ディズニーの新作映画のコンセプトアルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』には、ナイジェリアや南アフリカ、ガーナやカメルーンを代表するシンガーたちが多数参加している。本作は、ビヨンセによる現代アフリカン・ポップへのトリビュートであり、アフリカの音楽シーンの「今」を知る、おすすめの1枚でもある。


イェミ・アラデは風邪気味だった。

最近YouTubeのフォロワーが100万人を突破したナイジェリア生まれのスターは、先月ビヨンセが指揮をとるプロジェクトに参加するためロサンゼルスへと飛んだ。しかし着陸した時、彼女は自分の声がとても歌える状態ではないことに気がついた。「何が起きたのか、さっぱりわからなかった」彼女はそう話す。「話すことが精一杯で、一番低いキーを出すこともできなかったの」

パニックに陥りながらも、彼女はすぐさま回復モードに入った。「体全体の水分補給のために、まずサウナに入ったわ」アラデはそう振り返る。「それからビタミンCを大量に摂った。レモンと生姜でね。まるで漢方医だけど、とにかくあらゆる手を打ちたかったの」。

翌朝にスタジオに到着した頃、彼女は歌声を取り戻していた。「きっとアドレナリンが効いたのね」そう語る彼女は、ビヨンセ名義の新作『ライオン・キング:ザ・ギフト』の2曲に参加している。1994年に大ヒットしたディズニー映画のリメイクのアルバムとなる本作は、アメリカを代表するポップスターによる現代のアフリカン・ポップへのトリビュートでもある。
本作にはアラデ以外にも、バーナ・ボーイ、ティワ・サヴェージ、Tekno、ミスター・イージー、ウィズキッド等、ナイジェリアを代表する才能の数々が参加している。ビヨンセが目を向けたのはナイジェリアだけではない。ガーナのShatta Wale、カメルーンのSalatiel、南アフリカのMoonchild SanellyやBusiswa等も名を連ねる本作は、アフリカの現在の音楽シーンを知る上で格好の1枚となっている。

本作に参加したアーティストやプロデューサーたちは、このアルバムが自分たちの名前を世界中に知らしめるための大きな足がかりになると信じている。中でも世界最大の音楽市場を誇りながら、イギリスやフランスと比べてアフリカ音楽への理解が乏しいアメリカへの進出は、彼らの長年の悲願だった。「ドレイクとウィズキッドのコラボレーション『ワン・ダンス』とか、(アフリカの音楽の要素を取り込んだアメリカのポップスという)前例がまったくないわけじゃない」本作の3曲にプロデュースで参加しているガーナ出身のGuilty Beatzはそう語る。「でも決定打になるようなものはなかった。ビヨンセの名前を冠したこのアルバムは、アフリカ音楽の未来を切り拓いてくれると信じてる」

本作のことが業界で話題になり始めたのは、4月の終わり頃だった。「ビヨンセがライオン・キングのプロジェクトに携わるという話を耳にしたのは、5月の半ば頃でした」Universal Music Publishing GroupのA&R、James Supremeはそう語る。「私たちの同僚のひとり、Ari Gelawが個人的に親しくしているビヨンセのA&RのMariel Gomerezに連絡したところ、彼女は色々と教えてくれました」

SupremeはGomerezに、フランク・オーシャンの『Blonde』やジョルジャ・スミスの『ロスト・アンド・ファウンド』に携わったナイジェリア系アメリカンの若き作曲家兼プロデューサー、Michael Uzowuruを紹介した。「『ザ・ギフト』のコンセプトは明確で、Michaelはそれを形にする方法をよく心得ていました」Supremesはそう語る。Salatielによると、同作のコンセプトは「アフリカ色を強く出すこと」だったという。
「(ビヨンセは)アフリカン・スピリットを宿したアルバムを作ろうとしていました」Salatielはそう付け加えた。

UMPGのA&Rであり、ナイジェリア系のアーティストに注目しているSureeta Nayyarも、ビヨンセのチームにコンタクトを取った人物のひとりだった。「我々の会社は世界各国の優れたアーティストを抱えており、中でもバーナ・ボーイ(UMPGの契約アーティスト)は今アフリカで最も注目を集めているアーティストのひとりです」Nayyarはそう話す。「この機会を逃す手はないと思いました」そう話す彼女が推したバーナ・ボーイは、本作でビヨンセ以外に単独でマイクを握った数少ないアーティストのひとりとなっている。

『ザ・ギフト』の大半は、ロサンゼルスにあるスタジオコンプレックスでレコーディングされた。「2ヶ月近くに渡って、Michaelはスタジオに毎日通っていました」Supremeはそう話す。「そこには様々なスタジオが乱立していて、それぞれが異なるテーマを追求してた。クリエイティブなサイクルが目まぐるしく稼働してたの」アラデはそう話す。

『ザ・ギフト』に参加したアーティストの大半が本作の制作過程について多くを語ろうとしないのは、「鉄壁の秘密保持契約」のせいだという。しかしアフリカを拠点にするシンガーやプロデューサーの中には、現場でのレコーディングを希望してロサンゼルスまでやってきた人々もいた。スタジオを訪れたバーナ・ボーイは「Ja Ara E」のレコーディングにあたり、『ライオン・キング』のトレイラーを観て士気を高めたという。「(ライオンが)本物としか思えなくて驚いたよ」彼はそう話す。
「ぶっ飛ばされたね。マネージメントチームの人間が何人か来てて、色々と教えてもらった。刺激になったよ」

Guilty Beatzもまたロンドンから西海岸に渡り、5日間に渡ってトラック制作に取り組んだ。「誰がどの曲で歌うのかは知らされてなかった」彼はそう話しながらも、自分が組んだビートから生まれる曲のイメージをはっきりと持っていた。「僕はガーナ生まれだから、ハイライフ(西アフリカ発祥の音楽)の要素を打ち出したかった」

正確にプログラミングされたコンテンポラリーなナイジェリアのアフロビートとは異なり、「ハイライフはギターをメインにした音楽でテンポはゆったりめ、あとはシェイカーとかコンガとかボンゴとか、パーカッションをたくさん使ってるのが特徴なんだ」Guilty Betazはそう説明する。そういった要素は、『ザ・ギフト』の中でも突出した2つのビートに反映されている。Bubele BoiiとMagwenziとの共同プロデュースである「Find Your Way Back」では羽毛のように軽やかなギターリフが曲をリードし、気だるいヴァースから鋭いフックへと流れる「Keys to the Kingdom」では全編にわたってハイライフの影響が顕著に表れている。

南アフリカに拠点を置くプロデューサーDJ Lagもまたロサンゼルスを訪れ、1週間の滞在中にgqomと呼ばれる音楽のスタイルを用いた「My Power」を完成させた。穏やかでチルなハイライフとは異なり、BPM126を基本としたミッドテンポのアフロビートであるgqomは、音数を抑えたアッパーな音楽だ。DJ Lagは渡米前に6つのインスト曲をビヨンセに送っており、彼女はそのうち2曲を採用した。彼がロサンゼルスのスタジオを訪れたとき、チームは曲のイメージをすでに固めていたという。「現場で僕がやったことといえば、ヴォーカルのちょっとした編集と、Busiswaのパートを加えたことくらいだ」

6月にアラデがロサンゼルスにやってきた時、(何とか歌声を取り戻した)彼女曰く、ビヨンセは既に150曲近くをストックしていたという。
「大きなボードが置いてあって、そこには参加予定のアーティストの名前がリストアップされてた」彼女はそう話す。アラデは自身のニューアルバムに収録されない曲をいくつか持ち込んだが、ビヨンセのチームからもいくつかアイディアを提案されたという。その中にはアルバム中最もアッパーな「Dont Jealous Me」と「My Power」のデモが含まれており、彼女は両曲に参加することになった。

アラデにとって『ザ・ギフト』への参加は、またとないタイミングで訪れた絶好の機会だった。今年の夏には彼女の新作、『Woman of Steel』の発売が控えている。また『African Giant』を来週リリースするバーナ・ボーイ、そして今週金曜にOkzharpとのコラボレーションEP『Steam Rooms EP』を発表するDJ Lagにとっても、本作への参加は絶好のプロモーションだ。

またビヨンセ自身にとっても、本作のリリースのタイミングは理想的と言えるだろう。アメリカのメインストリームにこそ達していないものの、本作で耳にすることができる様々なスタイルは、現在世界中で注目を集めている。ビヨンセがアンバサダーとしての役割を担うことで、アメリカのオーディエンスもそういった音楽に目を向けるようになるかもしれない。

ビヨンセの名を冠した本作について、Uzowuruはアフロビートに興味があるリスナーにとって理想的なイントロダクションだと話す。「こういう音楽を知らないリスナーにとって、まさに絶好の入門書になってると思う」彼はそう話す。「こういうリズム、メロディー、グルーヴの魅力を一般の人々が理解するには、何かしらのきっかけが必要なんだ。
ビヨンセはその架け橋になってくれた」

アラデは本作について「進むべき方向へと人々を導く、大きく重要なステップ」と語る。「こういうコラボレーションは、アメリカとアフリカの両方にいい影響をもたらしてくれるはずよ」

それでも、アラデが見据えるゴールへの道のりはまだまだ長い。「ギャップを完全に埋めること、それが最終目標だからね」
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