米南部ミシシッピ州を拠点とするインディーズレーベルのFat Possum Recordsのスタッフは、ベテランパンクバンドXの27年ぶりのアルバムの発送作業の真っ只中にいた。
いままで音楽レーベルにとってアナログレコードの配送は、それほど大変な作業ではなかった。通常であれば、郵便局員が数台の2トントラックで乗り付け、何の問題もなくFat Possum Recordsのアナログレコードをすべて納めることができた。それなのに、その日到着したのは4台のトラックではなく、1台のジープだった。同レーベルのマーケティングおよびディストリビューション部門の幹部を務めるパトリック・アディソン氏は、何枚かのアナログレコードを郵便配達員の膝に載せなければいけないほどジープがパンパンになってしまったと言った。「こうなってしまうと、郵便局員にとって危険ですし、アナログレコードにとっても安全かどうか疑問です」とアディソン氏は本誌に語った。
突如として米郵便公社(USPS)を襲った財政難は、パンデミック中にドナルド・トランプ大統領がUSPSへの資金支援を拒否したことの副産物である。民主党の議員の多くは、来たる大統領選で増えると予想される郵便投票を妨害するためにトランプ大統領がこのような行為に及んだと考えている。コロナ時代のニューノーマルに適応しようと事業者が奔走する最中に浮上したUSPSの低迷は、ツアー活動の中止によって収入面での打撃を受けた多くの音楽レーベルとアーティストにさらなるストレスを加える結果となってしまった。
Fat Possum Recordsは、USPSの低迷によって被害を受けた多くの音楽レーベルのひとつだ。米南東部ジョージア州アセンズを拠点とするArrowhawk Recordsのオーナーのアリッサ・デヘイズ氏は、顧客の大半は理解を示してくれているものの、クレームの件数もかなり増えてきたと指摘する。「出荷した商品のなかには、追跡情報が一向に更新されないものもあります」とデヘイズ氏は言う。
USPSの配達がここまで遅れる明確な理由は何だろう? テクノロジーを専門とするメディアサイト・ギズモードでシニアレポーターを務めるデル・キャメロン氏は、ある郵便局員に取材した際に次のような話を聞いた。その郵便局員は、USPSがパンデミックの真っ只中にコスト削減を行い、仕分け機を撤去したと語ったのだ。「配達がますます遅れるようになりました……私が聞いたところによると、遅延した郵便物は意図的にスキャンされていないそうです。そのため、USPS Informed Delivery(USPSの追跡サービス)の利用者には何の情報も与えられず、一向に来ない郵便物の配送通知だけが送られるそうです」と郵便局員は言った。郵便物が何らかの理由で遅れているよりは、郵便処理センターで足止めを食っていると考えるほうが人々は納得してくれる——現場の監督者たちはそのように考えているとキャメロン氏は述べた。
さらにキャメロン氏は、新任のルイス・デジョイ郵政長官が「まずはAmazonの荷物を、その次にプライオリティメール(訳注:優先扱いの郵便サービス)を優先すること。その次にそれ以外を処理せよ」と配達員に指示したというある情報提供者の発言を明かした。その理由は、Amazonが高収入をもたらしてくれる顧客だからだ。報道によれば、USPSはCDやDVDなどの記録媒体を対象としたメディア・メールというサービスも優先的に処理していない。コスト効率の良さが魅力の同サービスは、数多くのインディーズレーベルから重宝されていた。
キャメロン氏の発言に対し本誌はUSPSの代表のコメントを求めたが、回答は得られなかった。その一方、USPSは仕分け機の撤去などを「偽の情報」と主張する内容の文章を公式ブログに投稿した。その投稿には、「資源とボリュームのバランスは取れています」と書かれていた。「稼働可能時間に対する仕分け機とフラットマシンの実際の稼働率はわずか3分の1ほどで、仕分け機が32パーセント、フラットマシンが38パーセントです。郵便物のボリュームが急増しても、対応する余地は十分あります……(デジョイ郵政長官は)こうした機材の査定や撤去を自ら提案してはいないものの、選挙期間中は仕分け機の撤去を中止するよう指示しました」。本誌の取材に応じたUSPSユーザーの音楽レーベルがオンタイムの配達に問題を抱えるのに対し、UPSやFedexといった民間の物流会社の利用者からはこうした声はあがっていない。
「メディア・メールはとても重要です」とデヘイズ氏は言う。「フィジカルなグッズから得られる収益には限界があります。私の知る限り、裕福になるためにインディーズレーベルを立ち上げた人はいません。でも会社という規模にまで成長した以上、従業員の給料やオフィスの賃料などは払い続けたいのです」。
その上Arrowhawk Recordsは、配送中の破損という予期せぬコストの負担まで強いられることになった。同レーベルは先日、もっと大きくて緩衝材の豊富な梱包を提供してくれるよりハイグレードな輸送業者に切り替えたものの、Arrowhawk Recordsの7年の歴史においてここまで多くの破損が生じた夏は経験したことがないと語った。
デジョイ郵政長官は、先日の声明で「中間サービスの低下は、起きてはならないものである」と認めた。さらにUSPSは「根本的な原因を特定・是正し、全力で問題解決に取り組む」と主張している。「パンデミック、自然災害、予期せぬ事態などによるプレッシャーといったサービスのパフォーマンスに関連するいくつもの要因はあるが、USPSのパフォーマンス全体は改善され、やがては当初のパフォーマンスレベルを上回るものと確信している」とデジョイ郵政長官は述べた。「これは、全組織に対するコミットメントである」。
残念ながら、デジョイ郵政長官の声明はこれ以上具体的なことは何ひとつ教えてくれない。USPSが不安定な財政状況を認める一方——ブログに投稿された前述の文章は、2020年の損失が110億ドル(約1兆1700億円)だったことに触れた——、USPSは「改善に向けた取り組みは、選挙後に開始する」とも述べている。
とはいっても、大統領選が行われる11月はまだ2カ月先だ。すでに半年にわたる戦いをくぐり抜けてきた音楽レーベルにとっては、長い時間である。
Carpark Recordsは、米国内の郵便物においても問題を抱えている。「オンラインでUSPSに翌日の集荷を依頼します」とハイマン氏は言う。「たいていは来てくれるのですが、ときどき来ない場合もあります。そんなときは再度依頼しなければいけません。でも、わかっています。彼らだって忙しいんですよね」。
そこにUSPSの低迷が重なる。
デヘイズ氏は、この困難な時期に郵便受けに届くアナログレコードについて次のように言う。「鎮静薬のような存在です。つらい一週間を過ごしたあとはとくにそうです……郵便配達員がアナログレコードの包みを抱えて来るのを見るだけで、心がパッと明るくなるんです。いまは誰にとっても苦しい時期ですが、数カ月も前から予約してくれたアルバムをファンが受け取れないのは、本当にイライラします。手元に届くことでせっかくファンを元気づけられるのに」。
さらにデヘイズ氏は、パンデミックの初めの頃にArrowhawk Recordsの売り上げがかなり伸びたと言い添えた。それでも注文に対応するため、狭いオフィスで従業員に作業させる気にはなれなかった。彼女は抱えている3つの仕事が終わった夜間と週末にひとりでこなそうとしたが、最終的にフルフィルメント(訳注:ECサイトなどにおける受注から配送までの一連の業務)業者を雇うことにした。「業者を雇ったことで、心からほっとしました。トンネルの先の光が見えたような気分です」とデヘイズ氏は言った。
米中西部インディアナ州のSecretly Group——Secretly Canadian、Jagjaguwar、Dead Oceansなどのレコードレーベルを抱え、フィービー・ブリッジャーズが所属——で米マーケティングディレクターを務めるハンナ・カーレン氏は、ステイホームによってよりクリエイティブな販売経路を求める人々のおかげでSecretly GroupのD2C売り上げが伸びたと語った。USPSの問題が浮上すると、Secretly Groupは苦しい状況に立たされてしまった。注文が増える一方、配達の遅延や返金を求める声も増加したのだ。カーレン氏は、遅延はそこまでひどくはないものの、Secretly Groupは最悪の事態に備えていると言った。「いまはカスタマーサービスの規模をモニターし、D2Cフルフィルメント・センターから定期的に最新情報をもらうことで何とか対応しています」。
ステイホームによって注文が殺到するなか、Fat Possum Recordsも同じような状況にあった。Fat Possum Recordsは、倉庫がとくに忙しい時間帯に短期アルバイトを雇った。だが、そのひとりがPCR検査で陽性と判定されてしまった。気づくとアディソン氏は、予約商品がリリース前に確実に出荷されるよう、自ら作業に加わることで欠員を補充しようとしていた。「本当に、頭がおかしくなるかと思いました」とアディソン氏は言った。「私たちは、(1週間で)4000枚のアナログレコードを個人のお客様宛に発送しました。発売日には、何が何でもお客様の手元に届けたかったんです」。優先度の高いパンクバンドXのアルバムの発送作業が終わり、全従業員の陰性も確認されたいま、同レーベルは普段のリズムをいくらか取り戻した。
実験的DJのフライング・ロータスが設立したロサンゼルスの音楽レーベルBrainfeederのレーベルマネージャーを務めるアダム・ストーヴァー氏は、ロックダウンの初めの頃に受けた予約や注文は「サプライチェーンの問題のせいで対応が難しかった」と言い添えた。ストーヴァー氏は、これが「製造・梱包・フルフィルメントが停止し、フィジカル商品を販売するレコードショップが数カ月にわたって閉店に追い込まれ、倉庫の閉鎖によって小売店が注文に対応できない」状況が招いた結果だと語る。さらにストーヴァー氏は、AmazonがBrainfeederのアナログレコードとCDを販売しなかったことも指摘した。こうした商品は当時、非必需品とみなされていたのだ。
いまではサンダーキャット、カマシ・ワシントン、TOKiMONSTAといったアーティストと仕事をするBrainfeederのビジネスの復興の兆しが見えたのはおよそ3カ月前だとストーヴァー氏は語る。ちょうどその頃、Bandcampが週ごとに入会金無料キャンペーンを展開し、レコードショップの在庫がオンラインで売れはじめ、AmazonがアナログレコードとCDの販売を再開した。ストーヴァー氏は、ようやく商品をタイムリーに出荷できるようになったと言う。その一方、同氏はUSPSの状況を脱線事故にたとえる。「私たちは、現在の政治状況、長引くパンデミック、その結果として起こり得る音楽の消費方法の全体的な変化といった最悪の状態に向けて守りを固めています」と彼は説明した。「いまの気持ちを表現するなら、注意深くも楽観的といったところでしょうか」。
ニルヴァーナとサウンドガーデンの故郷としておなじみのワシントン州シアトルを拠点とするSub Popもさらなる問題に備える一方、解決策を生み出そうと努力している。Sub Popの顧客は複数の配送サービスから選択できるが、同レーベルはあえてUSPSを推奨している。それによってUSPSにより多くの資金が入るようにしたいと考えているのだ。こうしたインセンティブとして、Sub Popは先日オンライン注文の配送料無料キャンペーンを行った。「メディア・メールは音楽レーベルとファンにとっては天の恵のようなものです」と同レーベルのセールス部門責任者を務めるジョン・ストリックランド氏は本誌に語った。「いまでも多くのアナログレコードを販売・出荷しているインディーレーベルとして、Sub Popは注文を安く、効率的にファンに届けられるUSPSを頼りとしています」。