかしたそう感じた日のコンサートの最中に決断して、そのライブを最後に引退するかもしれない。でも、間違いなく事務所が「それはダメだよ。今、引退公演をやれば大金を稼げるんだから」と言ってくるだろうね。
―最近はロックスターの自伝映画がヒットしていますが、ビリー・ジョエルの自伝映画は想像できますか?
自分は自伝作品を作れるほどの客観性に恵まれていないから。一時期、自叙伝を書こうと思ったことがあって、実際に書いてみた。でも、私の人生には出版社が求めるだけのセックス、ドラッグ、ロックンロールがなかったんだよ。だから、出版社に出版契約の前金を返還した。「もう、使えねぇな、自分」と思ったね。そんな人生だから、映画化に興味を持つかは自分でもわからない。自分の人生を生きてきたし、自叙伝と同じことは繰り返したくないね。
―あなたとドナルド・トランプは歳が近くて、生まれもニューヨークのアウターボーロー地区です。トランプに関して、そういう類似点があるからこそ理解できる部分は何かありますか?
ない。彼は私とはまったく違う星から来た人にしか見えないよ。彼がクイーンズ生まれなのは知っている。でも、彼は裕福な家に生まれた。父親が金持ちで、息子にたくさんの金をやった。実際のところ、トランプとはまったく異なる暮らしをしている人間に対する彼の共感度がどれほどか、私にはわからない。私自身は彼に好感を持っていないから、この質問に対する答えは、理解できる部分はほとんどない、だね。
―トランプの大統領としてのこれまでの実績については、どんな感想を持っていますか?
彼の登場は、私たちを無気力や怠慢から目覚めさせるために必要な衝撃だったと思う。たぶん、人々の目を覚ますために起こるべくして起こったことで、みんなが「おいおい、こういうことが本当に起きてしまうんだな」と実感するための出来事だと思う。だって、彼が当選する前には、こんなことが実際に起きるなんて考えもしなかったからね。
―2020年の大統領選に何らかの形で関与するつもりですか?
政治的な関与はしないと思う。実は、候補者を売り込むためにセレブを利用する人たちを不快に思っている市民が多いんだよ。つまり、セレブを登場させると、引き込む人よりも離れていく人の方が多いということだ。スプリングスティーンのように、実際に候補者支援を表明する人たちには敬服するよ。スプリングスティーンは市民だし、その権利を持っている。しかし、私の経験からいうと、ライブ会場にコンサートを観に来た観客は、そこでアーティストが政治的な演説をとうとうと行うのを見ると不快に感じるんだよ。
―2017年に、トランプがシシャーロッツビルを行進した「非常に良心的な人々」(訳注:白人の国粋主義者のこと)について語ったあと、あなたはステージ衣装に黄色のダビデの星をつけて登場しました。あれは何がきっかけだったのですか?
あのとき、本当に腹が立っていた。あんなのは戯言だよ。良心的なナチスなんていない。私の父親世代はナチスを潰すために戦争で戦った人たちだ。あの連中が腕にかぎ十字の腕章をしているのを見て、あの世代が外に飛び出して、連中の頭を野球のバットで殴らなかった事実に、逆に驚いたくらいだよ。現大統領はあのとき、好機を逸したってこと。もっと重要で、もっと意味のある発言ができたはずなのに、みすみすその機会を棒に振った。
―エルトン・ジョンの引退興行が終わる前に、彼ともう一度共演したいと思いますか?
ああ、彼から依頼があればするよ、もちろん。私たちは16年間も一緒に仕事をしたし、二人で行ったコンサートは素晴らしいものだった。価値のある仕事だと思っていた。もう一度共演するかと聞かれたら、答えは「もちろん」だ。
―よく観るTV番組は何ですか?
私が好きなものは大抵の人がつまらないと思う番組だ。観るのはヒストリー・チャンネルかミリタリー・チャンネルで、ドキュメンタリー番組かニュースだよ。チャンネルを切り替えている最中に白黒映画を見つけると、必ず白黒映画でとまってしまう。どんな白黒映画でも興味を刺激されてしまうんだ。つい最近、ハンフリー・ボガート主演の『カサブランカ』を再び見たばかりだ。チャンネルをザッピングしているときに『ゴッドファーザー』を見つけたら、『ゴッドファーザー』を観る。『グッドフェローズ』を見つけたら、『グッドフェローズ』を観るという具合に、そのとき自分を惹きつけた番組を観ているよ。
―新しい音楽や作品の予定について質問されるのには、もううんざりですか?
いや、それは妥当な質問だし、今でも音楽を作っている。ただ、作った音楽を録音しないだけ。歌ものの曲ではないし、まったく異なるスタイルの音楽だよ。今作っている音楽は純粋に自己啓蒙のためのものだ。レコーディングする必要性も感じない。それを発表する必要性も感じない。さっきも言ったように、かつてはロックンロールな人生を生きていたけど、今はそういう音楽を作っていないんだ。
―でも、今でもピアノに向かって、自分のためにメロディーを作るということですか?
ああ。誰も聞いたことのない曲がたくさんあるし、その曲を録音するなり、公開するなりの決断をしない限り、今後もその曲を耳にする人はいない。自分にとって最も大事なのが音楽を作るクリエイティヴなプロセスであって、自分の曲をチャートインさせたり、レコードをたくさん売ったりすることじゃないんだ。今でも常に何かを学んでいるし、人は永遠に学び続けるものだ。曲作りプロセスの醍醐味がこの「学び」だよ。何かを作ろうとすると、必ず新しいことを学ぶからね。
―新曲を収録したアルバムは今後絶対に作らないというような声明を出したいと思っていますか?
私は「絶対に」ということは絶対に言わない。もしかしたら歌ものの曲になるアイデアが浮かぶかもしれないし、映画のサウンドトラックを作るかも知れない。シンフォニーを書き上げるかもしれないし、先のことはわからないよ。何でもありだから。