バトルロイヤルゲーム「フォートナイト」(PC / PS4 / Xbox One / Switch / iOS / Android)を生んだ会社エピック・ゲームズとその複雑なビジネスモデルから考える、音楽と著作権、そしてアーティストの未来像とは。

2006年に初めてビデオゲーム専門のジャーナリストとして執筆した筆者は、以降5年間に渡って同業界の推移を追い続けた。
同年最大のトピックは、巨漢の軍人たち(Delta Squad)が巨大な銃や爆発物を用いてグロテスクな化け物たち(Locust Horde)を撃退するという、MicrosoftのXbox 360用に開発されたGears of Warだった。お世辞にもビデオゲーム市場における成人層のシェア拡大に貢献したとは言えないにせよ、同作が極めて痛快な名作だったことは確かだ。

史上最もくだらない大ヒット作のひとつと言われるGear of Warのクリエイターが、今やエンターテインメントの歴史において最もスマートで革新的な企業のひとつなったことは、サクセスストーリーとしては申し分ない筋書きだろう。

「Gears of Warを作った会社」という肩書を持つエピック・ゲームズは、他社製品を含む無数のヒット作における技術的基盤となったUnreal Engineを開発したことでも知られている。しかしエピックの名前をメインストリームに轟かせたのは、元々はハッカソンのための実験的タイトルとして2017年に開発され、今では3億5千万人以上の登録ユーザーを誇る「フォートナイト」だ。

先日、同プラットフォーム上で行われたトラヴィス・スコットのAstronomicalイベントで新曲「The Scotts」(with キッド・カディ)が発表されたことは、音楽業界とフォートナイトの邂逅を一段階推し進める出来事だった。同曲への反響は必ずしも芳しくなかったものの、事前に録音された5曲を披露したエピックとスコットの共同主催イベントには、実に2770万人が「参加」した。

・バーチャルならではの演出と世界観で繰り広げられたトラヴィス・スコットのライブ(映像)

一方、「The Scotts」はSpotifyでの解禁から24時間のうちに745万回再生を記録し、グローバルランキングの1位を記録した。

スコットによるこの試みは史上初ではなく、約1年前にDJ兼プロデューサーのマシュメロが同じくフォートナイトで開催したモーションキャプチャコンサートは、視聴者数1000万人を記録した。

音楽業界では模倣が常套手段であること、そして「The Scotts」が世界的ヒットを記録したことを考えれば、今後メジャーレーベル各社はもちろん、無数のマネージャーやエージェントたちがエピック・ゲームズにアプローチしていくことはまず間違いない。しかし彼らが知っておくべきことは、フォートナイトはエピック・ゲームズが持つ様々な可能性の一部でしかなく、同社の緻密に設計されたビジネスモデルには、今後の音楽業界が向かうべき方向性のヒントが隠されているということだ。

あくまで憶測に過ぎないが現実となる可能性が高いものも含め、今知っておくべきいくつかの事柄を紹介する。


・エピック・ゲームズ・ストアの手数料は販売額の12パーセント

2018年12月、エピックは自社タイトルとサードパーティーの製品の両方を販売するデジタルゲームストアを開設した。エピック・ゲームズ・ストアのローンチは、ワシントンに拠点を置くValveによるデジタルPCゲーム販売の最大手、Steamに対する宣戦布告だった。

コンテンツ開発から販売へとシフトした同社の戦略における最大のポイントは、デベロッパーを含むビデオゲーム界のアーティストたちを支援しようとする姿勢だ。エピック・ゲームズ・ストアでは、同社に支払われる手数料が販売額の12パーセントにとどめられている。手数料を30パーセントとしているStreamを含む大半のストアは、それを自分達に対する挑戦だと受け取ったに違いない。

エピック・ゲームズ・ストアはそれ以来、格安な手数料に惹かれた多数の主要デベロッパーたちによるPCゲームの独占販売権を勝ち取ってきた。エピックがフォートナイトを含む自社の全主要タイトルをSteamから取り下げたことも手伝い、同ストアのシェアは急激に低下した。

ビデオゲーム業界において、これはまさに地殻変動というべき出来事だった。音楽業界に例えるならば、ユニバーサル・ミュージック・グループがSpotifyおよびPandoraに対抗するサービスを立ち上げるために、自社タイトルをすべて各プラットフォームから取り下げ、より有利な利益率を条件に、その他のレーベルに作品を同社のサービスに移すよう持ちかけるようなものだ。

音楽業界がここから学ぶべき最大のポイントは、おそらく技術的なスケーリングだろう。手数料を低く設定しながらも、エピックは同ストアのビジネスモデルについて、手間や諸経費を抑えつつ、テクノロジーを主体としたプラットフォームにすることで利益を上げているとしている。昨年だけで1億800万人のPCユーザーが利用し、6億8000万ドルの売上を達成した同ストアの躍進ぶりは、コンテンツ提供者たち(そこには当然エピック自体も含まれる)により有利な条件を提示するよう、その他の販売店にプレッシャーを与えている。


昨年4月、エピックのCEOを務めるティム・スウィーニーはこう話している。「Steamが販売額の88パーセントを全デベロッパーやパブリッシャーに無条件で渡すなら、エピックは独占販売という戦略を撤回するつもりだ。またその際には、Steamでの当社のゲーム販売再開についても検討する」

これは警告だ、と言わんばかりだ。

・インフルエンサーを用いたエピックの戦略

音楽業界が参考にすべきエピック・ゲームズ・ストアのもうひとつの特徴、それはインフルエンサーたちとの強い結びつきだ。ブロガーやYouTuber、あるいはTwitchでライブストリーミングを実施しているユーザーたちは、消費者たちにゲームの魅力を伝えて購入させることに成功した場合、エピック・ゲームズ・ストアから報酬を受け取れる仕組みとなっている。 エピック公認のインフルエンサー(Creatorと呼ばれる)は、あらゆるゲームへの紹介リンクをシェアすることで、同プラットフォームでの売上の最低でも5パーセントを受け取ることができる。

音楽業界で同じことをやるとしたらどうだろうか。現在各レーベルは、楽曲のストリーミングサービスでの公開に先駆けて、チャートを駆け上がるための原動力として定着しつつあるTikTokでのヒットを狙うという戦略を実施している。しかしTikTokの主要インフルエンサーたちの協力を得るためには、レーベルが事前に報酬を支払わねばならないケースが多い。Bytedanceによる同プラットフォームの人気コンテンツクリエイターたちは、自分たちが原動力となってヒットした楽曲のストリーミングによる利益を受け取るべきではないだろうか?

マーケティングの天才でもあるドレイクは最近、Instagramで名を馳せたアトランタに拠点を置くダンサー、Toosieをミュージックビデオに起用した「Toosie Slide」を世界中で大ヒットさせた。Toosieはその報酬を受け取ったのだろうか? だとすれば、どういった形で受け取ったのか? 「左足を上げ、右足をスライド」というあのダンスが生んだ利益を、彼はエピック・ゲームズ・ストアのような仕組みに基づいて受け取っているべきではないか?

・Unreal Engineのビジネスモデル

人気ゲームはどのようにして生まれるのだろうか? クリエイティブな人々によるスタジオ作業の成果であることは確かだが、彼らは皆同じツールを使ってアートを生み出しているのだろうか? 答えはイエスだ。

デモ作りに重宝するAppleのGarageBandであれ、より高度なインターフェースを擁するAbleton LiveやLogic Proであれ、チャートに登場している曲はそういったソフトウェアを用いて作られているが、それらは多額の事前投資を必要とする場合が多い。
だがもし、3000ドル以上の利益を生んだ楽曲の著作権収入の5パーセントをデベロッパーに支払うことを条件に、こういったソフトが無料で利用できるとしたら?

それこそがエピックのUnreal Engineのビジネスモデルだ。フォートナイトやGears of Warといったエピックの代表作のみならず、ボーダーランズ3やバットマン:アーカムシリーズ等、サードパーティによる大ヒット作の数々も、このUnreal Engineから生まれている。同エンジンは2015年以来、3000ドル以上の収益を上げない限り無料というビジネスモデルを継続しており、一文無しのデベロッパーでも利用することができる。

収益の一部を収めることを条件に、他者の楽曲の一部を使用するサンプリングという概念は、音楽業界における類似例だと思われるかもしれない。しかし、主要な音楽制作ツールのデベロッパーたちがUnrealのビジネスモデルに倣った場合、業界におけるパワーバランスは一夜のうちに大きく変動するだろう。(この点を考慮した上で、AppleがGarageBandとLogic Proを保有していること、そしてSpotifyが2017年に「オンライン・レコーディングスタジオ」と銘打たれたSoundtrapを買収していることに言及しておく)

エピックの戦略の優れた点は他にもある。Unreal Engineを用いて作られたゲームをエピック・ゲームズ・ストアで販売する場合、同社はライセンス料の5パーセントを放棄している。デベロッパーたちにエピック・ゲームズ・ストアを選択させるためのこの戦略は、非常に巧みだといえる。

・音楽とゲーミング、そしてAIにおけるTencentの戦略とは

中国のTencent Holdingsは、年間数十億ドルの利益を上げるエンターテイメント企業エピックの少数株主だ。この名前に聞き覚えはないだろうか?

Tencentは2012年に、エピック・ゲームズの株の40パーセントを3億3000万ドルという破格の値段で取得した。それはフォートナイトが発売される5年前であり、同作の世界的ヒットなど予想できなかった頃のことだ。あるレポートによると、エピックは2018年までに年間30億ドルの利益を計上するようになっていた。


Tencentは今年の初頭、世界最大の音楽著作権企業であり、2019年には税引前利益12億6000万ドルを計上したユニバーサル・ミュージック・グループの株10パーセントを取得した。同社は現在、その数字を20パーセントにまで引き上げることを検討している。ユニバーサルがTencentを、中華圏における収益を最大化させるために不可欠なパートナーと見なしていることは明らかだ(UMGの親会社Vivendiはそう公言している)。Tencentがユニバーサルに何を求めているのかは不明だが、筆者の推測は多くの人々を激しく動揺させるに違いない。

まずはエピックに話を戻そう。ノースカロライナに拠点を置く同社は、今や単なるゲーム企業ではなくなっている。ソーシャルメディアにおけるプレーヤーとして台頭しつつある同社は昨年、アプリのHousePartyとそのデベロッパーのLife On Airを買収している(買収額は公表されていない)。新型コロナウイルスの影響によるロックダウンを受けて、その他のビデオ会議プラットフォームと同様に需要を大きく伸ばしているHousePartyは、世界中で毎週200万回ダウンロードされている。英国とニュージーランド、そしてカナダにおいて、HousePartyはフリーのiOSアプリとしては最多ダウンロードを記録している。

「同じレーンにとどまり続けない」というその姿勢を、音楽業界は見習うべきだろう。レーベル各社は好調なストリーミングによる収益の一部を、将来的にTikTokやInstagramに匹敵する可能性を持ったプラットフォームに投資すべきだ。しかしここには、もうひとつ重要な教訓がある。
それはエピック・ゲームズとその戦略パートナーであるTencentの今後、そして未来のデジタルエコシステムにおける音楽の役割に関することだ。

2019年1月、エピック・ゲームズは「デジタルヒューマンテクノロジーにおける最重要デベロッパー」とされる、セルビアに拠点を置く3Lateralを買収した。エピックは同社について、「データの活用により、以前では考えられなかった人間を生み出している」としている。大胆な発言だが、それにはもちろん根拠がある。

話が飛躍してしまうが、もしも「不気味の谷現象」を克服し、人間ではないポップスターを生み出すことができる企業があるとすれば、それは3Literalであり、その親会社のエピック・ゲームズだ。アメリカのスタートアップBrudが生み出した人工知能ベースのバーチャルシンガーLil Miqueldaは、カニエが太鼓判を押す女性シンガーのテヤナ・テイラーと最近コラボレートし、Instagramのフォロワー数は200万人を突破している。新型コロナウイルスによるロックダウンはより多くの人々をヴァーチャルの世界へと引き込んだが、エピック・ゲームズとその株40パーセントを保有するTencentは、この分野をネクストレベルへと引き上げようとしているのではないだろうか?

ロイ・ロマンナがCEOを務めるVydiaは、カニエ・ウェストやエイコン、ポスト・マローン、リル・パンプ等をクライアントとするデジタルディストリビューションおよび関連サービス企業だ。彼もまた、ユニバーサル-Tencent-エピックという結びつきに注目しているという。「音楽業界の人々はTencent Holdingsに注目しており、特に音楽関連の動きを注視していますが、ゲームとの関連付けを模索する動きは非常に活発になっています。コロナ後の世界において、コンサートやマーチャンダイズがますますバーチャル化していくのだとすれば、今から5年後にこの会話が非常に重要な意味を持ってくるかもしれません」

それには5年も必要としないかもしれない。なぜなら、例えばTencentがエピック・ゲームズ(および「デジタル・ヒューマン」の第一人者である3Lateral)のテクノロジーと、ユニバーサル・ミュージック・グループが持つ無数のヒット曲の出版権を、フォートナイトという舞台でリンクさせようとするとどうなるだろうか? 権利問題に悩まされることなく、人々に愛される無数のクラシックを自由に歌えるバーチャル・ポップスターが出現するのではないだろうか?

仮説は他にもある。レコード会社がアーティストというよりも曲そのもの(「オールド・タウン・ロード」「Roxanne]」等)に群がる傾向がある現在、無慈悲なまでにストリーミングチャートの結果に執着するレコード業界は、いつか生身のパフォーマーたちを完全に切り捨ててしまうのではないだろうか?

さすがに話が飛躍しすぎたかもしれない。
Tencent Holdingsが部分的に所有する企業が監視するバーチャルの世界において、超有名ラッパーの事前にレコーディングされたパフォーマンスに約2800万人が熱狂するという出来事が、筆者にそういった極端な発想をさせた原因であることは確かだ。

昨年フォートナイトでマシュメロのコンサートを開催した際に、エピック・ゲームズのCEOのティム・スウィーニーはこう語っている。「ゲームに組み込まれたクリエイションツールを活用すれば、よりディープな企画も実現可能です。今後ゲームはより開けたプラットフォームとなり、クリエイターたちはそこに独自のコンテンツを作ることができるようになるでしょう。将来的には私たちとの打ち合わせなしで、あらゆるミュージシャンがこういったコンサートを開催できるようにしたいと考えています」

「あらゆるミュージシャン」の中には、おそらく人間以外の存在も含まれるのだろう。コロナウイルスによるロックダウンがもたらした誇大妄想という見方をされるかもしれないが、フォートナイトが今や単なるゲームではないことは確かだ。トラヴィス・スコットに尋ねれば、彼はきっとこう答えるだろう。それは全世界規模でソーシャルメディアの真価を発揮させる、非生物たちのセカンドライフなのだと。

私たちは既にエピックの世界に生きており、誰もがその一部になれるのだ。

筆者:ティム・インガム
2015年から音楽業界のニュース、分析、採用情報等を発信しているMusic Business Worldwideの創業者兼発行人で、ローリングストーン誌にウィークリーベースでコラムを執筆している。
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