デビュー当時から不変のアティテュード
「これまで達成してきたものには今でも誇りを持っているよ。ちゃんとした”作品群”を作りたいとずっと思ってきたからね。単なる一発屋的ヒットじゃなくて、もっと深みを持たせたいんだ。それは多分達成できたと思うし、僕たちは誇りに思っている」
デビュー・アルバム『Antidotes』のリリースから約10年間の軌跡について、ヤニスはそのように答えている。この言葉は、フォールズがデビュー当時から持つ不変のアティテュードを象徴するものだ。
フォールズがデビュー・アルバムを上梓した2008年と言えば、アークティック・モンキーズの鮮烈なデビューを契機とするロックンロール・ブームの再燃が落ち着き始めた年。同年デビューの若いバンド達は一辺倒なロック・サウンドを捨て、それぞれに個性的で多種多様なサウンドを志向していた。その中で、フォールズが鳴らしていたのは、2000年代半ばに隆盛を誇ったダンス・パンクにマス・ロックの息吹を注入したようなアート・ロック。アルバム・デビュー前にリリースされたシングル「Balloons」と「Cassius」はスマッシュヒットを記録し、インディ・ダンス系のフロアで毎夜のように鳴り響くアンセムとなっていた。
デビュー作『Antidotes』は、シングル・ヒットの勢いそのままに制作・発表……というわけではなかった。
知性と肉体性を行き来するダイナミズム
その後、彼らは作品ごとに異なるプロデューサーを迎え、明確な方向性のもとで進化/深化を遂げていく。2010年にリリースされた2nd『Total Life Forever』では、ルーク・スミスの手を借りて、マス・ロック的なイメージを打ち破るアトモスフェリックかつユーフォリックなサウンドに挑戦。ロック不況のあおりを受けたのか、セールス的には振るわなかったものの、収録シングル「Spanish Sahara」がNME選出の2010年ベスト・ソング1位に輝くなど、批評面では大きく支持を広げるレコードとなった。
レディオヘッドと出身校が同じメンバーが在籍することも手伝って、最初は理知的でアート志向なイメージが強かったフォールズだが、一方で彼らはフィジカルに訴えかける演奏力を武器とするライブ・バンドでもあった。そのグルーヴ感覚を改めて作品へと落とし込んだのが3rd『Holy Fire』だ。同作は80年代から活躍する重鎮のアラン・モウルダーとフラッドがプロダクションを担当。ここで彼らはポスト・パンク譲りの直線的なビートから距離を置き、ゆったりとしたスケールで魅せるラウドなファンク・ロック・サウンドを展開してみせた。
ちなみに、アラン・モウルダーとフラッドはUK出身ながら90年代にナイン・インチ・ネイルズやスマッシング・パンプキンズの作品を手掛けたことで知られているが、ヤニスは最新インタビューでも「直接この作品に影響を受けたというんじゃないけど、大好きで一番よく聴いたのはスマッシング・パンプキンズの『メロンコリーそして終りのない悲しみ』とナイン・インチ・ネイルズの『Fragile』かな」と答えている。それらの作品に共通するのは、繊細さと暴力性、メランコリアとラウドネス、知性と肉体性の間を行き来するダイナミズム。フォールズも、そうした両極性を理想の一つとしているのは間違いないだろう。
フィジカルなグルーヴの追求はジェイムス・フォードがプロデュースした4th『What Went Down』(2015年)でも続き、その結果、彼らはアメリカでの成功も手にすることに。中でもシングル「Mountain at My Gates」は全米オルタナティブ・チャートで1位に輝いた。もともと熱しやすく冷めやすい傾向にあり、「2作目・3作目のジンクス」につまずくバンドが後を絶たないイギリスにおいて、2~3年ごとにきちんとアルバムを作り、結果を出してきたバンドはそう多くない。ましてや2010年代以降、イギリスではロック不遇の時代がずっと続いているのだ。着実なバンド活動の継続を通して、フェスのヘッドライナー・クラスにまで上り詰めたフォールズは、現在のロック・シーンでは例外的な存在であり、同時にロック・バンドの理想形の一つとも言える。
2枚組のボリュームが証明、フォールズの最盛期は「今」
そんなフォールズが前作から4年の時を経て完成させたのが『Everything Not Saved Will Be Lost – Part 1』と『Part 2』である。本作の制作の最中、フォールズからは結成当時からのベーシストが脱退。ただ、その危機的状況は制作面でプラスに作用したのだという。
「一人のメンバーがいなくなってしまうことは、ある種バンド危機といえるんだけど、それが制作面においては実はよかったんだ。まず、危機を乗り越えるために各々がより強いエネルギーで制作に集中した。みんなが同じ目的に向かって突き進むことが大切な時期だとみな分かっていたから。そして、今までの方法をがらりと変えようという気になった。
また、この2作品はこれまでとは違い、バンド自身のセルフ・プロデュースによって制作された。外部のプロデューサーに全体像を委ねるのではなく、自ら全てのクリエイティブ・コントロールを行ったのは、今回の二連作が初めて。その意図について、ヤニスは以下のように語る。
「単に、機が熟したと思ったからじゃないかな。意図をきちっと説明するのは難しいけど、僕たちは過去のプロデューサーたちから多くのことを学んできたと思うんだ。一方で、もし最初から最後まで完全に自分たちでコントロールできたらどんな音か聴いてみたいという欲もずっとあった。今までよりものすごく手間がかかったけど、色んなものがより凝縮された表現にすることができたと思う」
フォールズがこれまでの作品で模索してきたのが知性と肉体性の理想的なバランスだったとすれば、この二連作は一つの到達点と言っていいだろう。ヤニスが本作のレコーディング中によく聴いていたというスマッシング・パンプキンズとナイン・インチ・ネイルズのレコードは、くしくも両作品とも二枚組のボリュームで、最盛期を迎えたバンドのクリエイティビティを刻んだ作品。バンドを代表するそれらのマスターピースと同様に、今回の二連作は、フォールズの創造性が今まさに最盛期を迎えている事実を雄弁に物語っている。
「どんな風にしたいかという具体的なアイデアがまったくなかったんだよね。色んな曲の種があって……いつも結構たくさん種を作るんだけど、今回はどういうアルバム・プロジェクトにしたいとかそういう考えがなかったんだ。ただひたすらクリエイティブになりたかった。アプローチとしてはかなり模索的な感じだったね。曲を全部作り終わってそれらと付き合っていくことになったとき、全部出したい、しかもモダンな形で、と思うようになったんだ。エキサイティングな形にしたいってね」
ヤニスによれば、そうして溢れ出すアイデアを形にしていた結果、どうしても残したい曲が20曲仕上がったのだという。サブスクリプション・サービス全盛の今、物理的な尺の観点から言えば作品をあえて2つに分ける必要はない。それでもフォールズが今回の『Everything Not Saved Will Be Lost』を2パートに分けて発表した理由について、ヤニスはこう答えた。
「不思議と各々の曲がひとつのアルバムの中での立ち位置があるような気がして。例えば、この曲はどうしてもアルバムの〆の曲にしたい、と思う曲が2曲あったりね。同じアルバムで存在させたい曲、させたくない曲など考えていったら、2枚出すのが自然だったんだ。リリースをずらすことによって、聞く人が量に圧倒されずに楽しんでほしかった。


2019年のサマーソニックにて Photo by Mitch Ikeda
新たなマスターピースを引っ提げて、2020年の来日公演へ
ちゃんとした「作品群」を作りたいという信念は保ちながら、時代に応じた変化にも柔軟に対応するフォールズのアティチュードは、最新作のテーマにも表れている。『Everything Not Saved Will Be Lost(保存されていないものは全て削除されます)』という言葉は、PCゲームの注意書きなどでよく用いられるフレーズだが、現代的な諸問題に対するメッセージも忍ばせてあるという。
「このフレーズは、あるときピンと来てノートに残しておいたんだ。そのときは気づかなかったけど、考えれば考えるほどこのフレーズは色々な意味を含ませられるんじゃないかと。表層的にはテクニカルな表現だけど――例えばPCゲームの注意書きでよくあるよね――今切羽詰まった問題としての環境問題や社会問題は、今アクションを起こさないと元に戻れない、というメッセージにもなるし、同時に何も永遠ではない、人生の試練も永遠に続くわけではない、というメッセージも伝えられると思ったんだ」
「このアルバムは時代が生み出したアルバムとも言える。政治的に見ても激動の時代で、環境問題をはじめ将来に不安を抱くことが多い。その中で諦めない、うち破るという強い意志を持つ必要性をテーマにした」
ダンサブルな楽曲が多かった『Part 1』と比較すると、『Part 2』はロック色が強くギター主体の楽曲が並んでいる。前作のラストで迎えた世界の終わりから一転して、今作でオープニングから展開されるのは荒涼としたイメージを打ち破る力強さだ。
「Part 1は敢えて意図的に”続く”という余白を残してある。そして、Part 2はその荒涼としたイメージの『Red Desert』から、『The Runner』で幕を開けるんだ。
このマスターピースを引っ提げて、フォールズは2020年3月に来日公演を行う。サマーソニックでは、バンドが過去最高に充実していることがよく分かる無敵のアンサンブルを聴かせた彼らだが、セットリストはフェス仕様の全ディスコグラフィを総括するような内容だった。次の来日公演ではきっと『Everything Not Saved Will Be Lost』の世界観をベースにした最新の姿を見せてくれるだろう。ライブ・バンドとしても、彼らは今まさに絶頂期にある。もしあなたが本当に素晴らしいバンド・サウンドを渇望しているのなら、ぜひフォールズのライブに足を運んで圧倒的なパフォーマンスを目に焼き付けてほしい。

Photo by Mitch Ikeda
2019年のグラストンベリー・フェスティバルにサプライズ出演した際のパフォーマンス
〈リリース情報〉

フォールズ
『Everything Not Saved Will Be Lost – Part 2』
2019年10月23日発売
試聴・再生リンク:
https://sonymusicjapan.lnk.to/FoalsENSWBL_2
海外アーティストページ:http://www.foals.co.uk/
日本アーティストページ:https://www.sonymusic.co.jp/foals/
〈ツアー情報〉

2020年3月3日(火)名古屋・CLUB QUATTRO
2020年3月4日(水)大阪・BIG CAT
2020年3月5日(木)東京・新木場STUDIO COAST
チケット詳細:
https://smash-jpn.com/live/?id=3255