市場の減速に伴い、多くのアーティストが作品の発売を延期する中、予定通りにタイトルをリリースする米ワーナー・レコーズの戦略は見事に功を奏している。「音楽は瞬間を切り取ったものであり、時間と切り離すことはできない」同社のCOO、トム・コーソンはそう話す。


ロサンゼルス在住でワーナー・レコーズのチェアマン兼COO、トム・コーソンを取材するにあたって、開始早々にドイツ人フットボールコーチのユルゲン・クロップの台詞を耳にするとは思わなかった。しかし、現実の出来事とは思えないニュースがヘッドラインを飾り続けている現在では、何が起きても決しておかしくない。

「フットボールというのは、不可欠でない物事の中で最も重要なものだ」。リヴァプールFCの監督を務めるクロップのその発言(厳密にはコーソンがややアレンジしている)は、新型コロナウイルスの感染拡大によりスポーツの試合や大会が中止に追い込まれている現在の状況に対する彼の見解だ。コーソンはこの殺伐とした空気の中でもユーモアを忘れない姿勢に共感しつつも、クロップの意見に異を唱える。コーソンは現在のような状況下において、不可欠でない物事の中で最も重要なものは、紛れもなく音楽だと主張する。ワーナー・レコーズは世界中が混乱に陥ったここ数週間の間にもヒット作を送り出しているが、その事実はコーソンのそういった信念と関係がありそうだ。

同社は3月27日の金曜日に、デュア・リパの『フューチャー・ノスタルジア』、そしてパーティネクストドアの『パーティモバイル』というビッグタイトル2作を同時にリリースしている。ドレイクのOVO Soundとの共同リリースとなった後者は、3年ぶりにその声を披露したリアーナをフィーチャリングした「ビリーヴ・イット」を同日にシングルカットしたことも強力な追い風となった。

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大を防ぐために各都市がロックダウンに踏み切る中、メジャーレーベル各社はレディー・ガガ、アリシア・キーズ、サム・スミス等の新作の発売を延期している。しかし、コーソンはその風潮に抗う。

「音楽は瞬間を切り取ったものであり、時間と切り離すことはできない」。
彼はそう話す。「作品のリリースを何カ月か遅らせるということは我々も考えた。しかし、勢いに乗っているアーティストの新作をファンが待ち望んでいることを考えれば、発売延期はより大きなリスクを伴う行為だと思う」

先週6万2000枚相当の売り上げを記録して全米チャートTop5入りを果たした『フューチャー・ノスタルジア』について、コーソンは「期待した以上の反響」だと話す。また同作からシングルカットされた2曲「ドント・スタート・ナウ」と「ブレイク・マイ・ハート」は、Spotifyの週間グローバルランキングでそれぞれ2位と7位にランクインしている。 一方「ビリーヴ・イット」は世界中でSpotifyのTodays Top Hitsのリードトラックに選出され、公開から7日間で2000万回再生を記録した。

デュア・リパのアルバム発売を1週間前倒しした理由

レコード店の営業停止、そしてストリーミングの需要低下のあおりを受けてアルバムの発売延期が相次ぐ状況下で、両作の成功ぶりは際立っている。コーソン曰く、ソーシャルディスタンスというコンセプトは新譜にとって好機となる可能性もあるという。ビッグタイトルのリリースが次々に延期されることで市場の競争率が低下しており、SpotifyやApple Musicによる強力なプッシュを得られやすいためだ。「(ストリーミングの)パートナー各社と何度も話し合い、私たちはこのビッグタイトル2作の同時発売に踏み切った。彼らにしてみても、ビジネスを続けていく上でこういうリリースを必要としていたんだ。もちろん、作品が優れていることが大前提だけどね」

コーソンはデュア・リパのアルバム発売を1週間前倒しした理由について、同作がネット上にリークされてしまったことが理由だと認めている。イギリスに拠点を置く彼女は、その決定に対する失望を露わにした。
コーソンは『フューチャー・ノスタルジア』と『パーティモバイル』の発売延期について慎重に検討したが、最終的にはリリースに踏み切った。(彼は消費形態の大半がデジタルであることが、経済面での致命的なダメージを回避しつつ両作をリリースできたことの要因だったとしている)

『フューチャー・ノスタルジア』の強行リリースについて、コーソンは「彼女は今世界で最もホットなアーティストの1人であり、その勢いを削ぐことは得策ではなかった」としている。また「アルバムの注目度を俄然押し上げた」という「ビリーヴ・イット」へのリアーナの参加を実現させたOVO Soundも、『パーティモバイル』の3月27日リリースに同意した。

アーティストのコンサート開催やテレビ出演が不可能となってしまったことで、プロモーションプランは土壇場での変更を余儀なくされた。パーティネクストドアはTwitchでリスニングパーティのライブストリーミングを実施するとともに、アプリCommunityを使って数百万人のフォロワーと直接やり取りを交わしていた。Instagram Liveで発売日の変更を涙ながらに発表したデュア・リパは、ジェームズ・コーデンの『Late Late Show』ではミュージシャン(とダンサー)たちを交えたスマートなウェブキャストパフォーマンスを披露した。

音楽業界のエコシステム維持

その前週(3月19日)にワーナー・レコーズがリリースしたNLE Choppaの「Walk Em Down with Roddy Ricch」は、現在グローバルチャートを急上昇中だ(Spotifyでは1950万回再生を記録)。同社のCEO兼チェアマンAaron Bay-Schuckが惚れ込んだNLE Choppaは、地元メンフィスで食料の配送ボランティアを自ら買って出ており、サポートを必要としている人々のために各自が行動を起こすよう呼びかけている。

「仲間たちはもちろん、この業界におけるライバルたちにも、作品のリリース延期については慎重に考えて欲しい」。コーソンはそう話す。「そういう措置が必要なケースもあるとは思う。特にフィジカルのセールスの占める割合が大きい場合なんかはね。
でも可能であれば、この業界で生きる人々には策を練ってもらい、音楽業界のエコシステムの維持に努めて欲しい。リスナーは今も新譜を求めているし、音楽だって鮮度が命なんだ。発売延期の影響を軽く見ないほうがいい」

今世界で最もビッグなアーティストであるドレイクも、リリース日を変更しないというワーナー・レコーズの考えに賛同しているようだ。明らかにTikTokを意識したシングル「Toosie Slide」は先週の金曜(4月3日)にOVO / Republicからリリースされ、アメリカのSpotifyチャートで初登場1位を記録した。

特に若い消費者たちの間で「時間潰しのためのエンターテイメントが求められている」という現在の世論に、コーソンは異を唱える。彼はビッグタイトルのリリースが、家にとどまることを強いられているファンたちに元気を与えるだけでなく、コンサート会場の閉鎖による影響を受けているクリエイティブ界隈の人々や、作品に携わった作曲家やプロデューサたちへのサポートに繋がると主張する。

ワーナー・ミュージック・グループのGlobal CEO of Recorded Musicを務めるマックス・ルーサダもまた、コーソンの考えに同意しているようだ。彼が仕切るWMGのもうひとつの主要レーベル、アトランティックは、コロナウイルスの影響が世界中に拡大し始めた3月前半に、リル・ウージー・ヴァートの2作品(アルバムとミックステープ)をリリースした。

ルーサダはこう話す。「音楽は病を治すことはできなくとも、人々に心の安らぎを与えることができます。それは希望の源であり、強さと逞しさ、そして他人との繋がりを生み出します。この困難な時代に私たちがすべきことは、従業員やアーティストたちの生活を守り、音楽業界のエコシステムをサポートしていくことです」
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