それには根拠があった。米マサチューセッツ州スプリングフィールドで生まれ育ち、現在はヒューストンを拠点としているChampionxiiiは、作りかけのデモをすべてTikTokで公開し、240万人のフォロワーの反響次第で曲にするかどうかを決めているからだ。「作曲からレコーディング、それにマスタリング等、曲を完成させるのには多くの金や時間がかかる」。彼はそう話す。「俺は限られたリソースをムダにしたくない。賭けに出る必要はないんだよ。あるフリースタイルを曲として仕上げるべきかどうかを、俺はオーディエンスから教えてもらっているんだ」
これはクリエイティブプロセスにおけるTikTokの影響力を示す最新の事例のひとつだ。圧倒的な人気を誇る同アプリは、既にレーベル各社の優先事項とマーケティング戦略を劇的に変化させており、中にはTikTokユーザーが曲を見つけやすいよう、アーティストが楽曲のタイトルを変更したケースさえある。また同プラットフォームは、アーティストが断片的なアイデアを曲として仕上げるべきかどうかを見極めるためのツールとしても機能している。
「まずTikTokで公開して、ある程度の反響があったものだけSoundCloudにアップし、次にApple Music、最後にSpotifyというプロセスを辿ることも多い」。そう話すのは過去にメジャーレーベルの重役を務めたジェフ・バウワーズだ。彼が運営するWaxmgmtは、Llusion、Freddie Dredd、Savage Ga$p等、TikTokで高い人気を誇るアーティストたちを抱えている。
@dreamchaserjayy”Imma ghost” , my crush can relate #fyp #trending #dreamchaserjayy #viral♬ BOO! - Championxiii
効果的なワークショップは、何が反響を呼び、何がそうでないかというフィードバックを必要とする。Championxiiiにとっては、TikTokのコメント欄がそのソースとなっている。「俺はあらゆるコメントを参考にしてる」。彼はそう話す。
どのフリースタイルを曲として仕上げるかを決定する上で、彼は独自の基準を設けているという。言うまでもなく、鍵となるのは「ずっとループ再生してる、続きが聴きたい!」といったコメントなど、多くのフォロワーから熱狂的な反応を得られるかどうかだ。TikTokユーザーたちが自身の動画にChampionxiiiのフリースタイルを使っているかどうかも、曲がストリーミングで成功を収めるかどうかを見極める上で有力な判断材料となる。
「そういう反響が得られれば、プロセスの第2ステップに移る。スタジオに入り、曲の完成形のラフバージョンを作るんだ」。彼はそう話す。「俺は独自のやり方を確立してる。特許を申請したいくらいさ」
TikTokを主戦場とするアーティストの多くは「リアルタイムの世界に生きている」
曲の発表前にオーディエンスの反応を見るというやり方は、決して目新しいものではない。
TikTokのようなアプリを使うことで、ユーザーは曲の起源に近い部分に触れることができる。アーティストの中には、曲が生まれていく過程をフォロワーに見せようとする者もいる。Sara KaysやAnson Seabra等が制作途中の曲を公開しているのは、一定の期間の中で曲が形になっていくさまを見せることで、リスナーに曲に思い入れを抱いてもらおうという狙いがある。
またオーディエンスにA&Rの役割を担わせたり、さらにはユーザーとのコラボレーションで曲を作るなど、より大胆な使い方をしているアーティストもいる。TikTokで15秒間のフリースタイルを公開し、反響のあったものを曲に発展させているChampionxiiiもその1人だ。彼の「Peekaboo (I Just Snapped) 」でコラボレートしたYoung Fanaticも似たアプローチをとっており、InstagramとYouTubeで楽曲の「ワークショップ」を実施している。昨年前半に「Time Flies」という曲を公開したDempsey Hopeは、どういったリリックを乗せるべきかオーディエンスに意見を求めた。完成形をリリースする前に無数のバリエーションをTikTokで公開するという彼のやり方は、まるでMad Libs(アメリカ発祥の言葉遊びゲーム)のソングライティング版だ(Hopeはその後RCAと契約した)。
@dempseyhopecomment some years?♬ original sound - Dempsey Hope
こういったアプローチを実践するアーティストたちは、それによってかつてなくフレキシブルな活動が可能だと主張する。
それとは対照的に、TikTokを主戦場とするアーティストの多くは「リアルタイムの世界に生きている」ため、軌道を容易に修正することが可能だとバウワーズは話す。レーベルが同プラットフォーム向けでない楽曲に資金をつぎ込むのは、丸い穴に四角のボルトを入れようとするようなものだ。Championxiiiはそういう落とし穴を回避するために、穴の形状に応じてボルトを変更するという、はるかに経済的なマーケティングアプローチを実践している。
「こういうレコードのプロモーションには金がかからない」。そう話すのは、Sony Orchardのパートナーレーベルであり、Championxiiiと契約したBlack 17の共同設立者であるTyler Blatchleyだ。「当たるものは当たるし、外れるものは外れる。彼がTikTokでシェアしたものの中で何かがバズれば、そこに何千ドルがつぎ込んで勢いをつけてやればいい」。Blatchleyによると、その戦略から生まれた「Becky」や「Splash」、そして「BOO!」等のミニチュアヒットの数々は、アーティストに「まとまった額の金」をもたらしたという。
「BOO!」はこれまでに、TikTokで220万点以上のムービーに使用されており、同曲の成功に後押しされる形で、Championxiiiの過去の楽曲もアメリカで1週間のうちに100万回以上ストリーミング再生された。「俺は滑り知らずのヒットメーカーだと思われてるかもしれない」。Championxiiiは上機嫌でそう話す。「事実そうだけどね。何がヒットするのかを、俺はオーディエンスから教えてもらってるんだから」
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