2020年3月末のさいたまスーパーアリーナ2デイズを、新型コロナウイルス禍で阻まれて以降、その快進撃をストップさせざるを得なくなったが、11月から次のアクションが始まった。
『life』はCDのみで、『love』は配信のみ。My Hair is Badは楽曲をサブスクに解禁しておらず、『love』の3曲がその初の作品になる。そして『Youth baseball』は、3人のパフォーマンスがすばらしいというのはもちろんあるが、それ以前に、既存の「バンドの配信ライブ」とも、既存の「バンドでライブをやって収録したもの」とも違う、この形でしかできないライブ映像作品になっている(詳しくは後述)。それらの作品について、新型コロナウイルス禍以降のバンドの状況について、3人に訊いた。
自分のライブ映像を観直して、違和感があった(椎木知仁)
─シングル2作で1作をCDのみ、1作を配信のみで出そうというアイデアは?
椎木知仁(Gt.Vo):もともと、コロナでこういう状況になる前から、シングルはリリースしたいって言ってたんですけど。で、こういう状況になって、どんどんライブがなくなって、家でひたすら曲を……不安になって、どんどん作るんで、デモが貯まっていって。それをメンバーとかスタッフに聴かせたら、「思い切ってシングル2枚出したらいいんじゃないのか」って。
─アルバムを作れるくらい曲があった?
椎木:そうですね、イントロとAメロまでだけ作った、とかも合わせると、20曲以上あったんですね。それで、CDと配信で出すというのは、うちの(マネージメントの)社長が提案してくれて。僕ら、サブスクもやってないので。
─それに至るまでの時期は──2月末からコロナ禍でライブが止まってしまって以降は、どんなことを考えたか、どんなことをしていたか、それぞれ教えていただけますか。
山本大樹(Ba, Cho):僕の中では、ライブ=生活なんで、急に目の前のものがなくなってしまって……それでも気持ちは切らさないようにするには、どうしたらいいのかな、と考えつつ。だからひとりでスタジオに入ったり、ライブの体力が落ちないために、太ったりしないように……とにかく、生活がだらしなくなんないようにしてましたね。
─走ったりとか?
山本:してましたね。もし、急にライブができることになったら、その時に、久しぶり感が出るのはほんとにイヤだったんで。動けなかったら、お客さんに「ああ、サボってたんだな」って気づかれるじゃないですか。
─山田さん、同じ質問ですが──。
山田淳(Dr):僕もほんとに、バヤリース(山本)が言ったとおりの感じでしたね。最初は休み感覚で過ごしてたんですけど、コロナの状況がひどくなってきて、「いつライブできるんだろう?」みたいな。
─で、個人練習したり、鍛えたり?
山田:してましたね。筋トレで体重、10キロぐらい落としました。
─へえ! ジムも閉まってたのに。
山田:だから、ダンベルとか買って。それこそ緊急事態宣言以降は、ひとりでスタジオに入ることもできなくなったから、せめて筋トレくらいは……自律神経にいいのは筋トレ、っていうのもあって、続けてました。
─で、椎木さんはとにかく曲を書いていた。
椎木:そうですね。4月の第一週の終わりぐらいから、緊急事態宣言で、誰かと会うこともできなくなったじゃないですか。そこから6月頭まで、スタジオにも入れなくなって。だから僕はもう、5月が地獄でしたね。めちゃくちゃつらかったです。とにかく曲を書いていて……一所懸命やってたんですけど、今思えば5月病みたいな。
─他に5月にやっていたことはあります?
椎木:自分の今までの音源を聴き直したり、ライブの映像を観たりして……なんか、自分じゃない人がやってるみたいに思ったり。あと、久しぶりにmixiにログインして、昔の写真を見つけたり……なんか、変な時間でしたね。
─冷静に自分の過去を掘っていくような。
椎木:そうなんです。ちょうど僕、4月頭に引っ越して。新居で、まだ思い出がない部屋で、今までの思い出を見返してるというか。そうやって、冷静に自分のことを見たら……不思議な気持ちでしたね。
─そこで、今後はどうしようと思いました?
椎木:これからステージに上がるにしても、もっと自然でいられるようになりそうだな、もっと普通にみんなに話したり、思ってることを普通に叫んだりできそうだな、と思いました。なんか違和感ありましたね、それまでの自分に。
久しぶりに、「ああ、ライブってこうだった」って思いました(椎木知仁)
─で、上越市高田城址公園球場でのライブは──。
椎木:みんなが配信ライブをやっていたり、いろんなことをする中で、僕ら、ライブ配信やってないし、サブスクもやってないし、ファンクラブもやってないし、ほんとにスッと止まっているような状況だったんですけど。
山田:SNSで何か言うくらいしかできなくて。
椎木:でも、生配信ライブっていうのも、自分たちの中でしっくりこなくて。どうしようか、って時に、上手に提案してもらったのが、この上越の球場のライブでした。「ライブ映像作品」っていう言い方が、すごくよかったかな、と、今になって思ってます。
─「配信ライブ」という呼び方じゃなくて。
椎木:はい。いろんな方の配信ライブとか観たりして。もちろん、家にいる中で、ライブ観れるだけで興奮したし、うれしかったんですけど……My Hair is Badがこれをやってる、って考えると、しっくりこないというか、違和感があって。だから、いい案を出してもらうまで、待ってたというか……なんなら僕、ちょっと前のめりになっちゃっていて、「ファンクラブ作った方がいいんじゃないか」とか、いろいろ言ってたんですけど、チームの人とか、メンバーが制してくれて。
山本・山田:(笑)。
─ふたりの方が冷静だったんですね。
椎木:そうですね。で、いちばんいいところに落ち着かせてくれた、っていう感じはしますね。
─そのアイデアがスタッフから出た時は、「あ、それ!」と3人とも乗っかれたというか。
椎木:しっくりきたっすね。
─あれ、撮影したのはいつ頃ですか?
椎木:10月の6日です。今までいつも、僕がセットリストを決めてたんですけど、今回はなんか……僕が決めると、すごく凝り固まって見える気がして。
─あれを観て思ったんですが……たとえば、ライブハウスやホールで配信ライブをやっている現場に行ったことがあるんですけど、無観客でもステージ両側のスピーカーから音が出てるんですね、普段と同じように。でも、この高田球場はスピーカーがない、メンバーはイヤホンで音を聴いているけど、あの場ではバンド全体の音は鳴っていない、という。
椎木:はい。野外だし、田舎だし、あそこで爆音で鳴らすのは、たぶん無理だと思います。
─だから、あの場所でお客さんを入れてライブをやることは不可能である、実際にあの場で音はヘッドホンの中でしか鳴っていない、でも3人は当て振りとかじゃなくて本当にライブをやっている。というマジカルな感じが、観て「ああ、なるほど」と思ったんですね。
椎木:ああ、そうか。
─無観客の配信ライブだから普段のライブではできないことをやりたい、というので、普段なら撮れないカメラアングルとか、無人の客席に照明を置くとか、そういう演出上の工夫をしているのは、これまで観たことがあったんです。でも、無観客の配信ライブじゃなかったら、そもそもこの場所ではできない、というのは、既存の配信ライブとも、既存のライブ映像作品とも違う、新しいなあと思って。
山田:ああ。でも、意外とヒヤヒヤしながらやってましたけど、リハでは。ドラムだけめちゃめちゃ鳴るんで、生音が。近くに住宅があったり、高校があったりするから、リハの時はけっこう気にしてやってたんですけど。でも、本番が終わったら、社長に「リハより3倍ぐらい音でかかったで」って言われて(笑)。
─やっている最中はいかがでした?
椎木:久しぶりに、「ああ、ライブってこうだった」って思いました。野球場でやるのも初めてだし、お客さんいないのも初めてだったんですけど、本番日ってものを、半年以上過ごしてなかったので。何十回もやり通したセトリを、やっぱり本番っぽく演奏しちゃうというか。
山本:すごい楽しかったですね。久しぶりのライブだし、カメラも回ってるし、照明さんだったり音響さんだったりいるし、初めての場所だし、野外だし……僕、あんまり緊張しない方だったんですけど、久しぶりに緊張感があって。それも新鮮だったし、やっぱり音を合わせるのがバンドの楽しさだな、って再確認した感じで。
山田:僕は逆で、ライブは場所の大小にかかわらず、緊張しちゃうタイプなんですけど、この日はけっこうラフにやれたというか、あんまり緊張しなかったですね。がんがんライブやってた時期よりも、いいドラムを叩けたんじゃないかな、って思いました。ライブとしてはブランクあるし、最初は心配してたんですけど。
─椎木さんは楽しめました?
椎木:いや、前半はいっぱいいっぱいでした(笑)。最初は、「ああ、本番が始まってる!」って感じですかね。RECボタンを押してる感じというか。「うおおーっ」てなってましたね。
─MCでポロッと「こんなに集中するものなんだね、ライブって」と言ってましたよね。
椎木:すごい集中してたし、次の日めちゃくちゃ身体痛くて。頭を振るとか、日常的にまったくやらないから。ムチ打ちみたいになってましたね。
本当の意味で、新しいMy Hair is Badを垣間見たかな、と思える6曲になった(椎木知仁)
─新しい曲にしても、球場でのライブにしても、この時期を経なかったらこういうものはできなかった、というのはあります?
椎木:ありました。新しいMy Hair is Bad、新しいMy Hair is Bad、って毎リリースのたびに言ってるんですけど、ようやく、本当の意味で、新しいMy Hair is Badを垣間見たかな、と思える6曲になりました。それは、この時間があったからだし。この時間にいろいろ考えたことや、レコーディングでいろいろ新しいことを試したりしたことが、この6曲をよくしてくれたかな、と、思います。
─演奏も新しいものを求められたりした?
山本:そうですね。ベースに関して言えば、プリプロの段階で、エンジニアさんに入ってもらって。話し合って、自分に求められているものとの違いを毎回出していって……僕の音楽の知識よりも、エンジニアさんの知識の方が、広かったり、深かったりするので、そこでアイデアをもらったりできて。曲がどんどん変わっていく、ということは、ベースも変えてかなきゃいけないだろう、みたいな感じで。
山田:僕は、初めて打ち込みソフトを使ってドラム・アレンジを作ってみて。それによって、椎木のやりたいことを反映させられたかな、っていう。PCソフトで作ると、音だけじゃなくて、目で確認できるじゃないですか?
─ドラム・パターンを自分で打ち込むこと自体は、前からできた?
山田:いや、ほぼ初めてでしたね、こんなにしっかりやるのは。でもおもしろいのは、いつもは、頭で想像したドラムを叩いて、録って、聴いてみて、っていう感じだったんですけど、今回は想像をそのまま打ち込んで、聴いて、「あ、じゃあここをこうしたらどうなるんだろう?」って変えてみるとかが、簡単にできるので。だから、だいぶ細かくフレーズとかを調整できたんじゃないかなと思います。で、完成してから、それを生で叩いて録るという。
─で、やっぱり歌詞には、コロナ禍を経たことが、はっきりと表れていますよね。「白春夢」の「楽しいことがないか 退屈そうに話していた あの時間が楽しかったって いま気がついてしまったよ」とか。
椎木:「白春夢」は、今年中にリリースしないと、っていう曲ですね。久しぶりにこんな、ただ写真を撮っていく、みたいな歌詞の描写をしたような気がします。最近は、創作というか、赤裸々じゃないものを詞にする、というのが多かったんですけど、「白春夢」は、めちゃくちゃ久しぶりに、赤裸々でしかないっていうか。だから曲の最後も、思いっきり救われたりしないし、結局まだ夢の中にいて、起きたら部屋の中にいるっていう。これから、いつ聴いても、2020年の5月のことを思い出しちゃうだろうなあ、みたいな曲です。
─「心はずっと」も「子供になろう」も、そっち寄りですよね。
椎木:ああ、そうでしょうか……確かに、でも、そうかもしれないです。なんか、ラブソングを書こうと思って書いていた時期があったんですけど、特に恋愛もしてなかったので、なんか嘘くさいというか、全然心に響かないような曲になってしまって。そういう時に、スピリチュアルなことが好きな友達に、よく会う期間があって。それで話を訊いたり、いろんな本を借りたりしている時に、「今自分がいちばん素直に書ける曲ってなんだろう?」と思って、書いたのが、「心はずっと」ですね。
─ああ、だから「心はいつだってあるけど、身体はいつかは捨てるのさ!」というラインが。
椎木:そうですね。特にどの宗教が好きとか、そういうのはないんですけど。これはコロナ前、去年の11月ぐらいに書いた曲です。
─「子供になろう」は?
椎木:これも初期にデモを作ってた曲です。歌詞はコロナ後で、この6曲の中ではいちばん最後に書いた曲なんですけど。もう何書いたらいいのかわかんなくて、わがままな自分というか、本当の自分と冷静に向き合ったら、なんて書くかなあ、と思って、書ききった曲ですかね。
─コロナ禍という体験とは関係ない?
椎木:関係ないかなあ……でも、僕、コロナで誰にも会えない時期が終わってから……もともと人に会う性格なんですけど、たがが外れたみたいに人に会うようになって。そういう中でもらっているものも、多いと思います。とにかく人に会ってましたね。ひとりでいるのがしんどかったんで。だから、すごく人に会う1年だったなと思います。
─という話をきいていると、CDの『life』の3曲の方が自分寄りで、『love』の3曲の方は創作的な曲寄りなのかなあと。
椎木:そうですね。でも、『love』の3曲も、人に会ってるから書けたな、と思うフシもいっぱいあります。今年でもう29なんですけど、結婚した友達も多くて。ご夫婦両方と会う時もあるけど、ダンナだけと会って話してる時とか、「ああ、こういう気持ちなんだな」とか。自分が経験したことのないことをしてる友達から得たりすることも、すごく多かった1年でした。たとえば「味方」だったら……ケンカしたことないし、自分に自信があるわけでもないし、自分を過小評価してるような男の子が、好きな人ができたら、どうやって守るんだろう?って真剣に考えて。その子が歌ってくれたらいいな、そういう人の武器になったらいいな、って思って曲を書きました。
─「グッド・バッド・バイ」は?
椎木:昔、「運命」っていうシングルを出した時なんですけど、その時から、帰り道だけ切り取りたい、っていうのが、すごく強くあって。それを今回、こういうアップテンポな曲でやってみようかな、と思って。僕、帰り道の描写が、インディーズ・デビューの時からすごく多くて。校舎内にいるんじゃなくて、校舎を眺めてる画の方が、強く浮かんでいるので。なんでですかね? よく思い出しますね。無人駅があって、踏切があって、みたいな。
─で、「予感」はもう、物語のような。
椎木:そうですね。どっちもかわいそうに見えちゃいますけどね。この曲の男の人も女の人も。
─こういう曲は、創作として書くもの?
椎木:いや、もちろん自分の経験もありますけど、それをもっときれいにして書いてる感じですかね。「これがなきゃ書けなかった」みたいな経験が、活きてたりはします。
─それに向き合って曲にするのって、けっこう大変そうですけど。
椎木:そうっすね。なんか、初めてタバコ吸ってるみたいな。めっちゃ苦しいけど、なんか吸っちゃいたい、みたいな。きついけど書き出したらどんどん気持ちよくなっていく、みたいな。
─2021年はさいたまスーパーアリーナの振替の2デイズもありますが。全体にどんな活動にしたいと考えていますか。
椎木:今29で、もう20代終わっちゃうんですよ、僕ら。20代、ずっとMy Hair is Badやってたし、My Hair is Badに賭けてきたんで、いい意味で、走りきりたいなっていうか。集大成じゃないですけど、どうせ続くのはわかってるんですけど、20代らしく気張りたいなと思ってます。「20代でしか出せなかったな、あれ」って、あとで言えるような、これからにしたいなと思います。
【画像ギャラリー】My Hair is Bad(写真7点)
<INFORMATION>
【CDシングル】

『life』
1. 白春夢
2. 心はずっと
3. 子供になろう
¥1,100+税
UPCH-80549
【配信シングル】

『love』
1. 味方
2. グッド・バッド・バイ
3. 予感
iTunes、レコチョク、Apple Music、
LINE MUSIC、Spotifyなど音楽配信サイトで配信
「ブレイクホームランツアー」
2021年4月10日(土)、4月11日(日)
さいたまスーパーアリーナ 全席指定
開場・開演時刻未定
https://www.myhairisbad.com/