「これは単なるライブアルバムではない。過去の楽曲で構成された内容だが、新たな解釈で表現された代表曲の数々は新鮮に響くものばかり。まさしく『ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト』(2016年)に続く4年ぶりの”ニューアルバム”だ……」
これが8月28日にリリースされるメタリカの最新ライブアルバム『S&M2』を初めて聴いたときの感想だった。それくらい、本作には「いつものメタリカ」と「自分の知らないメタリカ」がバランスよく混在している。いや、「いつものメタリカ」と書くと語弊があるかもしれない。正直なところ、過去の諸作品や『ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト』のように攻撃性やヘヴィさが突出した内容ではなく、むしろ(ある意味ではもっともこのバンドらしくないワードのひとつ)”成熟”を強く感じさせる作品とも言えるのだから。しかし、ヘヴィメタルの枠を飛び越え、90年代以降のロックシーンにおける教科書的存在となったメガヒットアルバム『メタリカ』(1991年:通称『ブラック・アルバム』)を経て、リリース当時は問題作扱いされた『ロード』(1996年)や『リロード』(1997年)以降にバンドが繰り返してきた実験……その無数もの”点”がすべてつながり、ひとつの”線”になった。その”線”を最良の形で我々に届けてくれたのがこの『S&M2』なのだと、筆者は断言したい。
改めて本作の成り立ちについて説明しておこう。メタリカは2019年9月6日、8日にサンフランシスコ交響楽団と、2時間半を超える共演ライブを実施。同年10月9日には日本を含む3000以上もの世界各国の映画館で同日上映されたので、すでにその模様を目撃しているロックファンも少なくないだろう。この貴重なライブの様子が、開催から約1年を経てライブアルバムおよびDVD&Blu-rayとして正式リリースされるのだ。
アルバムタイトルに『S&M2』とあるように、メタリカがオーケストラと共演するのはこれが初めてではない。事の発端は映画音楽などを多数手がける鬼才、マイケル・ケイメンがアルバム『メタリカ』で「Nothing Eles Matters」のストリングス・アレンジを担当、その延長でマイケルがバンド側に企画を持ちかけ、マイケルがコンダクターとして参加したサンフランシスコ交響楽団との共演ライブが1999年4月21日、22日に実現したことに始まる。この模様は同年11月にライブアルバムおよび映像作品『S&M~シンフォニー&メタリカ』としてリリースされ、アルバムは現在までにアメリカで600万枚超の売り上げを誇る大ヒット作となった。
「ハードロック/ヘヴィメタルとオーケストラの共演」は、すでに50年前から存在する表現のひとつ。古くはディープ・パープル『ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ』(1969年)が起源と言われており、そこから半世紀経った現在ではブリング・ミー・ザ・ホライズンやエヴァネッセンス、アルター・ブリッジといったモダンなサウンドを信条とするバンドから、ナイトウィッシュのようなシンフォニックメタル、セプティックフレッシュなどのデスメタルまで、多岐にわたるサブジャンルへと拡散しており、オーケストラの導入方法やバンドサウンドとのバランス含め、そのさじ加減はさまざまなものがある。
そんななかでメタリカが『S&M~シンフォニー&メタリカ』で実践したのは、ヘヴィメタルのフォーマットにオーケストラを活かすこと。彼らは既存の楽曲/アレンジにオーケストラサウンドを乗せることで、楽曲の持つ壮大さやドラマチックさを増幅させることに成功した。その一方で、『ロード』『リロード』の延長線上にある新曲「No Leaf Clover」「-Human」も用意しており、この企画が単なる息抜きではなかったことも伺える。
メタリカとオーケストラ、今だから成し遂げられた「真のコラボ」
あれから20年後の2019年、バンドは『S&M~シンフォニー&メタリカ』開催20周年を記念した、新たなオーケストラ共演ライブを企画。20年という空白を経て迎えたこのライブ(および作品)には、前回と大きく異なる点がいくつかある。まず、マイケル・ケイメンが2003年に亡くなったことで、今回の『S&M2』ではエドウィン・アウトウォーターとマイケル・ティルソン・トーマスというクラシック畑の人間が指揮者を務めている。メタリカ側もベーシストがジェイソン・ニューステッドからロバート・トゥルヒーヨへと交代。
そういった事実に改めて時の流れを感じるものの、それ以上に筆者がこのライブ作品を観て聴いて驚かされたのは、この『S&M2』が前作『S&M~シンフォニー&メタリカ』とアプローチが異なるという点。今作からはバンドがオーケストラ側に歩み寄り、一緒にひとつの作品を作り上げようとする強い意志が感じられるのだ。それはコンダクターがロック畑にも精通するマイケル・ケイメンから、クラシック畑の重鎮へと変わったことも大きいだろう。勝手知ったる人間との仕事ではなく完全にフィールドの異なる人間とのモノづくりだからこそ、メタリカ側が彼らを理解しようと相手のフィールドに足を踏み入れる。きっとこれは、まだ若かった20年前のメタリカにはできなかったことかもしれない。

Photo by Brett Murray
だから、2部構成で進行するライブの後半(第2部)ではオーケストラの演奏にメタリカが加わる「The Iron Foundry, Opus 19」や、ジェイムズ・ヘットフィールド(Vo, Gt)がギターを置いてオーケストラを背に歌う「The Unforgiven III」、ラーズ・ウルリッヒ(Dr)がコントラバス奏者とバトルを繰り広げる「(Anesthesia) - Pulling Teeth」と、前回にはなかった試みも登場する。さらには、オーケストラのみで演奏される「Scythian Suite, Opus 20 II: The Enemy God And The Dance Of The Dark Spirits」まで用意されているのだから、これが単なる「メタリカのライブにオーケストラが参加」という代物ではないことがご理解いただけるはずだ。
そういった2組の”一体感”はライブ映像からも伝わってくる。通常のメタリカのライブ同様、円形ステージ上にバンドを囲むような形でオーケストラが配置されているのだが、20年前には難しかったこのような演奏形態もテクノロジーの発達により実現させることができた。オーケストラ側からしたら普段のスタイルとは異なる形でやりにくさもあったかもしれないが、ここに関してはオーケストラがメタリカ側に歩み寄ったと受け取ることもできる。双方が相手のスタイルを理解し、その距離を縮めることで真のコラボレーションが実現したわけだ。
”記録”や”スピンアウト”を超越した『S&M2』の意義
演奏される楽曲には、20年前に披露されたものも少なくない。しかし、アプローチの変化がアレンジにも影響を及ぼし、同じオーケストラアレンジでも前作とは別モノを聴いている錯覚に陥る。例えば「For Whom The Bell Tolls」でのオーケストラの馴染み具合は前回以上だし、20年前にオーケストラとの共演を想定して用意された新曲「No Leaf Clover」も、今回のバージョンのほうが不思議と自然体なのだ。中でも注目すべきは10分にもおよぶ大作「The Outlaw Torn」だろう。20年前の共演では淡々とした原曲にオーケストラを被せただけで、個人的には特に惹かれるものはなかったが、今回のバージョンは「元からオーケストラありきで制作されたのでは?」と思えるほどメリハリの効いた完成度の高さを誇る。ジェイムズの歌もカーク・ハメット(Gt)のギターソロも水を得た魚のように、原曲以上に生き生きとしているのだから興味深い。
モダンなラウドロックへと接近した『セイント・アンガー』からの「All Within My Hands」も新たな形へと生まれ変わっている。メタリカが昨年配信リリースしたアコースティック・ライブアルバム『ヘルピング・ハンズ…ライヴ&アコースティック・アット・ザ・マソニック』(2019年)で披露されたアレンジが元になっているのだが、ストリングスなどが加わることでよりダークさが際立つスローバラードへと進化しているのだ。この曲を『S&M2』からのリードトラックに選んだあたりにも、バンドの今作に対する自信が窺える。「Confusion」や「Moth Into The Flame」「Halo On Fire」といった最新作『ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト』からの楽曲もオーケストラとの親和性は非常に高く、今回のバージョンのほうがオリジナルだと言われて信じる者も少なくないだろう。
そして、ここで改めて特筆しておきたいのが、作品ごとにタッチの異なる『ロード』『リロード』以降の作品/楽曲が、オーケストラとの共演/リアレンジによって一度丸裸になることで、実はすべて地続きなのだという事実に気づかされること。それが最初に述べた「その無数もの”点”がすべてつながり、ひとつの”線”になった。
来年で結成40周年を迎えるというタイミングに、メタリカはバンドとしての成熟ぶりと、まだまだ尽きることない探究心が混在するこの作品を届けてくれた。単なる”記録”や”スピンアウト”と呼ぶには勿体ないほどに意欲的な本作は、だからこそ間違いなく『ハードワイアード...トゥ・セルフディストラクト』に続く4年ぶりの”ニューアルバム”なのだと再び力説して本文を終えたい。

メタリカ&サンフランシスコ交響楽団
『S&M2』
発売中
【2CD+Blu-ray】 UICY-15876 / ¥7,000(税抜)
【2CD】 UICY-15877/8 / ¥3,000(税抜)
【Blu-ray】 UIXY-15038 / ¥4,900(税抜)
CD:日本盤のみSHM-CD仕様 / Blu-ray:日本語字幕付
※輸入盤のみ取扱い形態:Deluxe Box、4LP、DVD、2CD+DVD
試聴・購入:https://met.lnk.to/metallica-sm2