昨夏のフジロック出演を起点にスタートした平沢進+会人(EJIN)による「会然TREK」ツアー。今年の2月に大阪で「02」、3月に東京で「03」を敢行したものの、ファイナル公演となるはずだった4月19日、東京NHKホールでの「04」は折からのコロナ禍によりキャンセルとなり、日を繰り延べた6月7日も同様に中止となったため、6月20日に配信ライヴという形で執り行なわれた。
ここではファイナル公演の様子を中心に、このツアーから浮かび上がった平沢進の表現の枢軸について考察してみたい。

2月の大阪と3月の東京は演奏楽曲が1曲も重複していなかったので驚いたが、この日は大阪公演と同じ「電光浴 - 再起動」で厳かにスタートした。平沢と会人(SSHO、TAZZ)はセグウェイに乗って登場。その姿が近未来的でなんともハマっている。ステージ中央には妖しい電光を放つテスラコイル。パーフェクトな絵面に目を見張った。


続く「世界タービン」でヴォルテージは一気に上昇。おなじみのレーザーハープをダイナミックに操りながら歌う平沢の姿には、神々しささえ漂っている。

この日のセットリストは、フジロックや3月の東京公演で演奏されていたP-Modelの曲はなし。特徴的だったのは「祖父なる風」「狙撃手」「RIDE THE BLUE LIMBO」とアルバム『BLUE LIMBO』(2003年)からの曲が3曲続けて演奏されたことで、その辺りに今回のライブのプロパティがありそうだな、と感じた。

平沢の強烈なカリスマ、終盤にはチェーンソーを振り回す

会人の二人はベース、ギターのみならずパッドやエレクトリック・ヴァイオリン、エレクトリック・チェロなど次々にギアを持ち替え平沢を支えるマルチぶり。セットの中に入って演奏するときはシルエットが幻想的に浮かび上がって、ヴィジュアルアートの役割までも担っていた。


観客がいないからといって平沢の様子にさして変わりがあるはずもなく、限りなく「通常運転」の様相である。時折棒の付いたカメラを掲げて撮影をしている様子(後日配信された360°カメラ映像を手持ちで撮影していた)が見えるが、それ以外はいつものように堂々、かつ粛々と場を取り仕切って行く。モニター越しでも平沢の強烈なカリスマは薄まることなく伝わってくる。

中でも心揺さぶられたのは、後半、「パレード」から「庭師KING」へ連なる完璧なクライマックスと、そこから畳み掛ける様に放たれた「Wi-SiWi」「夢の島思念公園」「救済の技法」の流れ。熱量が落ちないままの迫力の大団円には凄まじいカタルシスがあった。しかしそれ以上に打ちのめされたのは、続く「QUIT」。
ドラマティックなサウンドと対を成すように、歌わず、演奏もせず、ただ静かに佇む平沢の立ち姿には全身の毛穴が開く様な感動を覚えた。剣の達人は刀を抜かないというが、漂わせるやんごとなき気迫が、どんな言葉よりも雄弁にこの曲のメッセージを伝えていたように思う。

●【動画を見る】チェーンソーを振り回す場面も収録、「会然TREK」最終公演のダイジェスト映像

ラストの「現象の花の秘密」では、平沢と会人たちがチェーンソーを振り回し始めたので仰天。朗々と歌いながらステージのテントをズタズタに切り刻んでいったのだが、明るい曲調に全くそぐわない光景が繰り広げられるさまはシュールを超えて空恐ろしさを感じるほど痛快な破壊力があった。以後、この日のライブは「配信ライブ」ではなく「チェーンソーのあれ」として伝説的に語り継がれていくに違いない。

「究極のファンサービス」360°カメラ配信

ファイナル公演から約2カ月後の8月15日には、事前に告知されていた通り、同ライブを360°カメラで撮影した映像が配信されたが、これもまた素晴らしかった。
こちらは視聴者の好きな視点で好きな部分を見ることが出来、マウスのホイールを動かすと「寄り」や「引き」も可能なため会人がギターを弾く手元をクローズアップしたり、ステージの全景を見たりすることも出来る。もちろんステージからの演者目線の風景も見られるので、平沢が普段見ている景色を楽しむことも。

この映像のためには8台の360°カメラほか、レール、クレーン、手持ちなど相当な数の撮影機材を駆使したそうで、曲に合わせて自分の興味の赴くまま、様々な角度からの映像を見てみる。これがなかなか忙しいが、与えられたコンテンツを一方的に享受するだけでなく、主体的に楽しむ自由があるというのは嬉しいものだ。思えば平沢の表現にはいつでも、リスナーやオーディエンスが一歩踏み込んで関わることを良しとするバッファがある。それっていわば究極のファンサービスなんじゃないのか。


そういえば通常配信の時には平沢と会人が客席に座って、自分たちのライブを観ている映像を見ることが出来たのだが、この日はどんなにカメラを動かしても、その姿を見ることは出来なかった。

また、通常配信では広いホールで無観客ということの影響もあったのか、声の響き方がいつもと異なり多少違和感があったが、そこも改善されていた。

四半世紀前から積み上げてきた知見と経験

コロナ禍でエンターテインメントを取り巻く状況は激変したが、平沢進に関しては、従来とさして変わりがないように思える。

例えば8月に行なわれたサカナクションの配信ライブは、「ヘッドホン/イヤホンでの視聴」が推奨されたように、ライブ音源の臨場感を最新技術によって最大限追求することで、オーディエンスに配信ライブのデメリットを極力感じさせないよう配慮していることがわかった。彼らに限らず、この時期に配信ライブを採用したアーティストは皆、ロジカルに「ライブのあるべき姿」を突き詰め、その中で自分の大切にしたい部分、強調したい部分が伝わるよう心を砕き、従来とは異なる手段を試したり、新しい技術を導入したりしていた。

ところが平沢の場合は、1994年から行なっているインタラクティヴ・ライブで「在宅オーディエンス」(※)を取り入れていることからもわかるように、日頃やっていることを状況に応じてアップデートさせたと言う方が正確で、彼の提供するエンターテインメントの形はコロナ前とそれほど変わってはいない。
他のアーティストがコロナによって初めて考えるようになったことを、平沢は四半世紀も前から考え、かつエンターテインメントとして成立するよう知見と経験を積み上げてきたのである。そこには「一日の長」どころではない圧倒的なアドバンテージがある。

※1998年に初導入、以後現在に至るまで続けている。

2013年1月のインタラクティブ・ライブ「ノモノスとイミューム」のダイジェスト映像

それどころか、長らく彼の活動を追って来た人は、平沢の作品に漂うディストピア感が、奇しくも世界の今と奇妙にシンクロしていることに気づいただろう。これまでにも幾度となく予言めいたことを発信していた平沢の言説——それが今、まさに新型コロナにより分断が進んだ現実の世界の姿と重なるのである。そういう意味でもこのライブは、ある意味、平沢の「未来を読む力」に時代が追いついた証左を示した機会とも言える。

また、熱心なファンはライヴ中の平沢の言動に即時反応したい向きが多いので、そもそも配信というスタイルは都合がよい部分もある。その証拠に、360°カメラ配信時のチャットルームはとても賑やかだった。中には海外の視聴者による書き込みもあり、彼らが平沢をどう思っているか、どんな曲に反応しているかなどをリアルタイムで知ることが出来るのは嬉しかった。

また、チャットルームは配信ライブ終了後のアーカイヴ期間も生きていたため、2周目、3周目を観るファンの人々が互いに会話して盛り上がっていたりも。ちなみにそこでは終演後、平沢がステージから客席に降りて、満員の観客(合成された映像)に手を振りながら退場する姿に大いにざわついていた(そんな姿は今まで一度も見せたことがないため)。配信ならではの甘やかなファンタジーに心酔しつつ、それでもなお、再びあの波動を全身で体感できる日のことに思いを馳せた。  

平沢進+会人(EJIN)
会然TREK2K20▼04 GHOST VENUE 曲順
2020年6月20日:NHKホール

01. 電光浴-再起動
02. 世界タービン
03. 祖父なる風
04. RIDE THE BLUE LIMBO
05. 狙撃手
06. Σ星のシダ
07. アディオス
08. CARAVAN
09. デューン
10. Switched-On Lotus
11. 生まれなかった都市
12. パレード
13. 庭師KING
14. Wi-SiWi
15. 夢の島思念公園
16. 救済の技法
17. QUIT
18. 現象の花の秘密