チェスター・ベニントンが突然この世界に別れを告げた2017年7月20日から早くも3年の月日が経とうとしているにも関わらず、未だに私はリンキン・パークのアルバムを大きな深呼吸をして覚悟を決めなければ聴くことが出来ない。SNSを通して目にするファンの声の中には聴くことすらも出来ない人も目にするが、そんな彼らの気持ちが痛いほどに分かる。チェスターの死から約3カ月後の2017年10月27日(現地時間)にハリウッドで開催された追悼コンサート「Linkin Park & Friends Celebrate Life in Honor of Chester Bennington」で私が文字通り泣き崩れたのは、ステージ中央でスタンドマイクとそこに当たったスポットライトとともにインストゥルメンタルで観客が合唱で応えた「ナム」。今まで当たり前のようにチェスターの歌声を堪能していたこの曲をもう生で観ることが出来ないのだと突きつけられたように思えたからだ。チェスター・ベニントンのいなくなった世界は相も変わらず、大きなライトがひとつ、消灯のままだ。
そんな彼がリンキン・パークで金字塔を打ち立てる前に所属していたバンドがグレイ・デイズ。そのメンバー達が当時のチェスターの音声を基に、過去2枚のアルバムリアレンジと再レコーディングをしてリリースしたアルバムが『アメンズ』だ。
このアルバムでやっとチェスターを葬送できる
1ファンとしてこのアルバム企画を知った時に過ったネガティブな思いは、もしかすると他のファンの方にも共通するかもしれないので、まずはそこからクリアにして行きたい。
この企画はチェスターの遺志に反するものではない。むしろ、彼の遺志を継いだものといっても過言ではない。というのもグレイ・デイズの曲を再レコーディングしてアルバムをリリースしようとコアメンバーのショーン・ダウデル(Dr)に提案したのは、他でもないチェスターだったのだ。
「このアルバムを送り出すことでやっとチェスターを葬送することが出来る」といったコメントをしているショーンだが、まさに、バンドメンバーをはじめ、KORNのブライアン”ヘッド”ウェルチや、ジェイムズ”マンキー”シャファー、チェスターのサイドプロジェクト、デッド・バイ・サンライズのメンバーで元オージーのライアン・シャック、ヘルメットのペイジ・ハミルトン、ブッシュのクリス・トレイナーや女性シンガーLPことローラ・ペルゴリッジをはじめとするゲスト陣、そしてチェスターの実息、ジェイミー・ベニントンなど、この作品に携わった人々の声や音の端々から、アルバムのアートワークさながらにチェスターに花を手向けるような哀悼の思いに溢れている。チェスターの母、スーザンもこのアルバムに込められたチェスターに対する愛情、そして遺族の悲しみを癒す思いに触れ、感謝と敬意を示したアルバムでもあると語っている。
「Soul Song」のMVはチェスターの息子、ジェイミー・ベニントンが監督を務めた
単なる元メンバー、元共同経営者という関係性を超えた深い絆を感じるチェスターとショーンだが、それもそのはず。彼らの出逢いは1992年。チェスターが15歳で高校生、ショーンは17歳の頃。ショーンのバンドのヴォーカル・オーディションに参加したチェスターは、ショーンの発言によれば「体重40キロ位でカーリーヘアの上に度のキツい眼鏡をかけていて、17歳の自分が考える理想的なバンドのヴォーカルのペルソナではなかった」そうだが、そんなことがどうでもよくなるほどの素晴らしい歌唱で合格を勝ち取ったとのこと。しかしバンド活動はチェスターの父親の承諾が必要だったらしく、ショーンはチェスターと共に彼の自宅のリビングルームで15歳の少年がバンド活動をしても足を踏み外さないことを約束させられたとのこと。
そんな風にして繋がった2人なので、1993~98年というバンドの活動期間はリンキン・パークと比べれば短いものではあるが、チェスターにとってグレイ・デイズは彼をロックスターへの道へと誘った重要なチャプター1。当時の音源を既に聴いたことのあるコアなファンの方を除いて、世界中のチェスターのファンが今回このような形でリンキン以前のチェスターに触れ、10代の頃から既にあの唯一無二の歌声が仕上がっていたことに、少なからず驚きを隠せないことだろう。晩年と比較すれば鋭角で肩に力が入っている印象はあるものの、これが10代のチェスターのヴォーカルとは俄かには信じがたいほどのスタイルが確立されているのだ。
繰り返していうが、このアルバムで聴けるチェスターの歌声は当時のままである。バンドがリリースした『Wake Me』(1994年)、『No Sun Today』(1996年)といった90年代の楽曲を、ヴォーカル以外の部分を再録音と再構築する形で1枚のアルバムに仕上げている。
3年を要した、チェスターの声と向き合う作業
では、なぜ今この2020年というタイミングでのリリース、逝去から3年もの月日がかかったのか、という点は、Consequence of Soundが行ったインタビューの中でショーンが説明している。
本来は2017年9月のコンサートまでにはリリースする予定で話を進めていたそうだが、チェスターの急逝により頓挫。いうまでもなく大親友を失った悲しみくれていたショーンは彼の妻と共に、夫であり父親を失った未亡人タリンダと子供たちをサポートしながら辛い日々を過ごしていたとのこと。それから約8カ月経って、ショーンは奥さんにこのアルバムを作り終えたいと相談。次に共通の友人を介してエグゼクティブ・プロデューサーの一人、ルネー・マタに相談し、ルネーがもう一人のエグゼクティブ・プロデューサーでありミキサーのジェイ・ボーガードナーに相談した結果、オリジナルの音源からチェスターのヴォーカルだけを残して、そこに肉付けしていくという今回のユニークな方法にたどり着いたそうだ。
そのプランを形にするためにプロデューサーを数名起用したり、参加ミュージシャンそれぞれがチェスターの声に寄り添うようにコラボレーションを行う作業に時間がかかるのは当然のことだし、それ以上にバンドメンバーにとっては一度完成した楽曲アレンジを消し去って、普段なら最後に入れるヴォーカルだけを残しての再録音は、順序からいえばほぼ逆。ユニークな企画ではあるけれど、実際の作業は決して楽な物ではなかったことが窺い知れるし、当時は気づかなかったチェスターが書いた詞の意味に感じ入ることも多かったというショーンにしてみれば、チェスターの心の声と深く向き合う作業も必要だったのだろう。
さらに彼らは、同じくチェスターを失い悲しみの淵にいるリンキン・パークのファンへのフォローも忘れずに作ったというのだから、その作業は様々なチャレンジを課すものだったに違いない。Inked Magazine主催のライヴチャットの中で、ショーンは立案からリリースまで約2年半もの月日がかかったものの、大切な親友であるチェスターを失った悲しみを癒すことにも繋がったようで、「このアルバムを完成させることでチェスターを葬送することができた」と語っている。
アルバムタイトルの『アメンズ』は収録曲「モレイ・スカイ」の一節から取られている。
”IF I HAD A SEDOND CHANCE / ID MAKE AMENDS(やり直せるものなら/償いをしよう)”
ショーンの中では、このリリックに対する受け取り方が今作のレコーディングを始めてからまったく新しい意味に受け止めるようになり、「チェスターの自らの決断に関する我々への謝罪」だと感じているのだそう。チェスターとショーンがメキシコ旅行でサンセットを見ながらビーチで眺めた空に浮かぶシルクのような模様(モレイ・パターン)みたいだという会話から生まれた歌詞ではあるが、ショーンの新たな解釈のとおり、思いやりの溢れたチェスターがいつか来るその日に向けて認めたリリックだとしたらとても悲しい。
では、このアルバムもやはり悲しくてファンにとって聴くことは辛く勇気を伴うのかというと、それは違うと思う。このアルバムを完成させることが葬送だったというショーン、そしてメンバーであるメイス・ベイヤーズ(Ba)、クリスティン・デイヴィス(Gt)、はたまたチェスターに縁のある参加ミュージシャンやスタッフの思いが自然とこちらにも伝播するからか、ファイナル・トラックの「シャウティング・アウト」では涙が頬をつたいながらも心の中で天国のチェスターに、「また会おうね」と声をかけている自分がいるのだ。未だやり場のない悲しみにくれているファンの方にこそお勧めしたい1枚である。
●マイク・シノダ1万字インタビュー:チェスター・ベニントンの死と自身の現在地
グレイ・デイズのドキュメンタリー映像(日本語字幕付き)

グレイ・デイズ
『アメンズ』
発売中
初回限定盤 SHM-CD+DVD 税込3,740円
通常盤CD 税込2,750円
https://umj.lnk.to/AMENDSPR
〈収録曲〉
1. シックネス / Sickness
2. サムタイムズ / Sometimes
3. ホワッツ・イン・ジ・アイ / Whats In The Eye
4. ザ・シンドローム / The Syndrome
5. イン・タイム / In Time
6. ジャスト・ライク・ヘロイン / Just Like Heroin
7. B12
8. ソウル・ソング / Soul Song
9. モレイ・スカイ / Morei Sky
10. シー・シャインズ / She Shines
11. シャウティング・アウト / Shouting Out
12.ホワッツ・イン・ジ・アイ ―アコースティック* / Whats In The Eye -Acoustic
13. サムタイムズ ―アコースティック* / Sometimes -Acoustic
*ボーナス・トラック
〈初回限定盤DVD 収録内容〉
・ビハインド・ザ・シーンズ #1
・ビハインド・ザ・シーンズ #2
・グレイ・デイズ・ドキュメンタリー
・トラック・バイ・トラック
・ホワッツ・イン・ジ・アイ Music Video
・シックネス Music Video