さる10月6日、神田スクエアホールで開催されたジョン・バティステ(Jon Batiste)の初来日公演は衝撃的だった。歌やピアノのうまさは言うまでもないし、ギターやサックスまで演奏することで観客を驚かせ、何度も客席に降りてきてはピアニカを奏で、もしくは歌いながら、ニューオーリンズのジャズ・フューネラルのように会場を歩き回り、観客とコミュニケーションを取っていた。
会場全体が彼を間近で感じることができたはずだ。

今年9月に公開したインタビューで、バティステは彼が掲げるソーシャル・ミュージックというコンセプトについて、こんな話をしていた。

「世界中のあらゆる文化において、音楽が”娯楽のためのもの”になる以前は、ある目的を持っていたとされている。音楽は昔から常に、そのコミュニティの一員となるために、そして年長者から下の世代へと人間の知恵を受け継ぐための手段として使われてきたんだ。儀式、精神的修行、ドラムサークルといった集団での音楽演奏。どれも形は違えど、音楽を通じて人と人が繋がるためのものだ」

「ソーシャル・ミュージックはヒューマニズム(人間主義)とアクティビズム(行動主義)の要素、すなわちパフォーマンスとライブ体験と結びついている」

あのライブは彼が考える音楽のあり方をそのまま体現したものだったのだろう。
バティステはどれだけ「音楽」というものを信じているのか、「音楽という体験」にこだわっているのかを強烈に感じさせられた。

そのライブが行われる数時間前、都内某所で再び取材できることになった。ここでは前回のインタビュー(本人に記事を見せたら大喜びで、すぐにX/Twitterへ投稿してくれた)の続きとして、壮大すぎる最新アルバム『World Music Radio』をさらに掘り下げている。

本作はワールド・ミュージックという言葉の意味を書き換えるべく作られたものだが、その一方で、アメリカ音楽のサウンドも数多く含まれている。まるでアメリカ音楽も北米の地域性を反映したローカルな音楽に過ぎないと念を押しているようにも感じられた。すべての音楽が平等であり、それらの背景にある文化も宗教もすべて等価であることを誇示しているかのようだ。


バティステは取材中に歌いだしたり自由な振る舞いが印象的だったが、我々の問いには丁寧に答えてくれた。『World Music Radio』をもう一段階、深く聴くためのヒントになるような話をしてくれたと思う。

ジョン・バティステが日本で語る、世界のカルチャーを横断する音楽観とその裏にある哲学

Photo by Masanori Doi

ジョン・バティステが日本で語る、世界のカルチャーを横断する音楽観とその裏にある哲学

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―前回のインタビューが終わったあと、カッサ・オーバーオールにメッセージを送って、彼が参加している「BOOM FOR REAL」について質問したんです。それでカッサに、この曲がジャン=ミシェル・バスキアと関係があると教えてもらいました。

ジョン・バティステ(以下、JB):「BOOM FOR REAL」はバスキアが口にしてた言葉なんだ。バスキアはこの言葉をスラングのように使っていて、僕はそれが気に入った。
この曲を書いていた時は、彼のことをよく調べてたんだよね。「BOOM FOR REAL」のビートは、実は19歳の時に作っていたものを使ってる。2018年頃にそれをカッサと一緒に曲として仕上げたんだ。それは(同年リリースのアルバム)『Hollywood Africans』を制作していたのと同じ頃だったーー僕が制作に集中していた年だ。タイトルはバスキアから引用して、この1年で完成させた。

―そもそも『Hollywood Africans』というタイトルも、バスキアに由来するものですよね。
あなたにとってバスキアはどのような存在ですか?

JB:バスキアはアート、音楽、さまざまなカルチャーを横断しながら、彼自身を表現してきた。アフリカン・アメリカン、ハイチ、プエルトリコ、ニューヨーク、ロウアー・イースト・サイド、アート、音楽、ファッション……こういったキーワードが、ニューオリンズでクレオールの子孫として生まれ、ニューヨークにいる僕と共鳴するところがあった。それに、彼は時代の先駆者だ。今はカニエ・ウェスト、ファレル(・ウィリアムス)、他にもたくさん活躍してるアーティストがいるけど、彼は、今からずっと前にその地位を確立していた。彼をカテゴライズすることは難しいね、あらゆるクリエイティブを包括しているから。僕は、彼の芸術性に共感する部分があるんだ。


―もう一人、ブラクストン・クックにも『World Music Radio』について話を聞きました。彼はステイ・ヒューマンのメンバーがジュリアード音楽院の同級生だということ、ブラクストンやプロデューサーのジャハーン・スウィートもジュリアード音楽院の出身であることを教えてくれました。『World Music Radio』にも多大な貢献をしている、あなたのジュリアード音楽院時代のコミュティについて聞かせてもらえますか?

JB:日本に来る前、ロサンゼルスでショーをやった。ワクワクするようなエネルギーに溢れた素晴らしいショーだった……誰もその場を去ろうとしない、あの感じ、分かるよね? ショーのあと、僕とバンドにみんなが挨拶に来てくれた。ジャハーン(・スウィート)にブラクストン、ステイ・ヒューマンの元メンバーであるイバンダ・ルフンビカ、現在もメンバーのジョー・セイラー、それから2005~2006年頃、エディ(・バーバッシュ)の前に参加してたサックス奏者のアーロン・ホルブルックまで。みんなでショーについて話したり……特に、ジャハーン、ブラクストンと一緒に過ごせたのは嬉しかった。
2011年のショーのことを思い出したよ。若い頃から今までずっと、世界の目を引くようなことをやってきたんだ。ジャハーンもブラクストンも、僕もね。そして今再び、僕らの活動をみんなの前で披露することができた。感慨深い瞬間だったね。会場の屋上で、まるでこの世に僕らだけしか存在していないかのような気分で、「一夜に奇跡的な瞬間を生むには何年もかかるんだな」って話してた。何年も何年もかけてやっと……やっとみんなに届けることができたんだ。

「音楽も宗教もすべては繋がっている」

―『World Music Radio』についても聞かせてください。このアルバムは、ラジオDJのビリー・ボブの番組という形式になっています。でも、最後の3曲の前の「Goodbye Billy Bob」という曲で、ビリー・ボブはリスナーに別れを告げますよね。ということは、その後はビリー・ボブではなく、ジョン・バティステが引き継いでるということですか?

JB:アルバムの中で、ジョン・バティステが紹介される瞬間があるんだ。それから、ビリー・ボブが去っていく瞬間もね。ジョンかビリー・ボブか?ーーそのあたりの曲の解釈は、君次第だ。僕は何も言わないよ。でも、ヒントは隠れてるんだ。ビリーの締めくくりのあのサウンドデザインで、彼はもうアルバムから旅立ったしまったと感じるだろう。あの手渡し方、僕はすごく気に入ってるんだ。

―ビリー・ボブが去ったあとの3曲は、曲の雰囲気がそれ以前と大きく変わってますよね。あの3曲でどんなことを表現しようと思ったんでしょうか?

JB:「White Space」と「Wherever You Are」は、〔キリスト教の教会で行われる〕神聖な礼拝説教のような感覚。このアルバムは、土曜日の夜から日曜日の朝を迎える、時の移り変わり、そして人々を集会へと導く様子を描いている。「White Space」と「Wherever You Are」は、アルバムの中でもユーフォリアとスピリチュアリティに満ちている曲だ。

「Life Lesson(feat. Lana Del Rey)」は、映画が終わってクレジットが流れるときに映されるエクストラ・シーンのような、いわゆる口直しみたいなもの。それにはとても重みがあって。その意味では、他の曲とは違う役割を持ってるんだ。

―『World Music Radio』というだけあって、世界中の音楽が入っていますが、その中でもアメリカの音楽がたくさん入っていますよね。しかも、いろんな種類のアメリカの音楽が入っています。この中に入っているアメリカの音楽はどういった役割を果たしているのでしょうか。また、アメリカの音楽の中でも、これらのスタイルを取り入れた理由は何ですか?

JB:スタイルよりも、どうやって制限を持たせないかということを考えていたんだ。『World Music Radio』は「ワールド・ミュージックを作らない」ための良いスタートになると思ったんだ。世界中のカルチャーをカラーパレットのように見立てることが、ジャズやソウル、ポップ、さらにワールド・ミュージックというジャンルから自由になる一種の方法で、僕はその自由さに美学を感じた。とても自由な発想で作るんだよ、まるで子供のようにね。だって、子供は音楽を「これはラップだ、クラシックだーーだから、僕の趣味じゃない」っていうふうに音楽を聴かないよね? 耳に入った音楽に自然と反応する。そういった感覚で音楽を作ったんだ。

―よくわかります。一方で、僕がこのアルバムに面白さを感じたのは、アメリカの音楽が「北米のフォークロア」のように感じられることです。もしかしたら、そんな感覚でアメリカの音楽をアルバムに入れているのかなと思ったんですが、いかがですか?

JB:そうだね。「もし君がそう定義するなら、それもまたワールド・ミュージックだ」というメッセージが根底にある。アフリカやアジア……そういった意味でのワールドミュージックではない、普遍的な意味でのワールド・ミュージック。その解釈は僕を自由にしてくれたし、ワールド・ミュージックという言葉を再定義し、再構築するきっかけになった。

―あなたは敢えて、ゴスペルやジャズ、ソウル、カントリー、ブルースを『World Music Radio』で演奏していますよね。それはアメリカのそういったスタイルが北米の地域特有の、ローカルな音楽にすぎないんだってメッセージなのかなと僕は感じました。そんなメッセージをリスナーが分かりやすく受け取れるような仕掛けというか。

JB:そのとおりだよ。僕が今回のアルバムで挑戦したかったことは、どうすれば世界中に届けられるのか? アメリカン・スタイルに対して「古くて、レトロで好みじゃない」と捉える人にどうやってアプローチするか? そういったことでもあったんだ。

ジョン・バティステが日本で語る、世界のカルチャーを横断する音楽観とその裏にある哲学

Photo by Masanori Doi

―「Movement 18'(Heroes)」も興味深かったです。ここではウェイン・ショーター、デューク・エリントン、 クインシー・ジョーンズ、アルヴィン・バティステの語りが引用されています。キリスト教の文脈かなと思ったら、ウェイン・ショーターの話は仏教的な話のように感じました。それで気づいたのですが、アルバム全体でいろんな宗教について言及していたり、特定の宗教に偏らないように作られていますよね?

JB:ああ、すべては繋がっているんだ。世界の音楽、世界のカルチャーのことに触れるなら、それは世界の宗教、世界の信仰についても触れることになる。それが、スピリチュアルな道を辿ることの美学だと思うから。真理を追求する者は神に巡りあえる。最後には、精神がその者を導く。さまざまな宗教について言及しているのは、人々が長い年月をかけて真理に辿り着くまでの手段の多様性を示すためなんだ。ウェイン・ショーターは仏教徒だった。クインシー・ジョーンズは、「Master Power」の中で「 主の祈り」を唱えている。それから、ムスリム(イスラム教徒)の祈りの呼びかけがあって。「Master Power」の最後では、ユダヤ教の司祭ラヴ・ドラック(Rav Druck)がユダヤ教のララバイを歌っている。ムスリムの祈りの歌声が聴こえるんだ。つまり、イスラム教の祈りとララバイが同じ曲の中に入っている。

そして、リリックの中で僕は旧約聖書の預言者や聖書の登場人物について言及する。このアルバムには、異なる宗教が共存しあっている曲が何曲もあるんだ。そして最後は、牧師ドリュー・ジャクソンの一声、”Please be seated”で締めくくられる。このアルバムは僕だけの信仰じゃなく、世界中の信仰が含まれているんだ。

―今、話を聞きながら思ったんですけど、DJのビリー・ボブが宇宙から放送して音楽を届けるというコンセプトはすごくスピリチュアルですよね。ある種の啓示みたいだなって。『World Music Radio』はあなたにとって「コンセプト・アルバムであり、ポップ・アルバム」とのことでしたが、実はスピリチュアルなアルバムでもあるのかなと思いました。

JB:ワーオ! それはトロイの木馬のようなもので、表面上からは分からないんだ。シンプルにできているから、そのことに気づくまで時間がかかる。「単純明快さ」が持っている奥行きーー僕の作品のテーマの多くはこれなんだ。それを表現するには、異なるバージョンを試したり編集したり……試行錯誤して相手に届きやすいものにする必要がある。相手が受け取りやすい形にね。『World Music Radio』もスピリチュアル、カルチャー、音色……いろんなレイヤーで成り立ってるんだ。

ロイ・ハーグローヴへの敬意

―最後に話は変わりますが、あなたは『Chronology Of A Dream』(2019年のライブアルバム)をロイ・ハーグローヴに捧げていますよね。

JB:そうだね、(あのアルバムにも)カッサが参加している。

―プロダクション面に携わっていたんですよね。あなたにとって、ロイ・ハーグローヴはどういう存在でしょうか?

JB:自分のお金で最初に買ったのは彼のレコードだった。父のすばらしいレコードコレクションからではないし、母からでもない。祖父母でもなければ、姉からの影響でもない。自分で初めて買った10枚のアルバムのうち、偶然にもロイは4枚に参加していたんだ。コモンの『Like Water for Chocolate』、エリカ・バドゥの『Mama's Gun』、ディアンジェロの『Voodoo』、そしてRHファクター『Hard Groove』。当時は彼のことを知らなかったけど、どのアルバムも大好きで、それはまるで点と点が繋がっていくようだった。

10代の頃、ニューヨークに引っ越した時にロイと会ったんだ。それは偶然の出会いだった、僕はいつも彼の話を聞きたかったし、彼に会いたかった。それから、20歳で彼の3つのバンドーーRHファクター、ロイ・ハーグローヴ・ビッグバンド、ロイ・ハーグローヴ・クインテットで演奏するようになったんだ。彼のヨーロッパ、アメリカツアーに同行して、それが僕にとって初めてのヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏だった。

ロイ・ハーグローヴとジョン・バティステの共演ライブ映像

JB:『Chronology Of A Dream』は10年前にロイ・ハーグローヴと演奏した、あのヴィレッジ・ヴァンガードでレコーディングしたんだ。このアルバムの構成やアプローチは、彼から授かった多くのインスピレーションでできている。ジャズとゴスペル、メロディとハーモニーが混じり合った、すばらしいテイストの旋律。彼は、バンドをうまくキュレーションする才能を備えていたし、バンドメンバーたちも彼から多くの影響を受けていた。彼は、僕らがレコーディングした1週間後に他界してしまったんだ。そのことに対して僕は、彼からトーチを引き渡されたかのような、彼の精神を受け取ったような、そんな気がしたんだ。

―深いつながりがあったんですね。あなたが(ディアンジェロやロイの作品を手掛けた)エンジニアのラッセル・エレヴァードと仕事をしているのも、ロイへのリスペクトなのかなって。

JB:ああ!

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ロイの人生最期の夏に密着したドキュメンタリー映画『ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅』。ハービー・ハンコック、ソニー・ロリンズ、エリカ・バドゥ、クエストラヴ、海野雅威などの証言も。11月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開。

ジョン・バティステが日本で語る、世界のカルチャーを横断する音楽観とその裏にある哲学

ジョン・バティステ
『World Music Radio』
発売中
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