物議をかもしているこの法案は、該当する性犯罪者に対し、男性のテストステロン生成を阻害する一連の薬物注射、通称メドロキシプロゲステロン酢酸エステル治療(女性向けにはDepo-Proveraという名称で、避妊薬の一種として一般に出回っている)を受けることを義務付けている。
この法案(第HB379号法案)の動議を主導したのは、共和党のステファン・ハースト下院議員。2016年にも薬物去勢法案を提議していた彼は、地元メディアWAFF 48でこの法案を擁護した。「みなさんこれが非人道的だとおっしゃいます。児童への性的虐待以上に非人道的なものなどあるでしょうか? いいですか、それこそ非人道の最たる例のひとつです」とハースト議員。
念のために言っておくと、薬物去勢を法制化したのはアラバマ州だけではない。例えばカリフォルニア州でも、性犯罪を再犯した場合に薬物去勢を義務付ける法案が2010年に可決されている。テキサス州のように、強制ではないものの、性犯罪者への薬物去勢を認めている州もある(ミシガン州でも以前似たような法令が成立したが、1984年に異議申し立てがあり、撤廃された)。
薬物去勢は大きな波紋を呼んでいる。政府の命令による薬物去勢ともなればなおのことだ。薬物は数えきれない副作用を人体に害を及ぼす可能性がある(不妊症を引き起こす他、骨粗鬆症や心臓血管病に罹る危険性が高くなる)。ジョンズ・ホプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院のムーア児童性的虐待対策センター局長をつとめるエリザベス・ルトゥーノー博士は、政治的な観点からも、性犯罪者にこのような薬物投与を義務付けるのはあまり意味がないと言う。
「性的興奮を抑制する薬物は、自分では性的興奮をコントロールできないと自覚している人々には有効となりえます。収監されているかどうかに関わらず、自分たちにはこの種のサポートが必要で、薬物を頼みの綱としている人々です」と博士は言う。だが、性犯罪者の中でこれに該当するのは「ほんの数パーセント」。性犯罪者の大半は、最初から児童に「偏った」性的嗜好を抱いているわけではない。また薬物去勢の義務化の根底には、大勢の性犯罪者が再び児童虐待に走るだろうという考えがあるが、ルトゥーノー博士はこれを誤りだと述べた。
2018年のある論文によれば、性犯罪で有罪を受けた成人が再犯する可能性を25年間にわたって調査したところ、再犯率は18パーセントだったことが判明した。博士が言うように、他の犯罪の再犯率よりも低い。「性犯罪で刑務所に入った人間は去勢しなければならない、さもないと奴らは出所したらまた恐ろしい罪を犯すに違いない、という考え方は決めつけもいいところです。この問題がどれほど誤解されているかがよくわかります」と博士。
これに加えて化学的去勢の義務化には、犯した罪の度合いに関わらず、明らかに倫理的な懸念がある。「どこか間違っている、時代に逆行しているような感じがします。もし実際に法が成立され、判事が薬物去勢を命じるようなことになれば、法的手段に訴えなくてはならないでしょう」と言うのは、アメリカ自由人権協会(ACLU)アラバマ支部で政策アナリストを務めるディロン・ネトルス氏。
さらにネトルス氏は、性的虐待の本質を根本的に誤解しているとも語った。性的虐待に走らせるのは性的欲求というより、むしろ支配欲やコントロール欲なのだ。
「性的虐待の本質は権力です。性的快感や満足ではありません」と彼はローリングストーン誌に語った。「仮に13歳未満の児童に性的犯罪を働いても、(薬物去勢で)再発を防げるだろうと人々は考えていますが、この事実は性的虐待に関する事実のみならず、仮釈放の条件を満たした犯罪者を社会復帰させるというアラバマ州の刑事司法制度の目的をも揺るがすものです」
もちろん化学的去勢の目的は、性犯罪者に時代錯誤な正義を下すことではない。彼らが再び虐待に手を染めるのを防ぐことだ。小児性愛には確立した「治療法」がないことを踏まえれば、薬物去勢が性的欲求の抑制に有効となりうることを示す実証も、あるにはある。韓国の研究によると、薬物去勢を実施した患者の性的欲求が大幅に抑制され、性的思考の頻度も現象したことが判明した(ただし、調査対象の人数はかなり少ない)。
小児性愛に対する偏見のせいで、自発的に薬物去勢の道を選び、欲求を排除しようとする者もいる。だが、事前の同意なしに州が犯罪者本人に代わってこのような判断を下した場合は問題が生じる(同じような考えから、大勢の人権支持派らは警察による陰茎プレチスモグラフの使用にも疑問を呈している。波紋を呼んでいるこの器具はペニスへの血流を計測するもので、性犯罪者が未成年者に性的魅力を感じているかどうか測定するのに用いられるが、多くの人々が指摘しているように、性的欲求の測定器具としては信頼性に乏しく、裁判でも小児性愛の証拠としては採用されない)。
ルトゥーノー博士は性犯罪者に対する薬物去勢を義務づける代わりに、再犯の可能性があるとされた人々を対象に、広く一般的に行われている性犯罪予防対策を推奨している。「事件の後も(児童性的虐待を)追跡し続けるのです」と博士。「政治家のみなさんには、事件が起きる前の対策を練っていただかなくてはいけません。予防可能な公共衛生上の問題なのですから」
犯した罪の重さに関わらず、化学的去勢はとんでもない市民権の侵害だ、というのがACLUの見解だ。「我々は司法制度が小児性愛者や性犯罪者にどう対処するべきか、改めて考え直すべき時に来ています」とネトルス氏は言う。「実際に社会復帰をどうとらえているのか? つまるところ、出所した犯罪者が再犯することなく、このような問題や悪質な犯罪に直面した際には治療やサポートを受けられるような司法制度を目指すのであれば……(薬物去勢は)そうした制度を根本から揺るがすことになるでしょう」