ニューヨークを主戦場に、世界的な活躍を見せてきた黒田卓也。
それに先駆けて、先行シングル「Do No Why」と同曲のリワーク・バージョンが6月24日より公開された。日本盤ボーナストラックとして用意された後者は、KIRINJIやSIRUP、向井太一、韓国のYaeji(イェジ)などとのコラボでも知られるYonYonが、WONKのサポートメンバーも務めるマルチ奏者のMELRAWこと安藤康平とともに手掛けており、日本語と韓国語を交えた歌/ラップを披露している。
コラボを通じて意気投合した黒田とYonYonが、楽曲の制作背景や音楽の原体験、日本と国外のシーンの架け橋になろうとする理由について語ってくれた。
ー最近はいかがお過ごしですか。黒田さんはずっと日本にいらっしゃるみたいで。
黒田:そうですね。3月に帰国してから、まず東京で自主隔離したあと実家に帰省していました。それでまた仕事やアルバムのプロモーションのためにこっち(東京)へ戻ってきて。最近はスタジオで練習したり、料理の腕を振るったりしています。
ー料理されるんですね。
黒田:こう見えて意外と鉄人なんですよ(笑)。この前はコロッケを作りました。

Photo by Kana Tarumi
ーYonYonさんは、ご自宅からのDJ配信やラジオ出演などでお忙しそうですが。
YonYon:いえ、コロナで自粛になる前までは本当に忙しくて、地方や海外に行ったりでなかなか家に帰れないような生活だったんですけど、最近はのんびりしています。Netflixを制覇しようかなって。
黒田:いいね、何見てるの?
YonYon:スラムダンクとワンピースと……。
ーアニメにハマってる(笑)。お二人が会うのは今日で何度目ですか?
黒田:録音の作戦会議を2回したのかな、今年の1月に。
YonYon:だから今日で3回目。

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ー黒田さんから日本盤ボーナストラックについて相談したところ、レーベル側がYonYonさんを提案したと伺ってますが、顔合わせしたときの第一印象は?
黒田:そのときは完全に「はじめまして」だったので、まずはそこからでしたね。「やってくれる?」「やりたいです」「ありがとう!」みたいな(笑)。
YonYon:黒田さんのことはレーベルの方からのご紹介で初めて知って。
黒田:YonYonさんは筋道を立てて考えられるし、できないことをできると言わない人だなって。何ができるのか自分でわかってらっしゃる。そういうの大事だと思うんですよ。
ー浮き足立ってない。
黒田:そうそう。落ち着いてるから、こっちも素のままでいられる。変に気を遣って「ウェーイ!」とか盛り上げる必要がない(笑)。
ーYonYonさんの音楽についてはどうでしょう?
黒田:最初は「どこが入り口なんだろう?」って思いました。歌やラップもやるし、メインはDJだっていうし、いい意味で訳わからないなって(笑)。
ーたしかに。
黒田:ぶっちゃけ取り掛かる時点で、完成形はそこまで見えないんですよ。だから、ここをこうしたいとか、MELRAWが必要だとか、自分が最大限のパフォーマンスをするために提案してもらえたのは有り難かったです。
YonYon:一人じゃフォローできないと思ったから、黒田さんの音楽もYonYonの音楽も理解してくれて、なおかつ共通の知り合いでもあるMELRAWさんに助けを求めようと思って。3人で集まって(スタジオで)セッションしたんです。
●MELRAWこと安藤康平が語る生音の魅力、WONKやKing Gnuら同世代との出会い
ー他にはどういう点で、MELRAWさんが適任だったのでしょう?
YonYon:まずは原曲の「Do No Why」がジャズだから。あとは、曲を分解するにもどこを分解すればいいのかが難しくて。
黒田:(演奏やビートが)動きまくってるからね。情報量がすごく多い。
YonYon:それを整理できる人がいてほしくて。
二人が語る制作背景、コラボの成果
ーところで、「Do No Why」の原曲はどんなふうに作られたんですか?
黒田:最初のピアノのパートは、ニューオーリンズに2週間ステイしたとき、友達の家のピアノで半分作ったのがすごく気に入って。これを曲にしようと思ったところから始まりました。今回のアルバムは全体的にそうなんですけど、最初にスタジオでほとんどの部分を一人で作ったんです。ベースもピアノも弾いて、ドラムもちょこちょこ叩いて……音楽的にはクールでダークな、アフロ・ヒップホップっぽい感じにしようと考えてました。
ー黒田さんは『Rising Son』(2014年)から一貫してモダンなプロダクションへのこだわりを見せてきましたが、この曲は生演奏と打ち込みのバランスが絶妙ですね。
黒田:これまでもコンピューターで曲作りしてきたんですけど、自分にはトラックメイカーのようなサウンドは必要ないというか、(前面に出すのを)遠慮していたんですよ。ジャズ・ミュージシャンだから、とにかく生演奏に置き換えるのが美学というか。でも、やり続けるうちにできることがどんどん増えてきて。
ー2016年の前作『Zigzagger』のインタビュー(Mikikiに掲載)でも、「そろそろプロデューサーやトラックメイカーでもいけるんじゃないか」と話してましたね。
黒田:そうそう。それで今回はスタジオで作業してたら、僕のトラックを聴いたエンジニアのトッド・カーダーが「キックとハイハットはそのまま使えるよ」みたいに後押しをしてくれて、自分のプログラミングを割と残してみることにしたんです。
YonYon:最初に聴いたとき、打ち込みから作ったんだろうなって思いました。だけどトランペットやドラムなど、プログラミングでは真似できない演奏も入ってる。それぞれの良さが引き立っててカッコイイですよね。

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ーそんな「Do No Why」に新たな解釈を施すために、YonYonさんはどんなことを意識したんですか?
YonYon:作業をしていたときはアフリカンミュージックにハマっていて。ゴム(Gqom)やアマピアノ(Amapiano)を聴き始めた頃だったから、そういうビートを取り入れたら面白そうと思って。基本はハウスですけど、その辺りも念頭に置いて組み込んでいます。
自分が歌うパートに関しては、生音がいっぱいあるとメロディが作り辛かったので、カットするところは大胆にカットして、その代わりに新しくキックとスネアを入れ直して。自分がやりやすいように、部分的に作り変えていきました。
ー黒田さんは、出来上がったものを聴いていかがでしたか?
黒田:メチャクチャ嬉しかったです。パフォーマンスも最高だし、メロディを付けてもらえたことに感動しました。
YonYon:私は詳しくは音楽理論がわからなくて。
黒田:だから耳で拾うやん、そっちの方がいいんですよ。ジャズ・ミュージシャンはカッコつける奴が多くて、ウソ吹くのをみんな嫌がるんです。「理論から外れてるじゃん」って。だからこそ良いのにって話じゃないですか。そういう意味では、違うところでやってきたからこそ生まれたものというか。
ーまさにコラボの醍醐味ですね。ただそうなると、あの曲で歌うのは大変だったのでは?
YonYon:苦労しましたね。こういう音楽にメロディを付けること自体が初めての挑戦だったので、参考になる音源も探してみたんですけど……全然見つからなくて。
黒田:すみません(笑)。
YonYon:トランペットでメロディが付いてる曲はあっても、そこに歌が乗ってる曲ってあんまりないんですよ。だから途中で探すのをやめて、何パターンも録り直しながらしっくりくるものを探っていきました。
日本と海外との橋渡しについて思うこと
ー「Do No Why (YonYon & MELRAW Rework)」の歌詞についても聞きたいです。
YonYon:「Do No Why」のテーマを黒田さんに聞いたら、NYに来て間もなかった頃、言葉や文化の壁があるなかで、昔の自分に対して「もっと前に出ていけよ」と後押しするような想いが込められていると。その話を受けて、前向きなものにしてみました。
黒田:「ガッツだぜ!!」ということですね、簡単に言えば。
ー(笑)。
黒田:「Do No Why」の元々の歌詞は、アフロビートっぽい掛け声にしたんですよ。”DO NO WHY / ARM YOUR VOICE / TIME NO WAIT / MAKE IT DOUBLE”って。字面だけ見ると勇ましいけど、17年前に初めてNYへ渡ったとき、英語が喋れず声を出すのも恥ずかしかったのを思い出しながら書いたんです。実際、レストランで何か頼みたいけどベーグルの注文がうまくできないから、オレンジジュースだけ1カ月も飲み続けたことがあって。あの時はどんどん痩せましたね(苦笑)。今思えば可愛らしい話だけど、当時はしんどかった。

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ーそういった武者修行を経て、黒田さんはアメリカでの経験を日本に持ち帰ろうという意識が強いですよね。かたやYonYonさんも、ご自身のプロジェクト「The Link」などを通じて、韓国と日本のシーンを繋ぐような活動をしている。海外との橋渡しという意味で、お二人は通じる部分があるのかなと。
黒田:クロスワールドですよね。年末のイベント「aTak」で、自分が声を掛けられる人にジャンルレスで出演してもらってるんですけど、昨年コーリー・キング(黒田と大親友のトロンボーン奏者)を連れてきたらピリッと締まったんですよ。アメリカのアーティストがひとり入るだけで雰囲気が全然違う。そういう機会をもっと作っていきたいです。
ーその気持ちはどこから湧いてくるんですか?
黒田:感謝ですかね。絶対に言えるのは、誰でもNYに行けるわけではないじゃないですか。僕は無茶苦茶ラッキーで、自分より才能があっても行けない人はたくさんいる。そういう人たちのためにも、僕がNYを連れていきたいなって。
この投稿をInstagramで見るTakuya Kuroda(@takutrumpet)がシェアした投稿 - 2019年12月月30日午後8時18分PST「aTak 2019」で選手宣誓している黒田と石若駿。写真左にいるのがコーリー・キングとMELRAW。
ーYonYonさんは、その辺りいかがでしょう?
YonYon:私はクリスチャンなので、自分自身のように隣人を愛しなさいという神様の教えがまずあって。自分の本名には、「恩を世に映して生きなさい」という意味が込められていて。それで今は音楽をやっているから、日韓を繫いだり少しでも恩返ししようと。そんなふうに考えながら活動しています。
「The Link」は日韓のミュージシャンを楽曲制作という形で繋ぎ、両国で楽曲を配信・プロモーションしていく、YonYonの音楽プロジェクト。第4弾シングルの「Owl(解放)」にはSamuel SeoとTENDREが参加。
トランペットが魅力的な楽器である理由とは?
ー黒田さんはNYのチャーチ(教会)で開催されるゴスペルセッションで演奏を磨いたそうですが、YonYonさんの歌のルーツもゴスペルの聖歌隊にあるんですよね。
YonYon:教会に通っていたので、小学生の頃は聖歌隊で歌っていました。それと実は、小中高とずっとトランペットを吹いていたんです。黒田さんはもちろんトランペットの巨匠だし(笑)、そういう意味では共通点はいくつかあるのかなって。
ーYonYonさんは元々、バイオリンやクラシックピアノをご両親から習わされていたけど、自分の好きな楽器がやりたくてトランペットを始めたそうですね。
YonYon:本当はトロンボーンが吹きたかったんですよ。小学校の運動会で毎年マーチングバンドのメンバー募集があって、その最前列で演奏するのがトロンボーンだったからカッコいいと思ってやりたくて(笑)。でも、オーディションで「やりたい楽器を吹いてみなさい」と先生に言われて、トロンボーンを吹いてみたら、いくら頑張っても音が出なかったんです。
そのあと、「あなたの唇の形だとトランペットがよさそう」と言われて、しぶしぶ吹いてみたら、高い「レ」の音がプーっと出て。「あなたは才能があるからトランペットをやりなさい」ということで始めました。
ー小中高とずっと続けられたのは、それだけトランペットに魅力を感じていたから?
YonYon:うーん。めっちゃ熱中していたというよりは……吹けば吹くほど上達するのが楽しかったから。中高が韓国の学校だったから勉強が厳しくて、そのストレスを音楽でアウトプットするためにトランペットが必要だったんだと思います。

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ー今更ですが、黒田さんは数ある楽器のなかでどうしてトランペットを選んだんですか?
黒田:兄貴がトロンボーンやってたんですよ。中学・高校のビッグバンドで。
YonYon:奇遇ですね(笑)。
黒田:そう。兄貴とはケンカばかりしてたから、絶対に運動部に入ろうと思ってたんですけど、体操部の部室に行くにはビッグバンドが練習している前を通らないといけなくて。そこで兄貴の友達に捕まって、無理やりトランペットを吹かされたんですけど、悔しいことに面白かったんですよ。次の日から毎日行くようになって、すっかりハマっちゃいましたね。
この投稿をInstagramで見るTakuya Kuroda(@takutrumpet)がシェアした投稿 - 2019年12月月3日午後5時02分PST
ートランペットはどこがそんなに楽しいんですか?
黒田:他の楽器と比べて、音がすごく目立つんですよ。ハイリスクハイリターンですね(笑)。ハマった時の喜びはひとしおだし、失敗したら赤ちゃんでもわかると思う。「あいつ間違えたぞ!」って。
YonYon:私もめっちゃ怒られました、音外すなって。
黒田:外れるっちゅうねんな(笑)。
YonYon:本当に難しいんですよ。ボタンが3つしかないから、音階を呼吸で調整しなきゃいけないし。
黒田:無茶苦茶難しい。いまだに嫌ですもんね。「報道ステーション」でNYから生中継したときなんて一生分緊張しましたよ。「外したらどうしよう!」って(笑)。
世界をゴールドに染め上げる、最新アルバムの背景
ー黒田さんが8月にリリースする最新アルバム『Fly Moon Die Soon』についても聞かせてください。収録曲も気になりますが、このジャケットは一体何があったんですか?

黒田:撮ったあとに「いかん、これは絶対インタビューで聞かれる!」と気づきました。
YonYon:すごいですよね。ギラギラしてる(笑)。
黒田:信頼している写真家の瀬尾宏幸にアルバムを聴かせて、一緒に呑みながら「なんかアイディアある?」と聞いたら「卓也くん、金色が見えるよ!」って(笑)。もう少し具体的にあるだろうと聞いても「わかんないけど金色なんだよ!」って言うから、じゃあそれで行きますかと。
それで撮影したら、現場を手伝ってくれた友達が満場一致で「カッコイイ」と言うんです。「面白い」ではなくて「カッコイイ」だと。信頼している人たちがそう思うなら、それはGOしかないでしょう。あとは、これがカッコイイと思う人とは仲良くなれそうやなって。踏み絵的なジャケットです。
ーYonYonさんはこれを見て、どう思いました?
YonYon:ネットのニュースで流れてきて、すごく……カッコイイなって(笑)。私には同じことできないし、別人かと思いました。
黒田:「誰?」って感じだよね。仮装大賞。
YonYon:ファーストインプレッションは「ジャズ界の王様」でした。
黒田:いいね、金を司るファラオ。ジャズを聴かない人にも「なんじゃこりゃ!」って興味を持っていただけそうなジャケットかなと。それともう一つ、絶対に内容で負けられないというのも、自分との勝負としてありました。
ーたしかに、これで中身が微妙だったら……。
黒田:それはもう死んだほうがいいですよ、ホンマに。生卵100個食いますよ(笑)。
ーレーベル資料には「絶対的な自然と人間の偉大なる卑猥さの妙」がテーマと書いてありますが、これはどういう意味ですか?
黒田:僕は変な人間が大好きなんです。「変=人間」じゃないですか。わかりやすく言えば、モデルみたいなカッコイイ人の足が臭いとか(笑)。マイナスがあるからこそ人間になれる。
YonYon:AIにはないものですよね。
黒田:そうそう。あとはデスヴァレーってありますよね、ラスベガスの近くにある砂漠。あそこで2日間キャンプしたんですけど、その時はオフシーズンで誰もいなかったんですよ。夜に暗くなると、見たことがないくらい星が綺麗で。そんな一生モノの光景を眺めながら、ワイン呑んでベロベロになってたという(笑)。人間が勝つことのできない偉大な自然に対して、酒なんて人間の弱さの象徴ですよね。つまりはそういうことなんです。
今回、僕がプログラミングで作ったレトロフューチャーみたいな楽曲もあるんですけど、それは大自然の情景を表現していて。そこから僕がソロを吹き出すと、人間のソウルフルなところ、弱いところや臭いところが滲み出ると。その二つを行ったり来たりして……説明しだすと長くなるんですよ。簡単に言うと「愛」っすね。ラヴです。
YonYon:まとめた(笑)。

デスヴァレーで撮影された、黒田のアーティスト写真(Photo by Hiroyuki Seo)
ーYonYonさんはアルバムを聴いてどうでしたか?
YonYon:クラシックピアノを嫌々と通わされてたから、ジャズはなんとなくもっと遠い存在で。DJで使う曲の中でもサンプリングで使われていたりするし無縁ではないけど、どうしても難しそうなイメージがあるんですよ。そんな私でさえも、すごく聴きやすいアルバムだと思いました。それぞれの曲にカラーがあるし、ジャンルも全然違いますよね。
黒田:うん、違う。アフロビート、ファンク、R&B、ヒップホップ……いろんな音楽が好きで、それが勝手に反映されてしまった気がします。
YonYon:ジャズという括りのなかで、こんなに幅広いサウンドが表現できるんだなって。
ーアルバムもそうだし、今回のコラボが素晴らしかったので、お二人のさらなる共演も楽しみです。
黒田:共通の友人も思ったよりいるみたいだし、今回で終わりじゃなくて、いろんな可能性があると思うんですよ。それに今の状況が落ち着いたら、どこかのライブやフェスで一緒になるだろうから、(共演の)ネタをたくさん作れたらいいですよね。
YonYon:嬉しい……あざーっす!

Photo by Kana Tarumi

黒田卓也
『Fly Moon Die Soon』
2020年8月5日日本先行発売
CD予約:https://store.universal-music.co.jp/product/uccu1641/
「ドゥ・ノー・ホワイ」
「ドゥ・ノー・ホワイ」(YonYon & MELRAW Rework)
配信リンク:https://jazz.lnk.to/kurodatakuya_dnwYD