脱サラ中年ミュージシャンのニューヨーク通信、今回は黒人音楽を愛好する者なら誰もが一度は考える「あの髪型」にまつわるお話です。思い切ってやってはみたものの、鏡に映ったのは猿真似か、リスペクトの表明か、はたまた……。


※この記事は2019年9月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.08』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。

40を過ぎた頃から徐々に髪質が変わりはじめ、具体的にはちょいクセ毛くらいだったのに陰毛みたいな部分が出現して、あ、これハゲの始まりだ。と気づいたわけです。いきなりハゲるわけじゃないんだね。

それで、よく余命宣告をされた人が友人とハーレーで冒険旅に出る、みたいな映画があるけれど、あれの毛髪版をやるときが来た、と思っていきおい、ドレッドロックスにしてみました。ちょうど映画『ブラックパンサー』を見た直後だったというのもある。我ながら影響受けやすい。

よくイヌイットには雪を表す言葉だけで6つ、派生語を含めると20以上の「雪」という単語が存在する、なんて言われるけど、それはつまりその民族が有している対象への解像度の高さを示していて、ときにアメリカ黒人の皆さんが持ってるドレッドロックスへの解像度と審美眼は、言うまでもなくめちゃくちゃ高い。

長さ、太さ、束を作る区画の取り方、そして束の作り方に数多のバリエーションとコダワリがあり、これにエクステやカラーリング、刈り上げの有無なんかが乗ってくると、キノコの世界ほどではないにせよ、かなり複雑な系統樹が描けるだろう。ブラックパンサーのキルモンガーなら、細め/ショート/ほんとのロックス/ツーブロック位置高めというグルーピングになる。

「ほんとのロックス」には説明が要りそうだ。ドレッドロックスって本来、縮れ毛の人が梳かさずに放置しておくと毛と毛が絡まって(ロックして)身の毛もよだつような(ドレッドな)髪型になることを指す。
ただ自然に束になるには年月がかかるし見映えも悪くなりがちなので、レース編み用のカギ針を使い、人為的に絡ませて毛束を作っていく。ロックさせて作るから、ほんとのロックス。

何がほんとじゃないかというと、ひとつには日本でよくある三つ編みを用いたドレッド(アメリカにも結構いる)。あとはナビスコのピコラみたいなパイプドレッドというのもある。ちなみに編み目が明確な三つ編みはブレイズといって、また別の髪型だ。

加えて、われわれアジア人や白人がドレッドロックスにするには、地毛の直毛そそのままカギ針でロックスしていくか、いったんパーマでアフロヘアにするか、という問題がある。前者ならヒッピーないしゴアトランスな感じに、後者はよりニグロっぽくなる。

何事もやってみないとわからないもので、たとえば事前に恐れていた「洗えない」は嘘だった。毎日でも洗髪できるし、頭皮もすぐ洗えるようになるので、世に言う「かゆい」もほとんどなかった。一方で乾燥には予想を超える時間が求められる。水浸しの分厚いセーターを着てるようなもので、ドライヤーをかけてもかけても、振ると水が出てくる。そこで投げ遣りになると臭いを放ち始める。


あとは手持ちぶさたのとき手のひらで撚ったり、はみ出た毛をカギ針で束に戻してやるくらいで、セットの手間は皆無だし、総合的には楽ちんな髪型だった。それより心配していたのは、社会からのリアクションだった。

僕の住むブルックリンにはネッツというNBAのチームがあって、ちょうど2年前、このチームに所属する中国系のジェレミー・リンがドレッドロックスにしたところ、ケニオン・マーティンという引退した名選手がインスタで、「黒人になりたいのか? って誰かこいつに言ってやれ。なれるわけない、止めさせろ」と吹っかける騒ぎがあった。

リンはすぐにウィットの利いた返事をして、おかげで世論はケニオンのほうこそレイシスト、という方向で落着したんだけど、ケニオンみたく受け取る人は少なくないだろうし、ちょうどその頃カルチュラル・アプロプリエイション(文化の盗用)という単語がひんぱんに使われ出して、リンの髪型も当初はカルチュラル・アプロプリエイションだと指摘されたので、もし自分がそう言われたらやだな、そしたら「これはカルチュラル・アプリシエーション(文化への謝意)なんだ」と返そう、なんて心のなかで用意したりしていた。

結果的には杞憂も杞憂、そんな機会はただの一度も発生せず、親しい人からも知らない人からも、現場でも電車でも街場でも、ただただ褒められ、ハグされ、「上手いな、どこのサロン?」と訊かれる日々だった。実のところ一時帰国中の中目黒でやってもらったので、その返答には窮したけれど(笑)。

なにより、これまで自分のバックグラウンドやモチベーションを説明するにはそれなりに言葉とカロリーが必要だったのに、その手間がすっかり省けたのは楽だった。「ワハハハハ、なんでお前がここにいるのか、俺はもう知ってるぜ」ってな具合。

そんなドレッドだけど、半年くらいでほどいてしまった。。第一には毎日大量の毛がブチブチ切れていくのに恐れをなしたというのがある。
僕の毛根から新たに伸びてくる地毛はアジア人の直毛で、これはロックしない。すると直毛の先に棒がダランと垂れ下がってる状態になって、その毛と棒の境目にストレスがかかってどんどん切れてくるのだ。

切れ毛だけじゃなくて、この「いくらドレッドを作ったところで根元から直毛が生えてくる」って現象が、当時とにかく黒人のコミュニティと彼らの音楽にアジャストしようとしていた自分への皮肉のように思えてきて、ちょうどその時期、参加しているプロジェクトをクビになって落ち込んでたこともあって、いたたまれなくなったある晩、リンスをぶっかけて全部ほどいてしまった。

海外で音楽を試みる日本人なら誰もが、現地の音楽やコミュニティに対する憧れの気持ちと、どうあがいても自分がジャパニーズである現実とのコンフリクトに直面し、各自で何らかの落とし所──マーティ・フリードマンになるのか、ジェロになるのか、ジム・オルークか、レディビアードか──を見出していくんだけど、僕はそこに何年も蓋をして考えないように回避してきた。とうとう直面させられたのが髪型のせいだったなんて、あまりにバカっぽくてちょっと笑ってしまう。

唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」
Vol.7「ミュージシャンのリズム感が、ちょこっとダンス教室に通うだけで劇的に向上する理由」
Vol.8「いつまでも、あると思うな親と金……と元気な毛根。駆け込みでドレッドヘアにしてみたが」
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