テイラー・スウィフトが全米・全英チャート1位を獲得した前作『ラヴァー』から1年も待たずに、最新アルバム『フォークロア』をサプライズリリース。大胆な方向転換を図った8枚目のアルバムは、テイラー史上最もディープでパーソナルな内容となった。
米ローリングストーン誌によるアルバム評をお届けする。

心の中の闇と向き合おうとする姿

テイラー・スウィフトが世界を驚かせたのはこれが初めてではない。7月下旬、世界中を覆い尽くす深い闇の終わりが未だ見えないなか、彼女は誰1人として予想しなかった行動に出た。自身のキャリアの到達点となった前作『ラヴァー』から1年も経たない7月23日(彼女は去年の7月22日に「ジ・アーチャー」を公開している)、彼女はニューアルバムのサプライズリリースを発表した。来週に開催される予定だったLoverFestも含め、スウィフトもまた今年の夏の予定をすべてキャンセルせざるを得なかった。しかし、彼女はその穴を埋めるかのように、隔離生活の日々をある秘密のプロジェクトに費やしていた。その成果が彼女の8枚目のアルバム『フォークロア』だ。しかし、何よりも我々を驚かせたのは、抱えた混乱や悲痛な思いをかつてなく赤裸々に描いた楽曲たちだ。

ザ・ナショナルのアーロン・デスナーとのコラボレーションを軸に据えた本作は、アコースティックギターとピアノを基本とするゴス・フォークのレコードだ。ポップソングと呼べるものはひとつもない。前作『ラヴァー』と前々作『レピュテーション』のギャップも目覚しかったが、今作の意外性はその比ではない。彼女はこれまでもアルバム毎に作風を大きく変化させてきたが、ストーリーテリングの深みが格段に増した今作は、間違いなく彼女のキャリア史上最大の野心作だ。
彼女にこういったレコードを作って欲しいと長年願っていたファンはいたに違いないが、それがこれほどの出来になるとは誰も思わなかったはずだ。紛れもなく、今作は現時点での彼女の最高傑作だ。

これまでの30年間の人生を総括したような『ラヴァー』には、彼女の旺盛な音楽的好奇心が反映されていた。しかし今作『フォークロア』で、彼女は自身を覆った殻を破ってみせた。今作を提げたツアーが行われないことを知った上で、ラジオ受けすることも、スタジアムを沸かせるビッグなコーラスも放棄した、彼女の覚悟のようなものさえ感じられる。そこから浮かんでくるのは、コーヒーを淹れてピアノの前に座り、心の中の闇と向き合おうとする彼女の姿だ。ピアノの上で揺らめくキャンドルの炎や、溶け出したロウが付いた『嵐が丘』に見守られながら、これらの楽曲はひとつずつ生まれてきたのだろう。

彼女とデスナーの間に生まれたケミストリーは随所に表れている。また彼女は長年にわたるコラボレーターのジャック・アントノフとも再びタッグを組んでいるほか、「Exile」ではボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンとデュエットしている。全体のムードは2013年発表の『ハンガー・ゲーム』のサントラに収録された、ザ・シヴィル・ウォーズとの共作「セーフ・アンド・サウンド」に近い。本作のプロローグにはこう綴られている。「隔離生活を送っている間、私の想像力はどんどん膨らんでいった。
意識の流れに身を任せることで、このアルバムの楽曲と物語が自然と生まれてきた。ペンは私にとって、幻想と歴史、そして思い出の中に逃避するための手段だった」

幾重にも折り重なった、深みのあるストーリーテリング

『フォークロア』は、生まれ変わったスウィフトのデビューアルバムのように感じられる。隙がまるでない全17曲で描かれる物語はスケール感を増し、そこに登場するキャラクターたちは実に多様だ。それでも、彼女が10年前に発表した「ラスト・キス」とこれらの楽曲には確かに接点がある。隔離生活の中で彼女が経験した心境の変化は、本作の歌詞にはっきりと表れている。「状況に適応しようともがいてる/誇りにしてた光り輝く車輪は錆び始めてる/あなたが私の帰りを待っているとは思わなかった/そのことはすごく後悔しているの」彼女の心が紡いだ言葉は力強く響く。

幸せな私生活が彼女から想像力を奪ってしまうのではないかというファンの懸念は、今となっては馬鹿げたことに思える。そんなはずはないのだから。今作で描かれるキャラクターたちの多彩さは、実際にはむしろその逆だったことを証明している。町中の人々から嫌われるスキャンダラスな老いた未亡人、怯える7歳の少女とトラウマを抱えた親友、葬式で敵を見つめる亡霊、リハビリに励む依存症患者、不器用な10代の男の子等の目線で語られる物語はリアリティに満ちている。ハイライトの3曲(「Cardigan」「August」「Betty」)では、同一の三角関係が曲ごとに異なる視点で描かれており、「The 1」「Peace」「Invisible Stings」「The Lakes」等はどんなストーリーにも裏表が存在することを示している。

『フォークロア』の見所のひとつは、中盤に立て続けに配置された屈指の3曲だ。
アルバム中最も痛々しくも美しいバラード「August」では、実らなかった一夏のロマンスが描かれる。「私たちはベッドのシーツに包まって身を寄せ合った/8月はボトルのワインのように過ぎ去ってしまった/あなたは決して私に心を開いてくれなかったから」。痛ましくもウィットに富んだ「This Is Me Trying」は、ウィスキーに溺れる日々に終止符を打つべく悲痛な胸の内を明かす女性の物語だ。そして「Illicit Affairs」では、これまでにも度々登場している不貞というテーマをより掘り下げている。「その言葉は額面通りに受け取って/冷めていく移ろいがちな恍惚感/数百回もすれば効き目がなくなってしまうドラッグ」。張り詰めた緊張感を爆発させるかのように、彼女はこう歌い上げる。「電話してこないで/ベイビーなんて呼ばないで/分からないの あなたのせいで私がどれほど苦しんでいるのか」

幾重にも折り重なったこれらの物語の真意を汲み取るには何週間も、あるいは何十年もかかるのかもしれない。「Mirrorball」は6年前の「ニュー・ロマンティックス」に登場したダンスフロアで注目を浴びるナーバスな気取り屋を彷彿とさせるが、この曲で歌われているのは誰もが身に覚えのある不安な思いだ。「Mad Woman」における魔女狩りというトピックは過去にも見られたが、同曲には「ザ・マン」で歌ったフェミニストの怒りをより研ぎ澄ましたかのような迫力がある。「The Last Great American Dynasty」における「町で一番不遜な女性のお出ましよ/何もかも滅茶苦茶にして最高にいい気分だったわ」というラインは、「スターライト」の貴族階級バージョンというべき皮肉に満ちている。(テイラーはキャリアを通して「marvelous」という言葉を2度用いているが、どちらの曲もケネディ家について歌っているように思われる。あらかじめ8年先を見据えていたかのような、彼女のディティールに対するこだわりには驚かされる)

大人になったテイラーの揺るぎない自信

「Cardigan」「August」に登場する女の子たちの気まぐれな行動に振り回される17歳の少年が語り手となる「Betty」は、彼女が初めて男性の視点で歌った曲だ。
スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」を思わせる冒頭のハーモニカソロは、アルバム中で唯一彼女が高校時代に想いを馳せるこの曲に見事にフィットしている。「The Lakes」はレコードとCD、そしてカセット(!)だけに収録されるボーナストラックでありながら、特筆すべき内容となっている。同曲で彼女はウィリアム・ワーズワース(彼女が得意とする内省的な作詞の基盤を確立したと言っていいロマン派の詩人)の軌跡をたどるかのように、湖水地方のウィンダミアをさまよい歩く。

彼女は以前、今年のすべてを過去作の録り直しに費やすかもしれないと口にしていた。それとは対照的に、彼女は今作で得意とするトリックを一切用いていない。カントリーのタッチ、シンセポップのサウンド、初デートの思い出、旅行先でのエピソード、そして笑いなど、世界中のファンを虜にしてきた彼女のトレードマークは本作のどこにも見られない。名声に触れることもほとんどないが、「Invisible Thing」における「あなたがロサンゼルスへの初旅行で乗ったタクシーの中で流れていたのは『バッド・ブラッド』」「冷たさが私の揺るぎない主張だった/私の心を引き裂いた男たちへのメッセージ/今じゃ彼らの赤ちゃんにプレゼントを送ってる」というスマートなラインは見事としか言いようがない。

『ラヴァー』は彼女の20代最後のアルバムであり、『フォークロア』は彼女の30代の幕を開けるアルバムとなった。ナッシュビルサウンドからエレクトロディスコまで網羅した『ラヴァー』は、彼女の自伝的内容だったと言っていい。『フォークロア』がまるで異なるアプローチでありながらより親密に感じられるのは、そのサウンドが揺るぎない自信に満ちているからだ。本作から見えてくるのは、いつになくリラックスし、余裕を感じさせ、他人を味方につけようと躍起になることに興味をなくした大人の女性の姿だ。孤独や遠くにいる誰かへの切実な思いを歌い続けてきた彼女が、隔離生活のなかで自身の最大の魅力を引き出したことは少しも不思議ではない(「ラスト・キス」は夏の定番曲だが、「あなたが素敵な場所にいますように」というフレーズは、今の状況ではあまりに露骨に感じられてしまう)。
『フォークロア』において、彼女は身近に感じられるキャラクターたちを思い描き、彼らに強く感情移入することで、自分自身の中にあるウィットや哀れみ、そして他者への共感をかつてなく深く掘り起こしてみせた。今作が証明するのは、アーティストとしての彼女が秘めたさらなる可能性だ。

●テイラー・スウィフト、近年もっとも核心に迫る胸中激白インタビュー

テイラー・スウィフト『フォークロア』を考察「殻を破り、悲痛さを露わにした最高傑作」

テイラー・スウィフト
『フォークロア』
2020年7月24日13時世界同時配信
試聴・購入:https://taylor.lnk.to/Folklore_Album
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