「自宅にとどまることを余儀なくされているクリエイティブなユーザーの多くが、マイクやスピーカー、オーディオインターフェース、作曲ソフト等の宅録機材を購入しています。オーディオインターフェースの検索数は、前年と比べて303パーセント増加しています」ー Jim Tuerk(Reverbのビジネス開発責任者)
コンサート業界が急停止を余儀なくされてから数週間の間に、Appleの作曲ソフトGarageBandの検索数は55パーセント上昇した。同社によると2月初旬以降、同ソフトのアドオン「Sound Library」が約1300万ダウンロードを記録しているほか、GarageBandの有料版であるLogic Pro XおよびFinal Cut Pro Xの無償トライアル版が何十万回もダウンロードされているという。
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iOSやMac用の音楽制作ツールHypeMic等で知られるApogeeは、先月かつてない忙しさを経験したという。各種電子楽器やソフトウェアを販売するRolandも、セールスの向上について認めている。またプロデューサー向けに著作権フリーのサンプルやループ、プリセットを販売しているSpliceは本誌の取材に対し、1日に100万以上のサウンドがダウンロードされることもあると答えた。
楽器や機材を販売するReverbによると、現在の状況が始まって以来、新品と中古の両方において需要が拡大しているという。大手ブランドやローカルの楽器店、アマチュアミュージシャンから著名アーティストまで、広い範囲で売買のニーズが生まれているそうだ。
「当社には現在、毎年のホリデイシーズンを上回る量の注文が殺到しています」同社のビジネス開発部門の指揮をとるJim Tuerkはそう話す。「Reverbに出店している店の中には、3月の売上高が過去最高レベルに達したというところもあります。去年の同時期と比較すると、楽器や機材の検索数は約50パーセント増加しており、ウクレレやMIDIキーボード、ドラムマシン等に至っては100パーセント以上の上昇が見られます」
大手楽器販売店Sweetwaterでも、ウェブサイトからの通販需要が大きく拡大している。
そういったブームが巻き起こっているなか人々はどのような音楽を作っているのだろうか?
「今からでも遅くない」購入者の多くは初心者
現在、時間を持て余した多くの人々が初めて楽器を手にし、オンラインレッスンに申し込んでいる。Tuerk曰く、Reverbはそういった動きを大いに歓迎している。「アコースティックギター、シンセサイザー、キーボード、プロオーディオの需要が高まっています」彼はそう話す。「注文の内容から判断するに、購入者の多くは初心者だと思われます」
機材のデモ演奏ムービーが中心のReverbのYouTubeチャンネルは、訪問者数が最大になる傾向がある1月および2月と比べ、3月と4月には視聴時間が著しく増加したという。クラシックなシンセの音色の作り方について解説する「Synth Sounds of」というシリーズの視聴回数は、3月には通常の3~4倍に達した。
「現在は1日に約5000人の客が商品を購入しているほか、毎日約15000人がカタログの送付を希望したり、ニュースレターに登録したりしています」Surackはそう話す。
ReverbのYouTubeチャンネルでは楽器演奏のレッスン動画も多数掲載。こちらの動画ではヴルフペックのコリー・ウォンが解説。
また外出禁止令が出された後に通販の売り上げが倍増したというGuitar Centerによると、この機会に弾いたことのない楽器を手にする人々が増えており、中でも自宅のような静かな環境に適した楽器へのニーズが高まっているという。同社はアコースティックギター全般の人気が急上昇しており、中でもウクレレの需要がとりわけ高いとしている。
「パンデミック以来、オンラインでの講師とのマンツーマンレッスンに切り替えたGuitar Centerと傘下のMusic & Artsは、アメリカ国内で約5万回のレッスンを実施しています」Guitar Centerの広報はそう話す。「自宅にとどまることを余儀なくされている彼らの多くは、週に1回以上レッスンを受けています。また、以前からレッスンを受けていた人々の受講ペースも向上していますね。学校でバンド演奏の授業を受けていた子供たちは、オンラインレッスンを受けることで演奏のスキルを磨こうとしているんです」
Rolandが主催するオンライン講座Roland Cloud Academyでは、受講希望者が各セッションのキャパシティを大幅に上回ったため、同社はコースと対象製品を拡大することでニーズに応えている。受講無料の同プログラムでは、Roland製品のエキスパートたちが各コースにつき10~15人の受講者たちを前に、ライブ形式でレクチャーを行う。
自宅で打ち込み、ビートメイキングのツールも大人気
Reverbでの検索件数は、MIDIキーボードが171パーセント、ドラムマシンが125パーセント、各種MIDIコントローラーが117パーセント、それぞれ前年から増加している。
「Reverbで売れ筋の商品を見る限り、エレクトロニックミュージックに興味があり、ビートを組もうとしている人が多いようです」Tuerkはそう話す。「去年の今の時期と比べると、シンセサイザーやキーボード、ビートメイキング用の機材の売り上げが伸びており、その大半は新規の顧客です」。一方Rolandでは、作曲アプリZenbeatsのダウンロード数が以前の5倍以上に達している。
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Spliceのような作曲ベースのプラットフォームにおいては、人気のジャンルは以前と変わりなく、1位から順にヒップホップ、トラップ、ポップ、R&B、ハウスとなっている。しかし興味深いのは、それ以下のジャンルの人気の向上ぶりだ。
ドレイクやミーゴスとの仕事で知られる超売れっ子プロデューサーのMurda Beatzは、自身初となるデジタルドラムキット「Quarantine Pack, Vol. 1」をSpliceで公開した。わずか15日で100万ダウンロードを突破した同ファイルは、Splice史上最速でその記録を打ち立てたサンプルパックとして認定された(同記録の旧保持者は、同じくドレイクのコラボレーターであり、エミネムやリアーナのプロデュースでも知られるBoi-1daだった)。
「制作環境のアップグレード」も新たなトレンド
高価で多機能な機材が売れていることは、緻密に作り込まれた音楽という現在のトレンドに拍車をかけるかもしれない。
「ドラムマシンやシーケンサーが生の打楽器よりも売れているという現在の状況は、これまでには見られなかったことです」Tuerkはそう話す。「特に伸びているのはElektronの製品です。具体的にはポリフォニックデジタルシンセサイザーのDigitoneや、デジタルドラムコンピューター兼サンプラーのDigitaktが、先月や去年の同時期と比較して大いに売れています。Elektronのシンセサイザーやドラムマシンは通常、エレクトロニックミュージックに真剣に取り組んでいる人々が手にするものです。複雑で使い方を覚えるのに時間を要しがちなElektronの機材が売れていることは、自宅でより緻密な音楽を作ろうとする人々が増えていることを示しています」
Reverbのチームによるとプロオーディオ機材の需要も高まっており、その傾向はこれまで店頭でギターやドラムを購入していた人々の間で特に顕著だという。つまりギタリストやドラマーが、オーディオインターフェースやマイク、デスクトップシンセサイザー等のプロオーディオ機材の導入を始めているということだ。
「この傾向から、彼らがバーチャル空間で他のミュージシャンたちとのコラボレーションを試みていると考えられます」Tuerkはそう話す。「自宅にとどまることを余儀なくされているクリエイティブなユーザーの多くが、マイクやスピーカー、オーディオインターフェース、作曲ソフト等の宅録機材を購入しています。
「既存のスタジオ設備をアップグレードする動きも見られます」彼はそう続ける。「所有しているキットのドラムヘッドを全て交換しようとする人もいます。ギターを弾いている人は新たなチューナーや弦、ネックの研磨剤などを購入しています。手持ちの楽器をアップグレードし、まるで新品のように生まれ変わらせようとしているのでしょう。私は(自社倉庫で)梱包作業をしているので、そういう傾向を目にするのは楽しいですね」
Guitar CenterではDJコントローラーの売上も著しく伸びているという。「普段は大型スタジオでレコーディングしているミュージシャンたちや、クラブやフェスティバルでプレイしているDJたちが、自宅で作業するためにそういった機材を購入しているようです」同社の広報はそう話す。「Instagramでのライブ配信(DJ D-NICEやクエストラブ等が実施)がブームになっていることも、DJコントローラー人気の一因となっています」
今こそコラボを、そして実験を
実際に会うことはできなくとも、人々は共同作業の手段を模索し続けている。ソーシャルディスタンスという概念は、むしろミュージシャンたちのコラボレーションを促すかもしれない。
最近では、ある曲の各パートを個別に演奏するミュージシャンたちのビデオクリップで構成されるコラージュ映像をよく見かけるようになった。その一例である、アレンジャーのDavid WiseとミックスエンジニアのGarth Justiceが公開した「Nashville Studio Singer Community Virtual Cell Phone Choir」は、これまでに100万回以上視聴されている。
最近イギリスで、ある学校の生徒たちとApple Distinguished Educatorの講師たちが作った映像が公開された。Appleは同映像について、イギリスの国民保険サービスを応援する目的で制作されたと説明している。スノウ・パトロールの「ラン」のカバーであるその映像の制作にはGarageband、Logic Pro、Final Cut Pro、Keynote、そしてiPhoneが使用されている。リードシンガーはUSBマイクを使い、GarageBandで録音したという。
一方、ありきたりの作業に飽きてしまったミュージシャンたちは、より実験的な方向に進もうとしているようだ。楽器やソフトの販売店では、一般的ではない製品が以前よりも売れているという。
「最近ではマイクに改造したおもちゃの電話が売れました」Reverbの広報はそう話している。「フォーンのアウトプットがあり、ゲイン回路によってローファイなサウンドが得られます。ストロークスのヴォーカルをイメージするといいかもしれません。
「隔離生活が続く中で、いろんなジャンルのアーティストたちが様々な実験を試みる映像をYoutubeで見ることは、私たちの楽しみになっています」Guitar Centerの広報はそう話す。「今の状況下で、音楽制作に興味を示す人が増えていることは間違いありません。彼らは冒険心に満ちていて、実験の成果をYoutubeやInstagram、TikTok等でシェアしているんです」
世界中の経済活動を停滞させている現在の状況が、楽器やソフトの販売店にとって好機となっていることは確かだ。それは隔離生活に喜びをもたらすだけでなく、事態収束後のシーンの大きな活力となる可能性を秘めている。
最近イギリスで、ある学校の生徒たちとApple Distinguished Educatorの講師たちが作った映像が公開された。Appleは同映像について、イギリスの国民保険サービスを応援する目的で制作されたと説明している。スノウ・パトロールの「ラン」のカバーであるその映像の制作にはGarageband、Logic Pro、Final Cut Pro、Keynote、そしてiPhoneが使用されている。リードシンガーはUSBマイクを使い、GarageBandで録音したという。