スピッツの3年ぶり通算16作目のニューアルバム『見っけ』が10月9日にリリースされた。連続テレビ小説「なつぞら」主題歌となった最新シングル「優しいあの子」を収録した同作を携え、11月から48本の全国ツアーを控えるバンドの現在地に迫る。


亀田誠治プロデュースにおける変化の歴史

スピッツは今年活動32年目だという。1987年の結成から一度もメンバー・チェンジや脱退がなく、商業的な成功まではいくらか時間を要したものの、ブレイク以降はポップ・シーンにおける存在感を落とさずにいる彼らは、(いまさら言うまでもないが)やはり奇跡みたいなロック・バンドであることは間違いない。特に名曲・名作を残してきた時期がいつになるかと言えば、ファンやリスナーそれぞれで意見が分かれるところだろう。やっぱり初期の3枚こそ至高……『ハチミツ』ぬきにJ-POP史は語れやしまい……『ハヤブサ』の偉大なる実験を忘れてくれるな……亀田誠治と組んでからの近作も安定期と侮るべからず……などなど聴き手の数だけこのバンドの輝けるヒストリーはきっと異なってくる。

先ほど亀田誠治をプロデューサーに迎えた近年を〈安定期〉と称したのは、同タッグがもはや15年以上にわたり蜜月状態にあるからだ。ここまで同じチームでの制作を続けているのは、当然スピッツにとってもはじめてのこと。相性の良さは誰よりも本人たちが知っているはずだが、聴き手としては毎作ごとに変化や挑戦を課していることも留意しておきたい。新作『見っけ』もまたしかり。ゆえに、ここでは亀田と初手合わせとなった『三日月ロック』(2002年)以降のディスコグラフィを簡潔に振り返ったうえで、新作『見っけ』と共にある現在地をまず共有しておきたい。

『三日月ロック』では、前作『ハヤブサ』(2000年)で石田ショーキチとめざした先鋭的で実験的なロック・バンドへの回帰をさらに推し進めた。この時期の亀田に特有のシャリシャリとした音像と打点の強いプロダクションが特徴で、随所で打ち込みが導入されていることもありデジタルな印象が強い。続く『スーベニア』(2005年)では、高山徹をレコーディング・エンジニアに招き入れ、攻撃的な亀田サウンドを滑らかな肌触りにコーティング。
ストリングスもふんだんに導入され、『オーロラになれなかった人のために』『Crispy』(1992、1993年)をバージョンアップしたかのような流麗で華やかなポップ・アルバムに仕上がっていた。ここから現在に続く亀田・高山体制がスタートする。

『三日月ロック』収録のシングル「さわって・変わって」

『醒めない』収録のシングル「みなと」

シングル・コレクションのリリースを挟んでの2007年作『さざなみCD』は練熟したソングライティングとロック・バンドの滋味が詰まった演奏が、過不足のない適切なプロダクションでまとめられていた。派手さは希薄ながら、スピッツの良点が凝縮した同アルバムを、後期の代表作として挙げるファンも多い。2010年の『とげまる』は、『さざなみCD』での成熟をさらに深め、骨太で包容力のあるサウンドを展開。2000年代以降の「スピッツ像」を確立させたアルバムと言えよう。2013年にリリースされた『小さな生き物』は、一昨年前に起きた東日本大震災が作詞のテーマに影響を与えている。サウンド面ではそれまで以上にパワフルな演奏と、リリカルなアレンジが特徴で、どこか『三日月ロック』に回帰したような印象も残す。前作にあたる『醒めない』(2016年)は、「みなと」といったソングブック的な名曲を収録しつつもJ-ROCK的な意匠を施した楽曲も目立ち、バンドがまた変わろうとしている姿を垣間見せてくるような作品だった。

”らしさ”と”新機軸”を兼ね備えた『見っけ』の全容

そして新作の『見っけ』。このアルバムは『小さな生き物』から変化の片鱗をうかがわせてきた、枯れることない若々しさを持つ、いまだエネルギーに溢れたロック・バンドという自画像を、さらに前へと切り出したアルバムだ。

銀河の果てまで宇宙飛行をしているかのようなシンセのフレーズをハード・ロッキンな演奏にまぶした表題曲は、バンドがかねてから愛情を公言してきたチープ・トリックを彷彿とさせる勇猛かつポップなナンバー。
そして間髪入れず朝ドラ『なつぞら』の主題歌として、すでに多くの人から愛されている「優しいあの子」へと続く。”ありがとう”という言葉を、遠く離れた誰かに告げたいという世界観は、次の「ありがとさん」とも地続き。この曲は、柔らかなサイケデリアとロッカ・バラッド調のメロディが魅力的だ。オルナタティブ・ロック的な演奏とあいまって中期ーー『フェイクファー』(1998年)や『ハヤブサ』の頃を想起するリスナーも多いだろう。

電波不良を思わすサイケなエフェクトを施した「ラジオデイズ」は、スピーディーなパンク・ソング。「花と虫」は軽やかなネオアコ・ナンバーかと思いきや、細やかなドラミングとうねりまくるベースラインが重たいグルーヴで牽引している。そう、このアルバムはバンドの演奏がとにかくパワフル。溢れんばかりの初期衝動には、メンバー4人が50歳をすぎての初アルバムとは思えない。その一方で「ブービー」における50年代オールディーズ・マナーのコーラスも堪らない。”宇宙からきた/僕はデブリ”と、疎外感を抱え、みずからをとるにならないモノととらえてしまう、弱き存在の立場に寄せた歌詞が優しい。

ギター・アルペジオと疾走感に「リコシェ号」(『惑星のかけら』収録)を思わずにはいられない「快速」では、”速く速く/流線形のあいつより速く”と勇ましく歌われる。The 1975の「Chocolate」みたいにゴキゲンなファンク・ポップの「YM71D」は、”きまじめで少しサディスティックな/社会の手ふりほどいた”と、世界の外側にあるフリーダムな空間へと聴き手を誘い出す。
そして、三輪テツヤのスラッシュばりに艷やかなギター・ソロが炸裂する「はぐれ狼」は、人と違った道を行くことの決意を綴ったロックソングだ。

アンサンブルとして新機軸を示しているのは「まがった僕のしっぽ」。エモやポスト・ハードコアを思わせる三拍子が基調のパターンと中盤のリズム・チェンジがユニークだ。哀愁漂うフルートの音色もまた独自のメランコリアに貢献している。「初夏の日」は、ファンなら音源化を歓喜せずにはいられない楽曲。というのも、この曲は京都のライブでのみ披露されていた、知る人ぞ知るナンバーだからだ。最終曲の「ヤマブキ」は、1曲目「見っけ」の姉妹編とでも言えそうな開放感に溢れたロック。”陳腐とけなされても/突き破っていけ/突き破っていけ/よじ登っていけ/崖の上まで”というリリックが爽快で力強い。アルバムの最初と最後をパワフルなハードロックで据えるという構成は、彼らが今作に込めた意思を表明しているようにも思える。

スピッツが歌ってきた「はみ出し者たち」のストーリー

それにしてもと言うべきか、だからこそと言うべきか、かくも豪胆で勢いに溢れた『見っけ』の多くで、”はぐれ者”や”異形の者”への共感を歌っていることが印象深い。もちろん、そうしたテーマはスピッツにとって普遍的なものである。”俺は狂っていたのかな”と壊れた自分をファンタジックな世界に映した初期。
”地下室のすみっこでうずくまるスパイダー”が”君を奪って逃げる”とまっすぐに叫んだ中期。そして”まだまだ醒めない/アタマん中で/ロック大陸の物語が”と、か弱き少年がロック=不完全な音楽に救われた過去を高らかに肯定した前作と、スピッツはつねにマトモじゃない俺や僕や私のストーリーを綴ってきた。

世界の日陰で誰にも見つけられずにひっそりと生きている、はみ出し者たち。いつもスピッツはそうした奇妙(クイア)な存在を”見っけ”てくれる。この作品では、そうした眼差しにいつも以上に力が宿っているように見えるのは気のせいだろうか。推進力に溢れたリズム、雷土のようなエレクトリック・ギターからは、人と異なっていることを祝福し、エンパワーしていかんとする意思が伝わってくる。

おそらく、そうした本作のメッセージは、今の時代と無関係ではない。ここ数年、不当に扱われ、生きづらさを感じてきた人々が声をあげ、平等ならざる現実がいっそう可視化されている。思えばスピッツも911テロや東日本大震災に影響を受け、意図的であれ無意識的であれ作品のムードに同時代の空気を反映してきた。だからこそ、スピッツが”光に近づこうと/泳ぎつづける”と歌う幻の一曲「初夏の日」を、このタイミングでついに収録したことは、どこか象徴的にも思える。誰からも相手にされず、世界が向こう岸にあるような気持ちになったとき。自分が自分でいられないようなとき。
きっと『見っけ』があなたを発見し、光のほうへと歩ませてくれる。

〈リリース情報〉

スピッツ『見っけ』考察、パワフルな演奏に宿った「はぐれ者」への眼差し

『見っけ』
スピッツ
2019年10月9日(水)リリース

【通常盤】 <1 DISC>
CDのみ ¥3,000+税

【初回限定盤】<2 DISCS>
SHM-CD + Blu-ray ¥5,280+税  
SHM-CD + DVD ¥4,780+税
※「ありがとさん」「優しいあの子」「見っけ」ミュージックビデオ+オフショットムービー(約20分予定)収録の映像DISC
※初回限定盤 オリジナルスリーブケースパッケージ仕様

【アナログ盤】 <1LP+7inch>(完全受注限定生産盤)
12inch(重量盤)+7inch ¥3,980+税
※アナログ盤のみの毎回好評なジャケット封入漫画

〈ツアー情報〉

SPITZ JAMBOREE TOUR 2019-2020 "MIKKE"

2019年11月30日(土)静岡県 エコパアリーナ
2019年12月5日(木)東京都 武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ
2019年12月7日(土)東京都 武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ
2019年12月8日(日)東京都 武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ
2019年12月12日(木)神奈川県 横浜アリーナ
2019年12月14日(土)神奈川県 横浜アリーナ
2019年12月15日(日)神奈川県 横浜アリーナ
2019年12月27日(金)福岡県 マリンメッセ福岡
2019年12月28日(土)福岡県 マリンメッセ福岡
2020年1月18日(土)大阪府 大阪城ホール
2020年1月19日(日)大阪府 大阪城ホール
2020年1月28日(火)大阪府 大阪城ホール
2020年1月29日(水)大阪府 大阪城ホール
2020年3月28日(土)山梨県 YCC県民文化ホール(山梨県立県民文化ホール)
2020年3月31日(火)群馬県 高崎芸術劇場
2020年4月7日(火)鳥取県 米子コンベンションセンター BiG SHiP
2020年4月9日(木)広島県 広島文化学園HBGホール
2020年4月10日(金)広島県 広島文化学園HBGホール
2020年4月14日(火)栃木県 宇都宮市文化会館
2020年4月18日(土)和歌山県 和歌山県民文化会館 大ホール
2020年4月19日(日)兵庫県 姫路市文化センター 大ホール
2020年4月21日(火)香川県 レクザムホール(香川県県民ホール)大ホール
2020年4月28日(火)熊本県 市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)
2020年4月30日(木)大分県 iichikoグランシアタ
2020年5月5日(火・祝)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
2020年5月6日(水・振休)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
2020年5月8日(金)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
2020年5月12日(火)石川県 金沢歌劇座
2020年5月14日(木)新潟県 新潟県民会館
2020年5月19日(火)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
2020年5月20日(水)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
2020年5月26日(火)宮城県 仙台サンプラザホール
2020年5月27日(水)宮城県 仙台サンプラザホール
2020年6月1日(月)沖縄県 沖縄コンベンションセンター劇場棟
2020年6月2日(火)沖縄県 沖縄コンベンションセンター劇場棟
2020年6月7日(日)愛媛県 松山市民会館 大ホール
2020年6月8日(月)高知県 高知県立県民文化ホール オレンジホール
2020年6月12日(金)山形県 山形県総合文化芸術館
2020年6月14日(日)青森県 リンクステーションホール青森(青森市文化会館)
2020年6月21日(日)北海道 帯広市民文化ホール 大ホール
2020年6月23日(火)北海道 コーチャンフォー釧路文化ホール(釧路市民文化会館)
2020年6月29日(月)埼玉県 大宮ソニックシティ
2020年6月30日(火)埼玉県 大宮ソニックシティ
2020年7月5日(日)福井県 フェニックス・プラザ
2020年7月6日(月)滋賀県 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 大ホール
2020年7月8日(水)岡山県 岡山市民会館
2020年7月14日(火)三重県 三重県文化会館 大ホール
2020年7月16日(木)岐阜県 長良川国際会議場 メインホール

ニューアルバム『見っけ』特設サイト
https://spitz-web.com/mikke/album/

SPITZ OFFICIAL WEB SITE
https://spitz-web.com/

編集部おすすめ