昨年発表のアルバム『平成』がCDショップ大賞の新人賞を受賞するなど、時代を締め括る名盤として高く評価された平成元年生まれのシンガーソングライター・折坂悠太。

浪曲からシャンソンまでを内包した独特な歌唱、「合奏」と呼ばれるバンドメンバーによる生演奏とビートメーカーによる打ち込みのトラックが同居したサウンドもさることながら、「個人の歌が時代の歌になりうる」という思想こそが、あの作品を特別なものにしていたように思う。
『平成』以降の現在地と、「月9」ドラマ『監察医 朝顔』の主題歌に起用された「朝顔」について話を聞いた。

―『平成』がCDショップ大賞の新人賞を受賞し、新曲の「朝顔」はドラマ主題歌に起用されるなど、この半年で大きく状況が変わったと思うのですが、ご自身ではどう感じられていますか?

折坂悠太(以下、折坂):最初はギター弾き語りのシンガーソングライターとしてやっていて、『たむけ』の頃は昔の音楽ばっかり聴いていたんですけど、ちょっと前から最近の音楽を聴くようになって。最初から狙ったわけじゃないんですけど、『平成』は最近の潮流みたいなのをちょっと加味して作ったアルバムになったんですね。

―ビートメーカーのRAMZAが参加していたりもしましたもんね。

折坂:なので、普通のシンガーのアルバムというよりも、もうちょっとバラエティに富んだものになったと思っていて。一曲一曲方向性が違うので、ヒップホップ畑の人、クラブの人、普通に歌ものとして聴いた人、いろんなところに思わぬ形で聴いてもらえるようになったっていうのは、アルバムの意義として大きかったと思っています。

―「最近の潮流」というのは、特にどのあたりを意識していたのでしょうか?

折坂:フランク・オーシャンの『Blonde』が一番衝撃的だったので、アルバムを作る原動力のひとつになっていました。ただ、それをそのまま模倣するわけではなく、自分はこれまでずっと生音でやってきたので、そこはちゃんと強固にしつつ、『Blonde』はサウンドと歌っている内容がすごく密接で、そこに惹かれたので、そういうものを目指しました。

―アルバム・リリース時のインタビューでは「個人のことを歌うことで、結果的に時代の歌になるのではないか」という趣旨のことをおっしゃっていたかと思うんですけど、その背景には、フランク・オーシャンの存在もあったと。

折坂:そうだと思います。音楽が前よりもっとグローバルになっている印象があって、それがなぜかというと、世界を目指したときに、世界のことを歌うんじゃなくて、よりローカルな方向にみんな行ってるというか、個人的なことを掘り下げることによって、逆に世界基準の音になる、そういうことがいろんなところで起きていると思っていて。その場所の音楽に似せようと思っても、それと同じにはならないし、外国の人の音楽を聴いたときに、自分たちと同じようなことをやっていてもそんなに響かないと思うんです。
それぞれの持ち場で何かを突き詰めた方が早いというか、むしろそっちに共感が生まれる気がします。

折坂悠太の音楽が「懐かしくも新しい」って言われる理由

―88risingの盛り上がりもあって、近年は世界的にアジアへの注目も高まっていて、それもいまの「ローカル」という話に繋がるかと思うのですが、折坂さん自身は「日本」というアイデンティティをどの程度意識されていますか?

折坂:僕が10代後半から20代前半の頃は、はっぴいえんどを聴いて、すごく日本っぽいと思ったのと同時に、言葉遊びのような面白さを感じたんですね。はっぴいえんどの真ん中にあるのはやっぱりアメリカのポップスで、それを日本語を使って本気でやろうとしたときに、サウンドと合わせるために、古い言葉を使ったり、ちょっと遊ぶような感覚でやっていた節があるのかなと思う。僕はそれが大好きで、コピーもして、めちゃめちゃ影響を受けました。その上で、自分はそれとは違うことをやりたいと思って、それが何かっていうと……より泥臭い、生の日本というか。

―「生の日本」とは?
 
折坂:西洋の音楽に日本語を乗せたっていうんじゃなくて、例えば、歌謡曲の人って、浪曲だったり、もともとルーツにあるものをやっていた人が、そのときの流行りを取り入れて、違うサウンドになっていったんだと思うんです。どちらかというと、僕もそっちをやりたい。ただ、自分がそういうルーツをめちゃくちゃ持っているかっていうとそうじゃないので、僕も言ってみれば真似っ子なんですけど、やりたいことのイメージとしては、日本ということを意識してない、元々日本しか知らない日本人が、底に流れてるもの、育つ中で身に着いた肌感覚を使って、音楽をやる。で、そこにいまの潮流も乗っかってくる、みたいなイメージ。だから、「層」になってるものがやりたいというか。

―底にあるのは意識するまでもなく身に着いている「生の日本」で、その上に「世界の潮流」がレイヤーとして重なる、みたいな?

折坂:この前沖縄に行ったんですけど、街を見てると、その場所の歴史が見えるんですよ。沖縄のお墓って大きくて、動かせないし、その上から何かを作るっていうのは考えられないから、その周りにビルが建っていて、普通の繁華街の真ん中にいきなり大きな墓地があったりして、街の歴史が層になってる。
僕の音楽もそうしたいと思っていて。さっき歌謡曲の話をしたみたいに、トラディショナルな音楽がまずあって、それを歌う人がいて、そこにポップスが入ってきて、より広く聴かれるようになる、そういうことがやりたくて。

―「層」の話にも通じると思うんですけど、折坂さんの音楽はよく「懐かしくも新しい」って言われると思うんですね。その「新しい」の部分っていうのは、さっきも言ったビートメーカーの参加だったり、生音にしてもミックスが今っぽかったり、いろんな要素が複合されてると思うんですけど、折坂さん自身は「新しさ」をどの程度意識していますか?

折坂:音の面では特に……「今っぽくなっているか」って、結構気にしてるかもしれない(笑)。音源を作るときは、何十年先まで聴かれたいっていうのがあるので、「今の音をやろう」っていうよりも、単純に「いいものにしよう」って思って作るんですけど……そう言いながらも、「今っぽくしよう」っていう頭はどこかにありそうな気がします。それを「思ってない」っていうのは、嘘になりますね。

―音の面ではやはりエンジニアの中村公輔さんの存在は大きいと思うんですよね。それこそ、今のヒップホップやR&B周りにもお詳しいと思うし。

折坂:中村さんはすごく研究家なので、今だけじゃなくて、各時代の音にすごく詳しいんです。若い人とやったら、「今っぽい」とか意識する以前に今の音になると思うんですけど、中村さんはそこの違いを分かってるのが面白くて、「このリヴァーブをかけると80年代っぽくなる」とか「この時代はこのコンプばっかり使っていた」とか、スタジオで作業しながらいろいろ遊んでいて。なので、音楽のタイムトラベルを一緒にやっている感覚なんです。僕が聴いてきたのも今のものばっかりでも、古いものばっかりでもなく、バラバラなので、中村さんとやって、いろんな地点に行けるのは楽しいんですよね。
この前は「レディオヘッドの『KID A』はこのエフェクトばっかり使っている」っていうのを試させてもらったり(笑)。特にどこの時代を目指すというわけではなく、遊びながら、曲によって何を目指すかが変わってくるので、そのカラーを自由に変えられるっていうのも、中村さんとやる面白さですね。もしかしたら、「今」でさえもどこかの時代だと捉えているかもしれない。

―大局的な視点を持って、タイムトラベルをしながら音楽を作る。だからこそ、浪曲のような歌い方でも、どこか未来っぽく聴こえたりするんでしょうね。

折坂:『平成』の前までは、フォークの文脈で語られることが多かったんですけど、フォークミュージックも伝わっていくものだから、特に「古い」音楽ということではなく、時代時代でアップデートされていくのがフォークミュージックだと思っていて。なので、僕はフォークミュージックにもタイムトラベル感を感じるし、その意味では、演奏形態は当時とは変わっても、やろうとしていることは変わってないのかなって。

「自分の足元を見て、ローカルな感覚で世界と繋がりたい」

―「朝顔」はドラマ主題歌ということで、作品に寄り添う部分と、独立した自分の楽曲であるという部分と、そのバランスはどう考えましたか?

折坂:目指したのは、ドラマの曲としてもバッチリだし、自分の歌としても今後長く歌い続けられるものにしたいと思って……思ったより大変でしたけど、できたとは思っています。

-特に何が大変でしたか?

折坂:やっぱり、自分だけじゃないってことですかね。今までは曲を作って、オッケーを出すのも、ダメ出しをするのも自分だったけど、今回はもっと関わる人がいて……。

―判断をする人が自分以外にもいるという難しさがあったと。

折坂:そうですね。
自分も先方もどちらも納得できるものにするために、レコーディング中も含めて、結構長い時間やりとりをしました。「この画に乗っける歌詞でこれは強過ぎる」とか、結構細かくあって。なかなかこういうことは起きないので、充実した作業でした。

―ドラマのタイトルであり主人公の名前でもある「朝顔」がそのまま曲のタイトルにもなっているのは、もちろんドラマに寄り添っていると思うんですけど、ただ3月に配信でリリースされた「抱擁」でも〈ああ 選べぬ朝を迎え 気づきだした ひとつのこと〉と「朝」について歌われていたし、「朝顔」では〈ここに 願う 願う 願う 君が朝を愛するように〉と歌われていて、平成から令和へと移行したこのタイミングで、「朝」を題材にすることは、折坂さん自身の作家性も強く感じました。

折坂:それは自分の生活と関わっていると思います。音楽をやっていると、どうしても夜中心の生活になりますけど、僕には奥さんも子供もいるので、家にいるときは朝早く起きて……起こされて(笑)、子供が保育園から帰ってきたら、ご飯を食べて、お風呂入って、寝るっていう、日中の生活がメインになるわけです。これは音楽を始めたときから思っていることで、僕の周りには常にアンテナを張っているような音楽好きもいるんですけど、その向こうにもちゃんと届けたいというか、普段から音楽を聴いているような人以外にも、「なんかいいね、この曲」って思ってもらいたくて。なので、「朝顔」も「抱擁」も、そういう目線で、自分の中の生活者としての感覚から生まれた気がします。

―その意識って、歌い方にも反映されていると言えますか? 「朝顔」の歌唱はもちろん折坂さんらしさがありつつ、平歌の低くてフラットな感じはとても新鮮でした。

折坂:そこは意識的にそうした部分で、それこそ今の音楽の潮流と関係していて。例えば、ビリー・アイリッシュってめちゃくちゃソリッドな音楽だと思うんですけど、つぶやいて歌うじゃないですか?高らかにワーッて歌ったり、叫んだりはしない。フランク・オーシャンにしても、激しく歌うっていうより、スッと入って来る感じだし、そっちの歌い方の方が、素のその人に近い気がするんです。
話し声に近いというか、語りと歌の差、ポエトリーリーディングと歌の境目ってなくなってきているような気がして。

―ラップと歌の境目がなくなってきているのとも通じる話でしょうね。

折坂:そうですね。ラップがあれだけ受け入れられてるのも、語ってるからなんじゃないかと思っていて。『平成』のときはがなるように歌う歌もあったけど、今はもっと近いところで歌いたいっていう感じに変わってきています。”朝顔”はそういう意味ですごく意欲的な一曲になったと思っていて、今のJ-POPはやっぱり高いピッチでワッと歌うのが、サビだと特に主流だと思うんですけど、僕もそれに倣った部分もありつつ、でも冒頭はすごくつぶやいてる。それも「層」だと思うんですよね。僕は圧倒的にJ-POPを聴いて育っているわけで、いわば、そこにルーツがあるわけじゃないですか?

―好みというより、育ってきた環境としてってことですよね?

折坂:そうです。そこに層のように外国の音楽の感じが入ってきて、サビとAメロ、Bメロでこれだけ違うのは、ちょっとキメラ感があるというか(笑)。

―一番最後の浪曲的なパートがよりキメラ感を感じさせるわけですが(笑)、このパートは最初からあったんですか?

折坂:最初から思い描いてました。ドラマのために「こうでなくちゃならない」っていう部分が出てくるだろうっていうのは最初の段階で思っていたけど、それで自分臭さが薄れちゃうのはつまんないなって思っていて。ただ、別にそれを誇示したいわけではなく、僕も100%を出すし、ドラマにも100%寄り添う曲にしたかった。
もちろん、あの部分もドラマとまったく関係ないとは思ってないし、100%の自分で向き合っていく決意の表れですね。

―最後に自分のハンコを押すようなイメージというか。

折坂:結果的に、今まで作った曲の中で一番オリジナリティのある曲になったと思います。強烈な匂いのする曲になった気がしますね。

―そんな曲が令和最初の「月9」に使われるっていうのも、平成からの変化を感じさせますよね。

折坂:ドラマ自体、すごくソリッドだと思うんですよ。月曜9時のドラマで、震災をあれだけちゃんと扱うっていうのは、ドラマを作る側もそれだけの決意があったと思うし。

―『平成』には「もしかしたら、時代は悪い方向に向かっているのかもしれない」というどこか緊迫したムードもあったように思うんですけど、その不安感とどう向き合っていくのかが、令和という時代の課題のように感じます。

折坂:『平成』は一曲一曲に個人的な想いが入っていたんですけど、大きな物語として時代を見ている部分もあるにはあったと思っていて。でも、平成が終わって、令和が始まって、「俺たちからこれからこうしていこうよ!」って、大きい括りで話ができるかって、今の日本でそれはすごく難しいと思っていて。やっぱり、細かく分断が進んでいて、身近な知り合いや親戚でさえ、話が通じないことってあると思う。じゃあ、そこにどう希望を見出すかを考えると、「朝顔」で歌っているように、どういう朝かはわからないけど、その人がその人の朝をちゃんと愛せるように生きてほしいっていう、そこからじゃないと話が始まらないというか。今直面していることを、大きく括らないで、その人その人の生活を丁寧にやっていくことでしか、社会とは繋がれないし、何かを変えることもできない。それは世界各国いろんなサイズで起きていることだと思うんです。もっと自分の足元を見て、ローカルな感覚で世界と繋がりたい。それをホントに細かいレベルでやっていきたいと思います。

折坂悠太
鳥取県生まれ。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年よりライブ活動を開始。新曲「朝顔」はドラマ『監察医 朝顔』(フジテレビ系)の主題歌に起用された。
http://orisakayuta.jp/

Edited by Yukako Yajima

<INFORMATION>

折坂悠太が語る「生の日本」と「層」の話

「朝顔」
折坂悠太
デジタル配信中
編集部おすすめ