この数年、私はSpotifyの収支決算に感心を寄せ、感嘆し、驚かされてきた――だが、これほど当惑したことはいまだかつてなかった。
7月29日(水)、Spotifyは株主に向けて四半期定例決算公告を発表し、第2期の全世界の購読者数が800万人増えて1億3800万人に達したことを明らかにした。決算公告には驚愕の統計データが示されていた。「弊社の上位階層に属する――全ストリームの上位10%を占める――アーティストの数は急増し、前年の3万人から43%アップして、今や4万3000人を超えた」
数時間後、同じ報告書がSpotifyの投資家専用サイトに掲載された。ただし、微妙に変更が加えられていた。「弊社の上位階層に属する――全ストリームの上位90%を占める――アーティストの数は急増し、前年の3万人から43%アップして、今や4万3000人を超えた」
Spotifyに問い合わせたところ、2つ目のバージョン(10%ではなく90%のほう)が正しいことが確認された。すなわち、今やSpotifyの全ストリームの90%が4万3000人のアーティストでシェアされているということだ。
●これまでも「撤回」を繰り返してきたSpotify
企業のミスに難癖をつけるのは決して有益な時間の使い方とは言えないが、今回の場合は重要だ。複数のグローバルメディア媒体が10%という誤った数字を報じているからでもあるが、正しい数字(90%)がSpotifyの壮大なミッションステートメントの核になっているからでもある――2018年、CEOのダニエル・エク氏が投資家の前で発表して以来、同社は毎年決算報告の中でこのミッション・ステートメントを発表し続けている。「100万人のクリエイティブなアーティストに自らの作品で生活できるチャンスを与えることで、人類の創造性の可能性を解き放つ」という理念だ。
さて、実際に計算してみよう。
大多数のアーティストが「月額●●●●円」?
私が入手できた最新のSpotifyアーティストの公式人数は、2018年3月時点のもので、同社のニューヨーク株式市場の上場前に将来の投資家に向けて送った目論見書に記載されている。目論見書によると、「Spotifyは300万人以上のクリエイターやアーティストが既存のファンとつながり、新たなファンを獲得できる大舞台を提供します」
1日にSpotifyにアップロードされる楽曲が約4万曲であること、また最新の発表によればライバル会社のSoundCloudは2500万人のアーティストやクリエイターの楽曲をホストしていることを考えると、300万という数字はSpotifyが発表して以来、大きく膨れ上がっているものと予測できる。
Spotifyは案分計算でロイヤリティを支払っている。つまり、各会計期末にロイヤリティの総額を事実上1か所に集め、全ストリームにおける割合に応じてアーティストに分配される。ひとつの集団がストリームの90%を占めているとすれば、その集団にはロイヤリティ総額の90%が分配される。
Spotifyは大手レコード会社に、所属アーティストがストリーミングで得た純収入の52%を支払っている。この数字は2017年に当事者間で合意され、以来変更されていないはずだ。大手レコード会社がマーケットで大きな影響力をふるっていることからも、52%という水準を超える率でロイヤリティを得ているレーベルおよび/またはディストリビューターは皆無といって間違いないだろう(さらにSpotifyの収益の10~15%が、音楽出版社および作曲家に支払われる。これについては後述する)。
Spotifyの第2期決算によると、6月末までの3か月間で同社は18億9000万ユーロ(20億5000万ドル)の収入をあげた。したがってざっくり見積もれば、そのうちの52%にあたる10億7000万ドルが楽曲使用料としてレーベルやディストリビューターに支払われ、そこから各アーティストに取り分が配分される。
さて、4万3000人のアーティストがロイヤリティの90%を得ているとすれば、彼らは10億7000万ドルのうち9億6300万ドルを手にしていることになる。単純計算すれば、アーティスト1人あたり毎期平均2万2395ドルだ。
年に9万ドル前後の収入が得られるなら、Spotifyの「上位階層」に属するアーティストは「自らの作品で生活できるチャンス」を与えられている、といっていいだろう。ただし当然だが、この数字には裏がある。4万3000人のアーティストがいると言っても、実際には9億6300万ドルの大部分は世界的スーパースターが独占しているだろうからだ(個々のアーティストと結んだ契約により、レーベルやディストリビューターの取り分が大きいことは言うまでもない――中には相当額を持っていかれるケースもある)。
Spotifyで過去10年間に最も再生されたアーティスト、ドレイクの新曲「Laugh Now Cry Later」
次に、Spotifyの比較的貧しい部類に属する数百万人を見てみよう――4万3000人の「上位」グループには属さない、いうなれば「下位グループ」だ。
繰り返しになるが、Spotifyは2018年に300万人以上のクリエイターを抱えていた。おそらく今はこれよりも相当増えているだろう。だが控えめに300万人と見積もったとしても、世界のアーティストの98.6%――すなわち295万7000人――が現在Spotifyの「上位グループ」には属していない計算になる。
これらのアーティストは、ダニエル・エク氏のプラットフォームからいくら収入を得ているのか? 彼らは楽曲使用料としてSpotifyから10%(上位組の取り分90%を差し引いた分)を得ている。先ほどの概算によれば、第2期のロイヤリティの10%は1億700万ドルに相当する。これを296万人のアーティストに分配すれば、非上位組は今期1人あたり平均36ドル強しか稼げなかったことになる。
すなわち、毎月12ドル(約1280円)。
音楽出版の収入はもう少し複雑だ。
すなわち、月額たったの15ドル強(約1600円)。
Spotifyのミッション達成は75年後?
「100万人のクリエイティブなアーティストに、自らの作品で生活できるチャンス」を与える、というSpotifyの目標のもうひとつの落とし穴は、同社の「上位グループ」アーティストの人数の成長スピードに関係がある。Spotifyのクリエイターが「自らの作品で生活できる」ようになるには、同プラットフォームのストリームの90%を占める「上位グループ」入りを果たさねばならない。とすると、Spotifyのミッションステートメント――ダニエル・エク氏肝入りの、先を見据えた民主的な野望――はこの先75年は達成できそうにない。
かたやSpotifyは、伝統的な音楽業界の金権支配を打破するという目標に関しては大いに自慢していい。Spotifyの4万3000人強の上位組は、この3年で倍増。2015年と比べると3倍近く増えた。その結果、スーパースターは今後もストリーミングを独占し、新進気鋭の「中堅クラス」のアーティストが少々おこぼれをもらうことになるだろう(テイラー・スウィフトが最新作『フォークロア』で数々の記録を更新したことが、より一層強調される)。
しかしながら、4万3000という数字は100万にははるかに及ばない。
先週、音楽情報サイトMusic Allyとのインタビューでダニエル・エク氏は、Spotifyから受け取るロイヤリティが少ないと公然と非難するアーティストが後を絶たないことに失望を示した。「なんとも興味深いことですが、全体の(収入の)パイは増えている一方、パイを分け合う人の数もますます増えているため、非常に限られた人数のアーティストに集中する傾向がみられるのです」 取り分に不満を募らせるアーティストについて、エク氏はこう述べた。さらに、Spotify内では「これまで『ストリーミングの収入に満足している』というアーティストには1人もお目にかかったことがない」とも付け加えつつ、「データがはっきり示しているように」、実際のところストリーミングで生計を立てられるアーティスト層は増加している、とエク氏は反論した。
確かにそれは正しい。定期的にSpotifyからまとまった収入を得ている4万3000人の上位組の大部分は、おそらく(内心では)彼の肩を持つだろう。だがエク氏も、それをはるかに上回るアーティスト――文字通り数百万人――がストリーミングのロイヤリティで生計を立てるのに苦労しているという事実を知らないはずはない。Spotifyが投資家に宛てた統計データから、簡単に引き出せる結論なのだから。
※筆者のティム・インガム氏はMusic Business Worldwide誌の創業者兼出版者。2015年以来、世界の音楽業界に最新情報や分析データ、雇用情報を提供している。ローリングストーン誌に毎週コラムを連載中。
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