映画『ジョーカー』公開前、米軍も動くほど社会的に物議を醸していた。反動は単なる集団パニックか?それとも本当に非モテ男に同調した映画なのか?『ジョーカー』の一体何がこれほどの騒動を引き起こしたのだろう? 紐解いてみよう。


【注:文中にネタバレを想起させる箇所が登場します】

約半年ごとに、劇場公開前から物議を醸す映画というのが出てくる。今年の秋は『ジョーカー』だろう。ホアキン・フェニックスがバットマンの代表的悪役を演じる、ワーナー・ブラザーズの新作映画『ジョーカー』。10月4日(金)に劇場公開されたので、映画についてあれこれ意見している人の大半はまだ映画を観ていないことになる。にもかかわらず、銃規制から間違った男らしさ、ディズニー社独占検閲問題まで、様々な議論が沸き起こっている。ついにはアメリカ軍も乗り出した。今週初めに漏洩したメモによると、映画の上映時に無差別銃撃事件が発生するという確かな情報を、兵士に警告したというのだ。

では『ジョーカー』の一体何がこれほどの騒動を引き起こしたのだろう? あらためて紐解いてみることにしよう。

大勢の人々が、この映画は非自発的独身者を美化している、と主張している。

『ジョーカー』は、心を病んだコメディアン志望のアーサー・フレック(フェニックス)が、社会から拒絶されたことで心が折れ、犯罪の道に足を踏み入れていくという物語。また、隣に住むシングルマザー(ザジー・ビーツ)からも性的に拒絶されてしまう。こうした展開は多くの点で、過激化し、あるいは人生に絶望して銃乱射に走る、はみ出し者の若い白人男性とよく似ている。
この類似が、多くの批判家たちから取り沙汰されているのだ。ヴァニティフェア誌のリチャード・ローソン氏もその1人で、この映画は「病的に描かれている男性を、無責任に宣伝しているともとれる。『ジョーカー』は称賛しているのか、それとも恐れおののいているのか?それとも単純に、どちらも同じことなのか?」と彼は問いかけている。

『ジョーカー』がうっぷんの溜まった若い白人男性に過剰に同情し、称賛まがいのスポットライトを当てていると感じる映画評論家はローソン氏だけではない。タイム誌の映画評論家ステファニー・ザカレック氏も同じような論評を展開し、『ジョーカー』を「過激で、無責任と言っても過言ではない」と称したうえで、隣人とのロマンスのくだりはフレックを「非自発的独身者の守護聖人」に祭り上げるためのサブプロットだと述べた。トッド・フィリップス監督はフレックを自殺願望のある狂人ではなく、むしろ負け犬のアンチヒーローもどきに仕立てることで、同じく疎外され、暴力的衝動を行動に移したいと願う若い白人男性の現状に過剰に同調していると、ザカレック氏は非難する。「この作品は、アーサーを英雄化し、美化し、彼の暴力的な行動に対しては白々しく首を横に振っている」とザカレック氏。

念のために言っておくと、こうした理由で『ジョーカー』を批判する映画評のほとんどは、この映画が暴力を誘発しているとおおっぴらに主張しているわけではない。社会から奪われたと思い込んでいる力を、暴力で取り返そうする者に過剰に同調していると言っているのだ。正直なところ、そうした意見に誰もが賛同しているわけではない。Rotten Tomatoesの評価は新鮮度76%と概ね好評価だ。弊誌の映画評論家デヴィッド・フィア氏も、さらにヒネリを加えてこう書いている。
「映画に出てくる白塗り仮面の自警団的デモ隊を、『ゴッサムを占拠せよ』運動[訳注:ウォール街占拠運動にちなんでいる]とみるか、あるいは非モテ男の知識層の輩が反乱を起こしたとみるかは、観客の解釈にゆだねられる。彼は暴力カルチャーの旗印であり、地獄の沙汰の時代に生まれた道化なのだ」

トッド・フィリップス監督は、この作品が白人男性の暴力を正当化している、あるいは強調しているとする意見に頭から反論し、そうした意見は単なる左派の怒りの文化の産物だと、とあるインタビューで主張した。「僕たちは人々を煽る映画を作ったつもりはない」と、先週もWrap誌とのインタビューで語っている。「実際3か月の間で一度、僕はホアキンにこう説明した。『表向きはコミックブックの映画だけれど、既存のスタジオ映画製作の中で、本物の映画を作るつもりで取り組んでほしい』とね。『こういう行動を美化したいんだ』とは言っていない」 フェニックスも、『ジョーカー』が無責任かどうかという質問に対し、はぐらかしながらこう答えている。「道徳について説教するのは映画人の役割じゃないと思う」と、webマガジンIGNに答えるフェニックス。「もし善悪の区別がつかないなら、ありとあらゆるものを自分の好きなように解釈してしまうだろうけどね」

ワーナー・ブラザーズも作品に対する騒動を受け、声明を発表した。「誤解しないでいただきたいのですが、架空の人物であるジョーカーも、作品そのものも、いかなる類の現実の暴力を容認するものではありません」と同社は声明で述べた。「作品も、製作陣も、スタジオも、あの登場人物を英雄としてみなすつもりはありません」。

『ジョーカー』が暴力を誘発するかもしれない、という恐怖で、劇場や米軍は過剰な予防策を講じている。

『ジョーカー』に対する批判により大勢の人々が、映画の公開が現実的に暴力を引き起こすのでは、と不安を感じている。
2012年、コロラド州オーロラで『ダークナイト・ライジング』上映時に起きた銃撃事件の被害者は、今週初めワーナー・ブラザーズに書簡を送り、『ジョーカー』公開に対する懸念を表明した(銃撃事件の犯人ジェームズ・ホルムズは警察に対し、観客に発砲したのは自分が「ジョーカーだからだ」と繰り返した。だが、オーロラ警察署はこれを否定している)。彼らは映画の公開差し止めを訴えているわけではないが、全米ライフル協会から寄付を受けている政治家への支持を止めること、興行収入の一部を銃乱射事件の生存者や銃乱射防止対策に寄付することをワーナー・ブラザーズに求めている。「我々は、御社の企業規模と影響力をもって、銃のない安全なコミュニティを作ろうという我々の戦いに手を貸していただきたいのです」

米軍も、映画公開時に無差別銃撃が起きる可能性を懸念している。webマガジンGizModoのiO9によれば、アメリカ陸軍犯罪捜査班の上級士官は月曜日、テキサス警察からの「信頼できる」方法として、『ジョーカー』の「上映中に未確認の映画館を狙った」「特定の不穏な書き込み」がダークウェブ上にあったことから、映画鑑賞中は注意を怠らないよう、兵士たちにお達しを出したという。

『ジョーカー』を上映する劇場側も、上映中の暴力対策を講じている。全米で50館以上の映画館を運営するLandmark Theaters社のCEOは公開前に、同館の従業員および観客に対し、上映中の「仮装、フェイスペイント、マスク」を禁じると発表した。コミックファンに悪役の変装を禁じたとして、果たしてどこまで暴力の脅威を軽減できるか定かではないが、こうしたニュースはDCマーケティングチームにとっても芳しくない。同社では公認グッズとして、ジョーカーのトレードマークであるジャケットを新発売したばかりだ。
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