2019年にパートナーが出産したとき、エムドゥ・モクターは地球の裏側で長期ツアーの真っ最中だった。ニジェール中部の砂漠の街アガデスで生まれたトゥアレグ族のギタリストは、今注目のジャンルtishoumaren(意訳すると「砂漠のブルース」)の中でも最近とくに海外で注目を集めているミュージシャン。この時すでに故郷――ローリングストーン誌との最新インタビューで(通訳を介して)語った本人の言葉を借りれば、「周りのバイブレーション」――が恋しくなっていた。パートナーのレイラも「自分を必要としていた時に、側にいてあげられませんでした」と胸の内を明かす。
モクターは自らの切ない胸中を吐露した。最新アルバム『Afrique Victime』の収録曲「Layla」では、ときにアメフトのラインバッカーのように激しく、ときに王立バレエ団のように軽やかにアコースティックギターを鳴らす。バックにハンドクラップとドラムのビートが流れ、時折エレキギターがハウリングを切り裂く中、彼はレイラへの呼びかけにこう答える。”レイラ、レイラ/愛しいレイラ、思いは募るばかり/愛しいレイラ、思いは募るばかり”
2019年の前作『Ilana: The Creator』は、モクターの存在を西欧に知らしめた1枚。だが、これがデビューアルバムではない。デビュー作ははるか10年以上前、2008年のアルバム『Anar』。トゥアレグ族の音楽に、ドラムマシーンとオートチューンのボーカルを取り入れたユニークな作品だ。
モクターとカークリーはついに2011年に初体面。そこから一気に道が開ける。2013年から2019年にかけて、『Afelan』『Sousoume Tamachek』『Ihana』と3枚のアルバムをSahel Soundsからリリースした。2015年にはカークリーが監督した映画『Akounak Tedalat Taha Tazoughai』に主演し、音楽を提供。プリンスの「パープル・レイン」にオマージュを捧げたこの映画は、信心深い両親の心配をよそに音楽の道をめざすモクターの半生がベースになっている(トゥアレグ族の母語タマシェク語には「紫」という単語がないため、タイトルを直訳すると『限りなく赤に近いブルーの雨』となる)。そして昨年、モクターはMatadorと契約。5月21日に晴れて『Afrique Victime』がリリースされたというわけだ。
Matadorの共同オーナーのジェラルド・コスロイ氏は、Sahel Soundsのコンピレーションアルバム『Music From Saharan Cell Phones (Vol.1)』で「Tahoultine」を聞いて以来、ずっとモクターを追いかけてきたそうだ。コスロイ氏はずっとファンのままでいるつもりだったが、「2019年初頭に共通の友人のミュージシャンからプッシュされたんです。
伝統と革新を兼ね備えたギタープレイ
モクターは『Afrique Victime』の大半を2019年のツアー中に収録した。トゥアレグ族は半遊牧民なので、『Ihana』のようにメンバーと1週間1か所にこもって収録するよりも、いろんなスタジオで1度に1曲ずつ収録するのが楽しかった、という本人の言葉もさして驚くことではない。こうしたやり方が功を奏し、『Afrique Victime』にはツアー中のエムドゥ・モクター・バンドの息の合った様子がたっぷり収録されている。4人組のバンド編成は、2008年以来タッグを組むリズムギターのアモウド・マダサネ、バンド最年少でドラムの天才スレイマン・イブライム、そしてブルックリンを拠点に活動するベーシストのマイキー・コルタン。コルタンはツアーマネージャーとプロデューサー、レコーディングエンジニアも兼任している。

エムドゥ・モクター(Photo by WH Moustapha)
いろいろな意味で、『Ilana』はモクターのギターの腕前をこれでもかと見せつけた(とくに「Ilana」と「Tarhatazed」は必聴)。『Afrique Victime』も6つの弦を操る超絶技巧には事欠かないが、アコースティックギターの音色とニジェールの自然の中でレコーディングした空気感に彩られ、ずっと軽やかな印象を受ける。自称モクターのファンで、ニコラス・ジャーと人気エレクトロデュオDarksideを組むデイヴ・ハリントンも(いまやモクターとはMatadorのレーベルメイトだ)、「ダイレクトかつ力強く、重厚感と軽やかさを同時に表現する」アルバムだとメールで大絶賛した。
「(モクターの演奏は)私が敬愛してやまないギタープレイの特徴をすべて備えている」とハリントンはこう続ける。
『Afrique Victime』の収録曲には長年温めていた曲もあるそうだ。だが彼の創作プロセスは好奇心主導型で、周りの環境に応じて変化するのもいとわない。「曲を書きとめる、という作業は今まで一度もしたことがありません」と本人。「それで苦労することもありますが、たいていはギターを手にして、頭に浮かんだサウンドや心で感じた音を再現します。いわゆる試行錯誤ですね……それで何度も何度も弾いて、覚えるんです。時には後から演奏したときにリズムを加えたり、ソロのときに突然いいサウンドが見つかると、それを取り入れたり。そうやって少しずつ曲を完成させていくんです」
『Afrique Victime』は親近感にあふれたアルバムだ。人間の胸の内、希望や痛み、弱さをモクターは見逃さない。「Asdikte Akal」は遠く離れた故郷を懐かしく思う1曲。
「アフリカは被害者」権利のために戦う
そして、ポスト植民地時代と新植民地主義に対する一斉砲火ともいえる「Afrique Victime」。時折タマシェク語を交えつつ、歌詞の大半はフランス語。現在もニジェールに軍隊を配備し、ウラン採掘のために民や土地を搾取する国でも理解してもらえるように、という思いからだ。7分半にわたるこの作品はブルージーなビートで進行するが、それとはわからないほどに少しずつテンポがあがってゆき、最後にはベースが突如炸裂。流星群のごとくドラムが駆け抜け、モクターのギターが暗闇を切り裂く閃光となって入り乱れる。全編を通して繰り返されるリフレインからは然るべき怒りと絶望感がひしひしと伝わるが、希望が失われたわけではない。”アフリカは数々の被害者/口を閉ざしたままでいれば一巻の終わり/どうしてこうなった? いったいどうして?”
「Afrique Victime」はアルバムの中でも異質に見えるかもしれないが、他の収録曲と相いれないわけでもない。
革命の潮流はtishoumarenのパイオニア、ティナリウェンに遡る。ティナリウェンのメンバーは、長年サヘル地域諸国で疎外されてきたトゥアレク族の権利平等を求めて戦った反乱勢力の一員だった。モクターも2010年代のトゥアレグ蜂起に参加した。ニジェールではトゥアレグ族が一人前の市民として扱われず、飲料水も、電気も、学校や病院もないという事実に駆り立てられたのだという。あれから10年、ニジェールにおけるトゥアレグ族の状況は改善されたが、国も国民も大国に牛耳られたままだ。ニジェールに腰を下ろした元宗主国のフランスだけではない。モクターが生まれたアガデスの街はずれには、アメリカ軍が1億1000万ドルかけて建設したドローン基地がある。CIAも、ディルクの街から350マイルのところに基地の建設を決定した。
「今のニジェールをだめにしているのは、こうした軍事基地の存在が元凶です」とモクターは言う。
エムドゥ・モクターがティナリウェンの楽曲をカバー、2020年にナイジェリアにて
この1年、モクターはアガデスや近隣地域にできる限りのことをしてきた。パンデミックで2020年の北米ツアーを中止せざるを得なくなり、代わりに彼はニジェール国内を旅した。「人々の暮らしを見て、砂漠で起きている被害を確認したかったんです。すぐに、人々が飲料水へアクセスできずに困っていることが分かりました。それで身銭を切って、砂漠での井戸の建設をサポートしました」
ニジェールはCOVID-19の影響をとくに受けたわけではないが(最新データによると感染者はわずか5356人、死者は192人)、やはり生活には支障をきたしている。人々はモスクに集うことができなくなり、それまで頻繁に行われていた結婚式などの地域行事はほとんど中止された。とくに後者に関しては、イベントで演奏することで割のいい報酬を得ていたアガデスのミュージシャンにとっては致命的だった。「残念ながら、地元ミュージシャンの大半が破産状態と言っていいでしょう。貯えがなく、不意を突かれた人はみなそうです」
通常なら、アガデスの若者にとって音楽は稼ぎのいい商売のひとつだ。モクターはこの地域での音楽の存在を、他の都市でのサッカーにたとえる。だからこそこの地域は多くの才能を輩出してきた。モクターと同世代のバンビーノしかり、2020年1月に他界した大先輩で指導者のアブダラー・ウンバドゥーグーしかり。「アブダラーのコンサートで初めてギターの生演奏を見ました。自分にとって、彼はつねに驚異の存在でした」とモクター。「人間以上ですよ、わかるでしょう。彼のすることは何でも好きでした。こうしてアーティストになれたのも彼のおかげです」
「砂漠のブルース」のパイオニア、アブダラー・ウンバドゥーグー。1995年リリースの『Anou Malane』はSahel Soundsよりリイシューされている。
モクターの音楽の根源には無限の好奇心がある。「血筋でしょうね」と本人は言う。「好奇心があるからこそ、音楽はずっと進化していけるんだと思います。それと、クリエイティビティに欠かせないのが努力。一生懸命努力して、実験することからクリエイティビティが生まれるんです」 いまも彼に深いインスピレーションを与えるのは、「自然や環境から強いられること」。ということは、家や家族から遠く離れて作られた『Afrique Victime』が愛や切望の記録だとすれば、この1年母国ニジェールで目にしたものが次回作で結実するかもしれない。
「いま一番影響を受けているのは、ここアフリカでの現状です」と彼は言う。「自分の音楽は今よりもっと革命的になるでしょうね。そういうテーマで作曲したいんです。今の自分にしっくりくるような気がするんですよ。テロリズムや格差、汚職、今なお続くフランスからの搾取。将来的にはアルバムでこういうテーマを扱ってみたいですね」
だが、彼はこうも言う。「愛というテーマも忘れたりはしませんよ。愛こそが人々を束ね、結びつけるものですから」
From Rolling Stone US.

エムドゥ・モクター
『Afrique Victime』
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