昨年全米で注目された裁判の一つが、自己啓発団体を隠れ蓑に性行為を強要していた「ネクセウム」の指導者、キース・ラニエール被告の裁判だった。

うだるような暑さが続く2019年6月末、ブルックリン中心地の法廷では自己啓発団体「ネクセウム」の指導者キース・ラニエール被告が、フクロウのような顔をプラチナブロンドの髪からのぞかせ、エメラルドグリーンのクルーネックシャツを着た図体のでかい予備校生のような風貌で座っていた。
検事が彼の起訴内容と余罪をつらつら読み上げる。読み上げるごとに罪状はますますおぞましく、卑猥さを増していく。

ラニエール被告は、元ワーナーブラザーズのスター俳優やドラマ『ダイナスティ』の主演女優の娘など、聡明で野心的な女性たちに無理やり陰部の写真を送らせ、「ご主人様、お願いします、大変な栄誉です」というセリフを言わせながら自分のイニシャルの焼き印を入れるよう強要していたという疑いがもたれている。被告はボンテージSMやレズビアン行為、レズビアンのボンテージSMに執着していたらしい。また売春罪や恐喝罪をはじめとする容疑で逮捕・起訴される直前には熱心な女性メンバー数人をメキシコに呼びよせて、集団で性行為をさせていたそうだ。

こうした理由から、マスコミはラニエール被告をセックスカルトのリーダーと呼び、彼が興した自己啓発団体をセックスカルト集団と表した。『ヤング・スーパーマン』に出演していたアリソン・マックや、シーグラム社の後継者クレア・ブロンフマン、『バトルスター・ギャラクティカ』の女優ニッキー・クラインなど、集団に関与していた著名人らにも注目が集まった。

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だが、ジハニ・ヌージャイム氏とカリーム・アメール氏が共同監督を務めたHBOの新シリーズ『The Vow(原題)』の方向性はそうではない。集団を真正面から、共感のまなざしで掘り下げた『The Vow』は、忌まわしさや卑猥さでひとくくりにされまいと必死に抵抗している。それが時に裏目に出ていることもあるが(ヴァラエティ誌は、延々と流れる自己啓発セミナーや講義を「退屈としか言いようがない」と評した)、製作陣は「セックスカルト集団」というタブロイド的なとらえ方をあえて避けている。

セックスなんてない、あるのは理想主義

「最近メンバーの1人から、すごく面白いコメントをいただきました。『私は20年間集団にいました。
セックスなんて出てきませんでしたよ?』と」とヌージャイム監督は言う。

こうした発言に反論する上で、ヌージャイム監督にまったく偏見がないわけではない。彼女自身もネクセウムと個人的つながりがある。2008年、リチャード・ブランソン氏が所有するネッカー島で会議に出席した際、シーグラム社のもう一人の後継者で、ネクセウム最高幹部の1人だったサラ・ブロンフマンと出会った(妹のクレアは最近ネクセウム事件に関連して、金銭目的での不法移民の隠蔽・隠匿共謀で有罪を認めた)。その2年後には、ネクセウムが力を入れていた16日間の強化講座「上級サクセスプログラム(ESP)」を受講した。「講義内容や、そこで出会った一部の人々にとても感銘を受けました。彼らはみな、自分たちの生活を変えられる、倫理的使命で世界を変えられるという共通した信念を持っていたからです」と、ヌージャイム監督は言う。「こうした理想主義を誰もが抱いていた。それが新鮮でした」

『The Vow』は(少なくとも、これまでメディアに公開された第7話までは)2人のメンバーの脱会を中心に描かれる。長年にわたる信奉者で映画監督のマーク・ヴィンセント氏と、バンクーバー支部の支部長だったサラ・エドモンソン氏だ。2人は2017年、ニューヨーク・タイムズ紙にネクセウム内の秘密組織DOSについて暴露した。「主人」と「奴隷」から構成されるこの組織は、女性メンバーに食事制限を強制し、彼女たちの体に焼き印を入れていた。


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婚姻関係にあるヌージャイム監督とアメール監督は、夫婦ともどもヴィンセント氏やほかのメンバーと親しくしていたが、2017年、ホームパーティに何人かのメンバーを呼んだ際にヴィンセント氏が現れず、驚いた。のちに本人から聞いた話では、彼のビジネスパートナーであるサラ・エドモンソン氏から、彼女も加わっていた女性だけの組織DOSのことを聞かされて、脱退したという。焼き印を入れられた話や、ラニエール被告が組織を仕切っているという話を聞いて恐ろしくなったのだ、と。「彼は私に、信仰の危機を抱いている、と口にするようになりました」とヌージャイム監督は言う。

「ESP講座」という名の洗脳の手口

番組のそもそものきっかけは、DOSに入会していたスター俳優キャサリン・オクセンバーグに注目したことから始まった。「最初は、集団の動きを記録しておくつもりでした。クレア(・ブロンフマン)がきっと訴えてくるだろうとわかっていたので、すべて映像に残しておきたかったんです。自衛手段でした」とエドモンソン氏。「それから徐々に『あら、これはおかしいわ、記録しておかなくちゃ』という風に変わっていったんです」。番組ではネクセウムの元メンバーが、実情を明るみにするべきか苦悩した挙句、2017年ニューヨーク・タイムズ紙に名乗り出て、連邦政府の介入を求めることを決意するまでが描かれている。

2019年、ラニエール被告と複数のネクセウム幹部はメキシコで逮捕された。だが、これまでHBOからメディアに公開された回にはその部分は触れられていない。
その代わり1990年代初期、ラニエール被告が多角的マーケティング会社Consumers Bylineを運営して権力の味を覚えた時から、2017年にヴィンセント氏とエドモンソン氏がネクセウムでの自分たちの役回りを悟るまでを駆け足で追いかけている。こうした手法は、ラニエール被告の罠にかかった人々の身に起きた卑猥な出来事をつぶさに描写するのではなく、そもそもなぜ入会したのか、批判や早計な結論を交えずに描くことを最優先とした『The Vow』には効果的だった。「ネクセウムに入会した人全員に共通していえるのは、みな自分たちの生活を根本から変えられるはずだ、という大きな夢を抱いていたことです」とアメール監督は説明する。「それも素晴らしい夢を。夢を抱くことを批判すれば、彼らではなく私たちに非があるのではないでしょうか」

最初の数回では、これほど大勢の人々がラニエール被告の教えに惹かれた理由が入念に――ときに不快さを伴いながら――明らかにされていく。ESP講座の文言は、難解ではあるものの、科学的専門用語がちりばめられ、表向きは怪しげなニューエイジ思想よりもずっとまともに聞こえる。講座の有効性を熱っぽく語るネクセウムメンバーの映像も紹介されている。メンバーの1人マーク・エリオット氏は、ラニエール被告と共同創始者のナンシー・ザルツマンのおかげでトゥレット症候群が治った、と語る。番組では、メンバーがラニエール被告の思想の過激な一面を受け入れやすくするための素地づくりの過程も追っている。その一例が女性メンバーからなるグループJNESSや、男性メンバーからなるグループSociety of Protectorsだ。後者はラニエール被告の女性蔑視的な思想をメンバーに刷り込んでいた。

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ネクセウムがメンバーに約束したものは、コミュニティと帰属意識

闇のベールに包まれ、ボンテージSMに影響を受けた教義や焼き印の儀式が行われていたDOSですら、当初ネクセウムメンバーたちの目には比較的無害なものと映った。
権力のある女性たちが自らの影響力を発揮するネットワークだ、という謳い文句は、トランプ氏が当選した大統領選挙の余波もあり、エドモンソン氏を魅了した。「世界にはとても恐ろしいこと、権力の転換が起きていると感じていたんです」と彼女は説明する。DOSは「善を伝える手段であり、皮肉にも世界の権力乱用に立ち向かう最善の方法だと言われていました。まさか組織そのものが権力乱用の巣窟だとは思いもしませんでした」

ネクセウムがメンバーに約束したもの、かつ今の世の中に枯渇しているものは、コミュニティと帰属意識だった。同組織は正式に解体しているものの、現在も活動が行われているらしい。アルバニー・タイムズユニオン紙の報道によれば、ラニエール被告の熱心な信奉者が分離組織「We Are As You」を結成し、被告が収監されている刑務所の外で踊っているという。「彼らはキースが聡明で、世間から誤解を受けているがゆえに、富と権力を持つ人々が世界で最も高貴な尊敬すべき人物に不利な証拠を仕組んだ、と考えているのです」とエドモンソン氏。「そういう思考回路はよくわかります。私自身もかつてそうでしたから」

『The Vow』はさらに、こうした権力とコミュニティの約束がいかに魅力的であるか、またラニエール被告の罠から解放された人々がどれほど骨を折って払拭しようとしているかを描いている。「私たちはみな、自分が高い知能を持つ人間だと考えています。『何をするべきか、自分が何者か、誰も指図することはできない。私は自分の行動をすべてコントロールしている。
私のボスは自分自身だ』というように」とアメール監督は言う。「私たちは折に触れて、COVIDのこの時代はとくに、自分たちがいかに脆弱で、思っているよりもずっと弱いということを思い知らされます。答えの数よりも、問いの数のほうが多い状態なんです」

なかでもとくに胸をつまされるのが、ラニエール被告の元恋人の1人でネクセウムの幹部だったバーバラ・ボーシェイ氏とのインタビューだ。ボーシェイ氏は2009年に脱退して以来、10年以上も集団から民事訴訟や刑事訴訟の容赦ない攻撃を受け、本人いわく財産をすべて巻き上げられたという。ラニエール被告の公判中ボーシェイ氏は、ネクセウム報道の大半はプログラムのポジティブな面を無視している、と折に触れて主張した。だからこそ何千もの人々があれほど長く組織にとどまり、バレーボールに興じるプログレロック好きの自称「先駆者」の臆病者に忠誠を誓ったのだ、と。

彼女は『The Vow』でも同じ発言を繰り返し、自分の人生を狂わせたと言って憚らない人物を懐かしく思い出しながらこう語った。「彼は偉大な人物になることもできたでしょう」。ピアノを演奏するラニエール被告の映像を前に、彼女は涙をこらえながらこう言った。「たくさんの可能性に溢れていました。彼は善いこともしたんですよ。私も含め、数千人を救ったのです」

なんとも居心地の悪い瞬間だ。
ネクセウムやラニエール被告だけでなく、善と悪全般に関する我々の既成概念が否定されたのだから。番組のこの時点で、ラニエール被告がボーシェイ氏の人生に混乱をもたらし、自らのエゴのために取り巻き連中を傷つけたことはすでに明らかになっている。それでもボーシェイ氏は、彼を否定することをかたくなに拒んでいる。少なくとも、グループが掲げる使命の一部、つまり簡単には善行ができない世の中に、善をもたらした点では、彼は評価されてしかるべきだと感じている。冷笑的な人々はこれを拒絶と呼び、楽観的な人々は希望と呼ぶだろう。『The Vow』は、本質的には希望に満ちたプロジェクトなのだ。

from Rolling Stone US
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