ニューアルバム『Visions』のリリースから1カ月が経過したタイミングで、ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)がZoomでインタビューに応じてくれた。

自分が聞きたかったのは、大きくふたつ。
彼女はどういったサウンドを求めてヴィンテージソウル・リヴァイヴァルのキーパーソンとも言えるマルチプレイヤー/プロデューサー/エンジニアのリオン・マイケルズと再び組んだのか。それから、アルバムが久しぶりに明るさやあたたかさを感じさせるものになったことに理由はあるのか。「考えてない」「意識していなかった」という答えも多いのだけど、分析めいたことに関心がないのはいつものこと。彼女なりの考えと正直さがよく見えてくるインタビューになったんじゃないかと思う。

リオン・マイケルズとの共同作業

―ニューアルバム『Visions』を聴き、”あなたらしさ”と”新しさ”の塩梅が絶妙なアルバムだなと感じました。”らしさ”は主にメロディから、”新しさ”は主にサウンドから感じたんです。この感想、あなたはどう思いますか?

ノラ:そういうことは、私は考えない。ジャーナリストのあなたが考えることでしょ? 私は音楽を作る側だから(笑)。

―まあ、そうですよね。自分は『Visions』のサウンドに生々しさを感じたんですよ。ヴィンテージソウル感があるというか、ガレージっぽさがあるというか。初期のあなたの作品は響きのすっきりしているところがあったけど、それとはずいぶん違う響きだなと。
あなた自身、作る前から今回はそういうサウンドにしたいと考えていたのでしょうか。

ノラ:作っているうちにそうなっていった。リオンと一緒にクリスマス・アルバム(『I Dream Of Christmas』)を作ったでしょ? あれがとても楽しくて心地よかったから、クリスマスを抜きにしたらどんなアルバムになるのか、自分でも見てみたかったの。リオンがドラムを叩いて、私がピアノやギターを弾いてみる。そうしているうちに、いい感じの曲になっていく。そうやってふたりで作った曲の大枠を私たちは気に入っていたから、ほとんどのパートを自分たちで演奏した。バンドを入れて録音する必要がなかったの。とはいえバンドでも3曲レコーディングして、それはそれですごくよかったから収録したんだけど。

「Staring at the Wall」のMVにはリオン・マイケルズも出演

―すいぶん前の話ですけど、リオン・マイケルズはかつてシャロン・ジョーンズ&ザ・ダップ・キングスの一員でした。『Visions』にはリオン、それからデイヴ・ガイ(Tp)、ホーマー・スタインワイス(Dr)と、ダップ・キングスに在籍していたミュージシャンが3人も参加しています。あなたのなかであのバンドの存在は大きかったのでしょうか。

ノラ:そういうわけではない。
あのバンドの作品をいいなとは思っていたけど、そこまで熱心に聴いたわけではなかったし。リオンとデイヴのふたりは私の2019年と2020年のアルバム(『Begin Again』と『Pick Me Up Off the Floor』)で吹いてくれて、それが一緒に仕事をする始まりだった。そのあとでリオンがやっているエル・マイケルズ・アフェアの音楽を耳にして、すごくいいなと思ったのね。だから「一緒に何かやらない?」って彼に聞いて、それからクリスマス・アルバムを一緒に作ることになった。デイヴとホーマーはリオンと仲がいいから、今回ふたりも参加してくれることになったの。

―リオンが主宰しているビッグ・クラウン・レコードの作品群は、「未来のヴィンテージサウンド」と言われるように、60年代・70年代のソウルのサウンドを想起させます。が、単にレトロということではなく、いま聴いて新しいと感じられる要素が必ずある。例えばリヴァーブをかけないこととか、密室的な音の響かせ方をすることがそうした印象に繋がっているのだろうと思うのですが、ビッグ・クラウンの作品群の音をイメージしていたところはあったりしましたか?

ノラ:それもなかった。さっきも言った通り、リオンのやり方が気に入っていたってことと、彼と一緒にやるのが楽しかったっていうだけ。リオンの作るサウンドは彼の一部になっているわけだから、結果としてそういうサウンドになったのかもしれないけど、私としては特定のサウンドを求めて彼と仕事したわけではない。彼を好きだから一緒に作ったっていう、ただそれだけのこと。

リオン・マイケルズが携わった楽曲のプレイリスト

―今作の曲は、さっきあなたもおっしゃったように、スタジオでリオンがドラムを叩き、あなたがピアノやギターを弾いて、ジャムをしながらその場で思いついたアイデアを形にしていくという作り方だったとか。
そのような作り方はデンジャー・マウスと組んだ5thアルバム『Little Broken Hearts』と同じですよね。ただ、あのときはデンジャー・マウスのほかにエンジニアがスタジオにいた。今回はリオンがエンジニアでもあったので、あなたとふたりだけで作業を進めることができた。その違いは大きかったですか?

ノラ:よく似た作業工程だったけど、確かにデンジャー・マウスとのセッションのときはエンジニアがスタジオにいた。今回はリオンと私のふたりだけ。必要最低限の人員でやったから、違うと言えば違うかな。まあ、似たような工程だったとはいえ、人が変われば雰囲気も当然変わるわけで。何がどう違ったかはうまく言えないけど。

―因みにあなたはこれまで同じプロデューサーと1~2作組んで作ったら、次は別の人と組むというふうにしてきました。ということは、次を作るときはまた別の人と組むことになるのか、それともリオンとの作業が楽しかったからもう一度彼と作るのか、今の段階でどう考えていますか?

ノラ:わからない。だってリオンとの作品を作って出したばっかりだから。彼とまた一緒に仕事をしたいとは思うけど、でもそのときになってみないと本当にわからないからね。
今はそれを考えるときでもないでしょうし。ただ、私としては、そのへんは縛られることなく、オープンに考えていきたいと思っている。

『Visions』収録曲について

―では話を変えて。『Visions』は、オリジナルアルバムとしては久しぶりに明るさやあたたかさを感じられる作品になったように思いました。どうしてそうなったのか、思い当たるところはありますか?

ノラ:ひとつ言えるのは、音楽を通じてそのときの感情を捉えようとしたってことが大きいと思う。私だけじゃなくて、リオンもね。そうして録ったものがデモになるのか、それとも本番として採用することになるのかは、その時点ではふたりともわかっていなかったけど。

―プレスリリースにドン・ウォズの言葉があり、彼はこう分析していました。「2020年のアルバム『Pick Me Up Off the Floor』で、彼女は喪失感、嘆き、炎上、失恋について歌った。私はスピーカーに手を伸ばして彼女を抱きしめたい気持ちになった。なぜなら彼女が、カール・ユング(スイスの精神科医・心理学者)が詳しく書いた中年期に起こりうるいくつかの事柄を経験しているのは明らかだったからだ」「『Visions』の曲を初めて聴いたとき、彼女が嵐を乗り越え、賢明な視点を持つに至ったことがはっきりとわかった」「彼女は4年前に自分を呑み込んだトンネルの終わりに光を見出しており、同じような岐路に立たされている人たちに慰めや喜びを与えている」。ドン・ウォズのこの捉え方をどう思いますか?

ノラ:彼がそのような発言をしたとき、私は驚いたんだけど、彼の言わんとしていることは理解できたので、プレスリリースに入れてもいいって言ったの。
彼があんなふうに美しく表現してくれて、むしろ光栄に思った。彼は言葉に長けた人だからね。私はというと、自分の音楽を言葉で説明できないし、だからこそ音楽を作っている。音楽について説明したくない。言葉で音楽を表わしたくない。その役割を彼が担ってくれてよかったわ(笑)。

―いかにして光を見出すことができたかも、言葉で説明したくないですよね。

ノラ:ええ。セラピーじゃないんだから(笑)。そんなことはわからないし、話せない。

ノラ・ジョーンズが明かす、今の自分と正直に向き合った創作ヴィジョン

Photo by Joelle Grace Taylor

―では、いくつか曲についてお聞きします。「Staring at the Wall」。
この曲はさっき自分が言ったヴィンテージソウル感みたいなものが最も濃く出ていて、それこそビック・クラウンから出た曲だと言われたら納得しそうな音になっています(実際、この曲と「All This Time」はビッグ・クラウンから7インチシングルとして発売されることに。再プレスなしの限定発売なので入手は困難)。でも、いかにもあなたらしい柔らかなピアノも印象的で、それこそ初めに言ったように、あなたらしさと新しさのバランスが絶妙だなと感じたのですが、そのへんは意識しましたか?

ノラ:そんなことまったく考えなかった。昔からそんなことは考えないし、何か新しい音楽をやるときに自分らしさが出ないんじゃないかとか心配するようなこともない。もうそういう境地にいないというか。私がやれば、どのようにやろうと自分らしさがはっきり表れるもので、私はただ曲の持つ感情だったり、曲の核心となるところに集中するだけ。大事なのはそういうことだけだと思うから。

―わかりました。では「Queen of the Sea」という曲について。この曲はカントリーの風味がありますね。リオンはカントリーの要素を持たない人ですが、彼のなかのソウルの捉え方と結びついてか独特の面白さが出ている。カントリーっぽいと言っても、あなたが2ndアルバムでやっていたものともザ・リトル・ウィリーズでやっていたものともプスンブーツでやっていたものとも違う感触です。そのへんは意識していましたか?

ノラ:意識はしていなかった。これはかなり気に入っている曲で、実はレコーディングする数年前に書いたものだったの。ただ、レコーディングするにあたって、最もプレッシャーを感じていた曲でもあった。なぜかというと、頭の中でこの曲がずっと鳴っていたから。どういうサウンドにしたいかというアイデアが既に頭のなかにあると、かえって難しいものなのよ。それを具現化しなきゃと考えるとプレッシャーになるわけ。だけど、リオンがドラムを叩き始めた瞬間、彼がこの曲に完璧に合ったドラマーなんだと実感できた。彼がレイドバックした感じで演奏を始めて、私もレイドバックした感じでギターとピアノを弾いて、すごく気楽にやれた。リラックスした雰囲気を醸し出せたと思う。

―その際、カントリーっぽいフィーリングを出そうと考えたりは?

ノラ:意識してそうしたりはしなかったけど、私がギターを弾くとなんかカントリーっぽくなるのよね。ピアノを弾いてそうなるときもあるけど、ギターのほうがそうなる傾向が強い。ギターだと私はそんなに洒落たコードが弾けないからかな。無意識のうちについカントリーっぽいコードを弾いてしまうというか。

―カントリーと言えば、ビヨンセがニューアルバムでカントリーを取り上げ、あなたも共演したことのあるドリー・パートンの「Jolene」なんかも歌っていました。あれとか、どんなふうに感じました?

ノラ:彼女はテキサス州の出身だから、カントリーが身体に染み込んでいるところもあるんじゃないかしら。私も幼い頃にテキサス州に住んでいたし。いいんじゃないかなって思う。

―「Visions」は最小限の音数で構成されたシンプルな曲ですが、楽器の入り方で少しずつ景色が変化していくようです。ギターで始まって歌がそこに乗るあたりは砂漠のように荒涼とした景色が浮かぶ。けれどもコーラスが入り、やがてデイヴ・ガイのトランペットが入ると、光が差し込んだようになって景色に色がつく。祈りのような感覚が曲に表れる。そこが素晴らしいなと感じたのですが、この構成は誰のアイデアですか?

ノラ:私の頭のなかにマリアッチのトランペットのイメージが初めからあったの。それ以外の部分は極端にシンプルにしようと考えていた。ギターもハーモニーも入れることを考えていなかった。でもリオンに「入れてみたら?」と言われて試しにやってみたら、趣のあるサウンドになったから、これでいこうって思って。

―ブライアン・ブレイドやジェシー・マーフィーとバンドでレコーディングされた曲が3曲(「I'm Awake」「Swept Up in the Night」「Alone with My Thoughts」)あって、それらはリオンとふたりで録られた曲とは少しだけ違う感触があります。自分は「I'm Awake」の浮遊感と曲構造のユニークさを気に入っていて、特にコーラスによって曲が広がっていくのがいいなと思ったのですが、このアイデアはどのように思いついたんですか?

ノラ:ある朝目覚めたら、アイデアが頭のなかにあった。「Running」もそうだったけど、起きたときにコーラス部分が曲の一部として頭に浮かんでいたの。曲全体のアレンジのイメージのなかに、初めからあのコーラス部分があったということ。そこから作り始めてリオンに聴かせたら、「すごくいい。これはブライアンとジェシーと一緒に試してみようよ」って言われて。だからこの曲はバンドでレコーディングすべく、とっておいたのよ。

―シンプルな言葉の繰り返しで成り立っている曲がいくつかありますね。とりわけ「I Just Wanna Dance」の言葉数の少なさには驚きました。”I just wanna dance”と繰り返すだけのシンプルさですが、でもそれだけに思いが深く伝わってもくる。「歌詞というものは、そんなに言葉を多くしなくてもいいんだ」という境地に最近至ったのでしょうか。

ノラ:この曲ができたときに、もう少し歌詞を付け足そうと言われたんだけど、私は「ノー」と突っぱねた。これ以上、何かを言う必要はないと思ったから。私はそこが気に入っている。そう、言われてみれば確かにこのアルバムには言葉が何度かリピートされる形で出来ている曲があるわね。意識してのことではなかったし、いま言われるまで気づいてもいなかったけど。

―もともと1曲のなかにそれほど多くの言葉を用いないタイプですよね。言葉数を多くして説明的にしたくないという考えが、ベーシックなものとして常にあるんですかね。

ノラ:説明をしたくないっていうのは、確かにある。でも言葉数がそれなりに多い曲もあるわよ。「Queen of the Sea」がそうだし、「Running」も。要は、これで曲が完成したと自分が感じられる瞬間がどの地点にあるかってことじゃないかな。「I Just Wanna Dance」はその言葉が出てきた時点で完成したと思えたわけだし。それによって変わるんだと思う。

ノラ・ジョーンズが明かす、今の自分と正直に向き合った創作ヴィジョン

Photo by Joelle Grace Taylor

―あなたの人生観のようなものがさりげなく表現されている曲もあります。最後に収められた「That's Life」がそうで、「立ち上がっては 転ぶ また下へ下へ落ちる」「それが人生というもの」と歌われているけど、曲調は軽やかで、不思議と救われる感覚になる。因みに『Pick Me Up Off the Floor』には「This Life」という曲があって、「私たちが知っているこの人生、それは全部終わる」と歌われていました。「This Life」はあの頃のあなたの人生観、「That's Life」は現在の人生観と考えていいでしょうか。

ノラ:それは自分でまったくわからないし、正直言って考えたこともなかった。でもまあ、そういうことなんでしょうね(笑)。

―「This Life」のアンサーソング的に「That's Life」を書いたわけではないってことですね。

ノラ:正直に言うけど、先週ギグをやったときまで自分で気づいていなかったの。「This Life」を演奏して、そういえばニューアルバムに「That's Life」があったなとハッとして。ライフについて書いている曲がけっこうあるなぁって思った。「I'm Alive」って曲もあったしね(『Pick Me Up Off the Floor』収録)。どれも好きな曲だけど。

ツアーの展望、次世代との交流

―ミュージックビデオについても聞かせてください。1stシングル「Running」のMVにはあなたとふたりの少女が出てきます。「あなたのため 走り続けて」と歌われ、ひたすら走り続けている。このMVにふたりの少女を出したのは、あなたのアイデアですか?

ノラ:そう、私のアイデア。この曲は何を歌っているのかわかりにくいでしょうけど、説明は避けたい。ただ、若い頃の自分に話しているという解釈がとても気に入っているの。世の中にある多くの曲はロマンチックな解釈のできるものだけど、これはそういうものとは違って、そこも気に入っている。

―「Paradise」のMVには、「Running」に登場する少女たちよりもさらに若い子供ふたりがあなたと遊園地で遊ぶ様子が映されています。

ノラ:「I watch you fall(あなたが落ちていくさまを見て)」というフレーズが出てくるんだけど、そこからジェットコースターのイメージがわいたの。人生のなかでの浮き沈みのようなものをこの曲で歌っているんだけど。

―あなたのふたりのお子さんのことをイメージしたところもあったんですか?

ノラ:いいえ。これは若い頃の私をイメージしている。私自身のことを想定して考えたもの。ただ、子供を出すことで辻褄が合うんじゃないかと思って。

―さて、間もなくツアーがスタートします。今回のツアー・メンバーを教えてください。

ノラ:ドラムがブライアン・ブレイド。ギターがサーシャ・ダブソンで、彼女は歌もうたう。それからサミ・スティーヴンス(ブルックリンを拠点とするシンガー・ソングライター)。彼女も歌って、オルガンもプレイしてくれる。シンガーがふたりいてハーモニーを手伝ってくれるし、ドラムはブライアンだから、間違いなく素晴らしいものになるでしょうね。

―その編成はかなり興味深い。日本でも観られることを期待して待っています。

ノラ:いつになるかわからないけど、私としても早く行きたい。

上述のメンバーが参加したTVパフォーマンス映像。ベースは以前からノラのサポートを務めてきたジョシュ・ラタンジー

―最後にもうひとつだけ。昨年はレイヴェイと一緒にクリスマス・シングルをリリースし、今年の初めにはレミ・ウルフとのコラボレーション曲をリリースしてましたよね。そのように若手のシンガーとコラボする機会も増えていますが、どんな感想を持ちました?

ノラ:ふたりとも本当に素晴らしいミュージシャンであると同時に、いい人だった。こうして才能豊かな若い人たちと出会えるのは素晴らしいことであり、刺激も受ける。未来は明るいなって思えるわ。ほかにも気になっているミュージシャンはいっぱいいて、すぐに名前を挙げられないくらい。若いミュージシャンに限らず、ほかの人と一緒に演奏するのは、いつだって楽しいし、刺激になる。だからそういう機会に対して常にオープンな気持ちでありたいと思っているの。

ノラ・ジョーンズが明かす、今の自分と正直に向き合った創作ヴィジョン

ノラ・ジョーンズ
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