マイケル・ドルフ氏が自ら経営するナイトクラブKnitting Factoryをニューヨーク・シティに初めてオープンしたのは、1986年のことだった。それ以来、ドルフ氏の事業はありとあらゆる困難を乗り越えてきた。「2001年(の同時多発テロの時)、私たちはワールド・トレード・センターからもっとも近いイベント会場でした」とドルフ氏は語る。「停電やハリケーンの時も店を開けてきました。(コロナ以外の)世界規模の感染症も経験してきたんです」。だが、いまも続く新型コロナの感染拡大には「別次元の深刻さと不安がある」と認めた。「どこまで感染が広がるか、誰にもわかりません」。
ドルフ氏のような全米のイベント会場オーナーはいま、厳しい選択を迫られている。店を閉めずにイベントを続けることは、とりわけ小規模なビジネスにとっては死活問題だ。だが、公の場での集会が感染拡大を助長しているという可能性も否めない。
「非常に難しい、見通しの不透明な状況において最善の判断をしようと努めています」とライブイベント業界の健全な発展を掲げる米非営利団体Event Safety Allianceのスティーブン・アデルマン副会長は語った。「難しい問題ですが、正解なんてありません。人々の健康もそうですが、(イベント会場)は財政面での危機に瀕しています」。
ライブ会場は営業を続けられるのか?
今回のローリングストーン誌の記事のインタビューに応じたライブ音楽業界関係者は、なんとか営業を続けたいと語った。ドルフ氏もそのひとりであり、「営業を続ける力と安全に対する懸念とのバランスを見つけたい」とドルフ氏は言う。「事態を把握しているべき官僚たちから正式な禁止令が出ない限りは、前に進まないといけません」とアメリカ最大級のロック&エクストリーム・スポーツの祭典Warped Tourの創業者で、南カリフォルニア大学の音楽業界プログラムの准教授を務めるケヴィン・ライマン氏は付言した。
とはいっても、前進するためには細心の注意が必要だ。現地時間3月9日に南カリフォルニア大学のキャンパスでメンタルヘルスに関する一般参加形式のディスカッションが行われた時も、ライマン氏は円卓に予備の消毒液を用意していた。「イベント会場経営者ができることは比較的限られていますが、どれもごくシンプルなことです」とアデルマン副会長は言う。
ほかにもいくつか対策はある。「清掃員の人数を倍にし、多くの人が触れる場所を掃除する回数も倍にしました」とオレゴン州ポートランドのCrystal Ballroomのブッキングを担当するジミ・バイロン氏は言う。「ウイルス性のあらゆる病原体と戦うため、米環境保護庁(EPA)は消毒液の使用を認めるべきです」と、フェスなどのイベントの医療ケアをサポートするCrowdRXのエグゼクティブディレクターを務めるコナー・フィッツパトリック氏は指摘した。「警備員はチケットをちぎるのではなく、スキャンすることで来場者との接触を最小限に抑えています」とバイロン氏は続けた。
「病気の予防やエチケットを掲げる」シンプルな看板だって有効だとライブイベント会場へのコンサルティングを行うOak View Groupでチーフセキュリティオフィサーを務めるマイケル・ダウニング氏は指摘する。「人々に現実を見てもらうために最善を尽くさないといけません」とダウニング氏は述べた。「一部の偽情報が出回っているようですが、対策を講じなければいけません」。
ファンはチケット代を返金してもらえるのか?
こうした措置に加え、イベント会場オーナーはオーディエンスからチケット代を無駄にする心配を取り除き、体調が優れない場合は自宅で静養することを積極的かつやんわりと勧めている。「チケットチームと連携し、払い戻しを希望するすべての人に対応できるようにしています」とバイロン氏は言った。
資金がある人のために、バイロン氏のアプローチのアップグレード版が存在する。「私たちのクライアントであるイベント会場のなかには、ゲート式の温度センサーを希望する人もいます。
温度センサーはさておき、イベント会場の多くが実行できる対策は、列車や飛行機といった大都市の交通機関と大差ないものばかりだ。アデルマン副会長は「イベント会場が十分な石鹸と水を提供できないわけではないのです。(感染を防ぐために)人と人の間に2メートル弱という間隔を確保できないことが問題なのです」と指摘する。
2008年にニューヨーク・シティにオープンして以来、4都市に店を構えるほど成長したCity Wineryの経営者でもあるドルフ氏もアデルマン副会長と同意見だ。「私たちのビジネスは、電話会議で事足りるようなものではありません」。
現時点でCity Wineryは、予定していたイベントをひとつもキャンセルしていない。ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事が10日に多数の感染者を出したウェストチェスター郡ニューロシェルに州兵を派遣し、同地を「封鎖ゾーン」に指定して以来、ドルフ氏は慎重だ。遅かれ早かれ、店を営業するかどうかという判断は、オーナーの手を離れるだろう。
サンフランシスコでは、まさにそれが現実になったようだ。地元メディアNBC Bay Areaによると、11日に同市は「不必要な集団イベント」——もっと詳しく言えば、「50人以上が集まる社会、文化、娯楽などを目的とした特別なイベント、ならびに最低約1.2メートル(両腕を広げた平均的な長さより少し広い)の間隔が確保できない不必要なイベント」を2週間禁止した。
今後はどうなる?
北西部オレゴン州では、20人未満の感染者が確認されている。「チケットの売れ行きに関して大きな被害はまだ出ていませんが、少しずつ影響は感じられます」と複数のフェスのためにアーティストのスカウティングを行うニコラス・ハリス氏は語る。「イベント参加者の年齢層にもよりますが——現時点でハイリスクと言われている人々は当然ながら、より慎重になっています」。
感染者が少ない恵まれた州でも、大規模フェスの中止の増加によってライブ音楽業界の低迷が危惧されている。「バランスが取れているとは言い難い、(音楽業界のような)統合型の業界では、こうしたフェスの中止は全体に影響を与えかねません」とハリス氏は言った。「大きなフェスが中止になれば、本当に将棋倒しのような事態になりかねません——こうしたフェスありきで組まれているツアーもありますから、クラブハウスのようなイベントがなくなってしまう恐れもあります」。
9日、ドルフ氏はCity Wineryのメーリングリストの登録者全員にメッセージを送り、予防策が厳しくなっていることを知らせた。さらにドルフ氏は、イベントを続ける意向も表明。「人間としてのニーズに応えるために——もっとも健康的かつ清潔な方法で——文化を表現し続けることは社会の一員としての責任だと思っています」とドルフ氏は綴った。「ソロー(訳注:19世紀のアメリカの作家・思想家)の言葉にも『音楽を聴くと、恐れが消える』とあるように」。