70年以上愛されてきた老舗ギターブランド「フェンダー」が、業界初という大規模なデータ分析を実施した。ナイキやディズニーを経て、2015年からCEOに就任したアンディ・ムーニー氏。
その緻密なデータ分析から導いた戦略とギターへの愛を、来日中にRolling Stone Japanに語ってくれた。

創業70年を超える老舗ギター・ブランド、フェンダー社の新CEOとして2015年から手腕を振るうアンディ・ムーニー氏。これまで当社の強みだったエレキギターやアンプだけにとどまらず、アコギやペダル・エフェクター、オーディオ機器の開発をはじめ、ギターを始めたばかりの人たちや、始めたいと思っている人たちに向けたオンラインのレッスン・プログラムの開設など、新たな分野にも積極的にアプローチする彼の姿勢は、業界内で大きな話題となっている。ナイキやディズニー、クイックシルバーなど大手アパレル、ライフスタイル、エンターテイメント企業で実績を積んできたムーニー氏。そこで身につけた経営ノウハウを、彼はフェンダー社にどう反映させているのだろうか。今年10月に来日を果たした彼のもとを訪ねると、創業者レオ・フェンダーのフィロソフィーをふんだんに注ぎ込んだという、自慢の「AMERICAN ACOUSTASONIC TELECASTER」を手に取りながら、フェンダーへの思い、音楽への愛を存分に語ってくれた。

──2015年にスコット・ギルバートソン氏から経営を引き継いだあなたにとって、ナイキやディズニーでの経験は、フェンダーという伝統あるギターブランドにどのような影響を与えていると思いますか?

フェンダーとナイキ、そしてディズニーには、非常に共通した部分が沢山あると私は思っています。ディズニー・コンシューマー・プロダクツのチェアマン時代、当時ピクサーの社長を務めていたスティーブ・ジョブズと会い、彼に「ブランドの定義とは?」と尋ねられたことがありました。その時に私は「ハイ・クオリティなプロダクトの集合体こそブランドである」と答えたのですが、スティーヴ氏は同意しつつもこう付け加えました。「ブランドを一つの資産(Equity)と考えた場合、一つ一つの商品は”投資”でもあるし、場合によって”損失”にもなりかねない」と。

そのフィロソフィーを持ってフェンダーのCEOに就いた時、長年ギタープレイヤーとしてフェンダーのファンでもあった私は、フェンダーにとって”投資”となる部分は当然ギターやアンプであり、逆に”損失”になりかねない弱点はアコースティックギターやエフェクターの部分であると把握しました。そして、全てを”投資”となるべき強みにすることが必要だと思い、まずはその課題に取り組むことにしたのです。


老舗ギターブランド「フェンダー」が成長し続けている理由


──具体的にはどのような取り組みをしたのでしょうか。

まずは、この業界では初かもしれない詳細な「データ収集」を行いました。世界中にどのようなギター・プレイヤーがいて、どのようなことを求めているのか。それを調査した結果、5つの大きな事実が分かりました。私がCEOに就任して以降のフェンダーは、その5つのガイドラインに基づいた展開を行っています。

まず一つわかった事実は「ギターユーザーの50パーセントが女性である」ということ。これは驚くべきことでした。実際にこの女性たちは、アコースティックギターを買う傾向にあり、しかも楽器屋で購入するのではなくオンラインで手に入れていることもわかりました。そして2つ目の事実は「フェンダー・ギターの購入者のうち45パーセントは、初心者である」ということ。これも予想より高い数字でしたね。

──確かに、思ったよりも多いですね。

そして、3つ目の事実がもっとも衝撃的でした。
「その初心者のうちの90パーセントの人は、1年以内もしくは90日以内でギターを辞めてしまう」というのです。かなりの人がドロップアウトしてしまうわけですね。そして、新規のプレイヤーをキープすることが出来ずにいたことも判明しました。

また、ギターを購入した人はその4倍をレッスン料につぎ込んでいました。レッスンは、プライベートレッスンのような伝統的な方法ではなく、オンラインで受けているというデータ結果も出ました。そこで立ち上げたのが、「FENDER PLAY」という会員制のオンラインレッスンです。現在は11万6千人の会員が在籍し、そのうちの10万8千人が有料会員。そして最後の事実は「初心者の中で、脱落しなかった10パーセントは一生ギターを弾き続ける」というもの。彼らは平均して1万ドルのお金をギターにつぎ込んでいます。生涯5~7本のギターを所持し、幾つものアンプ、アクセサリーを買う。途中で辞めてしまう人の数を10%減らせばサイズは倍になる。

──(笑)。
つまり、辞めてしまう90パーセントの初心者をいかに引き止め、1年の壁を超えられるかが課題になると。

その通りです。フェンダーは、エレキギターは40パーセントのシェアを誇る最大のメーカーですが、アコギは全体の8パーセントと非常に弱い。アコギではテイラーとマーティンが最大のメーカー。非常に強く、独占的にマーケットをシェアしてきましたからね。でも、全体的なマーケットでいうと「エレキ人口」より「アコギ人口」の方が多い。

──そこで今回、フェンダーが本格的に乗り込むことになったわけですね。

そうです。そして私には、「新しいところへ参入するには他がやっていないことを絶対にやるべき」という鉄則がある。そのため、およそ3年の開発期間を設けました。

フェンダーの創設者、レオ・フェンダー本人はギターを弾かなかったのですが、大事にしていたフィロソフィーがいくつかあります。一つは「プレイヤーの声を聞く」。
自分たちが作りたいものではなく「プレイヤーが必要としているもの」を作るということ。彼は非常に「良いリスナー」だったのです。

老舗ギターブランド「フェンダー」が成長し続けている理由

AMERICAN ACOUSTASONIC TELECASTER Courtesy by Fender)

──それで開発したのが、このエレクトリック・アコースティック・ギター「AMERICAN ACOUSTASONIC TELECASTER」ですね。

ピックアップのついたいわゆる「エレアコ」は、通常ボディの上部にコントロール・パネルが搭載されていますよね。そのツマミで音質や音量を調整するわけですが、これってギタリストにとっては非常に邪魔なのです(笑)。触りにくいに決まっているじゃないですか。

──(笑)。

レオ・フェンダーがピックガードの下にツマミを取り付けたのは、アクセスしやすいということだったのです。ならばAMERICAN ACOUSTASONIC TELECASTERも同じ場所につけるべきだと。こういうところにレオフェンダーのフィロソフィーが生きているわけなのです。ヘッドに並んでいるペグも、片側に6つ並んでいるのも、ステージの上でチューニングしやすいようになんですね。ヘッドの両側に3つずつペグが付いているアコギってチューニングや弦の張り替えが面倒臭くないですか?

──確かにそうですね(笑)。


ネックとボディがボルトオンされているのも、レオがエレキギターを開発した時の工夫の一つです。伝統的なアコギは接着されていたり、削り出しだったりするから外す事が出来ない。ボルトオンタイプを採用したフェンダーのエレアコは、ネックが気に入らなければ交換したり、修理に出したり気軽にできるわけです。

さらに、ステージでアコギを弾く人は完全に生音ではなくてアンプを通す人が大半です。その場合、いわゆるアコギの生の音を、マイクで拾う方法しか今まではありませんでした。でも、このエレアコはFISHMAN(東海岸のピックアップ・ブランド)との共同開発したアコースティック・エンジンを搭載しています。これにより、レゾナンスが細やかにチューニングされ、より自然に鳴るようにトーンが最適化されました。FENDER ACOUSTASONIC NOISELESSピックアップを搭載しており、MOD KNOBの調整によって、アコースティックとエレクトリック両方のトーンをブレンドして、新しいサウンドを作り上げることも可能です。

──ギタリストからの反響はいかがですか?

私たちのプライオリティは、プロのミュージシャンに受け入れてもらえることです。そういう意味では、このAMERICAN ACOUSTASONIC TELECASTERを発売した時、最初にジャック・ホワイトとビリー・アイリッシュのお兄さんから「使いたい」との問い合わせが来たので、「私たちの狙いは間違っていなかったな」と確信しました。

──今月から始めたという新しいサービス「FENDER SONGS」についてもお聞かせください。

「FENDER SONGS」は今のところiOS用、アメリカのみの公開ですが、会員制によるアプリベースの新しいサービスです。
Shazamのギタープレーヤー版だと思っていただくと分かりやすいかもしれません。SpotifyやApple Musicなど、皆さんが普段使っているストリーミングサービスに連動しているのですが、我々が登録している100万曲以上の中から選んでいただくと、コード進行と歌詞を自動的にジェネレートします。まずはアメリカで「βテスト」をスタートさせたのですが、ここで分かったのは、ギタープレイヤーというのは「曲の中にギターが使われているかどうか?」は関係なく、「いい曲であってコード進行さえ分かれば弾いてみたい」と思うものなのです。つまりヒップホップの楽曲でも、コードがあれば曲に合わせてギターを弾いてみたい。

老舗ギターブランド「フェンダー」が成長し続けている理由

 (FENDER SONGS Courtesy by Fender)

──なるほど。

βテストの一人である私の娘はウクレレ奏者なのですが、ビリー・アイリッシュの曲を「FENDER SONGS」でウクレレ用のコード進行を調べて実際に演奏していました。

最近のデータによれば、「ギターを始めた72パーセントの人は、自分のライフ・スキルとしてギターをマスターしたいと思っている」そうです。別に大きなステージに上がって人前で弾くようなロックスターになりたいわけではなく、純粋にスキルアップの手段としてギターを習う傾向にあるのだと。自分自身の余暇をどう過ごすかを、真剣に考える人が増えているのでしょうね。フェンダーは、そんなふうに一生付き合っていけるギターとのライフスタイルを提唱していきたいと思っています。

──ところでアンディさんは、どんなきっかけで音楽に目覚めたのでしょうか。

父親がピアニストだったので、私にいつも「ピアノをやれ」と言っていました。すると当然ギターを弾き始めるわけですね(笑)。小学生の頃は、ガットギターでスパニッシュギターを習っていました。でもそれだと全然モテないので(笑)、中学でエレキに持ち替えて。高校を卒業する頃にはセミプロレベルで演奏をしていました。20代後半まで続けていましたが、ナイキで働くことが決まって機材を全て売り払って就職した。今でもそのことを後悔しています。

社会人となり、アメリカに移り住んだ頃にアランという友人と出会いました。残念ながら今年亡くなってしまったのですが、彼はずっとピート・タウンゼントのギターテックをやっていて。彼が僕に、フェンダー社のヒストリーが書かれた本をプレゼントしてくれたんです。1986年のことで、その時に決心しました。「この本に載っているギターを全て買い揃えてやろう」と(笑)。それからフェンダーのCEOになるまでに60本は購入したかな。もちろん今も増える一方です。ちなみに、歴代のフェンダーCEOでギターが弾けるのは僕が初めてらしいですよ。

──膨大なギター・コレクションをお持ちですが、中でも「これだけは絶対に手放せない」というギターは何ですか?

1955年のフェンダーストラトキャスターですね。僕が生まれた年のギターで、これはもう棺桶まで持っていくつもりです(笑)。

──最後に、ギターという楽器の魅力について改めてお聞かせください。

ギターやウクレレがピアノと違うのは、どこへでも持ち歩けることだと思うんです。自宅で一人ポロポロと爪弾いても楽しいし、キャンプファイアーへ持っていって友達と一緒に弾いてもいい。その気になればステージで弾くこともできる。しかも、コードを3つでも覚えれば、1000曲くらい弾けてしまうわけです。

そんな魅力的なギターの中で、フェンダー社がなぜこれほどまでに人気あるのか。それは、どの楽器にもレオ・フェンダーのフィロソフィーが受け継がれているからではないでしょうか。先ほども言ったように彼は優秀なリスナーで、「プレイヤーが必要としているもの」を作るということを常に第一に考え続けてきた結果、1950年代に発売されたストラストキャスターやテレキャスターが、すでにパーフェクトな形で出来上がっていたのが何よりの証拠です。

──なるほど。

私はよく「ポルシェ」の例を引き合いにするのですが、ポルシェも1930年代にデザインとして完成され、それが今は最新鋭のテクノロジーを搭載した形で再現されている。そこまではフェンダーとポルシェはとてもよく似ています。ただしフェンダーは、50年代当時のギターが欲しいと思えば手に入れることは可能ですが、ポルシェはなかなかそうもいかない。フェンダーにとって一番新しい「AMERICAN ULTRA STRATOCASTER」も、古いヴィンテージも両方手に入るのがフェンダーの素晴らしいところだと思います。
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