人気デザイナーのヴァージル・アブローやファッションの過剰性を謳歌するMETガラのようなイベント、さらにはトランプ大統領のメラニア夫人が着たことで物議を醸した「I Dont Care(興味なし)」ジャケット……。ファッション業界は皮肉であふれかえる時代に突入した。こうした事態にさらに油を注いだのが、1992年に米ローリングストーン誌の表紙を飾った際にカート・コバーンが着ていたTシャツから着想を得た、人気ラグジュアリーブランド、ヴェトモン(VETEMENTS)の新作「オーバーサイズ コットンジャージー プリントTシャツ」だ。
「A LOT」という、いかにもアナーキスト的な言葉を加えることでコバーンが着ていたオリジナル(オリジナルにはこの言葉は一切登場しない)よりもさらに過激なメッセージを掲げたTシャツの値段は、なんと550ドル(およそ6万円)だ。

1992年4月16日発行の米ローリングストーン誌の表紙を飾ったニルヴァーナ(マーク・セリガー撮影)
「1992年当時、カート・コバーンはローリングストーン誌の表紙を通じて、彼なりのやり方で『それでも商業雑誌は最悪だ』と由緒ある雑誌社を茶化した。そして2019年のいま、デザイナーのデムナ・ヴァザリア氏はヴェトモンのランウェイを通じて同じことを行なっている」とファッションエディターはコメントした。「コットンジャージー製のTシャツには、コレクションのテーマのひとつでもある『アンチソーシャル(反社会的)』な側面がさらにアナーキスト的な要素とともに表現されている」。(何のことやら? という読者のために補足しておこう。このTシャツは政府による監視プログラムやダーク・ウェブを「アンチソーシャル」というテーマと結びつけたヴェトモンの2019秋冬コレクションの一部なのだ。とはいっても、モデルは抗議運動のシンボルの”ガイ・フォークス・マスク”なんてつけていない)。
たとえば「We Should All Be Feminists(私たちは皆フェミニストであるべき)」というメッセージを掲げた850ドル(およそ9万4000円)のDiorのTシャツのように、頭が切れるファッションライターの批判をおうむ返しにするわけではないけれど、コバーンの政治的態度を商品化することはマヌケなほどコバーンの意図を理解していないと同時に、最終的には企業利益につながるものだ。