コロナ時代になって、ライヴ会場がクラスターの発生源だという報道が相次いだため、音楽アーティストが集まって演奏する音楽活動そのものが、自粛せざるを得なくなってしまった。
今回、正式版には新たにリバーブ機能やメトロノーム機能と録音機能が追加され、ミックスされたマスターアウトをWAVで録音できるようになった。さらに、Android版アプリケーションのベータ版も公開されることとなった。企画・マーケティング担当の野口真生さん、北原英里香さんに話を聞いた。
【画像】オンラインでのセッションが可能になるSYNCROOM(写真5点)
―SYNCROOMを開発することになった背景をお聞かせください。
ヤマハ:実は、この遠隔合奏システムに関しては、約10年前から研究開発は進めていまして。遠隔地間で音声データを低遅延でやりとりして合奏するというのは、10年前に開始して、2011年に「NETDUETTO」という名前で、一般公開の研究開発テーマという形で、サービスを開始していたんですね。
―そもそもSYNCROOMは、どういう人にどのように使ってもらいたいという想定をしていたのですか?
ヤマハ:弊社は楽器音響メーカーとして、音楽活動をどういう風に楽しく続けていただくかという形で、ものごとを考えているんです。例えば、バンドを組んでいたのが、メンバーの一人が転勤で大阪に行ってしまうと、バンドを続けられなくなったりしますよね。実際の合奏というのは、同じ時間に同じ場所に集まらないとできない活動で、待ち合わせとか場所の手配とかも含めて、段取りがものスゴく手間なんですよね。場所にしても、スタジオとか防音施設に限られると、そもそも集まれないということもけっこうあるわけです。それが手軽に音楽を楽しむという活動の障壁になっているので、このアイデアは長年持ち続けていたことなんです。オンラインでつながって、自宅から簡単に合奏ができて、もっと手軽に音楽にアクセスできるっていうのは、本質的なソリューションとしては必要ではないか、というような議論は常に続いていました。
オンライン会議システムやIP電話と異なる点
―遠隔地間の音楽合奏での一番のネックとなるのは、音声の遅れだったと思いますが、そこは御社独自の技術によって音声のズレをほとんど感じることなく、快適に合奏を楽しめるようにしたということですよね。技術的な部分はどのようにクリアしていったのですか?
ヤマハ:SYNCROOMはPC用ソフトウエアなのですが、まずSYNCROOMが回線の安定状況を監視しているんですね。

SYNCROOMの画面。これを使うことでオンラインでのセッションが可能になる。
―ユーザーの多くは自宅でWi-Fiを使うような環境にはあるとは思うんですが、どのようなネットワーク環境が望ましいのでしょうか。
ヤマハ:推奨しているのは光回線の有線LANです。専門的な用語になりますが、回線仕様がIPv6(IPoE)という方式で接続されていると、あまり周囲の帯域の奪い合いとかに巻き込まれずに、安定的にネットワークを使うことができるんですね。なので、光回線、IPv6(IPoE)で接続されていて、それがルーターからPCに有線LANでつながっているというのが、まず回線の環境ですね。お使いのPCに楽器から音を放り込む時に、オーディオインターフェイスという楽器用の機器を接続いただいて、そこから楽器を接続いただくと、PCに音を入れるとか、PCから音を出すといったところの遅延がかなり縮まるので、それで総合的な遅延は縮まります。
―音質のクオリティはどのように設定しましたか?
ヤマハ:やり取りできるのは、CDと同等の音質です。48kHzと44.1kHzから選択できます。ネットワークの状況によって、圧縮することもできるんですね。わざと劣化させてデータ量を小さくすることも、調整としてはできるんですけど、ネットワークが不安定だと、何をやってもダメなものはダメなんですよ。今の大容量の光回線であれば、それほど大きな帯域を使っているわけではないので、最高音質のPCM音源で、5人でやり取りしても、使う帯域が15Mbpsもあればできてしまう話なんです。音楽をやるためですから、CDと同等の音質でやり取りをするということは、ミュージシャンにとっては大前提になりますし、うちとしては、高音質でやり取りいただくことを推奨はしています。
―アプリの画面には、「チャット」「Twitter」という機能がありますが、これはどういう使い方を想定したのでしょうか?
ヤマハ:Twitterはアカウントを連携できるので、Twitter・アカウントのアイコンと名前で、SYNCROOMに参加することができます。ルームを立ち上げるという概念なんですけど、ルームを立ち上げた時に、Twitter上でつぶやくことができるんです。「〇〇さんが〇〇というルームを立ち上げました」というようなつぶやきを出すことができるので、それを見た他のユーザーがルームに参加しに来るというような、SNS上のコミュニケーションが取れるんです。チャット機能があるのは、楽器をラインでつないでいると、声を入力できないからなんですよ。
―なるほど。そこは考えましたね。ホームページの「ルーム一覧」には、「気軽にセッションしませんか」とか「ヴォーカル募集」など、いろいろなルームがありますが、ユーザーの人たちはどのようなルームの使い方をしているのでしょうか?
ヤマハ:ルームを立ち上げる時の概念として、非公開ルームか、公開ルームかを選べるんです。決まったメンバーで音楽セッションを楽しみたいという方々は、非公開ルームをお使いだと思います。公開ルームで誰でもOKという風に広く構えている方は、実際の知り合いではなくても、「こういうジャンルをやっているので、一緒に音楽をやりませんか?」っていう、出会いを求めながら音楽を楽しもうという方ですね。初期は、ジャズのスタンダードをやるような方が多かったんですよ。誰が来ても、ジャズの黒本のスタンダード曲であれば、「じゃあこれやろう」って言って合わせられる、ちょっと上手な方々が多かったんですよね。それが最近では、VTuberのアバターをやっている人が使っていたりするなど、ジャンルの幅が広がってきています。
―自分たちで合奏を楽しむ以外の、配信などで他の人にも見てもらうような使い方はありますか?
ヤマハ:最近流行なのはツイキャスですね。元々NETDUETTOは、ニコニコ生放送の配信と連携していた時代があって。
音楽アーティストの活用例
―音楽アーティストで実際に活用されているような例はありますか?
ヤマハ:ゴスペラーズさんは毎週土曜日、自身のTwitterで番組配信されていましたね。そこでNETDUETTOをお使いいただいて、5人が自宅からハーモニーを届けるというような取り組みをされていました。大石昌良さんはゲストを呼んで、ニコニコ動画でオンライン・セッションをするという番組を放送していました。あと、ミクスチャー・ロック・バンドのFLOWもNETDUETTOを使って、ファンにセッションを披露していました。SYNCROOMやNETDUETTOを使って実験番組をやられるアーティストさんはどんどん増えてきています。
―今までのユーザーの使い方の実例で、御社で想定していなかったような使い方はありましたか?
ヤマハ:お祭りの団体が使っていましたね(笑)。朗読劇もありました。技術としては、音声データを低遅延でやり取りするというのが本質なので、そこにニーズがある産業であれば、有効に活用していくことはできると思います。ただ、0.02秒、0.03秒の遅延を争うようなものはあまりないと思うんですよ。
―確かに(笑)。
ヤマハ:でも、我々が一番メッセージとして伝えたいのは、ユーザーへの感謝だと思います。というのは、SYNCROOMは10年間、ユーザーに育てていただいたところがけっこうありまして。コロナ下においては、初心者がたくさん入ってきたんですよ。やっぱりある程度のリテラシーを伴うサービスなので、コンセプトとか使い方がよくわからない人たちが多かったんですよね。その時に、元々NETDUETTO時代から使ってくれていたユーザーさんたちが、ボランティアで教え回ってくれたんです。コロナ下でしたが、やっぱり音楽って素晴らしいなって、改めて再認識させられたというような側面がありました。
―今後考えられている取り組みはありますか?
ヤマハ:今回、NETDUETTOからSYNCROOMに移行するにあたって、モバイル用にも、Android版アプリケーションのベータ版をローンチさせていただきました。遠隔合奏ということで、場に縛られないというのは、PCでも実現できているんですけど、無線回線での遠隔合奏の実現といったところはやはり目指すべき夢です。Android版はまだまだ研究開発テーマとしての取り組みでチャレンジにはなりますが、もっとモビリティを増して、どこでも誰とでもつながる世の中を目指して頑張っていきたいと思っています。
SYNCROOM
https://syncroom.yamaha.com

ヤマハ株式会社 マーケティング統括部 UX戦略部 CE企画グループのお二人。リーダーの野口真生さん(左)と北原英理香さん