思えば、デビュー・アルバムをリリースする前にレディング&リーズ・フェスティバルやサマーソニックという大規模フェスティバルのステージに立ったことに加え、ミューズのサポート・アクトに抜擢され、3万人の前で演奏したんだから、ナッシング・バット・シーヴス(以下NBT)はロック・シーンに登場してきた時、すでにUKロックを代表する存在になることを期待されていたと思う。
それから5年ちょっと。前時代的なロック観を否定することなく、レッド・ツェッペリンやAC/DCも聴いてきたと堂々と口にする彼らだけにニッチなところで個性を際立たせることがクールとされる時代の風潮が時に逆風に感じられたこともあっただろう。しかし、『ナッシング・バット・シーヴス』(2015年10月)、『ブロークン・マシーン』(2017年9月)とアルバムのリリースを重ねてきたバンドは、周囲の期待に応えるように着実に成長を遂げ、同時にUKロックを代表するにふさわしい風格も身につけていった。
そして、全英2位を記録した前作から3年。全公演がソールドアウトしたというワールド・ツアーを経て、NBTが完成させた3rdアルバム『モラル・パニック』がついにリリースされた。
前2作の延長線上にありながらも、前作からの大きな飛躍を印象づけるその『モラル・パニック』をきっかけにバンドは、いつしか謳われるようになった”ネクスト・ミューズ”という、ある意味ありがたいレッテルを返上してロック・シーンにおけるバンドの立ち位置を決定的なものにするに違いない。アルバムに先駆け、今年3月にシングル・カットしたグルーヴィーなブギ・サウンドがゴキゲンな「イズ・エヴリバディ・ゴーイング・クレイジー?」が思いがけずコロナ禍のアンセムとして大歓迎されたことが、ますます高まってきたNBTに対する人々の期待を象徴しているように思える。
願わくは、全英1位に輝かんことを!
もちろん、1位になることが重要なわけではない。「チャート・ポジションは昔ほど重要なものでなくなってきているとも思う。トップ10に入ったとしても売れているのは数千枚だったりするしね」とバンドの中でプロデューサー的な役割も務めるドム・クレイク(Gt)も言っている。しかし、今回、バンドが辿りついたところをアピールするという意味で、全英1位ほどキャッチーなトピックはない。
「自分たちの中での競争意識はあったよ。
果たして⁉
そんな興味も尽きないところだが、この記事ではロンドン郊外に位置するテムズ川北岸の町、サウスエンド・オン・シーで2012年、レディオヘッド、ジェフ・バックリィ他の影響の下、5人の若いミュージシャンたちが結成したNBTが『モラル・パニック』で遂げた音楽的な進化について考えてみたい。
「R&B」という新たな要素
その前に、なぜ彼らがUKロックを代表する存在として、これだけ期待されているのかと言えば、それはスタジアム規模のロックを鳴らしていることに加え、彼らのサウンドが現代のUKロックの粋を集めたものに他ならないからだ。
ファルセットを巧みに操りながらコナー・メイソン(Vo)が歌い上げるメランコリックなメロディに顕著な耽美性、ロイヤル・ブラッドと比べられるきっかけになったリフで聴かせるロック・サウンド、レディオヘッド~ミューズの系譜に繋がるプログレ感覚、そしてカサビアンから学んだというクラシックなロックとモダンなアプローチの融合――それらの要素の配合を、曲ごとに変えながら、彼らなりのアプローチを加えたものがNBTのサウンドになるというわけだ。その意味では、前述したとおり、『モラル・パニック』はこれまでの延長線上にある作品と言えるのだが、その一方で、前2作にはなかった新たな要素が加わっている。それがR&Bの影響だ。
きっかけは前作をリリースした後、ドムがコナーに言った「もっといいメロディ・ラインが書けたような気がするんだ」という一言だったという。
「(言われた時は)マジか?なんだよ、むかつくななんて思っていた(笑)。でも、後になってみると、確かに、そうだ。あいつは正しいなんて思うようになった。
もちろん、R&Bの影響はそれだけにとどまらない。たとえば、バラードと思わせ、ダンス・ポップ・ナンバーに展開する「モラル・パニック」はもちろん、「フリー・イフ・ウィー・ウォント・イット」「ゼア・ワズ・サン」といった曲からは、80年代以降のUKギター・ロックにR&Bの要素を取り入れようという意欲が窺える。また、その2曲と同様にUKギター・ロックを鳴らす「リアル・ラヴ・ソング」は、後半のシンガロングがゴスペル風という意表を突いたアイディアに思わずニヤリ。そうかと思えば、ドムが「ローファイなR&Bやヒップホップに時々、マリリン・マンソンが混じっている」と説明する「フォビア」のような攻めた曲もある。
カオスなのに一本筋が通ったアルバム
R&Bの影響が加わったことで、NBTが持つポップ・ミュージックとしての訴求力は、さらに増したと言えるだろう。しかし、決してわかりやすくなったとは思わない。むしろ、彼らの音楽性を構成する要素が増えた分、よりカオスになったと言えるかもしれない。
「プロディジーにも近い、エレクトロなダンス・チューンになっているよね」とドムが言う1曲目の「アンパーソン」やヘヴィなギター・リフとラップ風のヴォーカルがレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを彷彿させる「キャン・ユー・アフォード・トゥ・ビー・アン・インディヴィジュアル?」というR&Bとはまた違う新境地を印象づける曲もあれば、コナーがファルセットで歌い上げる「インポッシブル」のようなエモーショナルなバラードもある。
「いろいろなジャンルの影響を十分に引っ張ってくると同時に、あまりとっちらかりすぎていない、一本筋が通っているアルバムになったと思いたいね」と語るドムには一本筋が通っているという自信があるのだろう。
その一本筋とは何か? それはドムの、この言葉が語っている。
「このアルバムは音的には『ブロークン・マシーン』から自然に発展したものだと思う。
プロデューサーとして、前作に引き続きアークティック・モンキーズ、THE 1975などを手掛けてきたマイク・クロッシーが参加しているが、前回、手取り足取り、バンドを導いてきたマイクは今回、バンドが作ってきてデモを聴き、手を加える必要はないと思ったそうだ。
「マイクは自分でも言っていたけど、バンドにマイクを差し向けて――つまり、バンドとしてあるべき音を拾うだけみたいな意味の役割を担っていた。僕たちはすでに自分たちの音を作りつつあって、それを彼が増幅してくれたという感じかな(笑)。僕たちのやりたいようにやらせてくれたよ。それが本当によかった」
コナーが語るバンドとマイクの関係の変化からもバンドの成長が窺えるが、彼らが『モラル・パニック』で挑んだサウンド・アプローーチは今後、何年間か、UKロックの1つのロールモデルとして、UKだけにとどまらないところに波及していきそうだ。
※文中のコナーとドムの発言はオフィシャル・インタビューからの引用

ナッシング・バット・シーヴス
『モラル・パニック』
2020年10月28日(水)発売
日本盤のみボーナストラック2曲収録
歌詞・対訳・解説付き
購入・配信曲試聴リンク:https://lnk.to/NBT_MoralPanic

配信ライブ
「ライヴ・フロム・ザ・ウェアハウス」
日本時間10月28日(水)午後8時
チケット(英語サイトで「Show 1 - Aus & Oceania & Asia」を選択):
https://shops.ticketmasterpartners.com/nothing-but-thieves-live-stream