ビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたヴィジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』は、パン・アフリカンのアイデンティティと理想主義を掲げるステートメントだ。7月31日のリリース以来、世界中で絶賛されている本作のポイントを紹介。


ビヨンセの『ブラック・イズ・キング』がDisney+(ディズニープラス)で独占リリースされた。2013年作『ビヨンセ』と2016年作『レモネード』に続く、3作目のヴィジュアル・アルバムとなる85分に及ぶ本作は、2019年に公開された映画『ライオン・キング』のインスパイアード・アルバムであり、ビヨンセの呼びかけによって豪華ゲストたちが勢揃いした『ライオン・キング:ザ・ギフト』のコンパニオン・アルバムだ。彼女のヴィジュアル作品の中でも、今作の精巧ぶりは群を抜いている。

『ブラック・イズ・キング』は約1年間に渡って、3つの大陸を股にかける形で制作された。アフリカおよびアメリカのスーパースターたち、世界トップクラスのファッションデザイナーや映像ディレクター、重要なサポート役を務めている実娘のブルー・アイヴィーをはじめとする彼女の家族まで、今作にはビヨンセと縁の深いコラボレーターの数々が参加している。本作を知るための5つのポイントを以下で紹介する。

1. パン・アフリカン・コラージュ

『ブラック・イズ・キング』の中盤には、パン・アフリカの旗を構成する黒・赤・緑の3色で彩られたアメリカ国旗を掲げる黒人男性の集団が登場する。黒人のプライド、そしてアフリカン・ディアスポラという観点から見たルーツを祝福するそのシーンは、今作のコンセプトを象徴していると言っていい。魅力的な衣装に身を包んだ何百人ものダンサーやシンガーを含むエキストラたちは、ナイジェリアにおけるアフロ・フュージョンやダンスホールから、Himba族の人々の体や髪に見られるトライバルなペインティングまで、アフリカの新旧のサブカルチャーの豊かさを物語る存在だ。西アフリカおよび南アフリカで撮影が行われた本作のモノローグおよびインタールードには、ズールー語やコサ語を含むアフリカの言語が複数用いられている。

先月『ブラック・イズ・キング』の完成がアナウンスされた時、今作がアフリカに対するステレオタイプの拡散や、アフリカの文化や民族性の画一化を促す可能性があるとして、ビヨンセは批判に晒された。『レモネード』がジョージア州およびサウスカロライナ州のガラ人の文化にインスパイアされていたように、アイディアおよび理想としてのアフリカを映し出す『ブラック・イズ・キング』は、現地の住民やカルチャーに敬意を払いつつ、アフリカを世界中の黒人たちの約束の地として描いている。
「私たちの祖先は、私たち自身の姿を通じて、私たちを導いてくれる / 屈折した光」ナレーションでそう語るビヨンセは、やがてこう警告する。「自身の姿が見えないことに慣れてしまったあなたはこう思うだろう / 私は本当に存在しているのだろうか?」

2. 本作には『ライオン・キング』のストーリーと『ザ・ギフト』の全曲が登場するが、順序は一部変更されている

『ブラック・イズ・キング』の冒頭から60分前後までは、『ライオン・キング』の物語を抽象化したような内容となっている。若きシンバの象徴である王族の一家に生まれたアフリカの少年は、蛇の皮を被った邪悪な敵によって排除される。進むべき道を見失ったまま成長したその青年は、王の座を自らの手で取り戻さなくてはならない。

『ザ・ギフト』のトラックリストは『ライオン・キング』のストーリーにほぼ沿っており(2019年公開の映画版のインタールードでのナレーションが時折挿入される)、今作ではその全曲が使用されているが、その順序は一部変更されている。最後から2曲めに配置されていた070 Shakeとジェシー・レイエズが気まぐれな悪役を描く「Scar」は、本ヴィジュアル・アルバムでは序盤の「獣たち」(今作ではバイクに置き換えられている)が暴走するシーンで用いられている。一方でバーナ・ボーイの「Ja Are E」は、大人になったシンバが呑気に通りをうろつく場面へと移されている。

『ブラック・イズ・キング』の終盤では、シンバのストーリーテリングと『ザ・ギフト』のインタールードが、アフリカ系アメリカ人とアフリカ人へのインタビューに置き換えられている。『レモネード』でもそうだったが、その部分では黒人の男性や女性がそれぞれの人生で経験した社会的抑圧について語り、コミュニティの一員として生きることで彼らは「王になる」と主張する。

3. ハイライトはビヨンセ本人が登場する「Mood 4 Eva」のビデオ

『ブラック・イズ・キング』のハイライトというべき瞬間を決めるのは困難だが(「Already」「My Power」も捨てがたい)、最もビヨンセらしさに満ちた場面は「Mood 4 Eva」のシーケンスだろう。同映像の舞台であるゴージャスなマンションは、聖母子像になぞらえたビヨンセと彼女の子供たちを描いた巨大な絵画を含む、パン・アフリカンのアートと彫刻で彩られている。彼女はこれまでにも自身の富と成功を堂々と見せつけてきたが、ここでは彼女と夫のジェイ・Zが、2018年発表のジョイントアルバム『エヴリシング・イズ・ラヴ』にも通じるウィニングランのような祝祭感を演出している。
黒人のみで構成されたシンクロナイズドスイミングのチーム、高級服に身を包んだ何十人ものエキストラ、年老いた白人の執事、そしてビヨンセの母親のミス・ティナ・ローソン等が、庭園の中央で優雅なティーパーティーに興じる(2月発行のウォール・ストリート・ジャーナルの記事で、ローソンは自身のアートコレクションの一部を今作の撮影用に貸与したと明かしている)。ポップミュージック界随一の働き者である夫婦がソファに腰掛け、目を剥くほど豪華なディナーを楽しんでいる様子はどこか現実離れしているが、それが今作で最も印象的な瞬間であることは確かだ。

4. 豪華キャストと予想外のゲストたち

『ザ・ギフト』ではアメリカとアフリカ(主にナイジェリア)のポップ/ヒップホップ界のスターたちが集結していたが、ファレル・ウィリアムスやティワ・サヴェージ、Shatta Wale、ティエラ・ワック、イェミ・アラデ、ジェシー・レイエズ等、同作に参加したコラボレーターたちの多くが今作には登場している。しかし何より特筆すべきなのは、ビヨンセとブルー・アイヴィーがファッション界のアイコンであるナオミ・キャンベル、女優のルピタ・ニョンゴ、そして元デスティニーズ・チャイルドのケリー・ローランドと交流する「Brown Skin Girl」のシーケンスだろう。それはビヨンセがローランドとミシェル・ウィリアムズ、そして妹のソランジュと共演した2018年のコーチェラを思い起こさせる。今や伝説となったそのステージは、美しくたくましい黒人女性というイメージと、彼女自身の公私両面におけるレガシーを可視化した。

5. 痛切な思いと献身が描かれるラストシーン

ビヨンセは今作を、夫であるジェイ・Zとの間に2017年7月に生まれたサー・カーター(ルミは双子のきょうだい)に捧げている。「愛する息子、サー・カーターに捧げる / そして私たちすべての息子と娘たちへ / 太陽と月があなたたちを照らす / あなたたちこそが王国の命運を握っているの」作品全体を通じ、ビヨンセは『ライオン・キング』の美しい物語を、彼らの祖先に敬意を表し、歴史から学んだことを次の世代に引き継がせていくという、黒人たちのレガシーのメッセージに重ね合わせている。

同じくアフリカを舞台とする物語で、90年代にはアニメーションミュージカルが制作された『プリンス・オブ・エジプト』を思わせる「Otherside」のシーケンスでは、そのメッセージがビヨンセ自身の姿に投影されている。聖書に登場するモーセのように、ビヨンセは息子の命を救うべく、彼を入れた籠を川の下流に向かって放つ。その先に何が待ち受けているかは知るよしもない。「土埃にまみれた子供、あなたは母なる川へと戻っていく」彼女はそう語りかける。
「あなたのルーツと物語は生まれ変わるの」
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