BTSをはじめ有料オンラインライブがもたらす莫大な利益によって、新しいスタートアップ会社が音楽業界のトップに躍り出る一方、レコード会社やエージェントは適応方法を求めて奔走する。果たして配信ライブは、音楽ライブに取って代わるのだろうか? また、この状況は、いつまで続くのだろうか?

アダム・ウェイナーは、有料配信のチケットを購入した165人のファンのために下着姿でカナダのハードコアパンクバンドSNFUの「Time to Buy a Futon」を歌いながら腕立て伏せを終えたところだった。


「うわー! すっごい汗!」と米ペンシルベニア州最大の都市フィラデルフィアを拠点に活動するロックバンドLow Cut Connieのソングライター兼フロントマンを務めるウェイナーは、カメラに向かって言う。そう言いながら、ウェイナーはベルベットと思しき赤いローブを羽織り、リビングルームに置かれたピアノの椅子に座った。

週に一度のライブ配信番組『Tough Cookies』をウェイナーが始めたのは、新型コロナの爆発的感染が広がりはじめた頃だ。そして先週木曜日の配信は、有料に切り替えてから2度目のものだった。ウェイナーのファンたちは惜しみなく寄付をする一方、ライブ配信を視聴するために喜んでチケット代を直接ウェイナーに払うと言ってくれた。

新型コロナのパンデミックの到来とともに、見掛け倒しの空っぽなものにすぎないというライブ配信の負のイメージは払拭され、ライブ配信はデジタル時代のプレミアム音楽体験としての地位を確立した。配信プラットフォームが成熟するにつれて、外出禁止期間中に数多く見受けられたスマホ撮影による質の低い無料配信の需要も低下。アーティストたちは、この状況を好機ととらえはじめている。ウェイナーはPatreonという会員制サブスクリプション型クラウドファンディング経由で番組を配信している。アカウントを立ち上げた数日後、購読者は300人になった。自宅からの配信にかかる諸経費はツアー活動と比べてはるかに低いため、ウェイナーのバンドははやくもツアーと同じ利益率を達成することができた。

「もはやライブ配信は、単なるその場しのぎの対策なんかじゃない」とウェイナーは本誌に語った。
「僕らは、ライブ配信の需要がますます高まるのを目の当たりにしてきた。間違いなく、僕は今後もずっとライブ配信を続けるつもりさ。たとえ、ツアー活動が再開されてもね。『Tough Cookie』は、僕にとって芸術面ですごく刺激になっているし、これはパンデミックに限ったことじゃないけど、芸術の無数の可能性を示してくれている。いまの音楽業界が僕らにもたらした損失を考えると悲しくなるけど、いまは未来に目を向けているんだ。それに、まさにこれが未来だと言えるような感触もつかめてきた」。

ウェイナーは、めぐりめぐって新しいコンセプトに辿りついた数多くのアーティストのひとりだ。「音楽業界は、中身のないマーケティングのからくりのようなものとしてライブ配信を見てきました。それに、こうしたイベントのために人々が進んで財布の紐を緩めるという現実を認めるのが怖かったのかもしれません」と動画ストリーミング会社MaestroのCEOを務めるアリ・エヴァンズ氏は本誌に語った。「新型コロナウイルスは、こうした動きを加速させました。現在のプロダクションは、根本的には従来のそれと大きく変わっていません。大金を払うという考え方は、常に存在していましたから。
いまでは、何がなんでも収入源が必要なレコード会社やアーティストが積極的にチャレンジする姿勢を見せています」。

Maestroはホワイトラベル(訳注:ある企業が独自で開発した製品やサービスをほかの会社が自分のブランドとして販売できる権利)企業である。そのため、縁の下の力持ちとしてクライアントに配信プラットフォームを提供し続けてきた。今年の初めの月ごとのイベント実績が50本だったのに対し、いまでは1カ月に200本のイベントを開催している。2015創業の同社の収益は、前年の同時期と比べて倍にアップした。ケイティ・ペリーが最近始めたライブ配信番組『Smile Sunday』や、先日ケイン・ブラウンをフィーチャーしたPandoraの新しいオンラインライブ・シリーズ(無料だが、複数の企業スポンサーを持つ)などを手がけているのも同社だ。そしてMaestroが現時点で手がけたイベントのなかでもっとも話題になっているのが、パートナーシップ契約を結んだカントリーシンガーのティム・マグロウのニューアルバムのリリースを祝して行われる有料オンラインライブHere On Earthだ。マグロウのイベントは、8月21日にオンエアされる。

マグロウの有料オンラインライブのチケット代は、15ドル(約1600円)。エヴァンズ氏は現時点でのチケット販売状況は明かさなかったものの、ライブ配信に参加するのは、アーティストのInstagramアカウントのフォロワーの0.5~2パーセントで、これをもとに計算すると、270万人のフォロワーを持つマグロウのイベントからは、20万~80万ドル(約2100万~8500万円)のセールスが期待できると語った。さらにエヴァンズ氏いはく、ライブ・エンターテイメント業界専門誌Pollstarによると、マグロウが実際の公演ごとに稼ぐ金額は91万6000ドル(約9700万円)だ。

シンガーソングライターのメリッサ・エスリッジもMaestroとのパートナーシップ契約を通じて週に5日ライブ配信を行なっている。
1回ごとのチケット代は10ドル(約1050円)で、月ごとの定期購読料は50ドル(約5200円)だ。現時点で3255枚のチケットが売れたおかげで、3万2000ドル(約340万円)の収入を得たとエスリッジの代理人は語った。月ごとの定期購読者数は1000人近い。これは、年間60万ドル(約6340万円)の収入に匹敵する。

これらはどれも現実とは思えないほど見事な数字だが、この手の成功は彼らが初めてではない。BTSが6月に行った有料オンラインライブBANG BANG CONは、75万人の視聴者を集めた。ファンは、待ちに待ったBTSのライブを観ようと26~35ドル(約2700~3700円)のチケットを購入したのだ。BTSのInstagramフォロワーが2770万人であることを踏まえると、これは全体の3パーセントに近い。グループの所属事務所であるBig Hit Entertainmentと今回のコンサートを手がけたライブストリーミング・ソリューション会社のキスウィー・モバイル(以下、Kiswe)は詳細を明かさなかったものの、ちょっと計算しただけでもこのコンサートのチケットの売り上げが1900万~2600万ドル(約20億~27億円)だったことが推測できる。もちろん、グッズや付属事業を除いてだ。

有料配信ライブ時代の到来 課金型オンラインライブの成功者が語る

ライブ配信中のケイティ・ペリー(Courtesy of Maestro)

Maestroの収益管理部門のトップを務めるジョーダン・ウドゥコ氏——Eスポーツ団体Cloud9の元幹部——は、いたるところからパートナーシップを結ばないかという話がきていると語った。「だれもが我々のポテンシャルに気づきはじめたようです」と同氏は言う。


大成功を収めたBTSのライブを手がけた2013年創業のKisweは、イングランドのプレミアリーグやPGAゴルフツアーといった大規模なライブ・エンターテイメント分野での実績を持つ。BTSのコンサートによってKisweは音楽というまったく新しい分野に足を踏み入れ、同社の幹部たちは、すでに数名のメジャーアーティスト——どれも世界中にファンがいる大物アーティストたち——とのプロジェクトを企画中だと述べた。

だからといって、無料配信がなくなるわけではない。アーティストたちはいまもInstagram LiveやYouTubeで定期的に配信を行なっているし、企業スポンサーのサポートのおかげでファンが無料で楽しめるライブイベントの需要も高い。だが、とりわけほかの収入の道が立たれているいま、ファンがアーティストを直接サポートできるペイ・パー・ビュー方式のライブ配信が魅力的であることは否定できない。

Maestroは、ファンがオンラインイベントのために払おうとする金額に上限はないと考えている。価格がどうであれ、貴重さやプレミアムなVIP体験といった要素によって高い需要を維持できると言うのだ。Kisweの最高経営責任者のマイク・シャーベル氏は、配信サービスにとってVIP体験のポテンシャルは高いとうなずく一方、チケット制の有料配信の成功の鍵は、質の高いコンテンツを十分維持できる程度の視聴者数を集めるための手頃な価格設定にあると述べた。

「無料にすると誰もが損をしますが、価格を上げすぎても同じです。価格には、順応性というものがあるのです」とシャーベル氏は言う。「こうしたイベントを実施する際、携わっているバリューチェーン関係者全員から次から次へと声をかけてもらえるのは、大金が稼げるからです。そしてこれは、音楽業界が大きな利益を手に入れるチャンスなのです」。


KisweやMaestroといった会社が新型コロナ以前から存在していたのに対し、NoonChorusのように新型コロナによって生まれた配信プラットフォームもある。ツアー中止によって代わりの収入源が必要になった数多くのミュージシャンのニーズに注目したNoonChorusは、チケットおよびグッズの総利益の100パーセントがミュージシャンに入るプラットフォームを構築した。NoonChorusには、チケット代に上乗せされた手数料が入る仕組みだ。4月の創業以来手がけてきた46本のイベントを通じ、NoonChorusは3万枚以上のチケットを販売し、その売り上げは約50万ドル(約5300万円)に達した。Maestro同様、NoonChorusは、たいていの場合はInstagramをはじめとするSNSメディアのアーティストのフォロワーの約2パーセントが有料配信のチケットを購入すると考えている。

【関連記事】音楽業界の救世主となるか? コロナによって勢いを増すライブ配信事業

NoonChorusのトップを務めるアンドリュー・ジェンセン氏はこれを「ボリューム・ビジネス」と呼び、プラットフォームを利用するアーティストが多ければ多いほど良いと語る。同社は、共同プロモーターとして200の加盟社を抱えている。そのなかには、コンサート会場やイベントプロモーターをはじめ、インフルエンサーやジャック・ホワイト主宰のThird Man Recordsのようなインディーズ・レーベルも含まれる。Third Man Recordは、NoonChorusでケイティ・クラッチフィールドのプロジェクトWaxahatcheeのためのイベントを開催した。

NoonChorusがあらゆる規模のアーティストとパートナーシップ契約を結ぼうとする一方、同社はWaxahatchee、エンジェル・オルセン、ヨ・ラ・テンゴ、ガイデッド・バイ・ヴォイシズといったアーティストとのパートナーシップを通じてニッチなインディーズ市場の開拓にも積極的だ。WaxahatcheeはNoonChorusで5回ライブを開催した(チケット代は15ドル)。Waxahatcheeの代理人は、ライブの売り上げの詳細は明かさなかったものの、ライブ配信は予想以上のもので、中止にならなければ行う予定だったツアーが見込んでいたセールスを上回ったと述べた。


「マネージャーの多くは、有料モデルに移行するのが少し怖かったんだと思います。なぜなら、私たちはいままでずっとこうしたコンテンツを無料で発信してきたからです」とジェンセン氏は語る。「でも、Waxahatcheeのライブによってそうではないことが明らかになりました。いまのファンは、こうしたコンテンツを観るため、アーティストを支援するために積極的にお金を出します。パンデミック中Waxahatcheeは無料でライブ配信を行なっていましたので、こうしたファンの想いはよく伝わってきました。現在のクオリティを考慮すると、得られる金額はそこまで大きくありません。でも、まさに2つの世界の本当にクールな部分をいいとこ取りしているような状況です。ハイレベルな配信が楽しめる一方、パンデミック初期に見られた配信のような親密感が享受できるのですから」。


ライブ配信は、ライブ音楽に取って代るのだろうか? ほとんどのストリーミング会社の幹部はこの質問をはねのけ、両者を同等とみなすのは間違っていると本誌に語った。ライブ配信はあくまでコンサートを補足するもの、あるいはまったく別の体験を生み出すものなのだ。

「コーチェラの魅力に取って代るものなんて存在しないと思います——今後もコーチェラの代わりなんて出てこないでしょう。でも、デジタルの面白いところは、『オーディエンスとコミュニケーションを取るためのいままでとは違う新しい手段があるよ!』と誰もが口を揃えて言っていることです」とシャーベル氏は述べた。「現在の私たちが思うようなライブを誰もがただオンラインにアップすれば、やがては失敗します。この勢いの原動力は、デジタルに特化したライブをつくろうとしている人々から来ているのです」。

ウェイナーは、自身のライブ配信番組をコンサートではなくバラエティ番組になぞらえる。結果的にこれは、ほかのライブ配信との差別化において極めて重要な要素となった。「これは、まさに舞台芸術なんだ。教会での礼拝、ストリップクラブ、パンクロッククラブ、ソウルミュージックのバラエティ番組だ」とウェイナーは語る。熱狂的なファンのなかには、ライブ配信を楽しむ自身の動画や写真をウェイナーに送るものまでいる。「僕らは一緒に泣き、声を出して笑う。でも大切なのは、これがオープンな語らいの場だってこと。僕は、ファンのみんなに踊ったり、体を動かしたり、バンドの一員のような気分になってほしいんだ。僕はいつも誰かの髪をクシャクシャにしたり、ハグしたり、客席にダイブしたりするのに慣れているけれど、ここには別の何かがある。魂で触れ合えるんだ。すべては一瞬限りのライブ・エンターテイメント。まさに予測不能だ」。

トラヴィス・スコット、ジョン・レジェンド、ザ・ウィークエンドといったメジャーアーティストは差別化を図ってAR(拡張現実)を使ったコンサートに打って出たし、Verzuzのラップバトルもこうしたユニークなコンセプトにもとづいている。それと同時に、ほかのアーティストも目立つために有料ライブ配信会社を積極的に探している。NoonChorusやMaestroは、取引のほとんどはエージェントではなく、アーティストのマネージャー直々によるものだと語る。エージェントがアーティストのコンサートのブッキングを担当する従来のシステムとは対照的だ。

Maestroのウドゥコ氏は、このプロセスからシャットアウトされたことにエージェントが口を揃えて「懸念を示している」と指摘する。「いまは、戦争のような状態なんです。レコード会社は自分たちに何ができるかを必死に模索していますし、プロモーターは新しい道を切り開こうとしています。そんな状況で、ただ誰かのライブ配信をブッキングしただけで手数料がもらえると思いますか?」もちろん、エージェント側も積極的に関わろうとしている。イベントに付加価値を与える方法を求めてエージェントのほうからMaestroにコンタクトを取ってきたこともあるとウドゥコ氏は言い添えた。

ジェンセン氏も同じように考えている。彼は、これから数カ月にわたってこのシステムが成長するにつれて、より複雑になると語った。「私たちが一緒に仕事をするエージェントやマネージャーは、自分たちのアーティストの利益を最優先に考えています。それにしても、妙な時代になりました」とジェンセン氏は続ける。「いまは、自分はどこにフィットするのかを各自が必死になって模索している状態ですし、これは時間の経過とともにますます明確になっていくでしょう。誰もが少しずつ違うリアクションをしているので、ロードマップやテンプレートがあるとは言い難い状況です」。

ジェンセン氏と米タレント・エージェンシーのWilliam Morris Endeavor Entertainmentのエージェントで、同社のライブ配信事業を任されているマリッサ・スミス氏は、新たなチケット制有料配信エコシステムを開拓時代のアメリカ西部になぞって「ワイルド・ウエスト」と呼んでいる。

「当初は、人々にこのアイデアを理解してもらうのは困難でしたが、先の見えない状況が続くなか、私たちのクライアントが以前よりも興味を持ってくれることに気づきました」とスミス氏は語った。「パンデミック中も私たちは50を超えるライブ配信プラットフォーム会社やIT会社と話をし、チケット販売、チップの問題、寄付ボタン、位置情報を使ったサービス、ミート&グリートといったさまざまな可能性について議論しました。我が社のデジタル部門と音楽部門のコラボレーションを考慮すると、このスペースを無視するのはクライアントにとって重大な害を与えることになります」。

【関連記事】大手レコード会社の重役たちが明かす、Withコロナ時代のマーケティング戦略

米大手エージェンシーのICM Partners——ザ・ブラック・キーズやミーゴスといったアーティストを担当——もライブ配信の強化体制を維持し、アーティストとブランドのパートナーシップ契約を円滑化し、チケット制有料配信により本格的に乗り出している。同社でエージェントを務めるミッチ・ブラックマン氏(カマシ・ワシントンやブラックベアーなどのアーティストを担当)は、こうしたイベントに特化した社内タスクフォースが発足したと語った。

ブラックマン氏は、チケット制有料配信がアーティストのおもな収入源となり、エージェンシーの収入の新たな柱となる一方、こうした配信はライブやコンサートの穴をふさぐ「バンドエイド」的なものにすぎないと語る。そんなブラックマン氏でさえ、コロナ収束後もライブ配信は生き残るだろうと考える。

ライブ・エンターテイメントの復活によってライブ配信とコンテンツがかぶってしまうことに対し、ブラックマン氏は懸念を抱いていない。「これはただのライブではありません。まったくの別物です」と彼は言う。「まったく別のフィールド——音楽業界における新たなフィールドとなるでしょう」。
編集部おすすめ