Napster、SoundCloud、Spotify、あるいはフェスのライブ配信や近年のバーチャルライブ――21世紀の音楽シーンは、オンラインカルチャーによって駆動させられてきたと言っても過言ではない。

その変遷と歴史を辿り、何かしらの文脈を見出していくことは、パンデミック以降のポップミュージック=「音楽の未来」を考えるにあたっても大きなヒントを与えてくれるに違いない。
果たしてオンラインカルチャーは音楽に何をもたらし、何を変えてきたのか? 30年以上に渡ってポップの最前線と並走してきた音楽批評家の田中宗一郎が語る。

※この記事は2020年9月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.12』の特集企画「POP RULES THE WORLD」に掲載されたものです。

21世紀に起こった産業構造のドラスティックな変化

最初に言っておきたいのは、今回の「音楽の未来」というテーマについて語るには自分が適任だとは思わないからあまり気が進まないんです。

理由は二つ。パンデミック以降、音楽業界内の識者たちから「音楽の未来」についてのいろんな言葉を耳にすることが増えたと思うんですが、音楽文化について話しているのか、音楽産業について話しているのか、正直よくわかんなくて。文化と産業というのは分かち難く繋がっているものの、僕、文化にしか興味がないんですよ。でも、その両方を語らざるを得ないのか、面倒臭いなあ、と(苦笑)。

もうひとつは、自分の昔からの読者は知ってくれてはいると思うけど、僕、現在と過去には興味があるものの、基本的に未来について語ることは馬鹿馬鹿しいと思っているんですね。だから、すごく乱暴なことばかり話すと思うんですけど、その辺りを考慮して聞いていただければ。

なので、まずは過去と今について話します。そもそもポップ音楽の発展というのは技術の発展でもあったわけですよね。特に20世紀前半にレコード技術が一般化することでポップミュージックは複製芸術の仲間入りをすることになった。
その後、レコードという商品を流通させるために、リテーラーやディストリビューション、ラジオ局といった関連産業の発達と歩調を合わせる形で共に発展してきて、20世紀半ばから80年代にかけてより巨大な産業になった。

ところが、21世紀に入ってからの20年はインターネットとスマートフォンの一般化によってオンラインカルチャーの隆盛が巻き起こり、それまでの産業構造が大きく変質せざるを得なくなる。

音声ファイルの共有を目的としたNapsterが生まれたのが1999年。mp3音楽ファイルの配信サービス、iTunes Music Storeが始まったのが2003年。その後、ラップを筆頭にオールジャンルのミックステープカルチャーを牽引することになるSoundCloudのサービスが始まったのが2007年。Spotifyがストリーミングサービスを始めたのが2008年。後発のApple Musicが世界100ヶ国以上で同時にローンチしたのが2015年。

こうした流通や産業構造の抜本的な変化がミックステープカルチャー発のザ・ウィークエンドやフランク・オーシャン、チャンス・ザ・ラッパーをメガスターにまで押し上げ、ラップとR&Bの時代を築き上げることにも繋がったわけです。

"Chance The Rapper" · Chance The Rapper - #10DAY

収益構造の抜本的変化に伴うライブ産業の発展

フィジカルがmp3データに取って代わり、やがてストリーミングサービスの浸透に伴って、作品にまつわる収益構造も抜本的に変わりました。端的に言うと以前ほど儲からなくなった。それがゆえに音楽業界全体がライブ興行の収益により力を入れるようになった。象徴的なのはライブ・ネーションやAEGのような世界規模での興行をサポートする総合エンターテイメント会社と、今なら誰もが世界最大のフェスティバ
ルとして認知しているコーチェラですよね。


Coachella: 20 Years in the Desert

ただ、そもそも大規模音楽フェスティバルというのは60年代ヒッピーカルチャーの落とし子と言うべきウッドストック・フェスティバル発祥の文化。グレイトフル・デッド周辺のような一部の例外はあるものの、その後の30年の間、それを文化や産業として発展させたのはヨーロッパだった。

反核運動団体CNDや自然保護団体グリーンピースと歩調を合わせてきたグラストンベリーがその代表格ですよね。日本のフジ・ロックはまさにその系譜にあるわけです。それを、より商業的な形で発展させたレディングやリーズを筆頭に、英国はずっとフェス文化の中心地であり続けてきて、英国以外にも北欧のロスキレやスペインのプリマヴェーラやソナーと、ヨーロッパ各国に広がっていきました。

そして、コーチェラが始まったのが1999年。その後、2000年代後半からのEDMの隆盛を経ることで、巨大フェスティヴァルの中心地が一気に北米に移行していく。2018年のビーチェラはその象徴ですよね。その場にいる数万人だけでなく、全世界に向けたライブストリーミングによって4300万人もの人々が同時にその歴史的瞬間を目撃することになった。つまり、この20年でオンラインとオフラインそれぞれを組み合わせたビジネス・スキームがすっかり定着することになったんです。

Homecoming: A Film By Beyoncé

新たに生まれたゲームの規則と、それが助長する格差

この20年でストリーミングサービスとライブ興業を組み合わせたビジネス・スキームが確立されることになった。それと並行してプロモーションの舞台も完全にオンラインに移行することになって、かつては覇権を握っていたラジオ局や雑誌といったメディアも弱体化していきます。
その間、リル・ナズ・Xやロディ・リッチをブレイクさせたTikTokの登場を待つまでもなく、ソーシャルメディアを媒介にすることでリゾやエラ・メイのような才能も次々と発見され、ブレイクして行く。

Lil Nas X - Old Town Road (Official Video) ft. Billy Ray Cyrus

Roddy Ricch - The Box [Official Music Video]

Lizzo - Truth Hurts (Official Video)

Ella Mai - Bood Up

忘れてはならないのは、こうした産業面を中心とした環境の変化は、そのまま音楽の文化的なトレンドにも分かち難く繋がっているということ。リアリティ・ショー出身のラッパー、カーディ・Bが自らのリリックとソーシャルメディアの発信を武器に時代の覇権を握ったことはとても象徴的な話だと思います。

Cardi B - WAP feat. Megan Thee Stallion [Official Music Video]

ただ同時にこんな風に新たなゲームの規則が一般化することは、格差を助長することにも繋がっていた。自らをオンラインでプロモーションして、ストリーミング再生に繋げて、巨大フェスティヴァルや大規模なワールドツアーの高額なギャランティですべてを回収する――そんなモデルが一般化することによって、特にそれまで地道なライブ・サーキットと、それに伴う各地のラジオ局やリテーラーでのプロモーションの積み重ねによって自らのキャリアを担保するというエコシステムを90年代から築き上げてきたインディ・ロックは大打撃を受けることにもなった。

この新たな格差の問題――誰もが新たなゲームの規則に最適化しなければ淘汰されてしまうという部分に目をつぶりさえすれば、全般としてはこの20年間は順風満帆な方向に進んでいたとも言える。実際、エンドユーザーからすれば、オンラインとオフラインそれぞれの現場における体験や消費の選択肢が一気に増えたわけだから、エキサイティングな状況でもあったと思うんですね。

パンデミックは格差を是正する起爆剤となり得るのか?

この20年間は、エンドユーザー目線で見れば、オンラインとオフラインそれぞれの現場における体験や消費の選択肢が一気に増えたエキサイティングな状況でした。ところが、2020年春のCOVID-19の世界的なパンデミックによって、この20年で築き上げられた特に興行面におけるシステムが瓦解することになった。実際、産業的には大打撃を受けています。ただ誤解を恐れずに言うなら、これは文化的な側面からは新たなチャンスとも言えるわけです。自分でもかなり夢見がちなことを言ってるなとは思うんですけど(苦笑)。


ただ少なくとも、前述の格差という部分を是正する起爆剤になるかもしれない。そもそも格差というのは、資本主義でも何でもいいけど、ゲームの規則が固定化してしまい、そこからの抜け道が見出せないスタティックな構造が引き起こすものなわけですから。

繰り返しになりますが、産業と文化は不可分。そもそも2010年代の音楽の象徴とも言えるオンラインカルチャーの代表格――SoundcloudやDatPiffを介して発展したミックステープカルチャーは、アトランタやシカゴのラッパーたちのような持たざる者が既存の産業から完全に逸脱したオルタナティヴな場所を構築することを可能にしたものだったわけです。

ただ、その後、法整備が進んでいって、それがストリーミングサービスに回収され、産業として確立されていった2010年代の終わりと共にパンデミックが起こって、無理やりルールが書き換えられることになった。そして、これからの時代は「オンライン」「バーチャル」がビジネスのキーワードだと叫ばれるようになった。

でも、それというのは、かつては革命的な事件だったものがもはや既得権益を強化するための道具に堕してしまったと言えるかもしれない。世界中の社会革命の後に起こってきたのと同じことがここでも起こったわけです。少なくともビッグネームとミドルボディとの格差を助長せざるを得ないメカニズムを持っているのは間違いないですよね。

トラヴィス・スコットとザ・ウィークエンドの卓越したオンライン戦略

かつてはエキサイティングだったオンラインカルチャーも、いまや既得権益を強化するための道具に堕してしまった。もちろん、TikTokのようなプラットフォームを使って、ニューカマーが頭角を現すという機会もあるわけだけど、ここでも2010年代の覇王であるザ・ウィークエンドがその覇権をより確固たるものにすることに繋がったりもしてるわけじゃないですか? そもそも彼の場合、資本主義の権化というか(笑)、現代社会の光と影の両方を象徴するような存在なので、彼のことも彼の音楽も大好きなんですけど。ただ、気がつけば、いろんな作家が作る曲がTikTokの特性に最適化する方向に向かったりと、やはり今聞こえてくるのはあまり楽しい話ばかりではないと思うんです。


The Weeknd Experience - Blinding Lights (Animated Video)

それと、パンデミック以前から自らのキャリアや権利の担保に対して意識的な作家や組織はオンラインも含め、いくつもの新たな活動の可能性を模索していたことは指摘しておくべきかもしれません。

代表的な存在はやはりトラヴィス・スコットですよね。エピック・ゲームスと組んで、今年の春には誰よりも早く大規模なオンライン・イヴェントを「フォートナイト」内で成功させている。昨年2019年のシングル「ハイエスト・イン・ザ・ルーム」の時点で、既にそれをPVで匂わせていましたしね。

Travis Scott and Fortnite Present: Astronomical (Full Event Video)

Travis Scott - HIGHEST IN THE ROOM

彼の場合、作曲家/プロデューサー、ルドウィグ・ゴランソンと組んで、全世界で公開されたばかりのクリストファー・ノーラン映画『TENET テネット』とのコラボレーションも果たしている。実際、その仕上がりも見事と言うしかなくて。

Travis Scott - The Plan (From the Motion Picture "TENET" - Official Audio)

クオリティコントロールやブランディング――とにかくプロデューサーとしての才覚がずば抜けてるんですよ。マクドナルドとのコラボレーション用の動画に登場しているのも、もはや彼自身ではなく、「フォートナイト」と同じく彼のアバターですからね(笑)。彼ほど今の時代を生き抜く術を知り尽くしている存在はいない。いち早くゴリラズというバーチャルバンドを立ち上げたデーモン・アルバーンも歯軋りしてるんじゃないかな。

The Travis Scott Meal | McDonalds

既存の産業の外側へと食み出す英国文化の可能性

トラヴィス・スコットとザ・ウィークエンドのように、ずば抜けた才覚でオンラインカルチャーを使いこなすアーティストもいる。ただ間違いなく、オンラインカルチャーが音楽文化の刷新を刺激するカンフル剤として機能する時代は終わったと言っていいと思います。
だからこそ、今、誰もが注目しているオンラインカルチャーとは違うところ――音楽業界から期待されている産業の外側に目を向けてみることこそが必要かもしれない。

実際、僕が注目しているのは英国です。UKクラブ・シーンでは2010年代初頭辺りから、大バコのクラブが苦境に立たされている一方、ソーシャルメディア上で参加を呼び掛けるイリーガルなコールパーティが盛り上がってきた。UKドリルなどのUKラップは、無課金で使えるYouTubeがプラットフォームのひとつになっていたりする。まあ、そこにも天下のカルチャーヴァルチャー、ドレイクの魔の手が伸びて来たり、暴力的なUKドリルの動画を行政が削除したるするようなことが起こったりもしてるんですけど。でも、どれも面白いじゃないですか?

Headie One x Drake - Only You Freestyle

そもそも英国には80年代後半のレイヴやウェアハウスシーン、あるいは、リバティーンズに代表される2000年代前半のイースト・ロンドン・シーンのように、産業の外側を舞台にしてオーディエンスとの新たな繋がりを模索しようとする動きが常にあったんですね。60年代頭の海賊ラジオ時代にしても、2000年代の2ステップ/UKガラージ、その後のダブステップにしても、現在のUKドリルにしても、サウス・ロンドンのインディ・ロックにしても、どれも産業の外側から生まれてきた。やはりエキサイティングなのはそちらだと思うんです。

既存のゲームの裂け目から「音楽の未来」は立ち上がるのか?

それにしても、ここ最近、20世紀のサイエンスフィクションが描き出したディストピア像がこれほど身近に感じられることもなくないですか? YouTubeにしてもSpotifyにしても膨大なコンテンツの宝庫であると同時に、コンテンツの墓場でもあるわけですよね。ミリオン再生されるコンテンツのすぐ側に、誰も顧みないコンテンツが無数に横たわっている。それって、ジェントリフィケーションが進んで、富裕層が暮らす地域のすぐ隣に貧困地区があるインナーシティにそっくりですよね? オンラインもまた格差社会なんですよ。「遂に、俺たち未来に来ちゃったな!」みたいな(笑)。

70年にザ・フーが作ろうとして、結局は堕胎した『ライフハウス』っていうコンセプトアルバム――その一部は彼らの最高傑作の一つとも言われている『フーズ・ネクスト』に収録されています――があって、インターネットの誕生を予見した作品とも言われてるんですね。しかも、大気汚染が進んで、新たに開発された科学スーツを装着しないと呼吸も出来ない未来のディストピアが舞台で、ただそのスーツは富裕層しか手に入れることが出来ない――つまり、まるでパンデミック以降の世界みたいな設定なんですよ。そこでは音楽という存在さえすっかり忘れ去られているんだけど、ボビーという名前のDJが太古の世界の音楽を発見して、政府や富裕層に隠れた場所で違法レイヴを始めるっていう物語なんですね(笑)。

だから、ここ最近も渋谷に出る度に、オリンピックのために再開発された渋谷が数年の内にすっかり荒廃していく姿を想像したりもしてるんです。「テナントが入らなくなったビルがウェアハウス状態になったら、俺もスクワッターになって、そこで違法レイヴ始めてみようかな?」とか、そんな想像をしてみたり(笑)。

つまり、僕が興味のある「音楽の未来」はそちらなんですよ。産業の裂け目から生まれた新しい場所やそこから生まれる新たな文化、新たな音楽スタイルの誕生にどこか期待しているところがある。まあ、その時、自分が生活出来てるかどうかはわかんないんですけど(笑)。

それと、8月第一週にボン・イヴェールがリリースした「AUATC」って最高じゃないですか? 曲もリリックも。あの曲を聴いた時に「ポスト資本主義リアリズム・アンセム」って言葉を思いついて、それ以来すっかりその言葉とアイデアに取り憑かれちゃってるんです(笑)。

Bon Iver - AUATC - Official Video

共著者として今年年明けに上梓した『2010s』という本の中でも、Spotifyとライブ・ネーションの存在を例に挙げて、2010年代は民主化と寡占化、その両方が飛躍的に進んだ時代だって話をしたんですけど、もうそういうかつてのゲームの規則にはすっかり飽きちゃったんです。だから、おそらく来年になっても収束しないだろうパンデミックを境にして、その裂け目から世界中で新たな音楽文化が生まれてくるんじゃないか?――僕が夢想してる「音楽の未来」はそんなところですかね(笑)。

Edited by The Sign Magazine
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