音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」。第43回は、無差別殺人・傷害事件の加害者が内包するメンタルヘルスの問題について産業カウンセラーの視点から伝える。


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アイルランドのロックバンドThe Boomtown Ratsが1979年に発表しヒットした『I Dont Like Mondays(哀愁のマンデイ)』という曲があります。これは同年にアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴで16歳の少女ブレンダ・アン・スペンサーが小学校でライフルを乱射し、校長と主任用務員が死亡、児童8名と警官1名が負傷した事件があり、逮捕後に動機を訊ねられた彼女が「月曜日が嫌いだから」と答えたことに着想を得て作られた楽曲でした。

こうした無差別殺人・傷害事件は日本でも時々発生していますが、特に昨今は頻発しているように感じます。秋葉原通り魔事件(2008年)、相模原障害者施設殺傷事件(2016年)、東海道新幹線車内殺傷事件(2018年)、川崎登戸通り魔事件(2019年)、京都アニメーション放火殺人事件(2019年)大阪北新地のビル放火事件(2021年)、そしてつい先日は東大前での刺傷事件というように、途切れることなく発生してしまっています。こうした無差別大量殺人や、自爆テロ、無理心中、などは、ケースによっては「拡大自殺」と精神医学の領域では言う場合があります。これは他者を巻き添えにして殺害し自分も死のうとする行為のことですが、犯行に及んだ者がその場で自殺する場合もあれば、大量に殺人を犯すことで死刑判決を求める形もあります。


アメリカの犯罪学者、J・レヴィンとJ・A・フォックスは、「大量殺人の心理・社会的分析」で、こうした犯罪を引き起こす要因として以下の6つを挙げています。

1 長期間にわたる欲求不満
2 他責的傾向
3 破滅的な喪失
4 外部のきっかけ
5 社会的・心理的な孤立
6 大量破壊のための武器の入手

1、5、6に関しては、その言葉通りの意味になります。2は欲求不満の原因をすべて他人に求めようとする傾向です。3は、それによって「自分は破滅した」と思うような何らかの喪失体験です。4は、様々な外部での事象がきっかけとなり得ますが、何らかの事件が発生しそれに影響を受けて模倣するということもこれに該当します。

この6つの要因には個人的な要因も関係してきますが、私たちが考えるべきは社会的要因の影響の大きさです。
前回の「『不平等な社会』がもたらす格差からメンタルヘルスの悪化を考える」で取り上げた格差の問題はすべての人に「長期にわたる欲求不満」を生じさせます。また「他責的傾向」になる原因の一つに、過度な自己責任論の影響があります。精神科医の片田珠美氏は「自己責任論を突き詰めると、うまくいかないのはすべて自分のせいということになるが、それを認めるのは非常につらい。何よりも、自己愛が傷つく。だから強い自己愛の持ち主ほど、自己責任を否認して、『自分に能力がないわけでも、努力が足りないわけでもなく、○○のせいでこうなった。自分はあくまでも被害者なのだ』と思い込もうとする」と指摘しています。
このように、自己責任論が強くなればなるほど、自分の保身のために他責的傾向が強まるという矛盾と悪循環が生じるのです。

また以前この連載の「評価や成果に捉われない 改めて考えるべき”より深い”自己肯定感とは?」で詳しく取り上げましたが、何かの役に立ったとか、何らかの成果を得たという「自己効力感」や「自己有用感」に基づいた、いわば機能レベルでの自己肯定感ばかりが強調されると、何かができなければ存在が否定されてしまうということにもつながります。自分の存在を否定されることはまさに「破滅的な喪失」と言えるでしょう。本来の自己肯定感は「自分が自分であって大丈夫」といった、存在レベルのものであるべきです。誰かがその人として存在することに、何かクリアしなければならない条件など何一つないのです。

社会のあり方は人のメンタルに大きな影響を与えます。
どのような社会が皆にとって生きやすい社会なのかを考えることが、悲劇的な事件の発生を未然に防ぐためにも必要なことなのだと思います。

参照
『拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中』(片田珠美著・角川選書)

<書籍情報>

無差別殺人・傷害事件から考えるメンタルヘルスの問題


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。
2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP:https://teshimamasahiko.com/