背景を知らない読者のために説明しておくと、テイラー・スウィフトはデビュー作から数えて6枚分のアルバムの原盤権を、ナッシュビルに拠点を置くレーベルBig Machineに引き渡すことを余儀なくされていた。
そのメッセージがソーシャルメディア(スウィフトは自身のTumblrを用いた)上で発されたことで、事態は現代ならではのリアルタイムで進行するソープオペラのような様相を呈した。だがこういったストーリーは、実際には音楽業界の黎明期から存在した。若きアーティストがレコード契約を交わし、契約金やレコーディング費用の負担、そして大掛かりな作品プロモーションの約束と引き換えに、作品の著作権をレーベル側に譲渡する。そして大人になったアーティストが大きな成功を収めた作品群の権利を放棄してしまったことを後悔するのだ。
2006年に当時15歳だったテイラー・スウィフトがBig Machineと交わしたこういった契約内容は、今日では非一般的になりつつある。彼女はTumblr上で、Big Machineに引き渡した自身の音楽の著作権は「永遠に私の元には戻ってこない」と述べた。
SpotifyやApple Music等のストリーミングサービスの浸透、そしてInstagramやFacebookを通じてファンに直接働きかけるマーケティング手法が確立されたことで、最近ではアーティストとレーベルの関係は大きく変化した。結果として、レーベルは既にキャリアを確立したアーティストを求めるようになり、新人とは限定的なライセンス契約を結ぶ傾向にある。こういった契約においては、一定の期間(10年程度)が過ぎた後、作品の原盤権はアーティストの元に返される。
アーティストたちはストリーミングやソーシャルメディアといったツールを手にしたにもかかわらず、なぜ現在でもレコード契約を結ぼうとするのだろうか? それは単純に、今でもそれが成功への最も確かなルートだからだ。
著作権を自身で保有しつつメジャー級の成功を収めることは、全インディーアーティストの長年の夢だ。チャンス・ザ・ラッパーは、もはやそれが夢ではないことを証明してみせた。
チャンス・ザ・ラッパーは独占先行配信を約束することでAppleから50万ドルを受け取った
2016年5月、シカゴ生まれのチャンス・ザ・ラッパーは画期的なミックステープ『Coloring Book』をApple Music限定で先行配信し、その他のストリーミングサービスは2週間遅れでそれに倣った。マーケティングにおけるサポートに加えて、チャンスはAppleから50万ドルを受け取っている。それは従来の音楽業界における契約金(過去にテイラー・スウィフトの目をくらませたもの)に相当するものだが、チャンスはどのようなレコード契約も交わしていない。Appleは独占配信という特権を手にし、アーティストは著作権と独立性を保有したまま巨大な成功を収めた。それは史上初めて、メジャーレーベルが長く仕切っていた領域をAppleのような巨大企業が奪った瞬間だった。
その3カ月後、Appleはさらに攻勢に出る。同社は数百万ドルと推定される金額を提示し、業界史上屈指の謀略を成功させたフランク・オーシャンとパートナーシップを結んだ。
この一連の出来事は、Appleと共謀したオーシャンが(同社から受け取った金を用いて)Universalを陥れたように映った。それから1週間も経たないうちに、UMGのボスSir Lucian Graingeは同グループの全レーベルの責任者に、以降Apple Musicを含む各社との独占契約を禁じる旨を通達した。ほどなくしてその他のレーベルも同様の対策を講じたことで、それ以降Apple Musicによる独占先行配信という戦略は見られなくなっていた。しかし、同社は最近新たな動きを見せている。
ヒップホップが異常とも言える盛り上がりを見せているフランスにおいて、ラップデュオPNL(Peace N Loves)は、今最もホットなアクトのひとつだ。同国のシングルチャートでは今年の最初の6カ月間、ほぼ毎週フランスのMCが首位を獲得している(唯一の例外は全世界のチャートを席巻しているリル・ナズ・X)。
N.O.SとAdemo (aka Tarik and Nabil Andrieu)の兄弟によるPNLが4月に発表したアルバム『Deux Frères』(「2人の兄弟」の意)は、最初の7日間で11万3214万枚に相当する売り上げを記録し、アルバムチャートの首位を獲得した。
ヨーロッパで絶大な人気を誇るPNLの音楽
ヨーロッパ全土で絶大な人気を誇るPNLは、自分たちのルーツであるストリートに忠実であり続けている。Apple Music/Beats 1のゼイン・ロウは最近、アルジェリア系フランス人兄弟の2人のことをこう評した。「モダンなアメリカ産ヒップホップのプロダクションを用いつつ、失業や緊縮経済、ドラッグ、ギャング、人種差別といった社会問題の数々を、当事者ならではのリアルな視点で描いている」
彼の描写は的を射ている。パリ郊外の町コルベイユ=エソンヌの公営住宅団地Tarterétsで育ったPNLの2人は、初期の作品のレコーディング費用をドラッグの売り上げで賄っていたとされている。彼らの名を世間に知らしめた2015年のシングル「Le Monde ou Rien (「すべてかゼロか」の意)は、フランスの緊縮経済に対する反対運動のアンセムとなり、Youtubeでは1億回以上再生されている。またPNLは、インディペンデントであることに徹底的にこだわってきた。ある筋からの情報によると、メジャーレーベル各社は彼らに何百万ドルという金額を提示したというが、彼らはこれまで一切のレコード契約を結んでいない
だが先日、彼らはAppleとタッグを組んだ。同社は今後数カ月間に渡り、PNLのミュージック・ビデオ制作やプロモーション等に携わるほか、特別企画イベントの開催も予定されている。
PNLに近い情報源によると、Apple Musicは彼らとさらなる独占契約を結んだという。同社はインディペンデントであることにこだわるPNLへのサポートに、確固たる信念を持っている様子だ。
Apple MusicのGlobal Creative Directorを務めるLarry Jackson(チャンスやフランク・オーシャンとのディールのほか、ドレイクやDJキャレド、フューチャー、トラヴィス・スコット等とのパートナーシップ締結を実現させた人物)は今週、自身のInstagramストーリーでもそういった態度を示している。7月3日の投稿で、Jacksonは以下のように述べている。「絶大な人気と影響力を誇り、今週ヨーロッパにおけるストリーミング記録を再び更新したフランスの至宝、PNLに最大限の祝福を贈ります。今回その記録の樹立に携われたことは、我々の誇りです。彼らは無数の企業が持ちかけたディールをことごとく拒否し、一貫してインディペンデントであり続けていると共に、自身で原盤を管理することにこだわってきました」
彼はこう続けている。「私たちが築き上げてきた強固な絆、互いへの信頼、そして1対1の関係にもとづいて、彼らはフランス語がほとんど話せない我々のことを信じ、アートの真のパトロンたるAppleに新作のディストリビューションを任せてくれました。
「アートの真のパトロン」であろうとするAppleの姿勢は、メジャーレーベルの首脳陣にとっては頭痛の種であるに違いない。そしてその哲学は、クパチーノにあるApple本部にも影響を及ぼしている。同社のサービス部門の上級副社長エディ・キューは、先週フランスのメディアの取材に応じた際にPNLとのパートナーシップについて言及し、Apple Musicのユーザー数が全世界で6000万人を突破したことを明かした。
フランス版Graziaの取材に対し、彼はこう語っている。「PNLとのディールは、今後の我々の指針となるものです。抜きん出た才能を持ったアーティストたちと、私たちは特別な関係を築きたい。決してレコード会社を出し抜こうとしているわけではありません、彼らは必要な存在です。しかし今日では、アーティストがより大きな力を手にしているのです。誰とどのように仕事をするのかをアーティストが決めるという現在の状況を、我々は歓迎すべきことだと考えています」
・著者のTim Inghamは、Music Business Worldwideの創設者兼出版人。2015年より、世界中の音楽業界に最新情報、データ分析、求人情報を提供している。毎週ローリングストーン誌でコラムを連載中。