カニエとドレイクに続き、2020年代最初のニュースター=リル・ナズ・Xのアルバムが送り出されるなど、2021年後半は一気にビッグリリースが続いた。そして2021年の締めくくりには、この数年ずっとグラミーに寵愛を受け続けてきたアデルとシルク・ソニックが相次いでアルバムをリリース。どちらかと言えば、オーセンティックな二作品が相次いだことも、混乱が続く社会からの無言の要請だったのかもしれない。では、そんな2021年4thクォーターの中から絶対に見過ごしたくない4枚のアルバムを紹介しよう。
1. Adele / 30
発売からわずか3日で2021年にもっとも売れたアルバムに躍り出たアデルの新作『30』は、彼女がこのまま「アダルトオリエンテッドなバラッドの女王」の道を邁進するだけではないことを告げている。
盟友グレッグ・カースティンとそのほとんどを作り上げたアルバム前半は、比較的に手堅い出来。周知の通りこれは離婚をテーマにしたアルバムだが、別れの痛みや幼い息子への罪悪感がリッチなサウンドと圧倒的な歌唱力で情感たっぷりに表現されている。本作はまさにアデルが得意とする――ピッチフォークが言うところの「共感爆弾(empathy bombs)」の連続であり、誰もが彼女のストーリーを自分のものとして感じ、その世界に酔いしれることになるだろう。
ただ、本作で何より目を引くのは起用しているプロデューサーの人選だ。チャイルディッシュ・ガンビーノとの仕事をはじめ、近年は数多くの劇伴を手掛けるルドウィック・ゴランソン、ソーやリトル・シムズなどの仕事で知られるインフロー、そしてアラマバ・シェイクス『サウンド&カラー』のエンジニアとして名を上げたショーン・エヴェレットなど、保守本流と目されているアデルにしてはかなり挑戦的なのである(マックス・マーティンとシェルバックという泣く子も黙るポッププロデューサーたちも参加しているが、見事にアルバムの完成度に水を差している)。
そのプロデューサー陣の選球眼と全体の配置のバランスは見事というほかない。特にインフローのデッドで乾いたソウルサウンドが聴ける後半の3曲は白眉だ。
シルク・ソニック『An Evening With Silk Sonic』
2. Silk Sonic / An Evening With Silk Sonic
アデルの『30』には伝統主義と冒険性の理想的なバランスが宿っていたとすれば、ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによるユニット、シルク・ソニックのデビューアルバム『An Evening With Silk Sonic』は思い切り伝統主義へと振り切っているように見える。ここに溢れているのは70年代ソウルへの執拗なまでの憧憬と愛着。誰もが思わず戸惑ってしまうに違いない。
改めて言うまでもなく、これまでもブルーノの作品には常に過去へのオマージュが詰め込まれていた。ただ、マーク・ロンソンとの「Uptown Funk」はEDMを通過したブギーであり、ソロ最新作『24k Magic』がトラップ以降のビート感を咀嚼したニュージャックスウィングだったことと較べると、本作にはわかりやすい目新しさはない。せいぜいパークのドラムとヴォーカリゼーションにヒップホップ以降の感覚がナチュラルに宿っていることくらいだろう。それゆえに、Pitchforkのように前衛性を称揚するメディアが一貫して批判的なのもわからなくはない。
だが、本作は2つの意味において現代的だと指摘できる。1つは、「Uptown Funk」や『24k Magic』がリリースされたときのように、最大公約数的な「新しいポップ」がわかりやすく存在しない2021年だからこそ、ルーツ回帰という選択が理に適っている――という意味において。
もう1つは、Rolling Stoneのカバーストーリーで「ヘヴィな曲は意識的に排除した」とブルーノが語っていることが何より示唆的だろう。
結局のところポップアーティストにとって一番大事なのは、これ見よがしなわかりやすさで「進歩的なサウンド」を作ることではない。誰もが思いも寄らなかったような形で、今この瞬間を的確に表現した言葉とサウンドをいかに紡ぎ出すかだ。その定義に照らし合わせれば、シルク・ソニックのアルバムは極めて優れたモダンポップだと言える。
リル・ナズ・X『Montero』
3. Lil Naz X / Montero
2021年においてもっとも明快な現代性を打ち出しているアルバムと言えば、リル・ナズ・Xのデビュー作『Montero』を置いてほかにない。モダンなラップミュージックをプロダクションの基盤に置きながらも、フラメンコ、ロック、ポップと節操なく広がるポストジャンルな音楽性。アフリカンアメリカンのクィア男性としての苦悩を実体験を踏まえながら歌いつつ、同じ悩みを抱えるリスナーに手を差し伸べる切実で誠実なリリック。音楽のみならず、MVでのヴィジュアル表現やSNSでのバズマーケティングも含めて総合的に自身のアートを構築するプロデューサー/マーケッター的な視点。どれも非の打ちどころがなく現代的であり、すべての要素がきっちりと「差別や偏見と闘う黒人クィア男性のスター」という文脈を強化することに寄与している。まったく隙が無い、見事な作品だ。ただ、全体的に納得感はあっても驚きは少なく、特にサウンドそのものの刺激がやや乏しいところは評価を分けるだろう。
4. Wiki / Half God
『Montero』があらゆる意味で2021年USメインストリームのトレンドど真ん中だとすれば、アンダーグラウンドの生き生きとした胎動を伝えるのがウィキのソロ三作目『Half God』だ。
本作はネイヴィ・ブルーが全編プロデュースを務め、アールやマイクも参加。最新鋭のNYを体現するネイヴィのメロウでヒプノティックなビートをキャンバスに、ウィキはプエルトリコ系のニューヨーカーとしてジェントリフィケーションが進む街を見つめ、コミュニティの大切さをラップする。NYアンダーグラウンドの勢いと底力を同時に体感させる、ウィキのソロ最高傑作。
【関連記事】田中宗一郎×小林祥晴「2021年ポップ・シーン総括対談:時代や場所から解き放たれ、ひたすら拡張し続ける現在」
【関連記事】グラミー賞は「おかしい」のか? 確かに存在する現実として受け取るべきか?
【関連記事】新たな胎動の予感? 各メディアの2021年の年間ベストから読み取れる時代の空気とは?
【関連記事】ピンクパンサレス以降に台頭が続く、「ガーリー」なドラムンベース新世代
Edited by The Sign Magazine