後日、女性の唾液をDNA検査にかけたところ、警察はヨーグルトの中に精液が混入していることを確認。具体的に言えば、ガルシア氏の精液だった。彼はヨーグルトの試食品に射精し、何も知らない買い物客に配っていたのだった。
ガルシア氏の犯罪は、あまりの不愉快さに全米中のタブロイド紙で報道された(彼はのちに食品異物混入で有罪を認め、懲役2年が言い渡された)。人々はまた、一体なぜガルシア氏はなぜこんなことをしたのかと首を傾げた。「あの事件には明らかに、重度の無理強い行為が絡んだ性的倒錯が見られます」と言うのは、人間のセクシュアリティに関する問題を専門とする臨床心理学者、デヴィッド・リー博士だ。だが、アンソニー・ガルシア氏の奇妙な事件からは、普遍的な問題も浮かび上がってくる。タブーとは言わないまでも、リー博士がかいつまんで言うところの「一部の男性が抱いている、自分の精液に対する異様なまでの思い入れ」だ。GChatの男性の知人は、面白おかしくこう言った。「男性の中には、世界が炎に包まれるのを見たがる奴もいれば――精液まみれにしてやりたいっていう奴もいるんだよ」
犯罪にまで広がった例でいうと、こうした衝動がもっとも顕著に表れたのは、ニューヨーク・タイムズ紙の最近の記事をおいて他にあるまい。不妊治療の医師らが、ドナーの精液ではなく自分の精液を、女性患者に無断で注入していたのだ。不妊治療業界では規制がほぼゼロに近いため、DNA検査の登場で、ようやくこうした患者の子供たちの本当の親が判明した。
この記事は、医療専門家が何年間もこうした行為を好き放題やっていたという驚くべき実態を明らかにした。その間に、1人の父親から何十人もの子供が生まれたケースもある。だが、患者の同意が全くないままに、自分の精子で何十人もの女性を孕ませようと男たちを駆り立てた動機については、それほど注目されていない。記事にはある法学者の発言として、こうした医師の不正行為の中には金銭的な動機によるものもあったと書かれている。自分の精液を使えば、着床に成功する確率があがると考えた医師もいるという。だがその学者がいうには、こうした行為をする医者の多くは「権力的な理由――精神衛生や自己愛の問題を抱えている傾向にあります」とのこと。
故エプスタイン氏による「DNA拡散計画」
これらの動機を裏付けているのは、こうした計画を企てたのが記事に出てくる不妊治療医だけでないという事実だ。性的人身売買で訴えられ、今月初めに刑務所で自ら命を絶った大富豪ジェフリー・エプスタイン氏は、一説によると「ニューメキシコに所有している牧場を拠点に、女性たちに自分の精子を注入して赤ん坊を生ませ」、遺伝子プールを「増強する」計画を立てていたと、7月にニューヨーク・タイムズ紙は報じた。彼の計画が違法だった、あるいは同意の下でなかったという証拠はないものの、故エプスタイン氏とこの件について話したことのある人物は、「突拍子もなく、穏やかでない」だと感じていた。
様々な好ましい特性を選別して増殖すれば、人類はもっと進歩できるという優生学や人種差別的(かつ、さんざん叩かれた)思想に根付いているからだ。
これら男性の場合、彼らの欲求の源は火を見るよりも明らかだ。金と権力のある誇大妄想家なら、自己愛を満たすのに、自分のコピーロボットで世界を埋め尽くしたいと願うことほど素晴らしい考えはない。だがある意味、「自分の種をまく」という欲求は生物学的なもので、確実に昔から存在する。歴史上大勢の権力者たちが、何千とまではいかないまでも、何百人もの子供を生ませてきた。DNA調査によれば、16世紀清王朝のとある皇帝の男系子孫は、現代の中国にゆうに150万人はいるらしい。
また、現存する男性の200人に1人が、モンゴル帝国のチンギス・ハンの血を引いていると言う(2003年、ナショナルジオグラフィック誌はこうした調査記事を特集し、チンギス・ハンを”精力的な恋人”と呼んだ――おそらく受胎の大半がレイプによるものであることを考えれば、この表現には疑問が残る)。こうした歴史からも、自分のDNAを拡散したいという欲求は生得的なものと言えるだろう。「多くの男性が自分の種を広めたいと考えています。興味深いのは、こうした男性が自分のアイデンティティや権力の一部を、他人に自分の種を植え付けるという考えの中に取り入れたという点です」と、臨床神学者のリー博士は言う。
別の見方もある。
性的虐待の背景にある権力と支配力
現代社会の男性の大多数にとって、複数の女性を孕ませたいという幻想は――所詮は幻想だ。Pornhubでは、「ナカ出しOK」というタイトルがつけられた動画がわんさとあるし、「マジ妊娠した!」というようなそれほど性的にあからさまではないコンテンツもある。14万4000人以上が集うr/breedingというサブレディット(仕事場での閲覧は要注意)は、お気に入りの”クリームパイ”、すなわち射精のクローズアップの動画や画像のリンクが大半を占めている。興味深いことに、妊娠フェチは必ずしも異性愛者の男性とは限らない。r/breedingの投稿者の多くは女性だし、ゲイの男性がこの用語を使うことも珍しくないとリー博士は言う。
一部の男性にとっては、妊娠フェチの性衝動は避妊具なしのセックスというタブー、または体液を交わらせるというスリルからくる場合もある。あるいは、例えばコンドームに穴を開けるとか、パートナーにパイプカットをしたと嘘をついてナカ出しするという妄想を抱く男性の場合、まさに「同意の上ではない」という事実がそそるのだ。
性的虐待の加害者全員に言えることだが、こうした特性が欠如した人々は妄想を実行に移す確率が高いとリー博士は言う。こうした行為は性的悦楽よりもむしろ「自分中心性、自己愛、あるいは共感や良心の低さと関係があります。ルールに従う、合意を守るという点では一種の反社会的特性ですね」と、リー博士は言う。これらは男たちを”ステルシング”、すなわちセックスの途中で相手に内緒でコンドームを外す行為に駆り立てるものだ。他の性的虐待の例にもれず、ステルシングもセックスが目的ではない。ステルシングをする男性は、同意という規範に反することで生まれる権力と支配力を満喫しているのだ。
故エプスタイン氏の場合、彼の受胎計画は見たところ違法ではなく、少女や若い女性も絡んでいないようだが、同じことは彼にも当てはまる。ブラウン・ハーヴェイ氏は、いまは亡き性犯罪者に理論上の診断を下すことを警戒しながらも、同氏にかけられたおぞましい容疑と照らし合わせれば、このような企てが広範囲におよぶ捕食習性とは無関係だと考えるのは不可能だと言う。
故エプスタイン氏の事件と不妊治療詐欺の共通点
ブラウン・ハーヴェイ氏いわく、虐待の加害者は自分たちのセックスライフを、新たな被害者の調達と半永久的な虐待が可能な環境に作り上げる傾向にある。故エプスタイン氏と不妊治療詐欺の記事に共通点があるとすれば、こうした男性たちは長らく誰にも気づかれずにこれを成し遂げたという点だ。
故エプスタイン氏も不妊治療の専門医も、富と権力と地位に支えられ、何十人もの少女や女性を食い物にしては、世に知られることなく何年も虐待を重ねてきた。「我々はこうした個人――大半が男性――が何をしても許されるような、富と権力中心の文化を作り上げました。そして彼らがこうした行為に走った時、驚愕するのです」とリー博士。誰かが実際に傷つくまで――いや少なくとも、スーパーでおかしな試食品を手に取るまで――こうした虐待行為の度合いが表沙汰になることはない。